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終章 君たちの笑顔に、永遠に陽が沈まぬように

「日常はめちゃくちゃだ。

予定は狂う、人も変わる。

だから、明日が楽しみになる」

「ありゃ、二日後か……?今回はあの子をがっかりさせちゃうかもしれないな」


家に戻って着替えを何着か取りに来たついでに、俺はクララからの伝言をクロエに伝えておいた。


すると、クロエは困ったように苦笑した。


「また別の異世界へ出張に行くの?」


「違うよ。今朝からちょっと体調が悪くてさ。いつも好きで食べてるレタスサラダすら食べる気にならないくらいなんだ。だから、あの子と一緒に出かけるのはたぶん無理かな。あとで私から連絡しておくよ。私はもう少し休んでくるね。ふぅ……」


クロエは軽く胸元を叩きながら、わずかに眉をひそめていた。


見るからに、本当に調子が悪そうだ。


そのまま彼女は一足先に部屋へ戻っていった。


「変だなぁ。シェラも今日はなんだか調子悪そうなんだよね。二人とはもう長い付き合いだけど、病気になったところなんて一度も見たことないのに」


リビングでは、魔王様が脚を組みながら、昨夜買ってきたばかりのゲーム機でのんびり遊んでいる。


しかも、口にはチョコ味のP◯◯kyまで咥えていた。


魔王の仕事って、そんなに暇なのか?


「エミール、準備はできましたか?ほかのみんなはもう待ちきれずに、私たちより先に海へ行ってしまいましたよ」


「俺もさっき、やるべきことは全部済ませたところだ。今からみんなと合流しよう」


「はい。リリスとノクトゥナさんがどんな夕飯を買ってきたのか、楽しみですね……」


「お二人とも、こちらの果物もお持ちください」


俺と華恋が出かけようとしたところで、マーガレットさんがあらかじめ切っておいてくれた果物を一箱、俺たちに持たせてくれた。


「わあ……ありがとうございます、マーガレットさん!」


「ふふ、どういたしまして。皆様、どうぞ楽しんできてくださいね」


ほら。


だから俺、このままあと半年もここにいたら、絶対にダメ人間にされるって言ったんだ。


     ◇


「ダーリン、華恋っち、なんで二人ともそんなに遅かったの?見て見て、リリスとおばさんが美味しそうなものをいっぱい買ってきてくれたよ!」


みんなはとっくに砂浜にある東屋へ集まっていて、テーブルの上にはいろいろな料理が所狭しと並べられていた。


その中には、ゼロスのおっさんの串焼きまで混ざっている。


「いやあ、クロエとちょっと話し込んでただけだ。これはマーガレットさんが持たせてくれた果物」


「うわあ!わざわざ果物まで切ってくれたんだ……ん〜、甘い!すっごく美味しい!マーガレットさん最高!」


リンはスイカによく似た果物を一切れ食べると、幸せそうな表情を浮かべた。


もう六時近くだったので、今日はみんなで軽く海辺のピクニックをしながら、夕日を眺めるだけだ。


けれど俺にとっては、こんな時間も、昔ならどうしたって想像できなかった平凡な日常だった。


「これが本物の海か……広いな。今度こそ、透明な壁なんて出てこないよな……?」


「海といえば……エミール、見て。これ、今もちゃんと持ってるよ?」


リヤは突然、自分の襟元を少し引き下げ、服の中に隠していた水色の貝殻のネックレスを見せてきた。


「おいおいおい、ちょっと待て!見えすぎだって!そんなふうに襟元を引っ張るなよ……」


「ふふ、照れてる?服の下には水着を着てるんだし、別にいいでしょ?」


こいつ……!


わざとやってるだろ!


「これって……もしかして、エミールくんがプレゼントしたもの?」


「そうそう。これは私が七歳の誕生日を迎えた時に、エミールがわざわざ海まで行って用意してくれた誕生日プレゼントなんだよ」


「いいなあ、セレイア……私もそんなプレゼント、すっごく欲しいなあ……」


マリーナは何度も視線をこちらへ送り、自分も似たようなプレゼントが欲しいと必死に訴えかけてくる。


リヤがみんなの前でひとしきり自慢したせいで、ほかのみんなまで期待に満ちた目で俺を見るようになってしまった。


……


分かったよ。


「じゃあ、夕飯を食べ終わったら、みんなで海辺を歩いてみようか。アクセサリーにできそうな貝殻がないか探してみたいし。ただ、市販の完成品と比べて見栄えが全然違っても、絶対にがっかりするなよ?」


じゃないと、俺が本気で傷つくからな。


腕が鈍ってなければいいけど……


出来上がったものが、みんなの期待を裏切らないといいな。


「私たちががっかりするわけないでしょ?あなたが私たちのために作ってくれるアクセサリーなら、それだけでもう、市販のアクセサリーなんかより何百倍も嬉しいよ」


「「「「「そうだよ〜」」」」」


まさかリリスまで、みんなと一緒になって俺にプレッシャーをかけてくるとは思わなかった。


ははっ、でも、みんながそこまで喜んでくれるなら、今回はもっといいアクセサリーを作ってプレゼントしてやらないとな。


まあ、今はまず夕飯を食べ終わってからだ。


     ◇


海辺で夕飯を食べながら、潮風と夕日を楽しむ……


「のんびりしてるな……」


「今までずっと戦い続けてきたから、急にこんなふうに暇になると、逆にちょっと落ち着きませんね」


「だな」


「気持ちいい……少しでも気を抜いたら、このまま寝ちゃいそうです。エミール、もし私が寝ちゃったら、ちゃんと起こしてくださいね?」


いつもとは違い、白いフリル付きの水着に着替えた華恋は、俺のすぐ隣にある木製のデッキチェアに、気だるそうに横になっていた。


そのまま手に持ったミルクドリンクをのんびり飲みながら、静かに夕日を眺めている。


どうやら今日一日遊び回ったせいで、かなり疲れているらしい……


もうまぶたが閉じかけていた。


「すぅ……」


そう言ってから大して時間も経たないうちに、隣から穏やかな寝息が聞こえてきた。


「へへへ……さて、寝顔に何を描こうかな?」


「アイリーン、だめだぞ?」


「はーい。じゃあ百歩譲って、これくらいにしておきます」


アイリーンは華恋の頬に米粒を一粒そっとくっつけると、自分のいたずらの出来栄えに満足したように、にやにやと笑った。


あとで華恋に怒られても、俺は助けないからな?


「ねえ、ダーリン。一緒に海辺を歩こうよ」


「いいよ」


これならリンにも付き合えるし、ついでに道すがら綺麗な貝殻も探せる。


まさに一石二鳥だな。


「みんなは?一緒に来る?」


「私はここに残って、荷物を見てるよ。みんなは……」


リリスはここに残ろうとしたが、ノクトゥナさんは首を横に振った。


「リリス、荷物は私が見ているから大丈夫よ。あなた、一昨日は海辺を散歩できるのをすごく楽しみにしてて、なかなか寝つけなかったじゃない?」


「ママ……!?」


俺たちが住んでいるアパートには、ノクトゥナさんが使える空き部屋がもう残っていなかった。


そのため仕方なく、リリスは彼女と同じ部屋で寝ることになった。


けれど、そのおかげで、普段は見られないリリスの一面をいろいろ知ることができたらしい。


そんなリリスの可愛らしいエピソードをノクトゥナさんが遠慮なく口にすると、彼女はたちまち耳まで真っ赤にして慌て始めた。


ぷっ……


涙目で俺を睨むなよ。


それを言ったの、俺じゃないからな?


「あなたは気にせず楽しんできて。荷物は私に任せて……」


「ママ、なんでそれ言っちゃうの!?」


「……?ごめんなさい。もしかして、また何か間違ったことをしちゃった……?私……あなたが楽しみにしていたことを、叶えてあげたかっただけで……」


「ま、待って……!何も間違ってないから!ちょっとびっくりしただけ。自分を責めないで。私、本当に感謝してるから!」


「ふぅ……それならよかった。もし私が本当に何か間違ったことをしたら、ちゃんと教えてね」


ノクトゥナさんは、すぐに自分を疑ってしまう癖が、まだそう簡単には抜けないらしい。


幸い、リリスが咄嗟にフォローしたおかげで、すぐに落ち着きを取り戻した。


結局、リリスは俺たちと一緒に行くことになり、彼女はここに残って荷物番をしながら、眠っている華恋も見ていてくれることになった。


「私も残ります。皆さんは行ってきてください。お邪魔するつもりはありませんから」


「気にしなくていいって。私もシリカと一緒に散歩したいんだから。ほら、行くよ!」


「わわっ……!もう、仕方ないですね……」


シリカも俺たちに気を遣って、本当はここに残るつもりだったらしい。


けれど結局、アイリーンに半ば強引に東屋から引っ張り出されてしまった。


「ふふん、見つけた。これ、なかなか良さそうだ!」


淡い灰色をした、渦巻き状の小さな貝殻。


まだ五分も経っていないのに、一つ見つけられるなんて運がいいな。


「へえ……いいじゃん?小さくて、結構かわいい」


リヤは俺の隣まで寄ってきて、手の中にある小さな貝殻を一緒に覗き込んだ。


「だろ?加工が終わってから、これを誰にあげるか考えるよ」


「少しくらい秘密にしておきたいってこと?こういうところは意外とこだわるんだね」


「せっかくのプレゼントだからな。少しくらい秘密がないと、なんか物足りないだろ?」


波は時折、新しい貝殻を砂浜へと運んでくる。


それから間もなく、俺はアクセサリーに使えそうな二つ目、三つ目の貝殻まで見つけることができた。


「エミール、こっち見て!」


「ん?うわっ……!」


バシャッ!


俺が振り返った瞬間、リヤは海水を思いきりこちらへ浴びせてきた。


お、お前……やってくれたな!?


「ふふふ……びっくりした?予想外だったでしょ?」


「お返しだ!」


「きゃ〜!」


油断した隙を突いて、俺もすぐに反撃した。


こっちをびしょ濡れにしたんだから、お前だけ逃げられると思うなよ!


「二人とも、ちゃんと気をつけてね……わあっ!」


マリーナがこちらへ近づいてきた次の瞬間、足を滑らせ、そのままバシャッと海の中に転んでしまった。


「「ぷっ……」」


「うぅ……二人とも、笑わないでよ!!!」


マリーナまで参戦したことで、水のかけ合いは一対二になった。


「なんか楽しそうじゃん?それじゃあ、爆雷いっくよ〜!」


リンは勢いよく俺たち三人のほうへ飛び込み、その衝撃で大量の海水がこちらへ飛び散った。


「行こう、シリカ。私たちも一緒に」


「うん、私もやる!」


アイリーンとシリカも次々と参戦してきた。


そうして気づけば、まだ一人だけ濡れずにその場に立ち、呆れたように俺たちを見つめているのはリリスだけになっていた。


「リリス、お前も早くこっち来いよ」


そう呼びかけても、彼女は首を横に振るだけで、どうしても海に入って一緒に遊ぼうとはしなかった。


「私はもう大人なんだから、そんな子供っぽい遊びはしないよ」


「隙あり!ダーリン、くらえ〜!」


バシャッ――!


リンは俺の不意を突いて海水を浴びせようとしてきたが、俺は反射的に身を横にそらし、どうにか飛んできた水しぶきを避けることができた。


だが……


「……」


「「「「「「……」」」」」」


その水しぶきは、よりにもよって俺の後ろにいたリリスへ綺麗に直撃した。


「あはは……ごめん、手が滑っちゃった☆」


「へえ?キャロリン、そんなに私と遊びたいんだ?いいよ。(あたし)が今からたっぷり付き合ってあげる。“大海よ、我が呼び声に応えよ。彼女を深淵へと沈めよ”!」


「うわああああ!!!リリスっち、『言霊』を使って水遊びするのは反則だよ!」


「私に喧嘩を売ったのはあなたでしょ、キャロリン。今から、大人を怒らせたらどうなるか思い知らせてあげる」


リリスの『言霊』に呼応するように海水が次々と宙へ巻き上がり、やがて彼女の頭上で超巨大な水球へと形を変えていく。


次の瞬間、リリスはリンに向かって、ゆっくりと歩き始めた。


一歩、また一歩と距離を詰めていくその姿は、とてつもない威圧感を放っていた。


「『時間・加速』!」


「逃げるつもり?そうはさせないよ!」


リンが逃げ出すと、リリスもすぐに追いかけた。


「うわああああ、来ないでよ!ダーリン、助けて!」


お前こそ、こっちに来るなああああ!!!


リンもスキルを発動し、一瞬で俺の背後まで回り込んできた。


それだけじゃない。


そのまま俺にぎゅっとしがみつき、俺を盾代わりにしようとしている!


卑怯だぞ!


「ほう……?その子を庇うつもりなら、当然それなりの覚悟はできてるんだよね?」


「いやいやいや、庇うつもりなんてないって!こいつ、コアラみたいにしがみついてきて、いくら振りほどこうとしても離れないんだよ!」


「問答無用」


おい!


人の話を聞け!


リリス、俺は……ごぼごぼごぼ――


勝ち目のない大戦を経て、海面には二体の水死体が浮かぶことになった。


――――――


「ふははは!さっきは本当に焦ったよ〜。今度こそ死んだかと思った!」


「俺はお前に巻き込まれた側なんだけどな?」


ごほっ、ごほっ。


口の中が海水の味しかしない。


うぇ……


リリスの超巨大な水球をまともに食らったあと、ほかのみんなが慌てて、気を失っていた俺とリンを海から引き上げてくれた。


聞いた話では、俺たちは数十秒ほど気を失っていたらしい。


「えへへ、ごめんね〜。ちゅーしてあげたら、許してくれる?」


「ふん。それがお詫びなら、まあ誠意は感じるな。仕方ないから受け取ってやるよ」


ちゅっ。


女の子のキスは、海水の味がした。


「あれれ?うちのダーリンも、ずいぶん慣れた男になったみたいだね。今回は顔、赤くなってないじゃん?」


「慣れたっていうのかな?もう体のほうが慣れてきた気がする。まあ……心の中では、まだちょっとドキドキしてるけど……」


「へへへ、なーんだ。平気なふりして我慢してただけなんだ?かわいい〜」


やっぱり。


少し油断しただけで、耳まで熱くなってきた。


耳たぶで遊ぶなよ、リン!


くすぐったいって……


「エミール」


「急にどうした?名前で呼ぶなんて」


「来年も、またみんなで一緒に遊びに来ようね?」


「……もちろん。約束な?」


「約束〜♪」


茜色の夕焼けが空いっぱいに広がり、太陽は少しずつ水平線へと沈んでいく。


それでも彼女は、変わらない笑顔のまま俺の隣に座っていた。


その笑顔は、この瞬間の夕焼けさえ溶かしてしまいそうなほど、優しくて温かかった。


挿絵(By みてみん)


ブゥン――


「「……?」」


俺たちのオペレーターリングが、青い光を点滅させている……?


「童話小隊所属のオペレーター各員に通達します。現在、緊急任務が一件発生しました。童話小隊は可能な限り、三十分以内に本部へ集合してください。繰り返します。現在、緊急任務が一件発生しました。童話小隊は可能な限り、三十分以内に本部へ集合してください」


リングから、エリーナさんの声が聞こえてきた。


俺たちが返事をする暇もなく、通信はそのまま切れてしまった。


「嘘でしょ……!?私のダイエット料理はどうなるの!?」


「今でも十分細いだろ。とりあえず、先にやるべきことを片づけよう」


「ダイエットだってやるべきことだよ!うぅ……帰ってきたら、絶対に聖都のダイエット料理を大量に買って、リングの中にストックしておくんだから……」


「ははは……その時は俺も付き合うから。行こう。まずはびしょ濡れの服を着替えて、それからみんなと合流しよう」


突然のことだったが、童話小隊に一件の緊急任務が舞い込んできた。


これが、俺たちの初仕事なんだ。


できれば、あまりぶっ飛んだ内容じゃないことを祈りたい……

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