第2話 旅
まぶたの奥にあるのは木の天井だった。何の変哲もない、木の天井。
俺は顔だけ左側へと向けた。やはり、見えるのはありきたりな青空だ。雲ひとつない。雪なんて、一度だって見たことすらない。この世界では。
今日は俺が旅へと出る日だった。旅といっても、自分探しのためのものではない。
世界では一般的に「勇者になるための」旅だと言われているものだ。俺は勇者候補なのだった。
――勇者候補。
それは、それぞれの村や町に、何年かに1度のペースで生まれる、強い魔力を持った人間のことを指すそうだ。
つまり勇者候補とは、勇者になる素質のある人間だった。世界には数十人しかいないらしい。逆に言えば、数十人もいるという話だけれど。
勇者候補といっても、俺が特別な異能力を持っているわけじゃない。
一応、体に特別な性質のようなものはある。けれど、それは戦闘に直接大きく影響するものではない。
今まで、その性質が役に立ったことはあまりなかった。
俺はベッドから背中を離す。旅に出る前に、軽い昼寝をするつもりだった。
けれど、前世の記憶を振り返ってるうちに、時間が結構経ってしまった。
もう全ての準備が整っている。
ベッドの横には鞘に入ったロングソードが立てかけられていて、隣にはワンショルダー型の茶色いリュックが置いてある。
中には財布や着替え、軽食などなど、旅するのに必要最低限のものが入っているはずだ。
俺はそれらを持って、ベッドから扉へと歩き出した。
扉の前には洗面台と鏡があった。鏡で自分の顔を眺めてみる。
後ろ髪が少し立っている。寝癖が付いてしまったようだ。寝てないけど。
鏡の向こうの自分は、前世の俺――川上常葉とまったく同じ顔立ちをしていた。
今の人生と、前の人生、環境から何からが殆ど違う。なのに、顔は変わっていない。不思議なこともあるものだ。
俺はベッドの横に置いていたものを手にとって、扉から外に出た。
さあ、旅の始まりだ。
――と、思っていたのだが、村を出ようとしたところでしわがれた声で話しかけられた。俺のお婆ちゃんだった。
右手で杖をついていたが、背中は真っ直ぐ伸びている。その杖、本当に要るのか?
「ルーや。行くのかい? 誰も見送りに来てないじゃないか」
ルー、というのは俺のことだった。ルークリッドでルー。
ルークリッドというのは、あまり好きな名前ではない。
だから、みんなにはルーと呼ぶように言っている。
「ん? まあね。ほんとは誰にもバレずに、こっそりと行くつもりだったんだけどな」
見送りとか、正直小っ恥ずかしい。
「そうかい。まあ、それがいいさ。村の奴らに変に期待させちゃうしね……ところで、ルー。向こうの山の洞窟を通るのかい?」
お婆ちゃんは左手の人差し指で俺の背中のほうを差した。そちら側には平原が広がっているはずだ。
しかし、指先は更に遠くにある、黒っぽい色の山へと向いていた。
アルデウス火山。村ではそう呼ばれている場所だ。
俺が目的地へと向かうためには、そこを通らなくてはならない。今は活動してない火山だと聞いたけど。
「そうだよ……それが何か?」
「あくまで、言い伝え……いや、噂のような話なんだけどねえ」
勿体ぶるように口を濁す。言いにくいことなのか?
「あまり信じる必要はないが、頭の隅に置くぐらいの気持ちで聞いておくれ。
あの洞窟には、普通とは違うモンスターが出るらしいのさ。あんたと同じ――つまり昔の勇者候補が、そこでそのモンスターと出会ったらしいんだ」
「普通と違うって?」
「そのモンスターの上半身は――人間のような体だったそうだ」




