第6話 奇種
二回気を失ったせいか、本来なら夜ぐらいの時間のはずの外はとても明るかった。
昼前ぐらいの感じだろうか。洞窟の外には草原が広がっていた。
風が野原を揺らしている光景を見ていると、なんだか心が和む。
俺は茜とラーニャに北へ進むことを伝えて、一緒に歩き出す。
「えーっと、俺の憶測で方向を選んじゃったけど、君は北から来たのかな?」
洞窟を出てすぐに、俺はラーニャに聞いた。
ラーニャは一瞥だけこちらへ寄越して、目線を前へと戻す。
「知らない」
「さいですか」
まあ、読めていた答えだ。
「……というか、なんでここまで来ちゃったの?」
「山で、でかい鳥にばーって捕まえられて、火を噴いたら落とされた」
「火ぃ吹けるのか……」
流石、混種(多分)とはいえドラゴンだ。コミュニケーションには気をつけようと心で誓う。
というか俺、弱すぎないか? 一応勇者候補なんだけど。
基本スペックが足の速さと体力だけって……あ、一応もうひとつあるか。大したもんでもないけど。
何の話だったか……そう、でかい鳥だ。
でかい鳥となると、やはりサシーダだろうか。
渡り鳥型のモンスターのことだと思う。
この時期になると、大きな鳥のモンスターが東から西に空を駆けていくのだ。
その姿は、さながらドラゴンが飛んでいるようである。
あのモンスターならば、ラーニャの体を持ち上げるのも不可能ではないだろう。
となると、俺達の目的地はやはりフィグラ霊山となる。というか、今もそこへ向かっている。洞窟からは真北にあるのだ。
正直、フィグラ霊山へ行くことに、気は向かない。霊山の方へ向かった冒険者は、みんな帰ってこなかったという噂すら存在する山である。
いくらドラゴン(らしきもの)を引き連れているといっても、未知数すぎる場所だった。
けれど、流石にラーニャを放っておくのはマズいような気がしたのだ。
あの火山洞窟には、俺と同じように旅をする人が普通に通る。
もしも冒険者がラーニャと出会ったならば――その冒険者がラーニャに殺される可能性だって存在するのだ。
まあ、ラーニャがどれくらい強いかは、俺は知らないけれど。
「でも、あっさりと霊山へ行くのを茜が許してくれたのは意外だったかも」
なんだかんだと理由を付けて、反対するような気がしたのだ。杞憂だった。
「だって、他にやることないし……あんまり反対して常葉くん困らせたくないし」
まあ、納得はいってないらしいが。
それにしても、茜は俺と一緒に居ることを、もはや当然だと認識しているのか。それは困る。
一緒に居るだけで、身動きの取り難さが半端ない。
「それに、わたしもこっちに寄りたいところあったし。あ、あと、この娘の尻尾、なんかわたしの尻尾に似てない?」
茜はそう言って、ラーニャの頭に手を置く。ちょうど乗せ易い位置にあったらしい。
ラーニャは怒ったのか、その赤眼を剥くが、茜には一切見えていないらしい。華麗にスルーしていた。
「は、はぁ」
ま、まあ、色は違うが、うろこ状なところとか、似ている気がしないでもないが。
「だから……その、まるで、子供が出来たみたいっていうか」
「蛇女。何を言ってるの」
流石ラーニャ嬢。怖いものなしだった。
まさか茜を蛇女呼ばわりするとは。感服します。
「いや、あくまでみたいって話だから! わたしと常葉くんとは、そういうのまだ早いって言うか」
いや、両人差し指をこつんこつんさせて上目遣いされても、俺はその姿にどきっとすることしかできないから。
というか、あくまで対象は俺なんだな。
「童顔もデレデレしない」
童顔じゃねえし。
「それにしても、なんというか。平和すぎるというか……」
二人のモンスターの少女と出会って、交わすやり取りにしては、いささか間抜けだ。
俺がそう呟やいていたときに、彼女達の目の色が突然変わった。
良くも悪くも緩んでいた茜とラーニャの双眸は、にらみつけるように進行方向の北へと向けられていた。
この草原は折りたたんで開かれたように坂の層が出来ていて、上り坂の向こうは見ることが出来ない。
「なんだ?」
俺は少し、トーンを落とした声で聞く。大きな声で尋ねることは出来なかった。
「――来る。常葉くんは下がってて」
右側を歩いていた茜が、俺を制するように左手を上げた。
しかし、そう言われても。敵がやって来るならば、俺もなんとか戦わなければならない。
俺は前方の様子を伺いながら、右手で剣の柄を握った。
――何が来るんだ?
俺には、何の気配も感じ取ることが出来ない。彼女達が気付いたのは、野生の勘からなのだろうか。……それとも。
やがて、姿を現した。
――そいつは、簡単に言えばウルフだった。草原によくいる、フェンウェイウルフというモンスター。
そのはずなのに。そいつは何かが違った。そう、オーラだ。
そいつの体は、黒いオーラのようなものが発していた。
「なんだよ、こいつ。なんなんだよ」
さっきから、変なことばかりじゃないか。




