第3話 半人半魔
この世界のモンスターは、ある時には魔物と呼ばれる。
魔物の正体は、魔王の配下として各地にばら撒かれた一種の生物だ。
奴らは人間と同じく魔力を持っている。しかしながら、体は人間と違い、動物や昆虫などの亜種のような容姿をしていた。
ちょうど30年前、魔王は勇者によって倒された。
そして今、モンスター達は魔王がいなくなったからといってこの世界から消えることなく、現在は食物連鎖の一角を担うような生物になっていた。
そのことによって、モンスターの種類は混血などによって更に増えている。
だが、ある程度モンスターに関する素養があるはずの勇者候補である俺でも、モンスターと人間の体を両方有しているという話は聞いたことがなかった。
もしかすると、お婆ちゃんの話が本当にただの噂にすぎず、実際にはそんなモンスターはいないのかもしれない。いや、その確率のほうが高いのだ。
しかしながら、完全にその話を嘘だと断定する理由も俺にはなかった。
というわけで、この話は一旦保留とした。
お婆ちゃん曰く、言い伝えによるとそのモンスターは強力な魔力、高い戦闘能力を兼ね備えているらしい。
そんなやつに出くわしたならば、俺の力では太刀打ちできないだろう。
もし一目見たならば、その瞬間に脱兎の如く逃亡することを決意した。
そんなことを考えながら平原の中を歩いていると、やがてアルデウス火山の洞窟入り口へと辿り着いた。
俺はバッグの中から小さな黒色のオイルランプとマッチ箱を取り出す。マッチに火をつけて、ランプに灯を付けた。
俺はそれを手にして、洞窟へと入っていった。
中はとても暗かった。ところどころ光っている鉱石はあるが、それだけだと明かりとしてはあまりにも心もとない。
左手に持ったオイルランプがなければ、まともに歩くこともままならないだろう。オレンジ色の火の明かりを頼りに、俺は歩き続ける。
道幅はかなり広い。もしもモンスターに出会ったとしても、剣で戦うことはできるだろう。
静寂に包まれている洞窟で、小さな小さな羽音が聞こえてきた。
そして、2体のモンスターがランプの火で灯される。
コウモリのような翼をしているモンスターだ。しかし、コウモリとは違い、顔には豚の鼻のようなものが付いている。体もコウモリより一回り大きい。そいつの口からは鋭い歯がチラりと出ている。
――ヴァンプバット。
端的に言えば、対象が死ぬまで血を吸うコウモリのモンスターだ。
普通に戦えば、倒せないことはないモンスターだった。
しかし俺は――バットの間を走って抜けた。そのまま全速力で駆ける。
ヴァンプバットは体格の割に翼が小さいせいで、移動速度は中々遅い。走ればこちらのほうが速いのだ。奴らを撒くことができるのは当然といえる。
別に血を吸われたくないとか、そういうわけじゃないのだ。本当に。ええ。マジで。
そんな誰にも聞かれてないような言い訳を頭に巡らせていた俺の視界の端に、チラリと何かが映った――気がする。ちょうど通路が分かれ道の場所だった。俺はその何かを見たのとは逆の道へと走る。さっきの、ヘビか何かの尻尾みたいなものだったような気がする。
それでも俺は走り続ける。自信のあるのは脚力と体力だけだった。
剣は一応村にいたときに習っていたが、そこらのモンスターを倒せるくらいのレベルでしかない。わざわざリスクを犯してまで戦う必要はないのだ。
例え追われていたとしても、自分の足で逃げ切れる。俺は、その時まで、そう思っていた。
――しかし、それは自信過剰だった。
突然、足元に現れた何かに右足を掬われた。先ほども見た、尻尾のような何かだった。
俺はそのままつんのめり、左足も空を切ってバランスを崩した。そのまま背中を強く打ち付けて、地面へと転がる。
痛む背中を押して、ふらふらの体を起こす。
左手のオイルランプはまだ手に持ったままだった。
これがなければ、暗闇に慣れたモンスターたちに手も足も出ないだろう。
ランプの光で、少し離れたところにいる、そいつの下半身が灯された。
恐らく、大きな大きなヘビのようなモンスターだ。太くて長い、赤色の尾が伸びている。
勝てるのか? 俺が、あんな大型のモンスターに。
逃げるか? しかし、さっきの全力疾走でも、簡単に追いつかれてしまったのだ。逃げ切れるとは思えない。
まだ攻撃という攻撃を受けてないのに、俺の気持ちは完全に負けていた。
俺はまた、こんなところで……。
そう思った瞬間に、自分の中で怒りのような感情が、沸々と湧き上がってきた。
前世では幼馴染すら守れなかったのに、今度は自分の身すら守れないなんて嫌だ!
俺はまだ生きている。死んでいないんだ。まだ終わっていない。
誰も、自分すらも守れないままでなんて終われない。
俺は右手で胴にある鞘から片手剣を抜く。
剣を構えて、いざ切りかかろうとした時。
ほんの僅かに早く、あちらは動き始めていた。それだけで十分だった。
一瞬でモンスターは俺の懐へと入り、ランプを弾いた。
その中に浮いたランプの灯で、俺は見た。
そのモンスターの上半身は、明らかに人間のものだった。
次の瞬間には、もう俺の体はそのモンスターの尾で巻かれて、体は完全に拘束されていた。
苦しい。肺から空気を絞り取られるようで、息が上手く吸うことができない。酸欠になりそうだ。
視界も次第にもやがかかったように視界の色が薄らいでいく。
俺は、不意に口から言葉を紡いだ。
「守れなくてごめん……茜」
それは前世の俺から、幼馴染の茜へと贈られた謝罪だった。
「――――」
その時、俺は誰かの声を聞いたような気がする。
けれどそれが誰か確かめることもなく、俺は意識を失った。




