【Side:リリス】悪夢は今も、私を逃がしてはくれない
「アイリーン、もう……!これ、私がオペレーターとして初めて出る任務なのよ?唯さんやその場にいるほかのハンドラーたちに、顔にご飯粒なんてつけてるところを見られたら、私のイメージが台無しじゃない!?」
「えへへ……次からはもう少し気をつけるね」
「そこは“もうしません”って言うところでしょ!?」
本部へ向かう道中も、みんなはいつも通り騒がしかった。
二十分前、私たちはエリーナから緊急任務を一件任された。
そのため、浜辺で簡単に片づけを済ませたあと、一日中遊び回って少し疲れた身体を引きずりながら、本部ビルへと向かっている。
もう少し先になると思っていたのに……
まさか、こんなに早くオペレーターとして正式に動くことになるなんて。
もしかすると、周りのみんなが相変わらずいつも通りだからなのか……
それとも、私のそばに彼がいるからなのだろうか?
今の私は、不安や緊張よりも、またみんなと小隊として出撃できることのほうが楽しみだった。
「それにしても、まさかあんたたちまで予定より早く仕事を始めることになるなんてね……」
「そうなんですよ……もうダメです。すでに筋肉痛になりそうです。今日は絶対、泥みたいに眠ります……」
シリカはさっき、海辺でかなりはしゃいでいた。
そして今、そのはしゃぎすぎた反動が出始めている。
【群星の守護者】では緊急事態が発生し、資料の分析や整理を手伝う人手が急遽必要になった。
その結果、ハンドラー候補であるママとシリカの二人も、臨時で本部へ呼び出されることになった。
「私なんかに、この仕事がちゃんと務まるのか少し不安で……」
「大丈夫よ、ママ。もう少し自信を持って。ママならきっとちゃんと務まるから。マリアンさんも、二人のことは根気よく教えていくって言ってたし、そんなに心配しなくていいわ」
「相手に迷惑をかけなければいいのだけれど……」
はぁ……
ママのあの自信のなさだけは、そう簡単には変わらないみたいで、少し頭が痛い。
けれど、ママもようやく過去の影から少しずつ抜け出して、前へ進み始めた。
こういうところは、時間をかけてゆっくりと変わっていくのを待つしかないだろう。
――――――
「こんにちは、エリーナさん。童話小隊、ただいま到着しました」
小隊長――エミールは本部の指揮室に到着すると、まだ残業していたエリーナさんに、やる気満々といった様子で挨拶をした。
まさか、まだ本部にいたなんて……
「ようこそ、童話小隊の皆さん。ずいぶん早かったですね」
「俺たち、さっきまでそこの浜辺にいたんです。軽く片づけて、そのまま来ました」
「そうだったんですか?ごめんなさい、せっかくの予定を邪魔してしまって!伊藤が、この緊急任務は童話小隊にしか任せられないと言っていたので、本当に申し訳ありません!」
「ああ、大丈夫ですよ、エリーナさん。そんなに何度も謝らなくていいですって。俺たちも一日中たっぷり遊びましたから」
これは唯さんが、私たちに任せるよう指定した緊急任務……なの?
まさか私たち小隊の初任務が、組織のトップから直接指名されるなんて。
「詳しい話は会議室でしましょう。伊藤とハンドラーたちも、すでに中で待っています。ついてきてください。ああ、そうだ。ノクトゥナとシリカは、少ししたらマリアンが本部の中を案内します。そのあと、ハンドラーの仕事についても一つずつ教えていきますので、お二人はここで少し待っていてください」
「わかりました……」
「はい」
二人をオフィスエリアに残したあと、エリーナさんは自ら私たちをガラス扉で仕切られた会議室へと案内した。
中には唯さんとマリアンさんのほかに、ハンドラーの制服を着た若い女性が二人いた。
「お疲れ、エリーナ。今日もまた残業させることになっちゃったな」
「緊急事態ですからね。うちの夫も事情は知っていますし、代わりにニアの面倒を見てくれています。大丈夫ですよ」
「あとで残業代と代休もちゃんと出すよ。ありがとう。今度、家族みんなでゆっくり遊びに行ってきてくれ」
「ふふ……はい、ありがたくいただきます」
「それじゃあ、さっそく本題に入ろうか。招集に応じてくれてありがとう、童話小隊の皆」
エリーナさんと少し雑談を交わしたあと、唯さんはそれまでとは打って変わった口調で、私たちのほうへ振り向いた。
「まずは、この二人を紹介しておこう。二人ともハンドラーだ。ただ、二人が現在暮らしている地球は、この世界とは時間の流れが逆になっている。だから基本的に、二人がアトラ大陸で勤務するのは夜勤の時間帯だけだ。こっちの赤髪をポニーテールにしている子がハンドラーのニコ。そして俺の隣にいる茶髪の子が、ハンドラーのアマンダだ」
「新人オペレーターのみんな、こんにちはー!ハンドラーのニコだよ!プライベートでは普通にニコって呼んでくれていいからね!みんな、よろしく~!」
「ハンドラーのアマンダです。今後は皆さんと接する機会も多くなると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
幸い、初めて会った二人のハンドラーは、どちらも人当たりのよさそうな若い女性だった。
それに、ニコさんとうちのキャロリンは、性格的にもかなり気が合うみたいだ。
二人が少し言葉を交わしただけで、会議室の空気もすぐに和やかなものへと変わっていった。
ただ、任務説明に入った途端、二人のハンドラーもすぐさま真剣な口調へと切り替わった。
さすが、プロだな。
「皆さん、こちらをご覧ください」
アマンダさんは眼鏡を軽く押し上げると、目の前のタブレットから一枚の画像を呼び出し、プロジェクターでスクリーンに映し出した。
そこに映っていたのは、高層ビルが立ち並ぶ都市の写真だった。
けれど、建物が密集しているその中心部だけが、不気味なほど大きく欠け落ちていた。
「ここは地球――つまり、Bossと私たちが暮らしている地球です。先ほど現地時間の午前五時頃、東京都心部で大規模な異常が発生しました。現在入っている情報によると、東京都心部を中心とする半径約七キロの区域が、突如跡形もなく消失しました」
写真の中では、地下に埋設されていたさまざまな水道管が途中で断ち切られていた。
そして、消失範囲にちょうど半分だけ入っていた建物は、まるで片側だけを消し去られたかのように、残された半分だけが無残な姿でぽつんと立っている。
写真に映っているものには、どれも一つの共通点があった。
「消失範囲の境界面……あまりにも綺麗すぎませんか?」
華恋が気づいた通り、消失範囲との境界には完璧な切断面が残されていた。
まるで……
「そこが重要な点です。ですから私たちも、その範囲内に存在していたすべてのものが丸ごと切り取られ、そのまま別の場所へ転移させられた可能性があると見ています」
ニコさんは頷くと、写真をさらに数倍に拡大した。
……
嘘でしょ?
あれだけ広大な土地が、丸ごと転移させられたっていうの?
そんなこと、あり得るの?
エスギルの魔法でも、Earth-003の技術でも、こんなことを実現するのは難しいはずだ。
「それからおよそ十分後、今度はまるで入れ替わるかのように、この街が東京都心部へ出現しました」
「え……?」
続いて、アマンダさんは次の画像を表示した。
何も存在しなくなっていたはずの区域には今、まったく異なる様式で造られた、ひどく荒廃した街が広がっていた。
先ほど消失した都市の一部が、まるで別世界の街と隙間なく入れ替わったかのように。
しかも何より厄介なのは、黒灰色の泡に包まれたその街を……
見覚えがある。
その街は、記憶の奥底に埋め、どうしても忘れてしまいたかった過去の一幕を呼び覚ました。
「信じがたい話だろ?呼び方を簡単にするため、ひとまずこの現象を【空間置換】と呼ぶことにしよう。まず知っておいてほしいのは、これは単一の対象が目的地へ転移したわけじゃない。街そのものが、地球側のある区域と丸ごと入れ替わったということだ」
唯さんは目の前のコーヒーを一口飲むと、私たちに科学的な理論について説明し始めた。
「さっき天谷所長とオペレーター・ラミリスにも確認した。二人によれば、位相転移の理論を利用すれば実現自体は可能らしい。ただし、実際にやるとなると相当難しいそうだ」
……キャロリン。
しっかりして。
本当に寝ないでよ!
「どうしてですか?」
「質量の問題だ」
「質量……ですか?」
エミールの問いに、唯さんは人差し指を一本立てると、そのまま説明を続けた。
「そうだ。質量が大きくなればなるほど、転移に必要なエネルギーも一気に跳ね上がる。これほど複雑な街を丸ごと転移させようとすれば、必要になるエネルギーがどれほどのものになるのか……俺には想像もつかない。ましてや、転移の精度や安定性まで考えればなおさらだ」
つまり、この街が東京都心部に出現したという事実そのものが、すでに極めて明確な異常ということになる。
「とにかく、俺たちが把握している限りでも、転移を失敗させる不安定要素はあまりにも多い。場合によっては、転移中の生物が死亡することすらある。仮にあの中にまだ生き物が残っていたとしても、運よく生き残っただけだろう」
唯さんも、その場にいる四人のハンドラーも、揃って険しい表情を浮かべていた。
なんというか……
今の状況、かなり厄介そうね。
「ですので、童話小隊の皆さん。皆さんの主な任務は、あの街へ進入し、内部で発生している異常を調査したうえで、本部へ報告することです。状況を評価した結果、自分たちだけで対処可能だと判断した場合は、そのまま異常を処理してください」
アマンダさんは一度深く息を吸うと、続けて水を一口飲み、喉を潤した。
「反対に、事態が皆さんの手に負えないと判断した場合は、異常の存在を確認したうえで、すぐに撤退し、安全な場所で待機してください。状況次第では、事態に対処するため、追加の小隊を派遣して皆さんを支援する可能性もあります」
「その通り。調査がみんなの主な任務ではあるけど、自分と仲間の命を何よりも優先すること。それだけは絶対に忘れないでね。みんなは組織にとって、とても大切なオペレーターなんだから。誰一人として目標区域に取り残されることは、絶対に許さないよ」
ニコさんの真剣な口調からも、それがただの建前ではないことが伝わってきた。
最初のうちは今にも寝落ちしそうだったキャロリンも、二人の迫力に圧倒されたらしい。
今では背筋をぴんと伸ばし、任務説明に全神経を集中させていた。
「皆、ほかに何か質問はあるか?」
任務説明が終わった以上、次は質問の時間だ。
「質問です。もし任務区域内で一般人を発見した場合、私たちはどう対応すればよいでしょうか?」
「まず状況がどれほど切迫しているかを確認して、そのうえで対応を判断してくれ。危険な状況なら、可能な限り彼らを安全な場所まで連れていく。そのあとハンドラーに連絡してくれれば、こちらで救援小隊を手配して、一般人の避難を支援する」
セレイアはとても慎重だ。
真っ先に手を挙げ、唯さんたちに質問を投げかけた。
よく見ると、その質問を聞いたエリーナさんも、かなり満足そうな様子だった。
そのあとエリーナさんは唯さんのほうを一度見て、何度も頷いていた。
「では、もし任務地点にいる一般人が私たちを攻撃してきた場合は?」
「まずは相手を殺さないことを最優先に、武力で無力化して警戒を続けてくれ。だが、自分たちの命が脅かされていると判断したなら、絶対にためらわず反撃してほしい。たとえ相手を殺すことになったとしても、それはどうしても避けられない場合にのみ選ぶ最終手段だ。すべての判断はお前たちに任せる。俺は、お前たちなら必ず正しい選択ができると信じている」
唯さんは、迷うことなくそう答えた。
少なくともここでは、いわゆる規則のために自分の命まで投げ出せなんて言う人はいないみたいね。
ただ、その答えを聞いたエミールだけは、その場で呆然と固まっていた。
「どうしたの、エミール?」
「ちょっと驚いただけだよ。唯さんなら、暴力には反対すると思ってたから」
「……ふふ、覚えておきなさい。英雄だって人間よ。家族もいるし、守りたい相手だっている。英雄っていうのは、自分の力で誰かを守る人のこと。“慈悲”を掲げて、脅威を前にしてなおひたすら譲り続ける人のことじゃないわ」
一分一秒ごとに誰かの血が流れるような戦場では、余計な慈悲は自分と大切な人を死なせるだけだ。
そのことは……
誰よりも、私がよく知っている。
「ほう……?なかなかいいことを言うじゃないか、オペレーター・リリス?」
「あ……いえ、買いかぶりすぎです……」
唯さんもそれを聞いて思わず笑い、私の説明にかなり満足した様子だった。
実際、昔の戦場では、こんな判断は私にとって見慣れたものでしかなかったけれど……
「一度も血に染まったことのない英雄なんて、童話の中にしかいない。現実には、俺たちが迷っていられる余裕なんてそう多くないんだ。ほんの一秒ためらっただけで、自分や仲間が不幸な目に遭うことだってある」
最高責任者である唯さんが言うと、さすがに迫力がある……
以前、トレイズが魔獣を使って私たちの世界を襲わせようとしていると知った時も、唯さんは即座に銃を抜き、相手を殺そうとしていた。
「だから俺たちは、そんな甘い考え方は絶対に勧めない。どうだ?俺に失望したか?」
「いやいや、そんなわけないですよ。唯さんが貫いている考え方は理解できます。ただ、もっと穏やかなやり方を取る人だと思っていただけで」
「はははは!それは気のせいだ、気のせい。俺の大切な人に手を出す奴がいたら、絶対にただじゃ済ませないよ」
文官のような見た目とは裏腹に、唯さんは私たちが思っていたより、ずっと攻撃的な人なのかもしれない。
以前リリカも、唯さんが彼女を守るために、敵が原形をとどめないほど殴りつけたことがあると得意げに話していた。
どうやら、あれもただの自慢話ではなかったらしい。
「そうだ!これをみんなに渡すの、忘れるところだった!」
ニコさんはテーブルの下から大きな箱を二つ取り出し、私たちの前に置いた。
「これは天谷研究所が開発した、オペレーター専用のタブレットだよ。任務用のモジュールがいくつか搭載されてて、バイタルサインや現在位置の確認、それから任務目標や、現時点で判明している関連情報なんかも見られるようになってる。それで、こっちは……」
一つ目の箱に入っていたのは、腕に装着できる小型のタブレットだった。
ニコさんはそれを私たち一人ひとりに配り終えると、続いて二つ目の箱を開けた。
「こっちは普通の防水レコーダー。任務中は、できるだけ最初から最後まで録画しっぱなしにしておいてほしいな。撮影した映像は任務記録として保存されるほか、アーカイブにも収録されるよ。あとでほかのオペレーターや新人たちが見て、みんなが実戦でどう対応したのか参考にできるようにするためね」
彼女は小さなレコーダーをいくつか私たちに手渡すと、どこに取りつければいいのかまで丁寧に教えてくれた。
「それから、隅に立てかけてあるあの大きいやつは……出発する前に持っていってね」
「えっと……あれ、アンテナですか?」
「そうだよ、オペレーター・エミール。街に入ったあと、本部との通信が途絶えるのを防ぐための保険ね。あの膜が外部からの信号を遮断するかどうか、まだ分かってないから。念のため、そのアンテナも持っていって。中に入ったら、適切な場所を見つけて設置してから、起動すればいいよ。そうすれば、こっちも引き続きみんなと連絡を取れるから」
わぁ……
さすがは専門の対策組織。
やることが本当に細かい。
向こうの説明が全部終わったのなら、私は……
「あの、少し話してもいいでしょうか?」
「もちろんです。何でしょうか、オペレーター・リリス?」
「実は……私は、あの街を知っています。今の私の名前も……かつてあの街の総司令官だった方につけてもらったものなんです」
「何ですって!?それは思わぬ収穫ですね!ハンドラー・マリアン、これからオペレーター・リリスが話す情報をすべて記録してください」
マリアンさんも驚きながら、エリーナさんに促され、鞄からノートパソコンを取り出し、すぐに新しい情報を記録する準備を整えた。
「準備できました。オペレーター・リリス、始めてください」
「……はい。私の記憶では、あの街が存在していた世界は、たしかノヴァリスと呼ばれていました。当時の私は、エスギルの王に強制されて戦場へ送られた児童兵でした。けれど作戦中、爆発に近づきすぎたせいで、一度意識を失ってしまったんです。その時、私はエスギルの侵略に抗う抵抗軍を率いていた、異世界の総司令官と出会いました」
もう、ずっと昔のことだ。
それなのに今でも、あの出来事は悪夢となって、何度も何度も私を苦しめ続けている。
私は……この過去を手放したいと思っている。
でも……
できない。
自分の手で短剣を彼女の心臓に突き刺し、殺した時のあの感触を、どうしても忘れられない。
あの気持ち悪い感触は、まるで粘つく糊のように、私の手にべったりとまとわりついている。
どれだけ忘れようとしても、あの感触だけは今も消えてくれない。
「リ……リリス、少し休んでから話したほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫よ、エミール。最後まで話させて。ふぅ……」
エミールは、私の顔色がどんどん青ざめ、呼吸まで荒くなっているのを見て、慌てて一度休むよう声をかけてくれた。
彼が気にかけてくれたおかげで、胸の奥に渦巻いていた嫌悪感も、たしかにずいぶん和らいだ。
でも、これは私が犯した罪だ。
たとえ自分自身に嫌悪を抱くことになっても、私はこれと向き合わなければならない。
そうしなければいけない。
「……ごめんなさい。続きを話しましょう」
「無理はするな。話せることだけ話してくれればいい」
「わかりました、唯さん」
一気に、全部話してしまおう。
「私の恩人の名前は、テレサといいます。当時、戦場で意識を失って倒れていた私を助けてくれたのが彼女でした。それだけじゃなく、まるで実の娘のように私を基地へ連れ帰って面倒を見てくれて、私はあの街で一晩を過ごしたんです。けれど翌日、エスギルの大軍によって、その世界は完全に踏み潰されました。すべてがもう手遅れになった頃、テレサは瀕死の身体を無理やり引きずって、戦場から私のもとへ戻ってきたんです」
「……」
「その時、家の外にはエスギルの兵士が大勢いました。彼女は……彼女は私に短剣を渡して、自分を殺すように言ったんです。そして最後には、彼女の家へ踏み込んできたエスギルの兵士が、私がテレサを殺す瞬間を目撃しました。その結果、私は軍へ戻ったあと、異例の抜擢を受け、副官にまで昇進したんです」
私だって、会議室の空気をこんなに重くしたかったわけじゃない。
でも、どうしても抑えられなかった。
「本来なら私は、戦場から逃げ出したことと、敵から恩を受けたことで処刑されるはずでした。でも彼女は、自分の命と引き換えに、私が生き延びる道を作ってくれたんです。だいたい……そんなところです。こうして口に出したら、少しだけ気持ちが楽になりました……」
まるで誰かに責められることを望んでいるみたいに、私は自分が犯した罪を一気に全部吐き出した。
誰かに罵ってほしかった。
エミールにも、こんな私を軽蔑してほしかった。
そうすれば、少しは心が楽になるかもしれないと思ったから……
「……情報を提供してくれてありがとう、オペレーター・リリス。俺が思うに、そのテレサさんは、お前をこんなに苦しませるために自分を殺させたわけじゃないはずだ」
「俺もそう思うよ、リリス。これは彼女自身が選んだことだ。たぶん、自分はもう助からないって分かってたんだと思う。だからこそ、自分の代わりにお前に生きてほしかったんじゃないかな。さっきお前が言ってたこととは真逆になるけど……俺は、それでも彼女はすごいと思う。戦場で敵に手を差し伸べるなんて、彼女はもう十分、本物の英雄だったと思うよ」
唯さん、エミール……
どうして二人とも、私が犯した罪を受け入れられるの?
だって……
「私がこの手で彼女を殺したのに、どうして……!」
「……お前が?じゃあ、当ててみようか。彼女が短剣をお前の手に握らせて、そのままお前の手を掴んで、自分の胸へ突き刺したんじゃないのか?それで、お前が“自分の手で”テレサさんを刺し殺した瞬間を、踏み込んできた兵士に見られた。違うか?」
「えっ……」
どうして!?
エミールはあの時、その場にすらいなかったのに。
どうして、そこまで正確に何が起きたのか言い当てられるの?
「どうして分かったの……?」
「だって、俺はリリスを信じてるから。リリスが、恩人に自分から手をかけるような人じゃないって、俺は信じてる」
あ……
ただ、それだけ。
あまりにも純粋すぎるくらいの信頼だけで、そこまでの経緯を推測したの……?
うぅ……
「リリスっちにも、そんな過去があったんだね……ほら、愛のハグしてあげる!元気出して!」
キャロリン……!
いきなり私を抱きしめたうえに、ずっと頭まで撫でてくるなんて!
本当なら“失礼ね、私はあなたより年上なのよ!”って言いたいところだけど、今はどうしても声に出せない。
もう少しだけ、このままあなたの腕の中にいさせて……
ありがとう、キャロリン。
それから、みんなも。
ありがとう。
「……すみません。少しだけ割り込ませてください。オペレーター・リリス、あの世界の名前がノヴァリスだったことは間違いありませんか?」
「うぅ……はい、まちがいありましぇん……」
もう……
泣き声が混じって、うまく喋れない……
エリーナさんはさっきからずっと静かだけど、いったい何を考えているんだろう?
「ハンドラー・エリーナ、どうかしたのか?」
「ノヴァリス……そこは、ヴァージル教官がオペレーター候補たちを鍛えるために、調査へ連れて行った廃棄化世界です」
「……」
エリーナさんの言葉を聞いた唯さんは、思わず息を呑んだ。
えっ……?
ヴァージル教官って、たしかマーカスさんが話していた酒仲間じゃなかった!?
「どうやら、向こうで何か問題が起きている可能性が高いな。ただ、一つ気になる。どうして全員のバイタルサインに異常がないんだ?もし戦闘に巻き込まれているなら、バイタルにも何かしら変化が出るはずだろ」
「それについては、童話小隊が異常区域内に遠隔通信モジュールを設置してからでないと分かりません。あの泡のような透明な膜に、通信やリアルタイム監視を妨害する効果がある可能性があります」
エリーナさんの見解を聞いた唯さんは、俯いたまま考え込んだ。
「……童話小隊、追加でもう一つ、任務を頼みたい。任務を進める中で、ヴァージル教官とオペレーター候補たちの行方も調べてほしい。彼らがあの街の中にいるとは限らないが……まあ、何があるか分からないからな。頼めるか?」
どうやら、ノヴァリスのあの街が突然東京都心部に現れたことも、ヴァージル教官たちの件と無関係ではなさそうだ。
かつてエスギルによって徹底的に踏み潰されたあの街で、いったい何が起きたのか。
それを知るには、私たち自身があの場所へ足を踏み入れるしかない。
「了解しました。童話小隊は、その追加任務を引き受けます」
「はい。こちらの要請に応じてくださってありがとうございます、オペレーター・エミール。行方不明になっている教官とオペレーター候補小隊の捜索を、皆さんの任務リストに追加しておきます」
ピコン――♪
マリアンさんがノートパソコンを素早く操作すると、私たちそれぞれのオペレーター専用タブレットからも通知音が鳴った。
あっ。
画面の任務目標が更新されてる。
「そういえば……これだけ大規模な異常が起きてるのに、現場のほうは大丈夫なんですか?」
「すでに治療を得意とする小隊を現地へ派遣して、市民の救助に当たらせている。それに、現地政府もこちらに協力していて、対象区域はすべて封鎖済みだ。ネット上に出回った関連情報も、すべて削除してある。だからお前たちは、そのあたりを気にする必要はない。任務に全力を注いでくれればいい」
現地政府まで、彼らが何をしているのか把握していて、そのうえ組織にいろいろな支援までしている……の?
私たち、どうやらとんでもない異世界組織に入ったみたいね。
「では、問題がなければ、皆さんはいったん戻って休んでください。任務開始は五時間後です。その時間になったら、再び本部へ集合してください」
唯さんは残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、目の前に置かれていた資料の束を手に取り、立ち上がった。
「「「「「「「はい」」」」」」」
【設定や用語の概要】
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廃棄化
世界が【最初の亀裂】に注視された際、その世界に存在するすべての生命体は【湮滅異構体】によって完全に抹消され、最終的には、いかなる生物も生存できない空虚な世界へと変貌する。




