終章 幕開け
「ふあぁ~眠すぎる」
「お前、昨夜いったい何してたら、今日そんなに疲れるんだよ……」
教室に着くなり、コリンは鞄を置いたあと、すぐに人目も気にせず大きなあくびをした。
「新しいエロゲがリリースされたんだよ。それで昨夜、気づいたら二時までやってて、そこでようやくもうかなり遅い時間だって気づいたんだ……」
この人、ちゃんと人間らしい生活できてるのかな?
「だからさ、そのゲームがマジで――」
「エミールっち、おはよ~」
「え?」
コリンがゲームの話を続けようとしたところで、ちょうど教室に入ってきたキャロリンが俺の席のそばまで駆け寄り、元気いっぱいに挨拶してきた。
それを見たコリンは、わけがわからないといった様子で、俺たち二人を交互に見比べていた。
「おはよう、キャロリン」
「待て、お前いつの間にキャロリンとそんなに仲良くなったんだ?お前は俺側の人間じゃなかったのか?俺たち独り身同盟の絆はどうした?まさか昨日、俺が一人で部屋にこもって負け犬やってる間に、お前はもう陽キャ側に寝返ってたのか!?」
いつお前とそんなダサすぎる絆を結んだんだよ?
「何?私がエミールっちと仲良くしちゃダメなの?」
その言葉に、キャロリンも不満そうに頬を膨らませた。
「いや、俺はただ、エミールとお前ってあんまり接点なさそうだと思っただけで……」
「はぁ……放課後、いつもの休憩場所に一緒に行こう。俺がどうやってキャロリンと知り合ったのか、少し説明するよ。キャロリン、それでいいか?コリンは秘密を守ってくれる。俺が保証する」
コリンなら、話しても大丈夫だと思う。
「エミールっちがそう思うなら、問題ないと思う。私はあなたの判断を信じるよ」
「うわぁ……なんだよこの二人、熟年夫婦みたいな空気出しやがって。腹立つな……そうだ、お前ら知ってるか?今日、うちのクラスに新しい担任が来るらしいぞ。しかも相手は白髪の美女らしい。スタイルもかなりいいタイプだってさ!へへへ……」
え……
白髪……?
「キャロリン、お前も今、俺と同じこと考えてたりしないよな……」
「あはは……奇遇だね。たぶん私たち、今まったく同じこと考えてると思う……」
「お前ら、いい加減にしろよ?俺は新しい担任の話をしてるんだぞ。ここでお前らのイチャつきを見せられてるわけじゃないんだよ!」
イチャついてるわけじゃないからな、コリン。
あとでわかるよ……
ガラッ――
その時、教室の扉が開いた。
俺とキャロリンにとっては、あまりにも見慣れた白髪の女性が、何冊かの教科書を手にして入ってきた。
「皆さん、こんにちは。私はあなたたちの新しい担任です。私への呼び方については、指導者でも、先生でも構いません」
丸眼鏡をかけた指導者さんは、パタン、と教科書を無造作に教卓の上へ置き、クラス中の視線を集めてから、厳しい口調でそう告げた。
全員の視線が自分に集まったのを確認すると、彼女は黒板のそばに置いてあったチョークを手に取り、黒板に大きく「指導者」と書いた。
「今朝、やけに早く起きて出かけていったから、何をするつもりなのかと思ってたけど……」
「たぶん……学校に着任しに来たんだと思う……」
「そこの三名の生徒、席に戻ってください。授業を始めます」
俺とキャロリンの話し声を聞いた指導者さんは、すぐにチョークを手にしたまま、俺たち数人を指差して注意してきた。
「じゃあ、私は先に席に戻るね……ばいばい、エミールっち。昼休みにまたね!」
チョークを直接投げつけてこなかっただけ、まだ幸運だった。
それを見たキャロリンは、朝食代わりにチョークを一発食らうのを恐れたのか、すぐに空気を読んで自分の席へ戻っていった。
「おおっ!厳しい、好き……!」
「座りなさい!」
「ぶは――」
コリンがまだ突っ立ったまま馬鹿なことを言っているのを見て、指導者さんはとうとうチョークを投げ……
いや、あの速度はもう、チョークを撃ち出したと言うべきだった。
コリンの眉間に命中したチョークは、次の瞬間には粉々になっていた。
衝撃を受けたコリンも、そのまま自分の席に尻もちをつくように座り込み、気絶した。眉間には、煙を上げる赤い跡が残っていた。
「「「「「「……」」」」」」
ひいいい!
指導者さん、本気だ!
もし俺たちがあと一歩遅れていたら、教室には席で気絶している生徒が二人追加されていたかもしれない。
この日から、指導者さんの授業は学校で一番静かな授業になり、しかも生徒全員が真面目に話を聞くようになった。
……当たり前だろ、そんなの!?
誰だってチョークで撃ち抜かれて気絶なんてしたくないわ!
——————
——♪——————♪
昼休みを告げる鐘が鳴った。
「今日の授業はここまでです。皆さん、帰宅後は私が出した宿題を必ず忘れずにやっておくように」
手元の教材を軽く整理してから、指導者さんはそう言った。
あとで聞かないとな……いったいどうやって教師としてこの学校に潜り込んだのか。
というか、指導者さんの授業、普通にレベル高くないか?
「それからエミール、キャロリン。あなたたち二人は私と一緒に職員室へ来なさい」
そう言い終えると、彼女は振り返りもせずに歩いていった。
他のクラスメイトたちは、まるで面白いものでも見るかのような表情で俺たち二人を見つめている。きっと俺たちがどこかで指導者さんを怒らせたと思っているのだろう。
はぁ……
「ぷっ、キャロリンと二人で職員室行きか。幸運を祈ってるぜ」
「はいはい」
「そんなに余裕ぶってるとは……なかなかいい度胸してるじゃねえか」
まあ、俺たちは指導者さんと私的にも知り合いだし、さすがに何かされることはない……よな?
「行こ、エミールっち。あの人をあまり待たせないほうがいいよ」
「わかった。コリン、時間がある時に、俺たちがどうやって知り合ったのか話すよ」
「はいはい、恋愛ロマンスってやつだろ?楽しみにしてるぜ」
この人、ほんと一瞬でも馬鹿なこと言ってないと、全身が落ち着かないのか……
◇
「来ましたか。昼休みに呼び出してしまってすみません。これはあなたたちの昼食です。ここでそのまま食べてください」
俺たち二人が来たのを見ると、指導者さんは袋の中から見るからに美味しそうな弁当箱を二つ取り出し、俺たちの前に差し出した。
それから、視線で俺たち二人に座るよう促してくる。
うわ!
弁当の上に、肉もかなり多めに乗せてくれているみたいだ。
「えっと……その弁当を買うお金、どこから出したんだ?」
「給料の前借りです。給料を前借りできることを知らないのですか?」
生まれてこの方、出勤初日に給料を前借りできるなんて初めて聞いたんだけど……
「指導者さん、どうやって私たちの学校の先生になったの?しかもエミールっちと私の担任だなんて!すごい偶然だね~」
「それですか。少し小細工をしました」
「「……」」
その小細工が何なのかは、これ以上聞かないほうがいい気がする……
「では、これがあなたたちを呼んだ理由です」
「「!!!」」
指導者さんが俺たちに差し出したのは、探索者試験の受験申込書だった。
そこにはすでに、俺たち二人の個人情報が記入されている。
「これは私が学校側の名義であなたたちを申し込んだものなので、すべての費用は学校が負担してくれます」
まさかの無料!?
「指導者さん、本当にありがとうございます」
「おおっ、無料で受けられる探索者試験!これでまた家の出費を一つ減らせるね!」
「礼は不要です。これはただの相互利益ですから。試験の日時は来週の日曜日です。予定を空けておいてください。私たちも一緒に参加すればいいでしょう」
昨日、服屋を見て回ったあと、俺とキャロリンは彼女に、一緒にチームを組まないかと提案した。そして彼女も少し考えた末に、それを受け入れてくれた。
ただ正直なところ、ここまで動きが早いとは思っていなかった。たった一日で、もう関連するものを用意してくれていたなんて。
「それと、精鋭クラス以外の編織者にも野外授業へ参加させるための“申請”を、私のほうから学校に提出しておきました。もう少しすれば、学校側から通達が出るはずです。
あと、普通クラスの編織者は人数が少ない可能性があるため、複数のクラスから参加者を集め、一つの小隊として編成する“混合クラス制度”が採用されるでしょう。
ただし、あなたたちは必ず私が担当する小隊に配属されるようにしてあります。ですので、先に伝えておこうと思いました」
???
「朝から今まで、まだ三時間も経ってないんだけど。そんな短時間で、もうそこまで色々片づけたのか!?」
「ええ、楽勝です」
この人の仕事効率、マジでとんでもないな……
「驚きはしたけど、指導者さんって本気を出すと本当に頼りになるね。普通クラスの編織者も一緒に野外授業へ参加させるのは、絶対いい判断だと思う。私、聞いたことがあるんだけど、編織者の道に進みたい人の中には、成績が足りなくて精鋭クラスに入れなかったり、家があまり裕福じゃなかったりして、精鋭クラスの子たちを羨ましがってる人がたくさんいるんだって。何より大事なのは、これが無料ってことだよ!」
キャロリンがまさにいい例だ。
彼女は家が裕福ではないから、普段からこっそりスキルを使って【仙境】に忍び込み、探索していた。
これで学校側が普通クラスの編織者にも野外授業への参加を認めるつもりなら、おそらくその普通クラスの編織者たちも俺たちと同じように、学校側の名義で探索者試験に申し込むことになるのだろう。
【仙境】を探索したい人にとっては、間違いなく朗報だ。
「その通りです。編織者になるのに、優秀な成績など必要ありません。むしろ戦闘技術と経験こそが重要でしょう?そもそも学校側が、成績優秀でなければ精鋭クラスに入れない制度にしておきながら、野外授業は精鋭クラスの生徒にしか提供しないというのは、最初から愚かすぎる判断です……若い編織者たちの成長時間を、完全に無駄にしています」
「おいおい、忘れるなよ。お前も今は学校側の人間なんだぞ?」
「学校は、私が目的を実現するための道具にすぎません。私は自分の手元にあるすべてを利用して、目的を達成したいだけです。ですので、自分が学校側の人間だとは思っていません」
指導者さんは、とんでもなく無責任なことを平然と言ってのけてから、手元のティーカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。
「お前の目的って何なんだ?」
彼女の表情は真剣そのものだった。
それが気になって、俺は思わず彼女に問いかけてしまう。
「覚醒済みの編織者全員を、最低限、自力で生き残れる戦力に引き上げることです」
「うぐっ、けほっけほっ……戦争でも起こすつもりなの!?」
突然飛び出したその一言に、弁当を豪快に頬張っていたキャロリンがむせた。
それから彼女はどうにか落ち着いたあと、冗談めかしてそう付け加えた。
「戦争ですか……?もしかすると、あなたの言う通りかもしれませんね」
「え……?マジで?誰と?」
指導者さんの次の一言に、キャロリンは驚きのあまり、箸を弁当箱の中へ落としてしまった。
「ふん……あなたたちは、相手が極めて凶暴で、暴虐を好む狂人だと知っていれば十分です。今の私にできることは、この名前の通り、大人しく“指導者”を務めることだけですから」
また、この表情だ。
一昨日、俺が指導者さんを家に連れて帰って、夕食を用意してあげた時も、彼女はずっとこんな表情をしていた。
本当に気になる……
いったい何を背負っていれば、彼女はここまで疲れた表情を浮かべるのだろうか?
「指導者さん」
「何ですか?」
「もし助けが必要なら、遠慮なく俺に言ってくれ。俺にできる範囲で、全力で力になるから」
「なんで私が入ってないの?指導者さん、私もだよ!手伝いが必要な時でも、疲れた時でも、私たちのところに来ていいんだからね。私たちはみんな、あなたの味方だから!今はもう、友達なんだしね~」
自分が俺の言葉に含まれていないことに気づいたキャロリンは、俺たちの前に身を乗り出し、元気いっぱいに右手を上げて、自分も参加したいと主張した。
俺としては、彼女を巻き込みたくなかっただけなんだけどな……
「……」
今もまだ、俺たちを信じていいのか考えているんだろう?
大丈夫だよ、指導者さん。
一歩ずつ進んでいけばいい。
「へへっ、私、今けっこういいこと言ったよね?少年漫画っぽくなかった?友~情~☆」
「悪くありません。では、その言葉に甘えて、あなたたちに一つ、小さな手伝いを頼みます」
「何なに?聞かせて聞かせて」
「学校内では、私は立場上あなたたちの先生です。ですから、きちんと先生と呼びなさい。指導者さんではなく」
「えっ……」
ぷっ。
彼女の発言はまたしてもキャロリンの予想を裏切り、その頭を完全にフリーズさせた。
まさか彼女が最初に口にした要求が、そんなことだとは……
「返事は?」
「「わかりました、先生」」
ここまでで、第一巻はいったん終了となります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
本作は全九巻構成を予定しています。(中国語版の現時点での総文字数は八十五万字近くあり、日本語に翻訳するとさらに増えると思います)
指導者さんの個人章も含めて、第五巻でメインストーリー最初の山場を迎える予定です。
そして指導者さんの個人章から、物語は少しずつ残酷で重い方向へ進んでいきます。
この先の展開は、きっと皆さんが想像している異世界作品の枠を超えていくと思います。
ぜひ楽しみにしていてください!
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