【13-4】完遂
澪です。卒業ライブを終えてから、文音ちゃんからの連絡はぱったり途絶えました。
小説は……ちゃんと書けたのかな。私、猛烈に不安です。アイドルにならなければ、間に合ったであろう小説がたくさんあった。そんな事態になっていないことを祈りたかった。
私も私で3期生のドリームテイルのサポートに大忙しの日々を過ごしていたせいで、卒業ライブを終えてからは何もやりとりをしようとすることもなかった。
前はあの子の力を借りるなんて言ってしまったけれど、やっぱりあの子の「小説を書く」という目標を邪魔したくなかった。
ゆめみちゃんたちは高校を卒業した。向こうも向こうで、卒業ライブはきっと大号泣ものだっただろう。私たちは裏方としてバタバタしていたのでその勇姿を拝めなかった。
かくいう私も、文音ちゃん卒業ライブの『創世』の最後の方は泣きながら歌っていたし、終わってからも泣いたし、1か月くらいは心にぽっかり穴が開いていた。
これまでのメンバー11人が一斉に抜けたドリームテイルは、まるっきり違う何かに生まれ変わろうとしていた。
そもそも私は「ドリームテイル」のみんなのことをほとんど分かっていなかった。ゆめみちゃん、美優ちゃん辺りとは話したけれど後のことはほとんど覚えていない。私はずっと文音ちゃん一辺倒だった。
4月になると私も3年生になった。ドリームテイル3期生になろうとする1年生たちに「澪さんだ!」「本物だ!」とがやがやされるので、ほんの少し、本当にちょっとだけ鼻が高い思いだった。
そのたびに私は「いやいや、私は文音ちゃんの引き立て役にすぎなかったよ」と返していた。
最後に見せた王子さまコスがクリティカルヒットしたのか、「澪さま」って呼ぶ子もいてその時はひっくり返った。素の姿を見てもそんなことを言えるのか不安になる。私なんておバカなドルオタにすぎないのにさ。
文音ちゃんが次にドリームテイルに姿を現したのは、夏ごろだった。突如練習室の扉がけたたましくノックされた。一瞬、騒音の苦情かと思った。
「あ、あの!届きました!やっと……!」
「文音ちゃん!?」
聞き間違える訳がない。文音ちゃんの声だ。
下級生のみんなからしたら、2期生コンビの再会だ。わーきゃー大騒ぎされてしまった。
「届いたって、何が?」
「その、せっかくなので製本をお願いしていたんです。これを!」
お、重い!何だこれ!
文音ちゃんは私に、でっかい段ボール箱を渡した。製本って、まさか!
箱を開けると、黒光りするハードカバーの本たちがぎっしり詰まっていた。銀色の箔押しが豪華で眩しい。タイトルは『十色の永久光石』。全て同じものだ。
「その、昨年全員卒業してしまったドリームテイルの10人の輝きを物語に起こした、活動記録でもあり小説のようなものです……。間に合ってよかった……」
ついに、できたんだ……。え、10人?今10人って言いました!?
「その、10人って……。まさか文音ちゃん……」
「ええ、私は出てきません」
「ええっ!?なんでそんなことしちゃったの!?」
文音ちゃんの肩を掴む勢いで問いかけてしまった。
「私の存在は、これです」
文音ちゃんは、ハードカバーを愛おしそうに撫でる。
「これを記した、もう1人のメンバーがいたこと。そして、11人という大所帯を支えた、たった1人の存在がいたこともあとがきに記していますよ」
「それは……。よかった。それなら。うん。にしてもこんな大量にまた……どうしちゃったの?」
「その、最低でも製本を頼める冊数がこれだっただけです……。皆さんに差し上げますから、部費の足しにでもしてください……」
中を開くと、目がちかちかしそうな活字祭りだった。最後まで挿絵なしで進行する上級者向け仕様にしか見えない。それでも10人の軌跡は輝いて見えた。そしてあとがきには、こう書かれていた。
『初代『ドリームテイル』の輝きを、この本を手に取った貴方が可能な限り多く知る手立てとなることを祈る。最後に、11人という大所帯を支えた「西木澪」の存在をどうか忘れないでいただきたい。七星文音』
やっぱり、文音ちゃんは文学少女だ。
「あの、読みふけっている所恐縮なのですが……。澪さんにはこれを」
何。怖いんだけど。文音ちゃんにコピー用紙を束ねただけのものを渡された。これもかなりの枚数だ。
え……!?何ですかこの前衛的すぎるガールズバンドは……。訳が分からん。
「こ、これ……何!?」
「その、アイドルとして過ごしたことで、「ライブ」ができるまでの様子がよく分かりました。それと、人前に立つことの難しさも。なので、私なりに描いてみたかった、少し刺激的な物語を……」
反射的に返そうとする手を、文音ちゃんは押し返す。コピー用紙の束がくしゃりと音を立てた。
「もしよければ、読んでみてください。そう長くありませんし、さっと読み飛ばせてしまいそうな表現ばかりですので」
どう考えても「もしよければ」の勢いじゃない文音ちゃんに背中を押され、私は活字の海に飛び込んだ。
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その名も、『囚われのディーヴァ』。
小さなライブハウスでカルト的人気を集める、たった2人のガールズバンドの物語だ。
ボーカル担当のディーヴァ、ドラム担当のアヤネで構成される。
このバンドと呼べるのか怪しい2人組が人気を集める理由は1つ。そのパフォーマンスがあまりに壮絶で、忘れられないからだ。
和気あいあいとMCをする2人は、曲が始まると豹変する。
アヤネは、落ち着き払った態度が嘘かのようにツーバスを巧みに操る演奏を見せつける。ふわふわとした少女趣味なゴスロリの衣装で繰り出される轟音は、倒錯的な魅力を持つ。
ディーヴァは、観客と楽しく触れあっていたことが夢だったかのように歌う。その姿は実に官能的だ。黒いロングドレスの裾を自ら振り乱し、歌声には嬌声が混ざる。歌の最後には舞台上に崩れ落ちてしまうことも。
他のパートは、打ち込みで作ったものを流し補っていた。
ただ、2人にも弱点がある。大舞台だ。あのように過激なパフォーマンスをする2人だが、人気が出てフェスなどの大型イベントに呼ばれた途端、普通のガールズバンドに成り下がってしまう。
その技術だけは目を見張るものがあり、じわじわと人気を集めていた。
2人はいつしか、何千人もの前で単独ライブが開けるまでに成長した。ある意味では、退化したともいえる。
2人はあの激しいパフォーマンスを実質的に封じられ、本来の輝きを曇らせていた。
「アヤネ、もう私疲れちゃった」
「ええ、全くです」
「もう、帰ろっか」
「ですね」
2人が求めていたものはお金でも、名誉でもない。思う存分ドラムを叩き、歌える場所だった。
大舞台にも関わらず、2人は本来の姿をさらけ出した。
アヤネは規則的に刻んでいたリズムを、ディーヴァが乱れ舞うのに合わせてめちゃくちゃにしていく。
ディーヴァは激しくなっていくドラムの音に合わせて、歌の原型をとどめていられないほどに狂い咲いた。
このライブの「失敗」で進んでいた全ての計画は取り潰しになり、『囚われのディーヴァ』は表舞台から姿を消した。
しかし、元の小さなライブハウスに戻れたことで、再び本当の自分たちを分かってくれる人々の前で、ライブを開き続けたという。
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本当に……めちゃくちゃだよ……。
「もしかすると、察してしまいましたか」
「えっ、何を?」
「その小説のディーヴァは、あなたです」
「え?」
事実、私は小さいころから楽器の音色や演奏する手つきに変にきゅんとする癖があった。あの頃は大きな音が怖かったから、画面越ししかダメだったけど。
特に弱かったのがまさに打楽器系で、夜な夜な家族に隠れて色々な曲のドラムカバーとかを聞き漁っては身体が疼く感覚を楽しんでいた。
適当に「楽器フェチ」とでも名付けて、秘密にしていた気持ちだった。
そんなこと、本当に誰にも言ったことがない。
文音ちゃんは間近まで来て、そっと告げた。
「あなたが……。その、楽器の音に……。太鼓の音に弱いことは前から分かっていました。だってどんなに可憐な少女だとしても、和太鼓を叩く人に『可愛い』なんて言葉は出てきませんよ」
「うぐ……」
「私の太鼓の音は、そこまであなたを虜にしてしまいましたか?」
私は全力で首を横に振る。
文音ちゃんのことが好きなのはそれだけが理由じゃない。あの子が和太鼓部だと知る前から私は文音ちゃんのことが大好きだった。ずっと見ていた。ずっと探していた。ずっとそばにいたかった。そんな言葉をこの場でぶちまけた。
「そう、でしたか。やはり、澪さんは私の恩人です」
そう言いながら文音ちゃんは私をそっと抱きしめる。私の顔は涙を堪えてぐしゃぐしゃだった。下級生の皆にようやく出来始めていた頼れるお姉ちゃん感が見る見るうちに失われていく。この後私、どうやって皆のダンスレッスンに付き合えばいいの……!?
「私が「アヤネ」になるには、バスドラムが2つのドラムセットどころか、もっと初歩的な段階から始める必要がありますから。もしその時が来たら……。澪さんの歌を私が狂わせてしまいたい」
「うん、頑張る……」
文音ちゃんがツーバスのドラムセットでどこどこしてくれるなんて……。何それ、ちょっと見たい。そう思ってしまい身震いがした。
私は、文音ちゃんから最高に歪んでいて最高に純粋な愛を突き付けられた。
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創世記と恋物語 -創世-
おわり
これにて、『創世記と恋物語』は完結となります。すべての物語を見守ってくださり、本当にありがとうございました。
誰かを推すこと、愛することには責任が伴う。愛だって言葉と同じで救いになるし、凶器になる。
目の前の人への恋も、推しへの愛情も、あるいは夢もそう簡単に成就するわけがない。
幸せには、どこかでその代償がきっとある。
あなたは、愛する人の"そこにある笑顔を奪わない"覚悟はあるか。
そんな自分のドロドロを吐き出したくて、生まれて初めてこんなにたくさん小説を書きました。
最初は色々と既存の要素が入っている状態でした。それを一次創作として公開できるように手直ししたものがこれです。
これを書いているうちに、本当は描いたキャラ以上に自分が1番ステージに立つそちら側に行きたかったのではないか?と悟ってしまい、もうどうしようもなく悔しくなって本物のアイドルが見られなくなってしまいました。
もし次があるのなら、これまでの残り火で書くしかありません。予定はありません。
繰り返しになりますが、すべての物語を見守ってくださり本当にありがとうございました。
あなたの推しや大切な人が1日でも長く、心の底からの笑顔でいられますように。




