【12】封印
来てくれ、いや来ないでくれ。だけど来なかったら困る。やっぱり来てくれ。文音ちゃんの卒業ライブまで、毎日のように生徒手帳の日付を見つめていた。
会場設営も大忙しだった。ドリームテイルが始まって以来1番大がかりなライブだ。しかも人手が足りないので、大人の手もがんがん借りることになった。ゆめみちゃんたちも来てくれるという。
椅子を並べて、舞台装置の確認までして、最初は分からないことだらけだったけど、今はすっかり分かるようになった。今度のライブで文音ちゃんが演奏する太鼓の音を少し高めにしてほしいと私が無茶な注文もした。叶ったかどうかは前日になっても知らされていない。ドリームテイルが事実上消滅する日とだけあって全員気合が入っていた。私は頑なに練習風景を見せてもらえなかった。
毎回ライブで大いにビビらされる銀テープを撃つあれが設置されていくのを見るのは複雑な気持ちだった。
ライブ当日。私はバックステージでどたばたしていた。舞台袖で文音ちゃんはずっと振付の確認をしている。最後まで生真面目さが全開だ。周りの喧騒にかき消されそうな声で、リズムをずっと口ずさんでいる。本当にやる気なんだ、文音ちゃん。
「あ、あの。澪さん」
「何?」
「今日まで、本当に……。たくさんご迷惑をおかけしました」
「そんな!迷惑なんて思ったことないよ!大好きな人の側にいられて幸せだった」
本当はぎゅっとしたかった。けれど、あの子は今、いちオタクの手が届かないアイドルだ。みんなの文音ちゃんに、今はこれ以上近づいちゃいけない気がした。
「文音ちゃーん!時間だよー!」
「は、はい!」
ゆめみちゃんが、あの頃と同じアイドル姿で待っている。卒業から数か月だから当たり前だ。
「さて!澪さんはここまで!」
「そうだよね。もう私にできることは……」
「だから、これ!」
ゆめみちゃんが手渡してくれたのは、このライブのチケット。これで私も、後ろの関係者席送りか……。と思われた。そこに書かれた列番号は、1列。
「最前列の、どまんなか!文音ちゃんのステージ、1番近くで観てあげてください!」
「うん……。何から何まで、ありがとう」
今度こそ、私はお役御免となった。
そして誰もが夢に見る最前ドセンへ招待された。前世で世界救ったレベルの人じゃないと入れないはずの場所に、タダでご招待なんて世界がひっくり返りそうな気持ちだった。
繰り返し起こった騒動から文音ちゃんの知名度は上がり続け、卒業ライブはものすごい人出になっていた。この中に私が振り落としても生き残った強者は何人いるだろう?
「まもなく開演いたします」
そのアナウンスが流れると、客席からは歓声というより嘆きが上がる。いよいよ、文音ちゃんがアイドルとして過ごせる、そしてドリームテイル最後の時間が始まる。
私がアレンジし、文音ちゃんが着た新しい『新月宵祭』の衣装はもちろん客席を騒然とさせた。まさか、あの曲が飛び出すのか。その答えは私も知らない。
文音ちゃんは持ち歌がものすごく少なかった。積極的に活動する子ではなかったので仕方ない。それに、『新月宵祭』だけでつないだ期間が長すぎた。
幕間映像のうちに、いよいよ和太鼓が舞台に運び込まれる。文音ちゃん、完全復活の時だ。隣の文音ちゃん推しオタクはもうぐしゃぐしゃに泣き崩れていた。
スポットライトに照らされる文音ちゃん。完璧な語り口に、私たちは息を呑む。
「この3年弱、皆さんを振り回してしまい申し訳ありませんでした。すべては、自分自身を制御しきれなかった私の責任です。私は幼い頃、まだ楽しく太鼓を演奏できていました。ある時は、今の私のように穏やかに。またある時は、年相応に笑顔で暮らしていました。その2つの側面を使い分けられなくなった途端、太鼓の音色は私の中で、悲しい記憶と結びついてしまいました」
いや、文音ちゃんは悪くない。誰も振り回してないよ。私含めて周りの人が文音ちゃんに構いすぎたんだ。ペンライトを握る手に力が入る。
「アイドルになろうとしたきっかけは、当初お話した通り、小説を書くためでした。多くの経験や、人との関わりで無事その目標は達成されました。次の春まで残された時間を使って、そのすべてを書き記したいのです。そのため、私は早いうちに活動を打ち切らせていただくことにしました」
あちこちから、すすり泣く声が聞こえ始めた。アイドル個人の意思がここまで尊重されるのも、高校生が集まってアイドルっぽいことを勝手にしている、という形だからだろう。あまりに円満すぎる卒業の理由だった。いきなり文音ちゃんは曲数を指折り数え始める。
「卒業ライブも、残り……。えっと……。3曲となりました。この音色があの頃の私と、皆さんの救いとなりますように」
それも束の間、文音ちゃんはバチを構えた。最前ドセンだからこそ見えた文音ちゃんの表情は、今までで1番真剣だった。
たった2発。その太鼓の音で、今日1番の歓声が巻き起こった。文音ちゃんはとうとう、『新月宵祭』の封印を解いた。それまでハンドマイクで歌っていたけれど、インカムに変えてきた。
もう、文音ちゃんは文音さまに連れていかれたりしない。今日は動きづらい厚底ブーツじゃないから。私の無茶振りも通ったらしく、明るい音色が会場中に響いた。
「ありがとうございます。『新月宵祭』はいかがでしたか?……次は、私の新曲になります」
流石に皆どよめく。今日でお別れなのに新曲とはいかほどか。私も同意見だ。私に送られたあの動画の曲だ。今日まで本当に、どこにもお披露目されなかった。
「それでは、聴いてください。『桜色ジュエル』」
会場のあちこちからどよめきが上がる。文音ちゃんから飛び出すにしては可愛すぎるワードしかない。
これもまた、ライブ映え待ったなしのダンスナンバー。タイトル通り、きらきらかわいい曲調だった。少し色気のある歌詞と太鼓の音で、会場はまさに熱狂の渦だ。振り返らずとも大歓声でわかる。文音ちゃんはなかなかこっちを見てくれないけれど、思いはパフォーマンスで十分伝わった。
ラストナンバーは、なんとデビュー曲のカップリング曲。文音ちゃんの精一杯大きな声の言い直し転調をもろに食らって、とうとう私の涙腺もだめになった。銀テープは近すぎて頭の上を飛び越えていった。
後の記憶はあまりない。けれど、文音ちゃんが最後のMCで「自分の気持ちは『新月宵祭』の前にすべて話してしまった、もう話すことがない」と会場を爆笑させてしまったのは覚えている。
こうして、文音ちゃんのアイドルとしての日々、最後の1日が終わった。
ドリームテイルはメンバーが0人になり、活動終了となった。




