19.ハッピーエンドの結末は
翌日。《竜の血脈》を継ぐ少女、神凪麗音が流してくれた『竜の涙』のおかげか、昨日はまるで何事もなかったかのように痛み一つさえ残っていなかったため、上鳴はいつも通り高校へとやってきた。
だが、神凪は彼とは違って、両足や腹部、あちこちに大ケガを負っていた。ケガの手当をしたとはいえ、とてもじゃないが昨日の今日で学校に来られる状態ではないだろう。
……と、そう思っていた。
いざ教室に着いてみると、彼の隣の席には――あった。赤髪のショートヘアに、ルビーのような宝石のように輝く瞳を持つ美少女、神凪の姿が。
困惑している彼に気づいた神凪は、学内に流れる噂からは考えられない、柔らかな笑顔で。
「御削、おはよ。……その、昨日はありがと、ね」
「いやいやいや、『おはよ』……じゃない! お前、なんでこんな所にいるんだよ!?」
思わずそう突っ込んでしまうが、無理もないだろう。というか、彼はきっと正しい判断であったはずだ。
「はあ? アタシがこのクラスに居ちゃ悪いとでも言うの?」
「いや悪いとかそういう問題じゃなくて……。神凪さん、あれだけの大ケガだってのに、家でしばらく安静にしてなきゃダメじゃないのか!?」
両足と腹部にも大きな傷を負っていたし、それ以外の戦闘中に受けてしまった軽い傷も含めれば、それはもうキリがないくらいに。少なくとも、一晩寝たくらいで次の日にはすっかり治っているような傷ではないのは誰がどう見ても明らかだ。
「ああ、ふふっ、もしかして……アタシの事、心配してくれたんだ? でも、それは余計な心配だったわね」
続けて、神凪はスッと取り出したスマホに、現代っ子らしい高速タイピングでカタカタと文字を入力していく。
メッセージの受信を知らせるバイブレーションと共に、上鳴のメッセージアプリに送られてきたのは。
『忘れたの? アタシは竜の血脈を継いでいるんだから。ドラゴンは傷の治りも早いのよ』
一昨日までの自分では、絶対に理解しがたい言葉、文章だっただろう。
だが、《竜の血脈》を継ぐ少女、神凪に関わるあれこれの出来事を乗り越えた彼は違う。
意外と身近な所に、『ファンタジー』は潜んでいる事を知った彼ならば、そんなメチャクチャな理屈でさえも、なるほどという一言で納得できてしまう。
『それにしても、その竜の血脈って何でもアリだなホント』
メッセージアプリを開き、こちらも負けじと手慣れたタイピング捌きでそう返す。
『ま、お互い様でしょ?』
いや何がだよ。俺は何の力もないただの高校生だぞ――というのは、別にわざわざ吐き出すような内容でもないため、心の中で叫んでおくとして。
気づけば何だか、周囲が騒がしい。
「昨日よりも、仲が良さそうな……」
「やっぱ噂通り、神凪さんと上鳴君って『順調』なのかな……」
ざわざわざわざわ。気づけばクラス中の皆がこちらを見て、何やら話す声に耳を貸してみると……いや、噂ってなんだよ。いつの間に彼も知らない所でそんな噂が広まっていたんだ、とついウンザリしてしまう。
こういう根も葉もない噂を適当に流して面白がるような人間に、彼は幸運にも一人だけ心当たりがあった。
「おい、一基。お前何勝手に人様の噂を流してくれてんだ!? 俺と神凪はそういう関係じゃないっての!」
「し、知らないねえー……」
「こういう変な噂を流すのなんてお前くらいしかいないだろ!」
ヒュウヒュウと下手くそな口笛を吹いてごまかそうとしているが、今日という今日は本当に許してはならない。こういう人間をのさばらせるのは、この学校の、はたまたこの地域の治安にも関わってくる重大な事柄だ。
「あのな一基。昨日の盗み聞きといい、噂がどうのってのもそうだけど、お前はどうしてこうデリカシーが未実装なんだ? 自分さえ楽しけりゃそれでいいっていうそのひん曲がった根性をまずは叩きのめしてから――」
昨日のメモ紙の件もそうだし、それ以前から天河にはそれはもうキリがないくらいに文句が溜まるに溜まりまくっている。
今日という今日は全部、吐き出してやろうと思った矢先。後方から、また別の声が飛んでくる。
その声の主は、なんと――まさしく件の噂が流れている相手でもある、神凪だった。しかも彼女は何故だか恥じらうように、顔を赤らめて。
「ねえ、御削。その……やっぱり、こんなアタシなんかと、そういう噂が立ったら……イヤ、なの?」
「か、神凪!? いや、そういう訳じゃない。けど、変な噂が流されてたら、神凪さんにだって迷惑を掛けちゃうだろうし、そもそもこういう真似をするような奴は一度ガツンと言ってやらないと――」
彼の言葉を聞いて、沸騰するかの如くさらに顔を赤らめた神凪は、喉の奥まで出かかって、でも吐き出せずにいる――そんな言葉を無理矢理に口からそっと紡ぎ出す。
「じゃあ、さ。折角の機会だし、その噂……噂じゃなくしちゃえばいいんじゃない、かな」
かなり遠回りなその言葉を聞いて。上鳴は、最初意味が分からなかったが……。その意味が分かった途端、こちらまで胸の鼓動が激しく高鳴ってきてしまう。
「それって、まさか……」
「アタシからはもう何も言わないわよ。こういうのって、大抵男の子からするものでしょ?」
そうだよな、と。……上鳴は、心の中で決心する。
俺じゃ釣り合わないだとか下らない言い訳を吐いて、自分の意気地のなさで逃げてしまっては、勇気を絞ってここまで言ってくれた神凪に申し訳が立たなくなる。
それに、彼自身――命を賭してでも助けたい。そう思った相手を、拒絶する理由だってない。むしろ、今より親しい関係になれるのなら、彼にとってこれ以上ない幸せなのだろうとも思った。
だから。――普通の高校生、上鳴御削は――。
「神凪さん。……俺と、付き合ってください」
彼の生きてきた一六年間。まだまだ長いとも言えない人生ではあるが、それでも過去、どれだけ遡っても一番口にするのが難しくて緊張してしまう、その言葉を彼は声として紡ぎだした。
赤髪の少女。神凪麗音は、普段は誰にも見せないであろう至極嬉しそうな笑顔を浮かべて、宝石のように煌めく赤い瞳をよりキラキラと輝かせて。
「ありがとう、御削。……これから、よろしくね」




