【Side:キャロリン】ただ静かに、あなたのそばにいたい
「行こ、みんなで美味しいもの食べに行くよ!」
「いいの?これはあなたが自分で稼いだお金なんだから、自分のために大事に使ってもいいのよ?」
「平気平気、ママ。私はただ、今まで育ててくれた恩返しがしたいだけだから、気にしないでよ」
「ふふ……ありがとう、キャロリン」
ママはそれを聞いて、嬉しそうに笑った。
その後、パパが着替えを済ませた弟と妹を連れて、リビングへやって来た。
「そういえば、この後もう二人、一緒に食事をする人がいるんだったよな?」
「うん。一人は私をすごく助けてくれた同じクラスの子で、もう一人は……えっと、昨日私たちを助けてくれた恩人……かな?」
たぶん、そんな感じだよね?
私も、指導者さんと自分がどういう関係なのか、いまいちよくわかっていない。
「その二人のうち、きっと一人は男の子だな」
「え?パパすごい。どうしてわかったの?」
「今日は珍しく早起きして身支度している子がいたからな。家を出る前も、洗面所でずっと髪を整えていただろう?」
「……!」
うわあああ!!!
見られてたの!?
「パ……パパ!からかわないでよ!!!」
「ふふ……いや、別に。ただ気になっただけだよ。週末はいつも昼まで寝ている怠け者を、早起きしてまで準備させる男の子が、いったいどんな子なのかってね」
そう言って、パパとママは二人そろって、優しい視線を私に向けてきた。弟と妹もそれを見て真似するように、一緒になって温かい目で私を見つめてくる。
恥ずかしすぎる!
異性と一緒に出かけるんだから、ちゃんと身だしなみを整えるのは当然でしょ……
そういえば、男の子と一緒に出かけるのって、これが初めてかも?
——————
「あ、見えた。あそこにいる二人だよ」
エミールっちの私服って、あんな感じなんだ。
黒いパーカーに黒い長ズボンで、全身真っ黒。
どうして男の子って、あんなに全身黒い服が好きなんだろう?
指導者さんのほうは、昨日のあの白いワンピースに着替えていて、全身から上品な雰囲気を漂わせていた。
いや、待って!
昨日の白いワンピース?
じゃあ、昨夜エミールっちの家にいた時、彼女はいったい何を着ていたの!?
それに、どうしてあのワンピース、新品みたいに戻ってるの!?
昨日はあちこち破れていたし、血もたくさん付いていたよね?
「悪い男の子には見えないわね」
「なら、少しは安心だな」
私が一人で遠くにいる二人を見つめながら、あれこれ考えていると、ママとパパが突然、なぜか納得したように頷いた。
どうしてエミールっちを見た第一声がそれなの?
「もう、ほんとに……あとで二人の前でそういう余計なこと言わないでよ?恥ずかしいんだから」
何度も念を押してから、私はみんなを連れてエミールっちと指導者さんのところへ向かった。
「やっほー、エミールっち、指導者さん!」
「お、来たな。おじさん、おばさん、こんにちは。俺はキャロリンの同じクラスのエミールです。それから、こちらは指導者さんです……ひとまず、そう呼んであげてください。弟くんと妹ちゃんたちも、こんにちは」
「こんにちは」
指導者さんは相変わらずだった。
クールな彼女は、ただ簡単に挨拶をしただけ。
まあ、いいか。
パパとママもあまり気にしていないみたいだし、それなら大丈夫。
「昼ご飯はどこで食べるんだ?」
エミールっちはあまり外で食事をしないみたいで、この辺りにどんな美味しい店があるのか、あまり詳しくないようだった。
「せっかく今日はお祝いするつもりなんだし、いっそお寿司を食べに行こう!お寿司!」
「「わぁ……お寿司!」」
うちの小さい二人もお寿司が大好きだから、懐に少し余裕があるうちに、好きなものを食べさせてあげよう。
「寿司、いいな。指導者さんも問題ないですよね?」
「ええ」
なんだか、この二人、妙に距離が近くなってない……?
私の気のせいかな?
二人の間にあった距離感が、昨日みたいなはっきりした隔たりではなくなっている気がする。
「……それじゃ、みんな私についてきて!この近くに、すごく美味しいお寿司屋さんがあるんだ。前に友達と一緒に食べに来たことがあるの!」
こういうちょっとした案内なら、私に任せて!
◇
「回転寿司だ!」
「お寿司が回ってる!」
「ふふ、そうだよ。いい?ちゃんと食べられる分だけ取るんだよ。食べ物を無駄にしちゃダメだからね?」
「「うん!」」
いい子いい子〜。
この二人は、よその家の弟や妹と比べても、本当にずっとお利口さんだ。
「パパ、ママ、食べたいお寿司を好きに取ってね。遠慮しなくていいよ、今日は私の奢りだから」
えへへ、なんだか私も、家計を支える大人になったみたい。
ちょっと大人っぽくて、いい感じ!
「エミール、この魚の切り身……火が通っていなくても食べられるのですか?」
「ん?これは刺身で、ちゃんと処理されてるから大丈夫だよ。お腹を壊したりしないから、安心して食べてみて。醤油とワサビを少しつけると生臭さも和らぐし、美味しいよ」
「試してみます……」
指導者さん、お寿司を食べたことないのかな?
……
彼女という存在は、私たちにとって謎そのものだ。
【仙境】にエレベーターがあることも知らないし、刺身のお寿司を食べたこともない。
私たちと彼女の間には、知識の面である程度の断絶があるのだと思う。
まあ……
そういえば、【仙境】にエレベーターが設置されたのも、つい最近のことだった。
それまでは、私たちもずっと真面目に階段を使って、次の階層へ向かうしかなかったのだ。
「うっ……!?これは……けほっ!鼻に来ますね!」
「うわうわうわ、なんで一回でそんなにワサビ乗せたんですか!?はい、お茶です!」
「「あははは!」」
意外と、彼女は少し天然なのかもしれない。
さっき指導者さんが寿司に乗せたワサビの量は、かなりのものだった。
私とエミールっちが止める前に、彼女はそのまま刺身のお寿司を口に運んでしまった。
顔を真っ赤にした彼女の姿に、弟と妹は笑いが止まらなくなっている。
エミールっちが差し出したお茶を飲み終えて、彼女はようやく落ち着いたようだった。
「ワサビ……覚えました」
「なんで宿敵の名前みたいに言ってるんですか!?」
「ぷはははは……!」
エミールっちのツッコミは毎回私のツボに刺さって、つい笑いが止まらなくなってしまう。
「指導者さん、生魚のお寿司が無理なら、他の種類のお寿司も試してみるといいよ?たとえばこの天ぷら寿司、私の超おすすめ!」
「すみません。やはり、生魚はどうしても口に合わないようです……天ぷら寿司を二皿、注文してもらえますか」
「いいよ〜」
ここでは、生魚が食べられない人なんて本当に珍しい。
「その……指導者さん、娘を助けてくれてありがとうございます。何があったのかは詳しく知りませんが、この子があなたのことを、ずっとすごい人だと褒めていまして」
パパはふと思い出したように箸を置き、真剣な表情で指導者さんに頭を下げて礼を言った。
「パ……パパ!」
「いえ、お互い様です。彼女にも私の命を――むぐむぐっ!?」
指導者さんが自爆しかけるより早く、エミールっちは迅雷のごとき速さで彼女の口を塞いだ。その様子に、パパとママは不思議そうに二人を見つめていた。
「彼女は……昨日、強盗に襲われたんです。ちょうど俺とキャロリンがその場に居合わせて、最終的に彼女を助けることができました」
エミールっちは、どうにかもっともらしい嘘をひねり出した。
早く話を合わせて、続きを繋がないと!
じゃないと、いくらなんでも怪しすぎる!
「そ、そうそう!あの時、めちゃくちゃ危なかったんだよ。彼女のバッグ、強盗に奪われそうになってたし!エミールっちが強盗の股間に一発蹴りを入れてくれなかったら、もしかしたら大変なことになってたかも」
エミールっちは、私が必死に話を合わせようとしているのはわかってくれたみたいだけど、それでも「そこまで言う必要あった?」と言いたげな顔を向けてきた。
ここはもう、心の中で手を合わせて謝るしかない。
ごめん、ちょっと盛りすぎたかも!
「そうなのか……?はぁ、君たちが無事ならそれでいい。これから強盗に遭った時は、警察に任せたほうがいいぞ。危ないからな」
「あはははは、そうだね……」
幸い、パパは違和感に気づかず、そのまま信じてくれた。
ごめんね、指導者さん。
そんな目でエミールっちを見ないであげて。彼はただ、私の秘密を守ろうとしてくれただけだから。
◇
お腹もいっぱいになったし、次は指導者さんの服を買いに行こう。
「私はこのワンピースだけで十分です。あなたたちに迷惑をかける必要はありません。それに、私には新しい服を買うお金もありませんので……」
「俺が出しますよ。返したくなったら、その時に返してくれればいいです」
「そうそう。女の子なのに服が一着だけなんてダメだよ。それに、指導者さんってスタイルも顔もいいんだから、ちゃんとおしゃれしないともったいないって!」
予想通り、私たちの好意は彼女に断られてしまった。
でも、私とエミールっちは、それでも彼女に服を買ってあげたいと思っていた。
「はぁ……わかりました。仕事を見つけてお金を稼げるようになったら、後で必ず返します」
「それじゃ、パパ、ママ。私とエミールっちは、先に指導者さんの服を買いに行くね!帰り道、気をつけてね!」
私の家族はもともと、昼食を食べ終えたら家に帰る予定だった。
一方、私とエミールっちは、指導者さんを連れて服を買いに行く。
だから簡単に別れの挨拶を済ませた後、私たちは一緒に百貨店へ向かった。
◇
「じゃじゃーん。ここがアルカディアで一番品揃えがよくて、一番お手頃価格で、女の子もたくさん通ってる服屋さんだよ!」
「ふむ……」
どうしてまだあまり興味なさそうなんだろう?
女の子って、服の話になったらもっとテンション上がるものじゃないの?
「この服、試してみて。淡い青色のトップス、絶対似合うと思う!それに、このベージュの短いスカートを合わせたら、かなりいい感じになるんじゃないかな」
「わかりました。試着室で試してみます。ありがとうございます」
指導者さんは私が差し出した服を受け取ると、そのまま真っすぐ試着室へ入っていった。
「ありがとうな、キャロリン。俺一人だったら、きっと何を選べばいいかわからなかったよ」
「平気平気。だって、彼女は私たちの恩人だもんね〜」
……
次は、何の話を振ればいいんだろう?
男の子と二人きりになるのが初めてだからなのか、さっきから胸がずっとドキドキしている。
顔、熱いかも……
「「あの……あっ!」」
タイミングがいいというか悪いというか、私たちはまた同時に相手へ何かを話しかけようとしてしまった。
ぷっ……
これが、いわゆる息ぴったりってやつなのかな。
「キャロリンから先にどうぞ」
結構、紳士的なんだ……
「うん……私が聞きたかったのは、私たちがいつ編織者の試験を受けに行くかってことなんだけど」
「あっ!俺も今、それを話そうと思ってた!」
「本当?えへへへ、やっぱり私たち二人の息ぴったり具合、侮れないね」
ドクン、ドクン——
なんだか、また胸の鼓動が速くなった気がする。
変なの……
「実は俺が話したかったのも、俺たちのチームのことなんだ。指導者さんも編織者だし、しかも【仙境】のルートに詳しいだろ?だから……彼女にも俺たちのチームに入ってもらったほうがいいんじゃないかって思ってる」
チクリ。
「無料の案内役ってことでしょ?もちろん問題ないよ」
「賛成する理由が、無料の案内役だからなのか!?」
「あはははは!冗談冗談〜。指導者さんは一度私たちと組んで戦ったことがあるし、私たちも彼女のことを多少はわかってるでしょ?それに、かなり高い指揮能力もありそうだったから、私も興味があるの」
「それもそうだな……彼女の指示は本当に簡潔でわかりやすかった。後で家に帰ったら、俺から彼女に話してみるよ」
チクリ。
私、いったいどうしたんだろう?
「お?これは幼馴染くんじゃない?」
その時、私たちの背後から女の子の声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこに立っていたのは【荊棘の女王】と呼ばれるセレイアと、その親友であるレイ、マリーの二人だった。
「えっと……こんにちは。君たちも服を買いに来たのか?」
「はい。こんなところでエミールさんに会えるなんて、本当に偶然ですね」
マリーさんはにこにこと笑いながら、エミールっちにそう答えた。
「……」
一方、セレイアさんはただ隣に立ったまま何も言わず、私たち二人をじっと見つめていた。
「へぇ……たしかこの子、あなたのクラスのギャル同級生だったわよね?珍しいね。まさか二人で出かけてるなんて。もしかして……?」
レイさんは私をちらりと見た後、興味津々といった様子でエミールっちのほうを向いた。
そして、にやにや笑いながらエミールっちのそばへ寄り、小声で彼に尋ねた。
「君が想像してるようなことじゃないって。ただ、昨日たまたま彼女を手助けすることがあって、それで今日は一緒に昼飯を食べに行っただけだ。彼女は俺のクラスメイトで、キャロリンっていうんだ」
「こんにちは……」
チクリ。
……
「もう、考えすぎだよ、レイさん……私とエミールっちは、そういう関係じゃないから」
そう口にした瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
自分で言ったはずなのに。
本当に……
苦しい。
「そういえば、リヤたちの昨日の野外授業は順調だったのか?」
「順調。簡単に終わったわ」
「そっか……」
「……」
……
彼は……
きっと、セレイアさんのことが好きなんだと思う。
二人は幼馴染の関係らしいけど、子供の頃に何かがあったのか、今はお互いによそよそしくなってしまったらしい。
シャッ。
ちょうど新しい服に着替えた指導者さんが、試着室から出てきた。
「エミール、キャロリン。この服装はどうでしょうか?」
彼女は私とエミールっち以外の三人に気づいていないらしく、そのまま真っすぐ私たちの前まで歩いてきて、声をかけてきた。
「……!?」
今、セレイアさんが指導者さんを見た時、なんだか少し驚いたように見えたけど……?
「あなた……エミール、この女、何かおかしいわ」
「リヤ、そういう言い方は指導者さんにちょっと……失礼じゃないか?」
「そんなことはどうでもいいの。私の忠告を聞いて。あなた……あなたたち二人は、できるだけ彼女から離れたほうがいい」
……?
セレイアさん、どうしたんだろう?
嫉妬……
という感じでもない。
今の彼女の表情は、むしろ何かに疑問を抱いているようで、そこにわずかな嫌悪感まで混じっているように見えた。
しかも、その感情は指導者さんだけに向けられている。
「どうして指導者さんがおかしいなんて言うんだ?何か根拠でもあるのか?」
ちゃんと説明してくれないと、私たちだって何が何だかわからないよ。
「おかしいものはおかしいの!エミール、キャロリン、私はあなたたちのためを思って言ってるの!彼女は本当に……うっ……え?違う……?どうして……」
「セレイア!?」
「リヤ!?」
「セレイアタン、どうしたの?」
セレイアさんは突然、苦しそうに頭を押さえ、口の中で何かを小さく呟き始めた。
その様子を見て、他の三人がすぐさま心配そうに駆け寄った。
「すみません。セレイアは少し疲れているのかもしれません。私たちは先に、あそこの小さな椅子で少し休ませてきますね。失礼します。本当にすみません」
「えっと……そんなことないよ。リヤをよろしく頼む、マリー」
「ばいばーい、幼馴染くん。三人でのデート、楽しんでね〜」
そうして、彼女たちはセレイアさんを支えながら離れていった。
「……」
まさか、学校でも有名な美少女のセレイアさんが、あんな……攻撃的な表情を見せるなんて。
「すみません、指導者さん。大丈夫ですか?」
「ええ。彼女がなぜそこまで私を嫌うのか、私には理解できません。彼女とは初対面のはずです」
指導者さん、強いな……
その表情には疑問こそ浮かんでいたけれど、傷ついているような気配は少しもなかった。
「ですから、彼女のことはひとまず置いておきましょう。話を戻します。この服装は、私に似合っていますか?」
あはははは……
この人、切り替えが本当に早いな……




