19.形見
長くなってしまった……。分割しどころがわからなかったのでこのままどうぞ。そんな日もある。
友達のCちゃんが亡くなってから、ずいぶん経つ。
Cちゃんはわたしの高校時代のアルバイト先の社員の人で、とても親切にしてくれた人だ。年も近く、同じバンドが好きだったこともあって、わたしが高校を卒業、就職してアルバイトを辞めたあとも、後輩のОと一緒に3人でライブに行ったり、遊びに行ったりしていた。
ある夏、そのバンドがライブツアーでわたしたちの地元にも来ることになった。3人とも楽しみにしていたのだが、直前になって、Cちゃんから参加出来ないという連絡が来た。どうやら体調が悪く、入院することになったらしい。
当日になって、会場のライブハウスに入ってからもその話になった。
「Cちゃん、一緒に来たかったね…大丈夫かな」
「きっと、すぐよくなりますよ。それよりライブしっかり見て、いいみやげ話をしないとですね!」
「そうだよね……ツアーグッズも買ったし、渡すついでにちゃんと報告しないとだね」
そんな話をしながら開演を待っていると、不意にОが振り返って言った。
「Cさん、ピックとか取るのめちゃくちゃ上手かったじゃないですか、あたし今日は絶対取ってCさんに持って帰ります」
「うん、いつももらってばかりだったから、今度はお土産に取って帰ろうね」
頼んだよ、とОの肩を叩く。その瞬間に客電が落ちた。
ライブは最高だった。彼女が来れなかったことが心から残念だった。
3人で盛り上がりたかったな、そう思った瞬間、ギタリストが放り投げたピックをОが空中でキャッチする。その光景に息を飲んだ。
終演後、人が減り始めたフロアでОが自分のポケットを探っている。
「どうしたの?」
「……いや、ゲットしたあとポッケに入れたはずなんですけど……見つかんなくて」
「あらら」
「落としちゃったかなあ」
そういいながらもいくつかのポケットを探しては悔しそうにしている。見つからないようだ。
「……あの、ピックですか? 落としちゃったとか?」
ごそごそしていると、すぐ近くにいた女性が話しかけて来た。
「そうなんですよ、捕ったのは間違いないんですけど……」
「よくありますよ、私も別の会場で捕ったやつを失くしちゃって。でも人も多いし、こればっかりは仕方ないかなって」
「…そうですよね……まあ話だけでも出来ればいいか……」
その女性の話でОも諦めがついたのか、そう言って会場を後にした。
数日後、Оと二人でCちゃんのところへツアーグッズを届けに行くことになった。
自宅の方へ行けばいいのかと連絡してみたら、まだ入院しているという。お見舞いも兼ねて、そちらに行くことにした。
「……もう少し早く退院出来ると思ってたんだけど、長引いちゃって……」
そう言うCちゃんはあまり具合が良くなさそうだった。入院しているのだから当然と言えばそうなのかも知れないが、ライブの前に一度会った時よりも、また辛そうに見えた。
「……具合、大丈夫?」
「うん、心配してくれてありがとうね。でも大したことはないの…こういう事だと、皆大げさだったりするから」
「それなら、いいんだけど……」
Cちゃんは自分の病気のことについては口が重かった。気にはなったが、本人が言おうとしないのにしつこく聞くのもなんだか悪い気がして、それ以上の事はどうしても聞けなかった。
その後はやはりライブの話になった。
わたしがОがピックを空中で捕まえた話をすると、Cちゃんは少し笑って、言った。
「それ、私見たわ」
「えっ、どういうことです?」
Оが驚いて聞き返すと、Cちゃんはまた笑って言う。
「……夢でなんだけど。なんか、行きた過ぎてライブのこと何回も夢に見ちゃって……地元じゃないらしいところもあったりして……だから今Оちゃんの話聞いてびっくりしちゃったわ。偶然よね、きっと」
「いや、たとえ夢でもあたしの勇姿をお見せ出来て嬉しいですよ」
「よく言うよ、偶然じゃないの」
「そんなことないですって! がんばったんだから!」
「かっこよかったよ。夢だけど」
「……失くしちゃって、申し訳なかったです」
ふとОが漏らした謝罪に、Cちゃんは笑って首を振った。
「そんなの、全然。グッズももらっちゃったし、話だけでも本当に楽しかった」
「今度は、絶対3人で行こうね」
「……うん、そうだね」
Cちゃんが疲れた様子だったので、名残惜しかったがわたしたちは帰ることにした。また来るね、と言ったわたしたちに、Cちゃんが答える。
「今日はありがとう……退院出来たら連絡するね」
あの時は彼女の言った、退院出来たら、の意味を深く考えずにわかったと答えて病室を出た。
今何を言っても仕方がないのだが、あの時もう一度振り返って彼女とちゃんと向き合っておけばよかったとか、あれもこれも言っておくんだったとか、そんな事を考え始めると尽きることが無い。
Cちゃんは結局、その年を越すことが出来なかった。結果的にあの日のお見舞いがわたしたちにとって最後になってしまったことになる。
お葬式には、親族の人の他にも学生の頃の友達とか職場の人とか本当にたくさんの人が参列していて、そのことも彼女の人となりを表していると強く感じた。
彼女にもう会えないことが本当に寂しかったし、辛かったが、同じ思いの人がこれだけいるのがなんだか心強いような、不思議な気持ちがした。
お葬式の帰りがけに、Cちゃんのお兄さんから声をかけられた。形見分けとしてわたしたちに渡したいものがあるという。後日Cちゃんの実家の方へうかがうことになった。
彼女の家に着くと、約束通りお兄さんが迎えてくれた。彼の話によると、もし自分に何かあったら、バンド関係のものはわたしたちに貰ってほしいと、Cちゃんがそう言っていたという。
「……そんな縁起の悪いことは言うな、なんて注意したりしてたんですけどね、あとで笑い話になればそれでいいからなんて言って……」
「Cさんらしいなぁ、それ」
「ね、ほんとに……言いそうだわ」
「…とりあえず言ってたものはあそこにまとめてありますので、そこから持って行って頂けますか。余った分はこちらで処分致しますので」
気を利かせてくれたのか、そう言ってお兄さんは席を外した。
わたしとОは思い出話をしながら、いくつもの品物を仕分けていく。
「あー懐かしー、デビューアルバムじゃん」
「わたし持ってるから、О貰いなよ」
「いいんですか? ……まるでこの日のために買っていなかったかのようだ……」
「……ね、いろいろ考えちゃうよね」
「でもそれも供養になるって言いますし…あ、これCさん買ってたんだ」
そう言ってОが手に取ったのは、少し前に発売された音楽雑誌だった。あの夏のツアーのライブレポートが掲載されている。
「……今になると、すごく昔のことみたいな気がしますね……」
呟きながらОが雑誌のページをめくろうとした時、ページの間から何か小さいものがいくつもバラバラと落ちた。
なんだろうと思ってそこに目をやると、Оが小さく、あ、と声を出した。
落ちて散らばったそれらは、バンドとメンバーの名前が入ったピックだった。
10枚前後はあるだろうか。裏側にはその、Cちゃんが行くことの出来なかったはずのツアー名が記されていた。
ここには決して存在するはずのないものではあったのだが、不思議な事に違和感も恐怖も全く感じなかった。
「夢の中から、持って来てくれたのかな」
「やっぱり、ピック取ってくれるのはCさんなんですね」
「大事にしよう」
「もちろんですよ」
あれからずいぶんと時が過ぎたが、わたしもОも、そのピックを今も大事に保管している。この先も、多分手放すことは無いだろう。
亡くなった人は、忘れられた時に二度目の死を迎えるという。
もしかしたらそうならないために、彼女はこれを置いていったのかも知れない。そんな事を考えると、なんだが無性に切なくなる。
この話に限った事じゃないんですが、登場人物に特定のモデル等は居ません。念の為。




