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9.戦いは外へと続く

 高校の敷地内、運動部が使っていてもなお場所があり余っている、広大なグラウンドの開けたスペースにて。魔法少女と、黒い翼を携えた男が互いに向かい合っていた。


 最初に動いたのは許斐(このみ)だった。


「――スウェート・ブロッサム」


 ドゴオオオオオオオオオオオッッ!! と、右手に握るステッキの先から淡いピンク色の砲撃が放たれる。狙いはもちろん、漆黒の翼を顕現させた紫髪で長身の男。


 だが、それさえも軽い調子でぴょんと一飛び。翼なんて使うまでもないと言わんばかりに避けてしまう。


 彼女にとって戦いやすい屋外まで誘い出したまでは良いものの、それは相手にとっても同じだった。動きに制限がない分、身体能力の差が如実に現れる。


 ただ、周りを巻き込む可能性が限りなく減ったというのは彼女だけのアドバンテージだった。……元々、相手は周囲の被害などお構いなしに戦っていたので、同じ土俵に追い付いただけとも言えるだろうが。


「へっ、当たるかよンなもん。ガキのドッジボールじゃあねェんだぞッ!」


 今度はその黒い翼からレーザーが二本、許斐の元へと向かっていく。


 アレを受け止める――なんて考えるべきではないだろう。物理法則をも無視して、触れた全てを黒に染める正体不明の攻撃。下手に触れてしまえば最後、その体ごと真っ黒に変えられてしまう。


 しっかりと翼の動きを見据えた上で、レーザーの走る射線を予測して、慎重にその攻撃を避けつつ。彼女の武器であるステッキを激しく振るう。


「これで終わらせるよっ! ――ペティ・フォーレン・シャワーッ!」


 紫髪の男、その頭上から雨のように桃色の光弾が、雨のように降り注ぐ。


「へへッ、ははははははははッ! 数打ちゃ当たる、運ゲーってかァ? クソつまらねえ戦い方だなァオイッ!!」

「ふふんっ、それはどうかな?」


 まんまと策に嵌ったと言わんばかりに。許斐は、相手を陥れた優越感に浸りながら言う。


 ふと、紫髪の男がその足元を見ると――桃色の光弾が潰れ、桜の花びらと化けて積もっていた。


 すっかり足を埋めてしまった花びら。それらを男は強引に振り払おうとするものの、そもそも地面に突き刺さったかのように足は動かない。


「へっ、こりゃまんまと罠にハマっちまったって訳だ。……仮に俺が人間なら、ここで身動きも取れずに終わっていたかもしれねェけどよ」


 だが、魔法少女は知る由もなかった。


 生まれ持った体が一つしかない人間と違って、彼はこの世界で存在するという目的のためだけに作られた自身の肉体に、思い入れなど一切存在しないという事を。


 黒い翼の片方を器用に動かし――スパンッ! と。自らの動きを封じるその両足を、なんの迷いもなく断ち切った。


「は、はああああッ!? 嘘でしょ!?」


 背中から伸びる翼をはためかせると、足をなくした体が飛び上がる。


 地面に立ったままの足は黒く変色していき、代わりに浮かび上がった体からしっかりと色付いた足が少しずつ伸びるように生え始める。


 もはや反則とも言えるその再生能力。だが、いくら何でも不死身という訳ではないはず。少なくとも、今はそうであると信じて戦い続けるしかない。


「――グロウリー・フォーリプス」


 ステッキから放たれた、ピンク色のエネルギー砲が螺旋状を描きながら男の元へと飛んでいく。


 が、やはりその黒い翼で容易く受け止められてしまう。


「クッ、へはははははッ!! もう打つ手ナシってかァ? あれだけ大口を叩いておいてこの――ごぼあッ!?」


 その時だった。気分良さげにそう言い放つ彼が、何かに思いっきり容赦なく殴り飛ばされた。……それは、赤く硬い鱗で包まれ、黒く鋭い爪が伸びた、まさに凶器となった右拳。


 その持ち主は――真紅の翼を生やした赤髪にルビー色の瞳を持つ少女、神凪麗音(かなぎ れおん)だった。


「チッ、てンめえええええええええええええええええええええええええッッ!!」

「お前はちょっと黙っていやがれッ!」


 地面に転がり、飛ばされた先で。何が起こったのかを理解した彼は、その拳の持ち主を睨み、報復のために翼をはためかせ、飛び込んでいこうとした所で。再び地面に叩き落とされるような一撃をその背中で受ける。


 それは何もかもが普通の高校生、上鳴御削(うわなき みそぐ)が放つ、ごく平均的な男子高校生の蹴り。しかし、彼を地面に押さえつけるだけなら必要十分。


「た、助かったあ……。ありがとう、キミたち。でも、安全な所でじっとしていてって言ったはずなんだけど!?」

「ああ、彼……御削のわがままでね」

「元々、こんな騒ぎになったのは俺たちが『天使』に関わりを持っていたせいなんだ。黙って待っているなんて……できる訳がない」


 今も御削がその足で踏みつけ、身動きが封じられている紫髪で長身の男。


 の、はずなのに――地面に顔を付ける彼は、それでも不敵な笑みを浮かべていた。


「クッ、ハハハハハハハハハハッ!! ただの人間にまで一本取られるとは、俺も堕ちたねェ。せっかく見つけた『天使』の手がかりだが、もうそれどころじゃねえ。ここでお前ら全員、ブチ殺してやらないと気が済まねえよなああああああああああッッ!?」


 背中から伸びる黒い翼が、より一層深い黒へと変貌し、さらに大きく広がって。彼の咆哮と共に放たれた尋常じゃないまでのプレッシャーは、周囲の空気をも震わせ暴風と化し。一番近くにいた上鳴は立っていられずに、そのまま吹き飛ばされてしまう。


「そ、そんなっ、まだ本気を出してなかったの!?」


 黒い翼を持つ男に対する、この場の全員がマズイと思った、その瞬間だった。


「――しばらく見ないうちに、随分とご大層な口の利き方をするようになったんだなー? 優・等・生」


 より勢い付いた彼の叫びに対して。対照的に、冷静で明るい別の人物の声が返される。


 黒を振り撒く異質な存在から、一方的に押し付けられる圧力。それに臆する事なく平然と言葉を掛けられるのは、また同じく異質な存在しかあり得ないだろう。


 ……たとえば。


「て、めえ……ッ!? くく、ハハハハハハハハハハハハッ!! まさかご本人サマから来てくれるとはねェ? 落ちこぼれの『天使』が今や世界を一つ任されるとは、随分とご立派なコトで」


 今までその正体を隠し、高校生としてこの世界を傍観していた『天使』とか。

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