【06-4】不安
ゆめみさんがこの学校に『笑顔』をもたらそうとする方法として作ったアイドルユニット『ドリームテイル』は非公認の活動だ。
部活動は全日制課程にしかなく、『部活動』として設立すると通信制の生徒を巻き込めなくなるらしい。
そんな私たちのライブが再び決まった。半年後、来年の2月末だという。それに伴い、11月に合宿をするそうだ。ゆめみさんの勢いであっという間に日程が決まってしまった。
サラさんの別荘地で行われ、その様子は紗矢さんの計らいによって投げ銭目的に生配信されるらしい。これで大儲けだ、と高笑いしそうなほどに喜びをあらわにしていた。
澪さんも……。来るのだろうか。1人だと不安だ。きっとこれまで以上に大変な練習や共同生活が待っている。想像しただけで精神が持たない。
考えれば考えるほど、相手の携帯が鳴っては迷惑な時間になっていく。結局、真夜中なのにメッセージアプリで連絡してしまった。
『澪さんは、11月の合宿に行きますか?』
少し時間が経つと、既読が付いた。時刻は夜中の2時だというのに。
『行くに決まってる!何日だっけ?』
『11月10日から、2泊3日だそうです』
『うわー、ド平日か……。3日も学校休むのはちょっとなぁ。でも、顔出さないとまずいよね』
『絶対ではない、と言っていました。こちら側にも、全日制に通いながらドリームテイルの活動をしている人はいますから』
しばらくすると、返信が送られてきた。
『誤解を恐れずに言うと、1日だけ……じゃダメかな』
澪さん曰く、1日目は合宿に充てるため学校を休み、2日目の朝に帰って授業に出るという計画を立てたそうだ。
そんな我儘は通らないだろうと想像してしまったが、ここは流石非公認の活動と言ったところか。澪さんは3日間のうち、2日目の朝まで合宿に同行してくれることになった。
いよいよ11月10日がやって来た。天候は穏やかだったが、山のせいで肌寒い。別荘地に澪さんが現れたとき、皆ひどく驚いていた。
「澪さん!?自分の学校はいいの!?」
通信制課程にいる私たち6人と澪さん、合計7人のメンバーが集まった。
「私だってドリームテイルの一員だから……。来ちゃった……はは……」
どうも学校を休んできたことに罪悪感は残っているらしい。
「でも、澪さんが来てくれたからお天気も良くなったのかな。私が参加を決めた途端直撃するはずだった台風が逸れたけれど、雨は残るって言われてたもの……」
「え、本当!?うわー、私もいよいよ晴れ人間デビューか〜!」
激しい運動を医者に止められているもののドリームテイルに入ったという菊池花乃さんがここにいるのは、街の喧騒から離れつつ、新曲たちの歌詞を一気に書き上げてしまうためだそうだ。
合宿はただ実力を高めるためだけのものではなかった。通信制課程の私たちでできるだけのことをやる時間らしい。
皆の笑い声とともに、合宿は幕を開けた。その一方で私が当初抱えていた不安は、次々的中していった。
1つ目の不安は、単純なものだ。私は体力が決定的にないのだ。私は小学6年生の初め頃に和太鼓部を辞めたのちは部屋にこもりきりの人間だった。
それ以前に、私の小学校の和太鼓部はそこまで本格的なものではなかった。
今まで自分の調子で進められた練習も、体力のあるゆめみさんを中心とした勢いで進んでいく。踊るほうに体力や集中力がすべて持っていかれて、大切なソロなのに歌声が掠れてしまう。
そもそも練習メニュー自体がグループで1番の体力自慢、大垣夏菜恵さんによって作られたものなのだから追いつける人はドリームテイルの中でも数人しかいない。
夏菜恵さん名物の腹筋運動30回、しかも4セットという狂気の沙汰で、終えた後は息をするだけでお腹が痛くなった日は数知れない。
皆はその手の専門店でそろえたような格好をしていたのに、私だけは中学校の体操服だった。これまでは気にならなかった部分が、長時間過ごすことで目立ってくる。
ゼッケンも付けっぱなしな臙脂色のジャージは、洗練された皆の服装と比べると様にならない。
そして、体力の差は目に見えて明らかになっていった。澪さんでさえもあんなに楽しく踊っているのに。
鏡張りの壁に映る私は、1拍、また1拍と動きが遅れていく。秋も深まっているのに、暑くて暑くて私は上着を脱いだ。半袖の体操服で、今度は私の貧相な身体つきが目に見える。
「ふぅ、1回休憩しようか!10分くらいしたらもう1回やろう!」
ゆめみさんの一声で、皆その場にへなへなと腰を下ろす。
「はぁ、はぁ……。知らなかったな。アイドルの合宿って本当はこんなに楽しいんだ。ジャージ姿の文音ちゃんも可愛いし!」
「……えっ」
私は、こんなにつらいのに。澪さんは汗を流しながら笑みを浮かべていた。私の気持ちを置き去りにして、1日目の練習が終わった。
その日の夜、城ヶ崎家自慢の大浴場で私と澪さんは2人きりになった。
周りを見渡しても金箔を散らした大理石の床やギリシャ神話のような彫刻が目に留まり、入浴という安らぎの時間は乱されていく。
さらに澪さんの体つきは私のそれよりずっと女性らしく、目のやり場に困った。
「私、ドルオタだけどさ。アイドルのドキュメンタリーだけ、あれだけめちゃくちゃ怖くて見られないんだ」
「あなたにもそういうことがあるのですね」
「ほんと……。1回見たやつが特にきついヤツで。まさにこんな合宿。合宿オーディションだけど」
澪さんが語るアイドルの世界の1面は衝撃的なものだった。
その「合宿オーディション」は、アイドルの候補生に厳しい課題が課せられ、その結果がその合否に深く関わるという。
それだけじゃないんだよ、と澪さんは続ける。色々と精神衛生上は最悪とも言える状態だったそうだ。
「言葉を選ばず言うなら、時代遅れの使われる女の子って感じ?あー、思い出しただけでもちょっと心拍数が、はは……。それ以来、ドキュメンタリーだけは見られなくなったなぁ」
澪さんは、アイドルについて本当によく知っていた。酸いも、甘いも全て口にしたうえであの日私の背中を押したのだ。
「あんなつらい目に文音ちゃんが遭ったらどうしようって怖くて。だからあの時『アイドルになれ』とは言えなかった。それでも文音ちゃんのアイドル姿が見たくて『やめとけ』とも言えなかった。ごめん」
「……。あなたが謝ることではありませんよ」
「ううっ。よかった~~!文音ちゃんがどう答えるかはさておいてあんな曖昧なこと言ったの謝りたかったんだ……」
そう声を上げながら、澪さんは立ち上がる。その勢いであの人の乳房がたゆん、と揺れた。その節操のかけらもない光景に私も思わず短い悲鳴を上げてしまった。
「もう、澪さん!」
「……ごめんなさーい」
2日目は早朝の走り込みから始まった。肌寒さが神経を逆撫でしてくる。当然、他の人は先へ走って行ってしまう。息が苦しい。もう、走れない……。
これが2つ目の不安だった。体力面でも困難の連続だが、自分1人ではそれ以上に精神面が先に参ってしまいそうだった。
「文音ちゃ――――ん!」
上り坂の頂上で澪さんが私の名前を呼んだ。そこが折り返し地点らしく、ゆめみさんたちと私はすれ違う。彼女たちもまた応援の声かけをしてくれたが、私の目と耳は向こうのあの人に釘付けだった。
「大丈夫、帰りは一緒に行こう!」
結局、おそらく1番急がないといけないであろう澪さんが1番遅く戻ってきた。到着するなり澪さんは大急ぎで荷物をまとめる。
「文音ちゃん、なんだかごめんね」
「いえ、澪さんには澪さんの事情があります」
澪さんは、一瞬何かを思ったようだったが、すぐに向き直る。
「ここからは、1人で頑張るところだよね。本来、私がここにいることからしておかしいんだし」
澪さんは最後にそう言い残して、勢いよくリュックサックを背負い直す。
冷たい秋風が、私たちの髪を靡かせた。澪さんは時々立ち止まり踵を返しそうになっていたが、ぐっと堪えて去っていった。
合宿終了まで、あと丸1日と半分だ。




