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反逆への出会い

 王国有数の大都市、ツタリア。高層ビルや富豪の邸宅が立ち並び、常に人で溢れかえっている。

 その都市の、薄暗い路地裏。表通りは夜でも明かりが灯り、多くの人で賑わっているが、ここには明かりも人通りもない。

 そこにただ一人座り込む少年がいた。年は十代の後半くらいか。髪は無造作に伸び、服もボロボロだ。

 ここは人が来ないからいい。ここなら、自分が世界から嫌われていることを忘れられる。

 食べ物を買うお金など勿論ない。毎日、ゴミ捨て場ではないがここにゴミを棄てていく人がいる。その中から食べられるものを探して拾い集め、なんとか飢えをしのいでいた。

 どうしてこうなったのだろう。一か月前までは、自分も普通に働いていた。だが突然、勤務していた会社を解雇された。理由は、自分が魔族であるからだという。

 魔族とは、魔法を使える種族のことで、逆に魔法を使えない種族は智族と呼ばれた。だが、両者は根本的には同じ人間である。

 魔族と智族の体の造りの差は科学的には発見されていない。だから、自分から申告したり、目の前で魔法を使ったりしなければ、魔族であるとバレることは無いのだ。

 魔族が迫害された理由は、この国、リディーク王国と、魔族が大多数を占める隣国アルスール共和国との関係が悪化しているからであるとされている。

 少年は名をテスタといった。 テスタは、手に持った最後の一切れのパンをかじった。裕福な人間の食べ残しだろう。この辺りは大金持ちが多く住んでいる。大企業の社長や、テレビの中のスター、中央の政治家や官僚……テスタ達庶民の暮らしなんて、想像もできないような富裕層だ。

 だが、そんな人間を恨む気はテスタにはなかった。彼にとって、富裕層は食料をくれる恵みのような存在だったからだ。それに、一か月もこんな生活を続けていたら、他人に興味なんて持てる余裕もなかった。

 パンを食べ終えたテスタは、そのまま目を閉じた。今日はこのまま眠るつもりだった。

 だがそのとき、テスタのすぐそばのゴミ箱が揺れた。

 何だろうかと思い、テスタはゴミ箱をちらっと見た。

 猫だ。黒い、小さな猫がゴミを漁っている。餌でも探しているのだろうか。

 テスタはひょこりと起き上がり、猫に接近した。猫を抱き、頭を撫でてやる。

「お前も食いもん無いのか。これ、やるよ」

 久々に言葉を発した。この生活を始めてから、人間とすら殆ど喋っていない。話し相手ができて、嬉しかった。

 懐からもう一つのパンを取り出し、猫に与えた。明日の食料だったが、明日は明日で何とかなるだろう。

 猫は喜んで食べ始めた。その様子を、テスタはじっと見つめていた。何の喜びもなく、代わり映えのしないこの生活で、久々に楽しいと思える出来事だった。

 どうやら猫はテスタに懐いた様だった。テスタの膝に上ってきて、にゃあにゃあと鳴いた。

「なあ、寒くないか? 俺が温めてやるよ」

 季節は冬。水も凍り始めるほどの寒さが辺りを襲っていた。

 テスタは立ち上がり、独り言のようなものをブツブツと言い始めた。彼の周囲に魔法陣が浮かび上がり、そこから電流が走る。やがて、目の前のゴミが静かに発火した。

 ――魔法。魔族のみが使える能力の総称だ。火や水を出すといった単純なものから、物体を変化させる、自分や他の対象物に特殊な効果を付加するなど、その内容は多岐に渡る。

 テスタが使用できるのは、電気系の魔法だ。とは言っても、テスタは元々魔法が得意ではないため、微弱な電気を発生させる程度しかできないが。

どのような魔法が使えるかは、生まれた段階である程度決まっている。勿論、訓練次第でその能力を強化することはできる。他国では魔法は兵器として活用されているらしいし、この国でも魔法を仕事に利用して居る者は少数だが存在しているようだ。

 魔法によって発された炎は徐々に大きくなり、暖をとるには十分な大きさになった。

「これで温かくなっただろう? しばらくは一緒にいよう。お互い、寂しいもんな」

 テスタは再び猫の頭を撫でた。その後も、猫に話しかけ続け、夜が更けるまで触れ合いを楽しんだ。


 翌朝。まだ日は昇りかけの早朝だった。テスタが目を覚ますと、彼の周りに数人のスーツ姿の男が立っていた。様子から察するに、良い話ではなさそうだった。

「何ですか……? 俺に何か用でも?」

 寝起きで何が何だかわからないが、とりあえず立ち上がって質問を投げる。

「おはよう、君にちょっと聞きたいことがあるんだ」

 男の一人が野太い声で言った。その態度は高圧的だった。やはり、どうやらまずい話のようだ。

「何ですか?」

「昨晩、この辺りで不審火があった。幸い、火事には至らなかったようだが。ひょっとすると、君がやったんじゃないのかな?」

 迂闊だった。誰かに見られていたようだ。つい嬉しくなって魔法を使ってしまったが、この国では魔族はお尋ね者扱い。勿論、魔法なんて使った日には警察送りにされてしまうだろう。いや、即日牢獄送りにされてもおかしくない。

 だが、自分がやってないというのは場所的にも時間的にも完全に無理がある。何とか誤魔化す術を探さなければ。

「余りにも寒かったんで、ライターで火をつけて暖まってたんですよ」

 とっさに思いついた嘘をついた。

「なら、使ったライターを見せてもらおうか」

 当然、ライターの現物なんてない。これまでか……

「どうした? 早くライターを出せ」

 テスタは慌てて言い逃れる方法を考える。だが、何も思いつかない。

「単刀直入に言う。お前、魔族だろう? 魔法を使って、火を起こしたんだろう!」

 男はそう言ってテスタの顔を突然ぶん殴った。テスタは壁まで吹き飛ばされる。

「立て。警察には言わないでおいてやるから、ついてこい。だが、魔族には魔族らしい待遇をしてやるがな」

 二人の男がテスタの両腕を拘束した。向こうは非常に体格がよく、鍛え上げられている。対して、こちらは一か月殆ど満足な食事が出来ず、痩せこけている。当然、抵抗してもびくともしないが、精一杯暴れてみた。

「おとなしくしろ!」

 再び殴られ、意識を失う。そのまま、テスタは車に乗せられ、夜の街の闇の中へと消えていった。


 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。慌てて飛び起きようとしたが、手足を縛られており、身動きが取れない。その場でもがいても無駄であることは明白だったので、辺りを見渡してみる。

「ここは……」

 部屋には豪華な家具が並べられている。ギラギラと輝きすぎて、逆に品がないように見えてしまいそうだ。

 窓はなく、外の様子はわからない。ドアは一つだけ。脱出するにはそこしかなさそうだ。手足を縛られているせいで、それも叶わないだろうが。

「目が覚めたようだな。ようこそ、わが屋敷へ。」

 声がしたと思うと、一人の男が部屋に入ってきた。

 腹に贅肉をたっぷり蓄え、髪は禿げ上がっている。動物の毛皮で作られた上着や巨大な宝石が付いた指輪を身に着けており、いかにも大富豪、といった風貌だ。この品の無い家具を集めているのも納得がいく。

「私はモウリガス。君は今日から、私の屋敷で奴隷として働いてもらう」

 モウリガスと名乗った男は、にやりと笑って言った。

「奴隷……」

 この国では魔族に人権はない。政府が魔族の迫害を始めてから、智族の富豪はこぞって魔族を探し出し、奴隷として扱い始めたのだ。モウリガスもその一人だた。

 政府は奴隷制度を承認こそしないものの、黙認していた。魔族に懸賞金をかける富豪もいた。

「さあ、早速働いてもらおう。まずはそうだな。庭の掃除でもしてもらおうか。一本の草も、一粒のゴミも残すなよ。それが終わるまでは飯を食うことも、寝ることも許さん」

 モウリガスは笑ってその場から去っていった。入れ替わりでスーツの男がやってきて、テスタを連れ出した。

「ひ、広い……」

 テスタが連れてこられた庭は、想像を絶する広さだった。庭の端が見えない。草はまばらに生えており、ゴミも散乱している。そして、この家で飼っていると思われる犬や猫などのフンも転がっている。ここの掃除を一日で終わらせるのは、不可能に違いない。

 自分以外にも数人の奴隷がいるようだったが、この人数をもってしても終わるかどうか――

「さあ、頑張って働くんだな」

 スーツの男はテスタを縛っていた縄を解くと、そのまま家の中に戻っていった。

 どうしたものか。テスタは途方に暮れた。掃除をしないと帰らせてもらえそうにもない。

 テスタはその場に座り込み、黙々と掃除を始めた。道具類は一切貰えなかったので、手でゴミやフンを拾っていった。

 まだ昼過ぎだろうか。この仕事を終えるのに何時間かかるのだろう。いや、そもそも、終わるのだろうか。途方に暮れつつも、無言で作業を続けた。


 庭掃除を始めて、数時間が経った。太陽は徐々に沈み始めている。かなりの量のゴミを拾っただが、庭が広すぎる。全く進んでいる気配はない。フンやゴミの臭いが手について取れない。足腰の疲労も限界に達していた。

 諦めて、その場に倒れ込む。身体がもう限界だ。そのまま目を閉じる。疲れもあって、すぐに眠りについてしまった。

「おーい。おーーい」

 声が聞こえる。少女の声だ。

「ん、ン……誰だ、君は?」

 眠い目を擦りながら、テスタは起き上がった。目の前に、自分と同じくらいの年齢であろう少女が座っていた。

「この前はありがとう。助けてあげられなくてごめんね。でも大丈夫。今から、私があなたをここから出してあげるから」

 少女は穏やかな声で言った。しかし、この少女の顔に見覚えはない。この家の者か? それとも、自分と同じような奴隷か?

「ちょっと待て、君は誰だ? 俺の事を助けてくれるって――」

「あ、そっか。こっちの姿の方が解りやすいかな?」

 そういって、少女は立ち上がり、呪文を唱え始める。魔法陣が彼女の全身を包み込むと、彼女の体は突然、黒猫へと変化した。

「あぁっ! ひょっとして、この前の!?」

 この間、裏路地で遊んだ猫だ。なぜ、こんなところに? いや、まず先に、なぜ少女が猫に変身したのか。

「君も捕まって奴隷にされてしまったのか?」

 驚きを隠せないまま、恐る恐る尋ねる。

「ううん。でも、私のせいであなたが捕まってしまった。だから、協力してこの状況をなんとかしましょう。私はリカリア。よろしくね」

「俺はテスタだ。よろしく……」

 そう言って、再び少女の姿に戻り、テスタの手を引いて起き上がらせた。

「何の騒ぎだ!?」

 テスタの大声を聞いてか、警備員とロボットが駆けつけた。異常事態と判断するとすぐに、増援を呼び寄せた。あっと言う間に、十数体の警備ロボットに包囲される。

「見つかったみたいだね。でも、大丈夫。私がなんとかするわ」

 リカリアは、呪文を唱える。少女の腕から電気が迸る。

「君も、電気系の魔法を!?」

 そのままリカリアは警備ロボットに向かって走った。警備ロボットに手を触れると、ロボットは突然機能停止して動きを止めた。一つ、また一つ。ロボットに触れては動きを止めていく。

 ロボットの電子回路に介入し、機能を止めたようだ。

「凄い……」

 相当な訓練を積んでいると見えた。同じ系統の魔法を使うテスタには、その凄さがより一層よくわかった。

「人間相手には通用しないだろう!」

 動揺した警備員は、リカリアに向けライフルを乱射する。

「テスタ君。隠れてて!」

 とっさにテスタは逃げて木の裏に隠れる。

 リカリアは停止したロボットに近寄った。ロボットに再び電気を帯びた腕で触れる。

 すると、警備ロボットの電源が再び入り、動き出した。

「さあ、あいつらを蹴散らして!」

 警備ロボットは警備員に向かって攻撃を開始した。

「何故だ!? おい、何をしている!」

 ロボットに信号を送り込み、警備員を攻撃するように命令したのだ。

 更に高度な技だ。この少女は何者だと、テスタも警備員も疑問に思わざるを得なかった。

「クソっ! 貴様ぁ!」

 警備員は悲鳴を上げて倒れた。

「さあ、ここから脱出しよう」

 敵を倒し終えたリカリアは、何事もなかったかのように言った。

「ちょっと待ってくれ。君は何者だ!? どうしてそんな強さを持っている!?」

 テスタには、彼女の素性が気になって仕方がなかったのだ。

「私は、この国のやり方に反対する組織『フェアリー・リベリオン』、言わばレジスタンスみたいなものの一員よ」

 フェアリー・リベリオン。弾圧に不満を持った魔族が政府と戦うために組織したものである。規模は小さく、ゲリラ的な活動しか行われていないが、その強さは本物のようだ。

「なるほど。なら、俺もその一員に加えてくれないか。戦いは苦手だけど……俺も、政府は許せない」

「もちろん、大歓迎よ。私たちも、一人でも多くの仲間が必要だから――」

 そのとき、リカリアの胸を突然弾丸が貫いた。

「リカリア!?」

 その場に倒れ込むリカリア。

「はっはっは、逃げ込んだネズミは排除した。警備員もロボットも役には立たん。高い金を払った割には――」

 後ろを振り返ると、モウリガスが立っていた。下品な笑いを浮かべている。

 手に持っているのは、最新型の超高性能ライフルか。

「これまでか……」

 テスタにはリカリアのように戦える力はない。殺されるか、ふたたび奴隷扱いに戻るかのどちらかだろう。

「諦め、ないで……」

 リカリアのかすれた声が聞こえた。そして、彼女はテスタの手を握った。

「私の、力を――」

 そこまで言って、リカリアは静かに目を閉じた。彼女の声はそこで途切れる。

「おい!? 大丈夫か!?」

 テスタは慌ててリカリアの手を握りしめた。冷たい。――死んでいる……。

「さあ、お前も殺してやろう。折角の奴隷だが、代わりはいくらでもいる」

 モウリガスは銃を構える。そして、ゆっくりとトリガーを引いた。

 死の直前は時間の流れが遅く感じると聞いたことがあるが、本当のようだ。ゆっくり弾丸が迫ってくる。

 弾丸は、テスタの目の前まで迫った。

「死ぬ――」

 テスタは目を閉じた。そして、数秒が経過した。

「あれ? 死んでない――」

 何が起こったのかわからないが、とりあえず、助かったようだ。

「外したか。運のいいやつめ。だが、次は無い!」

 モウリガスは再び引き金を引いた。弾丸は、テスタの目の前まで飛ぶが、そこで急に落下した。

「貴様、何をした!?」

 驚いたモウリガスは銃を乱射するが、悉く地面に落下する。

「これは、どういう事だ……」

 テスタも何が起こっているかわからない。だが、自分は謎の力で守られているようだ。

「ひょっとして、これがリカリアの力……?」

 リカリアが守ってくれたのか。攻撃を受けないのなら、勝てるかもしれない。恐らく、武器が強いだけで、この男自体は強くないと思われる。

 テスタは勢いよく走り出した。モウリガスはライフルを打ち続ける。だが、一発もテスタに命中することはない。

「これでも、食らえ!」

 テスタは腕に電気を纏い、モウリガスの頭を叩いた。電気ショックで気絶させる。

「思ったより、強い……」

 自分の持っている能力より強力な手ごたえ。モウリガスは気絶したまま、動かない。

「まさか、リカリアの力って……」

 リカリアが力をくれたというのは、こういう事なのか。

「試してみるか……」

 テスタは停止していたロボットに触れてみた。ロボットは静かに動き出した。

「本当にリカリアは俺に力を与えたっていうのか……でも、どうやって?」

 わからないことだらけだったが、自分にリカリアと同じ能力が備わったことは確かなようだ。

「ありがとう、リカリア……後は俺がお前の代わりに政府を倒す」

 テスタは、静かにリカリアを抱き上げ、ゆっくりと歩き出した。

 冷たい風が吹いている。警備員もロボットも全滅したため、敷地から出るのは容易だった。

 そこから人目のつかない道を一時間ほど歩き、静かな森にやってきた。

「見ていてくれ、俺の戦いを」

 テスタは、リカリアを丁寧に埋葬し、別れを告げた。短い時間の付き合いであったが、命の恩人である彼女に、勝利を誓った。

 テスタの闘いが、静かに始まった。 

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