第10章 血よりも深い絆
みんなと一緒に夕食を食べ終えた後、俺はふと外へ散歩に出たくなり、一人だけ先に食堂を出た。
「異世界侵略……か」
俺は今、外壁の裂け目の前に立ち、アルカディアの外に広がる荒れ果てた景色を改めて見渡していた。
廃墟、苔の生えた錆びついた車、乾いた血痕、そして人間の骸骨……
異世界侵略が起きる前、|アルカディアの外の世界《地球》はどれほど繁栄していたのだろう?
きっと……
この街には毎日、人々が溢れていて、とても賑やかだったに違いない。
そう考えると、胸の奥が少し寂しくなってしまった……
「どうして、地球だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだろうな?」
書店に並んでいるライトノベルやアニメ作品でも、世界がさまざまな災害に見舞われたり、滅亡寸前に追い込まれたりする終末ものの展開は、よく売り文句として使われている。
普段なら刺激的で、想像力に満ちた物語として楽しめるはずのそういう展開も、いざ自分が実際に経験してみると、まったく面白くなんかなかった。
今の俺たちには、未来に向けた最低限の計画すらまだない。
リリスや戦況分析に長けた人たちは、これからどうするべきかを、昼夜を問わず話し合い続けている。
勝ち筋が見えない状況の中で、それでも彼らは必死に、全員を生き延びさせようとしていた。
特にリリスはそうだ。
さっきも彼女は後方支援の人たちに夕食を【アーク】の会議室まで運ばせて、食事の時間でさえ仕事を続けていた。
はぁ……
俺がもっと強ければ、漫画の主人公みたいな、チートみたいな能力でもあればよかったのに……
「エミール……そんなに弱いお前に、いったい何が守れるんだ?みんなを守りたいなんて口では言っているくせに、お前の物語は隊の中で一番弱いじゃないか……」
くそっ。
どうしてカエル王子は俺を選び、自分の編織者にしたんだ?
「ん?あれは……華恋?」
俺からそう遠くない通りの脇で、かすかな明かりが視界に入った。
振り向いてみると、私服姿の華恋が小さな焚き火のそばに一人で座り、何かをしているのが見えた。
“エミールくん、華恋のことをお願いしてもいいかしら。時間がある時で構わないから、あの子とちゃんと話してあげて”
昼間、静さんにそう頼まれていたのを思い出した。
どうせ眠るまでにはまだ少し時間がある。
せっかく二人きりで話せそうな機会だし、彼女と少し話してみることにしよう。
「よっ。どうして一人でこんなところに座ってるんだ?」
「あ、あなたは……今日のお昼に一緒に戦った王子様?」
「その呼び方はやめてくれ。恥ずかしくなるから。あの格好も【武装化】すると変わる服装であって、普段からあんな格好で外を歩いているわけじゃないんだ」
「ふふ……ただの冗談ですよ。編織者と【武装化】のことも、さっき聞きました。私も戦闘状態に入ると、服装がバレエ衣装に変わるんですよ?」
お?
やっぱり、華恋が戦っている時に着ていたあの服も、俺たちと同じように【武装化】を発動した後に変わるものだったのか。
ただ、彼女は俺たちと違って、無意識のうちに【武装化】を発動できるようになった編織者らしい。
すごいな……
「そうだ。先に自己紹介をしておきますね。こほん、私は南村華恋。紡がれた物語は『白鳥の湖(Swan Lake)』です。よろしくお願いします。これからは華恋と呼んでください。そのほうが、何かと便利でしょう?」
「おう!俺はエミール。紡がれた物語は『カエル王子(Frog Prince)』だ。これからの戦いでも、よろしく頼む」
俺たちは互いに名乗り合ってから、改めて頭を下げ、正式に挨拶を交わした。
「それで、一人でこんなところに座って何してたんだ、華恋?」
「わ、私は星空を見ていました」
「星空……か?」
「はい。何かあるたびに、私は一人で【アーク】の艦橋へ行って、星空を見に行くんです。この果てしなく広がる星空を眺めていると、胸の中のざわつきが少しずつ静まって、少しだけ冷静になれるんです……」
そう言って、彼女は夜空に輝く星々へと再び視線を向けた。
「確かに……こうしてぼんやり眺めていると、胸の中のざわつきがかなり和らぐな。夜空っていいな~」
「いいですね~」
「……」
「……」
初めて二人きりで話し始めた俺たちは、まだ数えるほどしか言葉を交わしていないのに、もう話題が尽きてしまった。
いやはや……
まあいいか。
いっそ、このまま本題に入ってしまおう。
「あの……」
「あの……」
「……!」
「……!先にどうぞ、華恋」
「ありがとうございます……」
気まずい。
俺たちは同時に相手に何かを尋ねようとして、そろって一瞬固まってしまった。
「エミールは、リリスさんと親しいんですか?」
「ああ、普段は俺の家に住んでるけど。どうしたんだ?」
「彼女は……どんな人なんですか?単なる好奇心なんですが、あの異世界人のことを少し知ってみたいと思って……」
お?
リリスのことを聞きたいのか?
「彼女は、寂しがり屋なんだよ」
「え?」
「意外か?」
「はい。見た目からはまったく分かりませんでした……私はてっきり、とても強くて、リーダーシップのある人だと答えるのかと思っていました」
「それも彼女の一面ではあるんだけどな。リリスはさ……自分だけが一人取り残されることをすごく恐れていたから、最初は俺に、“私たちは互いに利用し合う関係でしかない”なんてことまで言ったんだ。自分と俺たちの関係を、互いに利用するだけの関係で止めようとして、それ以上深まらないようにしていた。彼女は、愛していた人たちをあまりにも多く失ってきたから、もう誰かと関係を築くのが怖くなっていたんだと思う」
今思い返してみると、俺たちと出会った時、彼女が地球人と関わろうとしてくれたこと自体が、むしろ不思議なくらいだった。
アズライルの件であんな目に遭った後なら、彼女が俺たち地球人を憎んでいたとしてもおかしくなかった。
けれど、彼女はそうしなかった。
彼女は許すことを選び、それでもなお、地球人の側に立とうとしてくれたのだ。
華恋は、俺が語るリリスの過去を静かに聞いていた。
その間、彼女は何かを考えるように小さく頷くだけで、俺の話を遮ることはなかった。
「それと、自分の命を軽く見すぎるところもあるかな」
「どういう意味ですか?」
「彼女は、誰かを守るためなら、迷わず自分の命を差し出そうとするタイプなんだ。自分が守りたいと思った相手が生き残れるなら、自分の命を失っても構わないとさえ思っていた」
「……」
「幸い、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて、彼女は少しずつ他人への警戒を解いて、俺や他の仲間たちに心を開いてくれるようになった。今の彼女は、昔みたいに自分の身を顧みずに無茶をすることはなくなっているよ」
本当に……
出会ったばかりの頃の、あの冷えきっていた彼女を思い返すと、どうしても心配になってしまう。
「あ、それから彼女は、とても頼りになる人でもあるんだ!戦っている時、彼女が俺の後ろにいてくれるだけで、ものすごい安心感がある。安心して背中を預けられる、そんな仲間なんだ」
「……」
ん?
華恋は、まるでぼんやりしているかのように俯いていた。
いつの間にか、彼女は一言も話さなくなっていた。
「華恋?」
「あ、すみません……!今はただ、彼女はそういう人なんだなって、心の中で感心していただけです。道理でママが昔のことを話す時……特にリリスさんのことを話す時は、いつも生き生きとした表情をしているわけですね。それに、毎回とても楽しそうで……」
「あ……」
道理で、彼女がリリスのことを聞いてきた時、どこか引っかかるものがあると思ったんだ……
もしかして、華恋は静さんがリリスのことを自分より大切に思っているんじゃないかと不安になって、ママを取られてしまうようで怖いのだろうか?
「実は……俺はリリスと静さんから、個人的にいくつか頼まれていることがあるんだ。それに、君たち母娘の過去についても、静さんから少しだけ聞いている……」
「……!」
「だから、これはあくまで俺の推測なんだけど……もしかして、華恋は自分がリリスに敵わないんじゃないか、静さんは自分より彼女のことを好きなんじゃないかって不安で、あの人を彼女に取られてしまうんじゃないかと怖くなっているのか?もし俺の勘違いだったら、ごめん……」
「……はい。あなたの言う通りです。私はただ、ママが私のそばからいなくなってしまうんじゃないかと不安で、リリスさんのことをあなたに聞いたんです。ママは彼女の話をするたびに、明らかにいつもより嬉しそうな顔をします。だから、リリスさんがどんな人なのか、知りたいと思って……」
彼女は地面に落ちていた枯れ枝を一本拾い、そっと焚き火の中へ投げ入れた。
枝は炎に呑み込まれ、ぱちぱちと小さな音を立てた。
「だって……あなたも、もう知っているんですよね?私はママの実の娘じゃないって……」
彼女は立ち上がり、憂いを帯びた表情で俺を見つめた。
その姿は……
今にも泣き出してしまいそうに見えた。
このことは、きっとずっと前から彼女の心の奥に重くのしかかっていたのだろう。
「でも……考えたことはないのか?リリスだって、静さんの娘じゃないんだぞ。だったら、静さんが君の前からいなくなるはずがないだろ?」
「リリスさんは、私よりずっと優れています。今あなたの話を聞いて、私まで彼女のことを尊敬してしまいました。リリスさんが、まさかそんなに素晴らしい人だったなんて……私の知っている異世界人とはまるで違います。聖人と呼ばれてもおかしくない人だとさえ思います……」
「華恋、自分と静さんの絆をそんなに軽く見ちゃだめだ。静さんは君を小さい頃から育ててきた人なんだ。そんな人が、君を……」
「それでも、私とママには血の繋がりがないんです!あなたに分かりますか?自分を見守って育ててくれた人が、実は自分の本当の母親じゃなかったと知った時、私がどれだけ衝撃を受けたのか!」
華恋は目尻に涙を浮かべ、苦しそうに胸元を押さえながら、俺に向かって声を張り上げた。
そこまで聞いて、俺はむしろ一つのことを確信した。
彼女はきっと、とても大切なことを一つ誤解している。
「……血の繋がりって、本当にそこまで大事なものなのか?」
「何を……言っているんですか?」
「俺が言いたいのは、たとえ二人が本当の母娘じゃなかったとしても、君たちの関係はもうとっくに築かれているんじゃないのかってことだ。華恋は、静さんが本当の母親じゃないからって、彼女をママだと認めなくなるのか?」
「そんな……そんなこと、するわけがありません……」
「だろ?人と人との関係は、血の繋がりだけで決まるものじゃないんだ」
血の繋がりがあるかどうかなんて、ただの条件の一つにすぎない。
二人の間に本当の関係を築けるかどうかは、絆という名の繋がりにかかっているのであって、検査報告書に並んだ冷たい文字で決まるものではない。
「……」
「あまり難しく考えすぎなくていいんだ。君は今まで通り、静さんと接していればいい。何があっても、あの人は君のママだよ。俺が保証する。静さんが俺に、君と話してほしいって頼んできた時、顔には心配と焦りがはっきり滲み出ていたんだぞ?そんな人が、君を自分の娘じゃないなんて言うと思うか……?」
どうだ?
なんだか、俺まで偉そうなことをたくさん言ってしまった気がする……
「……」
彼女の頭の中は今、俺が言った一つ一つの言葉を理解しようと、全速力で回っているのだろう。
見る限り……
どうやら、俺の言葉はちゃんと届いているみたいだった。
「私……ママと話してみます」
「頑張れ、華恋。君がちゃんと胸の内にある不安や思いを伝えれば、静さんはきっと応えてくれるはずだ」
「はい……そうだといいですね。エミール、本当にありがとうございます。私の話をこんなに聞いてくれて、それに、ママのためにわざわざ私を説得してくれて……」
「はは、気にするなって。強いて言うなら、この役目もリリスに押しつけられたようなものだしな。あいつは頭がいいから、自分が君と話すのは向いていないって、最初から分かっていたんだと思う。それで俺に、君と話すよう頼んだんだろうな」
「そうだったんですね……」
ガサッ――
「「……!」」
少し離れた路地裏から物音が聞こえた瞬間、俺と華恋は反射的に【武装化】を発動していた。
そして次の瞬間、俺の二、三倍はありそうな巨大なオークが、路地裏の暗がりから姿を現した。
「華恋、いけるか?」
「もちろん問題ありません。あなたは?逃げないんですか?あの相手、かなり危険そうに見えますよ?」
「女の子を一人であんな化け物に向かわせるわけないだろ?俺のことは心配しなくていい。こっちは大丈夫だ。俺が援護するから、君は側面か背後から攻撃してくれ。できるか?」
「ふふ、誰かに指揮されるのは……なんだか新鮮ですね」
華恋はすぐに純白の双翼を広げると、その場で俺の次の指示を待った。
「そうか?それなら、いいところを見せないとな。華恋、君の機動力が必要だ。頼む、空からあのオークに向かって突っ込んでくれ。俺は君に『交換』を使って、一気にあいつの目の前まで詰める」
「『交換』……あなた、面白そうなスキルを持っているんですね。分かりました。あなたもちゃんと気をつけてくださいね!」
華恋は俺に頷くと、すぐに俺の指示通り、空からまっすぐあのオークへと飛んでいった。
「驚いたか?意外だっただろ?」
オークは、地球人が空を飛べるなんてまったく予想していなかった。
だから俺と華恋が『交換』を発動した後、奴は防御する暇もなく、俺の斬撃をまともに身体で受けるしかなかった。
逆上した奴は、すぐさま俺の頭を狙って、手にしていた斧を振り下ろしてきた。
ガァン――――――!
幸い、俺は寸前で大剣を持ち上げたおかげで、予想外の一撃をどうにか受け止めることができた。
「華恋、次は君の出番だ!」
「はい!『羽根の舞』!」
オークは油断していた。
奴の視線は俺に釘付けになっていて、戦場にまだ華恋がいることにまったく気づいていなかった。
華恋は素早く背後へ回り込むと、相手の死角から、オークの両腕に向けて何本もの羽を撃ち込んだ。
しかし、オークの皮膚はあまりにも分厚く、華恋の羽ではその皮膚を貫くことができなかった。
その時、奴は俺の目の前で斧を振り上げると、そのまま振り向き、低空を飛んでいた華恋へ向かって投げつけた。
「『交換』」
真正面から飛んできた斧を、俺はすぐさま大剣で受け止めた。
それと同時に、奴は華恋に完全に背中を晒していた。
オークの背後に現れた白鳥も、当然、この千載一遇の好機を逃すはずがなかった。
「『変形呪・双剣』!」
彼女は両腕を二本の長剣へと変化させ、肉眼ではほとんど捉えきれない速度で無数の斬撃を放った。
一撃一撃で奴の身体を完全に斬り裂くことはできなかったものの、その分厚い皮膚には、確かに深い傷がいくつも刻まれていった。
「『挑発』!俺がここにいる限り、華恋の髪の毛一本にも触れさせるつもりはない!」
「――――――!!!」
オークは背後にいる華恋へ襲いかかろうと振り返りかけたが、俺のスキルによって強制的に視線をこちらへ戻され、怒りの咆哮を上げた。
「これで……終わりです!」
最後に、華恋は奴の動きが止まった一瞬を逃さず、一振りでオークの心臓を貫き、その命を鮮やかに断ち切った。
「エミール、さっき三階くらいの高さから落ちていましたけど、大丈夫なんですか!?」
「俺?大丈夫だよ、安心してくれ。俺には『超再生』があるから、たとえ頭を斬り落とされても、しばらくすれば復活できるんだ。さっき着地した時に捻った両足も、もう治ってる」
「頭を斬り落とされても復活できるんですか……!?あなたのスキル、強すぎませんか?でも、たとえ死なないとしても、次からはあんなことをしてはいけませんよ?あんな高いところから落ちたら、痛いでしょう?」
しまった、失敗した。
俺は自分が死なないから、戦い方がどうしても無茶になりがちだ。
華恋を驚かせてしまうことを、すっかり忘れていた。
「悪い悪い。次からはもう少し気をつけるよ」
「はぁ……まったく。あなたって、そういうところは少し抜けているんですね」
「あははは……仲間にも何度も注意されてるんだけど、時々頭に血が上ると、そのまま突っ込んじゃうんだよな。でも、さっきの初めての連携は、なかなか悪くなかったんじゃないか?」
「それについては、私も同意します。無茶をするところはともかく、さっきのあなたは本当に頼もしかったですよ、エミール?」
華恋は苦笑すると、俺に向かって手のひらを上げた。
これは、ハイタッチってことだよな?
ハイタッチ~
「目の前で誰かが傷つくところなんて、見たくないからさ。とにかく、褒めてくれてありがとな」
「それでは、あなたはもう戻って休みますか?私はそろそろ戻ろうと思います」
「俺もそのつもりだ。一人でここにいてもつまらないし、行こう」
「はい」
アルカディアの外壁のところまで戻ると、俺たちはそこでいったん別れた。
家に戻った時には、時刻はすでに夜の十時を回っていた。
そのまま軽く身支度を済ませると、急いでふかふかの布団に潜り込み、今日の一日に区切りをつけた。




