回想 世界を傍観する存在
以前、ある少女が《破滅の錬金術》に溺れた際、助言をしてくれた同級生がいた。天河一基。そんな彼が明らかに只者ではないと思い、神凪が彼を問い詰めた結果、一つの解答に辿り着く。
『「天使」……なの?』
『直接的な答えは、傍観者であるオレの口からじゃ言えないが……ここから先は、神凪。お前が思う「オレ」と仮定したうえで聞いてくれればいい』
傍観者と名乗っているだけあって。なにか事件が起こり、それを知っていてもあくまで直接的な介入はしなかった……というよりは、できなかった。
彼が自らの正体を直接、その口から明かさないのもきっと同様の理由だろう。彼自身は別に正体がバレても構わない。しかし、自ら明かすのは立場上難しいだとか、そんなところか。
なのでここから先は、彼――天河一基が『天使』であるという前提で、神凪は話を進めていく事にした。
『ああ、ちなみに。これから話す内容もオフレコで頼んだぜー? ……特に、御削には絶対に』
『その内容によるけれど。御削やアタシにとって、マイナスになるような内容なら容赦なく伝えるわ』
『手厳しいねえ。ま、聞けば納得してくれるだろうし、そもそもこれは神凪、お前にも関わる内容だ。迂闊に話を漏らせば自分が、そして御削を危険に晒す事になる』
御削の身の安全をエサに釣られているようで少々不愉快だったが、ここで文句を言っても話が進まないので神凪はスルーして。
対する天河は、不承不承といった表情の彼女に気づきつつも続けて話す。
『まず聞いておこう。――上鳴に、お前の正体が知られた事。新たな《竜の血脈》を生み出す儀式のために狙われた事。比良坂が《破滅の錬金術》に触れた事。これら一連の出来事が、偶然だと思っているか?』
『そうね、薄々感じていたわよ。……アタシと関わったばかりに、御削をファンタジーの世界に引き込んでしまったって』
ただの高校生であるはずの上鳴を、エルフとの戦い、そして幼馴染が錬金術師になるという『ファンタジー』な事件に巻き込んでしまったのは紛れもない、特異な体質と境遇を持つ自分のせいだろう。と、そう思っていた。……だが、天河は首を横に振る。
『いや。……じゃあ、上鳴と神凪が繋がった――それさえも偶然じゃないとしたら? この一連の騒動の中心は一体、誰になるんだろうな?』
彼は、御削が神凪のドラゴン姿を目撃した事。それさえも必然だったと考えているらしい。
『まさか。だって、御削はただの高校生じゃ……』
『アイツに自覚はねえだろうさ。だが、アイツの周りにはこれからも「ファンタジー」が寄り付いてくる。……そういう体質なんだよ、上鳴御削という存在は』
『体質、ねえ? イマイチ信用ならないけど。だって、アタシと出会ったのが、御削にとって初めての「ファンタジー」じゃないの? 仮にその体質だとして、御削が生まれてからアタシの正体を知るまでの一六年は何?』
『体質、その全てが先天性だと思ったら大間違いだし、一定の年齢に達したら発現する体質という可能性だってある。……ま、別に今は信用する必要もねえさ、これから嫌でも信じる事になるだろうしさ』
訝しげな表情で訊いてくる神凪に向けて、天河はそう返す。
そう言われれば。と今は納得するしかなかった神凪は、これ以上言葉を返すことはない。それを見た天河は、さらに先へと話を進めていく。
『んで、そんな御削の体質を利用した、オレの目的は――アイツを「王」に据える事だよ。ドラゴンにエルフ、精霊。魔法使いや魔術師、錬金術師。全部挙げればキリのないまでのファンタジーが世界に溢れ、それぞれの領域を持ち、お互い侵食しないようバラバラになっている。それらを纏め、一つの勢力として束ねるのが「王」ってヤツだ』
王とやらの役目は分かった。仮に、上鳴に「ファンタジー」な存在を寄せ付ける体質が備わっているのなら、その役目に向いているというのも頷ける。だが。
『理屈は分かる。けど、わざわざ「ファンタジー」を一つに纏める理由は? 現状維持じゃダメなの?』
『ああ。知っての通り、何とか世界に溶け込んでいた存在が、次々と表舞台に溢れ出している。このままじゃいずれ、世界が破綻する』
彼の言葉に、思わず自分の胸にも突き刺さるものがあった。
『それは……アタシが、『異能』を殺さないから?』
《竜の血脈》を継いでいる以上、果たすべき役目。しかし、自身の弱さから――未だ一度として、その役目を果たせた試しはない。それが原因で、世界の秩序が崩れていくというのも分かっているつもりだ。
……だが、彼にとってはそれさえも、些細な問題の一つに過ぎなかった。
『それは今の状況が加速する要因の一つであって、根本的な原因じゃない。オレからすれば、この世界が今まで秩序を維持できていたのが奇跡だと思っている。……《竜の血脈》の有無に関わらず、一度「ファンタジー」を一つに纏める必要があるだろうな』
『そこで御削の体質を利用しようって?』
『ああ。オレは「天使」。世界を護り、世界に安寧を与えるという役目はあっても、直接介入はできないからな。だが、ここを天界が認めるほどの安定した世界へと昇華させ、天界の加護を受ける――「神族化」をすれば、永遠の安寧は約束されるんだ。……そこで神凪、お前に頼みがある』
しかし、天河が言わんとする事は大体想像がつく。
『……言わずとも分かっているわ。御削はアタシが、絶対に守ってみせる』
『やっぱり理解が早くて助かるねえ。……頼んだよ、御削を――世界を守れ、神凪麗音。これが「異能」を殺さずとも世界の秩序を守り、世界に永遠の安寧を与える事ができる、唯一の方法だ』




