18.竜の涙は癒やしを与える
再び意識を取り戻すと、視界には一面の星空が広がっていた。丘の上には辺りを照らす他の光がないおかげか、普段見ている夜空よりも一層、きらびやかに感じられる。
そして、廃墟の屋上に仰向けで倒れる彼の体には、どこか温もりのある重みがあった。顔を起こし、その正体を見てみると……。
「……神凪さん? 寝てる……のか?」
赤髪の少女が、上鳴の体に抱きつくような格好で、すっかり寝息を立てて眠りについてしまっていた。
起こすのも忍びないかと思ったが、思わず名前を呼んでしまったのと、まさか寝ているとは知らずに体を動かしたせいか、起こしてしまったらしい。
んん……、と声を漏らしながら、目を擦りまぶたを開いた神凪は直後、幽霊でも見たのかという驚きの反応で。
「……えっ、み……御削、なの?」
「ああ。ってか、それ以外誰に見えるんだよ」
「い、いや、その……御削がてっきり死んじゃったんじゃないかって、すっごく心配してたの。う、うんっ、でも本当によかった」
実際の所、自分でもこれは『死んだ』と思っていた。人間を超越した力に、代償がないとも思えない。ただ、最後に神凪の身の安全さえ確保できたと分かれば、そんな最期でも良いとさえ思ったのはまた事実だった。
だが、せっかく死という選択に覚悟を決めたというのに。全身が活性化した血液によって焼かれたせいか、黒焦げ状態だったにも関わらず、上鳴は何故かしぶとくもあの戦いから生き残る事ができたらしい。これは果てしない奇跡か、それとも――。
「ああ、そういう事か」
上鳴はふと、あるクラスメイトの言葉を思い出す。『竜の涙は人々に癒やしを与える』……これもまた、天河が言い残した古い伝承の一節だったか。
それを聞いた時はまるで意味が分からなかったが、この身をもって体験してみれば、どれだけ不思議な現象とはいえ流石の彼でも理解できる。
上鳴は、本来ならば有無を言わさず死んでいたはずだった。だが、そんな彼の為に、神凪は――『涙』を流してくれたのだろう。
「ありがとう、神凪」
「えっ? 何を言ってるのよ。アタシが礼を言われる筋合いなんて。というか、逆にアタシが言うべき言葉を、横からかっさらってくんじゃないわよ!」
倒れる上鳴の体にがっつりと抱きついたままである事に今更気づいたのか、慌てて離れた神凪は改まって。少し顔を赤らめつつ、夜に溶けるような小さな声で。
「……ありがとう。御削」
「どういたしまして。でも、神凪の力がなきゃ俺、何もできなかっただろうし。これは二人で掴み取った勝利……だよな。ああ、この場所を教えてくれたあいつもか」
神凪の暮らすアパートの前で会い、神凪の居場所を教えてくれた、この戦いにおいて影の立役者となったのは、これまたクラスメイトで友人の天河一基。意外な人物が、何やら物知り顔で現れた時は驚いたが――彼の活躍も当然忘れてはならない。
この場所にはいないが、彼がいなければ、そもそもこの場所に立つ事さえできなかったのだから。
「まあ、ハッピーエンド……と言えるかは怪しいけどさ。こうして俺たち、生きて乗り越えられたんだから、それだけで良かったんじゃないか?」
「……それもそうね。ふふっ」
すっかり血まみれの二人は、月明かりの下、互いが互いを見つめて静かに笑い合ったのだった。
***
悪趣味な『傍観者』は、天井が崩れ落ちてガレキだらけになった教室の影で、どこか澄まし顔で男女の会話を盗み聞きしていた。
天井にはいくつもの大穴が開いており、屋上の声はわりとクリアに聞こえるため、盗み聞きをするにはこれ以上ない好条件であった。
「オレの事を覚えていてくれるのは嬉しい限りなんだが……あくまでオレは、たまたま会った御削に、たまたま見つけた祭壇を教えて、たまたま変な種を見つけたから面白半分で動かしただけだからねぇ。こりゃあ間違いなく、お前たち二人で掴み取った勝利だよ」
独り言をぶつぶつと呟く彼は、腰掛けていた教室の木製椅子から立ち上がって。そんな格好つけた捨てゼリフを吐きながら。
「終わりよければ全てよし、って言葉もあるんだし。胸を張ってハッピーエンドって言えるだろうよ、こんな展開。……ふっ、想像以上に面白いものを見せてもらったぜ、二人とも」
屋上の二人にこちらの存在がバレてしまう前に、と。『傍観者』はさっさとこの廃墟を立ち去る事にした。




