第11章 必要なのは、もう少しの時間だけ
簡単な夕食を済ませた後、俺はリビングのソファでのんびり横になり、スマホを取り出して時間を潰していた。
指導者さんは、あまりにも真面目な人だ。
食器は自分が洗ったほうが公平だと考えたらしい。
その結果、彼女は俺を流し台の前から半ば強引に追い出してしまった。
ちょうどキャロリンにメッセージを送ろうとしていた時、向こうから電話がかかってきた。
「もしもし〜、こんばんは。ちょうど俺も聞きたいことがあったんだ」
「そうなの?えへへ、それって結構息ぴったりかもね。私もさっき、午後に【仙境】でエミールさんと連携して戦った時のことを思い出してたら、興奮が止まらなくなっちゃって。だから、つい話したくなったんだ」
「お?何を話したいんだ?」
「私ね、どこかで時間を作って、一緒に探索委員会の試験を受けて、正式な編織者の相棒になって、それから一緒に【仙境】へ探索に行くのもありなんじゃないかなって思ったの。どう?いい考えだと思わない?」
たしかに、それはありだ!
キャロリンは合法的に【仙境】へ入って金を稼げるし、俺はそのついでに父さんと母さんの行方を探せる……
「俺も、その案はいいと思う。後でお互いに都合のいい日を探して、一緒に試験を受けに行こう」
「わぁ……やった!エミールっちなら、絶対そう言ってくれると思ってた!相棒があなたなら私も慣れてるし。それに、エミールっちは私にも優しいから、一緒にいてくれると安心するし……」
もしかすると、彼女も自分が今何を言ったのかに気づいたのかもしれない。
キャロリンの声はだんだん小さくなっていき、最後には沈黙が俺たちの間に落ちた。
……
電話の向こうのキャロリンが、どんな顔でこの言葉を口にしたのかはわからない。
けれど、今の俺の顔が間違いなく真っ赤になっていることだけはわかる。
ひとまず話題を変えて、別のことを聞こう。
「キャロリン、明日、指導者さんも連れていっていいか?」
「いいよ。そう言われて思い出したけど、さっき指導者さんも一緒にお祝いに誘うの、忘れてたね。でも、連絡取れるの?たしかあの人、スマホも持ってなかったよね?」
「実はな、彼女は今、俺の家にいる」
「は?」
電話の向こうから、完全に呆気に取られた声が聞こえてきた。
「エミールっち、まさかそういう人だったなんて……でも、安心して。私はそれでエミールっちのことを嫌いになったりしないから!」
それでも嫌いにならないんだ?
「彼女には泊まれる場所がないし、見た感じ、お金も持ってなさそうだったんだ。だから、しばらく俺の家に泊まってもらうことにした」
「エミールっちだもんね……そういう判断をするのも、なんとなくわかるよ。それじゃ、明日はついでに指導者さんの服も買おっか?お金は私たちで半分ずつ出して、一緒に新しい服をプレゼントしようよ」
「いや、金は俺が出すよ。君の財布だって、そんなに余裕があるわけじゃないだろ?だから費用は俺に任せてくれ。実は父さんと母さんが、俺が長い間不自由なく暮らせるくらいの金を残してくれてるんだ。だから大丈夫だ」
「エミールっちのお父さんとお母さん……これから私たちが【仙境】を探索する時、私も二人の行方をちゃんと気にしておくね!」
“私たち”……か。
ふふ。
キャロリンと知り合えて、本当によかった。
「ありがとう。それじゃ、また明日な」
「うん!また明日ね!」
以前の俺は、自分が一生、彼女と関わることなんてないと思っていた。
それなのに、思いがけない偶然がいくつも重なり、俺はこうして彼女と知り合うことになった。
「俺の周りにいる人たちは、みんな優しすぎるな……」
「エミール、食器はすべて洗い終わりました」
「あ、ありがとうございます、指導者さん。先に、これから使う部屋を決めましょうか?ついてきてください。二階の部屋なら、好きなところを選んでもらって大丈夫です」
「わかりました。ありがとうございます」
指導者さんは、俺の家の中でも、まだかなり遠慮している。
時間が経てば、少しは気を緩めてくれるのかもしれない……
そうだといいんだけど。
「そうだ、指導者さん。明日も一緒に――」
——————
「集合時間まで、まだ一時間ありますよ?」
翌朝、指導者さんはすでに自分の白いワンピースに着替え、ソファに座って俺を待っていた。
「問題ありません。早めに準備を済ませるのには慣れています」
「その服も乾いたんですか?まだ濡れているなら、無理して着て出かけなくてもいいですよ?」
「乾いています。先ほど血痕と破れを処理したついでに、乾かしておきました」
もしかして、服を乾かすスキルでも持っているのか?
というか、この人『裁縫』までできるのか?
昨夜はぼろぼろだった白いワンピースが、今はもう傷一つ見当たらない状態になっている。
いや、冗談だ。
さすがに、そんな便利なスキルまで持っているわけないよな。
「それなら、少し早めに出ましょうか?先に近所を案内しますよ。ここに慣れておいたほうがいいでしょうし」
「わかりました。お気遣い、感謝します」
「遠慮しなくていいですよ。せっかく同じ屋根の下で暮らすことになったんですから、俺たちはもう、家族みたいなものです。たとえ一時的でも、家族同士で遠慮なんていりません。これが俺の家のルールです。わかりましたか?」
「……はい」
本当に伝わったのか?
まあいい。この件は、いったん置いておこう。
「それじゃ、ついてきてください。この辺に何があるのか、俺が案内します」
◇
「最後に、ここが公園です。ここも昔、俺が幼馴染とよく来ていた場所なんですけど……」
もう何年になるんだろうな。
リヤの誕生日の日を境に、俺たちは一緒に遊びに出かけることがなくなった。
はぁ……
「大丈夫ですか?急に顔色が悪くなりましたが」
「何でもないですよ。ただ、もうずいぶん長い間、彼女と一緒に遊びに出かけていないことを思い出して、少し……残念に思っただけです」
「そうですか。私には幼馴染と呼べる友人がいませんでしたので、その感覚を正確に理解することはできません。申し訳ありません」
それはつまり、指導者さんは……昔からずっと一人だったということなのだろうか。
……
「これから友達を作ればいいんじゃないですか?少なくとも俺はもう、俺たちは友達だと思っていますよ?」
「え?」
初めてだった。
指導者さんが、俺の言葉にここまで大きく反応したのは。
これは、いい兆候だと思っていいのだろうか。
「まだあなたの名前も知りませんし、あなたが俺をまだあまり信頼していないこともわかっています。でも、あなたはあなたのペースで、ゆっくり進めばいいと思います。俺は待ちます。あなたが自分の口で名前を教えてくれる時まで」
「……わかりました」
彼女はただ、冷たく短い言葉を返しただけだった。
けれど横顔を見ると、その口元がほんの少しだけ緩んでいるのがわかった。
ゆっくりでいい。
今は、それだけで十分だ。




