第1話 神様、配信はじめました
この世界には神がいる。
……らしい。
少なくともネット上では。
『我は創造神である』
画面の中の銀髪の青年が静かに告げる。
神々しい白い法衣。
背後に浮かぶ巨大な光輪。
星空のような瞳。
完璧すぎるビジュアル。
配信サイトの同時接続数は二百万人を超えていた。
コメント欄は猛烈な勢いで流れていく。
【きたあああああ】
【創造神様】
【世界観最強】
【このRP好き】
【今日も設定が重い】
【神実在派歓喜】
【またそのネタかよw】
創造神。
登録者一億二千万人。
世界最大の配信者。
彼は十年以上前から一貫して同じ主張をしている。
『我は世界を創りし神である』
普通なら頭がおかしい。
しかし彼は人気だった。
なぜなら面白いからだ。
徹底した世界観。
壮大な設定。
異常な映像技術。
そして説明不能な現象。
『今宵は北欧神群との会談を行う』
そう言うと配信画面が切り替わる。
現れたのは雷神を名乗る筋肉男。
さらに知恵の神。
海神。
太陽神。
続々と現れる。
まるで本当に神界会議だ。
【出演者豪華すぎ】
【コラボ神回】
【神だけに】
【草】
【世界観の作り込みやべぇ】
もちろん。
誰も信じていない。
少なくとも一般人は。
全部エンタメだと思っている。
それが普通だった。
だが。
ネットには一定数いる。
信じている連中が。
【神実在派だけど今回の発言ヤバい】
【神界政治の話リアルすぎる】
【考察勢集合】
【あれ普通にリークでは?】
【創造神様は本物】
【病院行け】
いつもの流れである。
そして。
そのコメント欄を眺めながら笑っている女がいた。
「また神実在派が増えてる」
降谷璃瑠葉。
ハンドルネーム、フリル。
二十二歳。
考察系配信者。
暴露系動画投稿者。
ネット探偵。
そして。
「今月の再生数やばいなぁ……」
金欠である。
狭いワンルーム。
積み上がったエナジードリンク。
モニター三枚。
配線地獄。
まるでネットの亡霊の巣だった。
璃瑠葉は椅子を回転させながら唸る。
「次のネタどうしようかな」
考察動画は当たり外れが大きい。
再生数が生活費に直結する。
つまり死活問題だ。
最近は陰謀論界隈が熱い。
宇宙人。
秘密結社。
AI支配。
そして。
「神実在説」
これ。
実に美味しい。
信者もアンチもコメントしてくれる。
数字になる。
最高である。
「よし」
璃瑠葉はキーボードを叩く。
検索窓に入力。
『創造神 正体』
『創造神 過去発言』
『創造神 出演者』
『創造神 炎上』
片っ端から掘る。
これが彼女の日常だった。
SNS。
配信履歴。
掲示板。
海外フォーラム。
アーカイブ。
削除済みデータ。
魚拓。
全部見る。
執念である。
「さてさて」
創造神本人は完璧だ。
炎上もない。
失言もない。
人格者。
聖人。
ネット界の理想。
だから逆に怪しい。
「人間なら絶対ボロ出るでしょ」
璃瑠葉は呟く。
「出ない方がおかしい」
その瞬間。
ふと視界の端に一つのアカウントが映った。
「ん?」
聞いたこともないSNS。
海外の小規模サービス。
過去のアーカイブから飛んだ先だった。
フォロワー数。
三十七人。
鍵垢。
アカウント名。
『Genesis_0』
「ジェネシス?」
なんとなく引っかかる。
創造神の古い配信で使われていた単語だ。
偶然かもしれない。
だが。
璃瑠葉の勘が反応した。
「待って」
彼女は検索を続ける。
過去ログ。
キャッシュ。
プロフィール画像。
変更履歴。
投稿時間。
関連アカウント。
数十分後。
璃瑠葉は真顔になった。
「え?」
もう一度確認する。
間違いかもしれない。
さらに調べる。
別のデータベースを開く。
海外アーカイブを漁る。
照合。
照合。
照合。
そして。
「……は?」
背筋が寒くなった。
ありえない。
だが。
全部繋がる。
投稿時間。
配信時間。
アクセス元。
使用端末。
過去のスクリーンショット。
完全一致。
偶然では説明できない。
「いやいやいや」
璃瑠葉は笑った。
笑うしかなかった。
「いやいやいやいや」
震える指でキャッシュを開く。
保存されていた投稿。
そこには。
『雷神マジで空気読めない』
璃瑠葉が固まる。
さらに次。
『人類また戦争始めたんだけど』
次。
『信仰ポイントの査定制度考えた奴出てこい』
次。
『もう配信したくない』
「……」
沈黙。
そして。
「ぶっはぁぁぁぁぁ!!」
盛大に吹き出した。
「なにこれ!」
腹を抱える。
「創造神の裏垢じゃん!」
どう見てもそうだった。
完璧超人。
人格者。
神界の頂点。
その裏側。
そこには。
愚痴。
悪口。
疲労。
政治不満。
ブラック企業社員みたいな投稿が並んでいた。
「嘘でしょ」
璃瑠葉の配信者としての本能が叫ぶ。
これは。
とんでもない。
数字になる。
大炎上する。
世界がひっくり返る。
「いや待て」
冷静になれ。
証拠が足りない。
もっと掘る。
もっと確証が必要だ。
そう思った瞬間。
新しいキャッシュが開いた。
最新投稿。
投稿日時。
わずか一時間前。
『そろそろ人類に正体バレてもいい気がしてきた』
璃瑠葉は息を止めた。
そして。
その投稿の下に続く一文を見た。
『どうせ誰も信じないし』
数秒後。
彼女はゆっくりと笑った。
「……面白くなってきた」
モニターの光が瞳に映る。
ネット探偵。
暴露系配信者。
考察勢の女王。
降谷璃瑠葉は知らない。
今見つけたものが。
人類史上最大のスクープであることを。
そして。
本当に。
創造神の裏垢だったことを。




