第壱ノ罪
-前回のあらすじ-
模試の結果が良くなく、携帯を没収された舞。心の支えを折られて就寝する舞のもとに一人の悪霊と二つの悪霊の子。悪夢を見させようとする悪霊に一太刀。桜が間に合った。
子どもは斬ったものの、悪霊には逃げられてしまった。
-調査-
「昨日は電話できなくてごめんね・・・その・・・携帯、親に取られちゃって・・・」
舞はしゅんっと小さくなった。
「そっ、そーなんだ・・・」
やはり昨日桜が話してた通りであった。
「携帯、取られちゃったのか・・・そーだ!交換日記しよーよ!小さい頃よくやってたやつ!」
ふと志保は昔の事を思い出し、舞に提案してみる。
小学生からの付き合いである二人。携帯がなかった頃はよくしていたのだ。テレビをほとんど観れたなかった舞のために志保は交換日記でアニメやドラマのストーリーを詳細に書き、それを読むことで当時の舞は同級生の話に付いていけた。そのおかげもあり志保の文章力は素晴らしいものだった。
「懐かしいなぁ〜、志保のアニメ話すごい面白かったの覚えてる」
「でしょ!あの時めっちゃ流行ったやつあったよね!」
この日の登校は昔話で盛り上がり、二人は心から笑いあえた。
「今日新品のノート持ってるから書いて帰りに渡すわ!」
「でもちゃんと授業は受けてよね。特にす・う・が・く・は」
教室に入り、話を切り上げた。舞の顔が明るくなったのを確認して志保は内心ほっと安心した。
「取り敢えず舞ちゃんは志保ちゃんに任せて大丈夫そうだな。こっちも調査を始めるか」
電柱に立って二人を見送り桜は仕事に取り掛かる。
紅葉市のビル群の中の一つ、黒く光る外装にエントランスには『神田法律事務所』の看板がオシャレな空間に馴染む様に構えている。
「でけぇなぁ〜舞ちゃんの親父さんここに勤めてんのかぁ」
「取り敢えず警備室に行くぞ。存在が認識されないとは言え、警備員に問題があればそっちを片付けてからでないと面倒だからな」
小雪は感心する桜に作戦を伝える。
桜の存在は必要とする者以外には認識されにくいがちゃんと現世に存在しているため、監視カメラ等にはしっかり写る。桜を認識できる者がそれを見ればどうなるか分かりきった事である。
そう、パニックに陥る。そりゃそうだ。皆さんも想像してみよう。警備の仕事をしていたらその監視カメラに変な格好にピンク色の髪に刀携えている女か男か分からない人が写っている状況を。はっきり言って不審者だ。何かのホラーゲームでもしているかの様だ。そのため、会社等に乗り込む際は必ず先に警備室に行かなければはならない。
「こんなでかいと一筋縄じゃいかないかもな」
桜は気合を入れるとともに汗を拭った。
「警備員に問題なしだな。調査を始めよう」
気合を入れたのは良かったがここの法律事務所はホワイト企業だったらしく、すれ違う人全員桜を認識しなかった。唯一苦戦したのは広すぎて警備室に辿り着くまでに多少迷ったくらいだ。
「マジかよ・・・普通に気づかれねぇから掃除のおばちゃんに道聞こうか迷ったぜ」
「難なく解決したのだからいいじゃないか。問題を引き起こすんじゃないぞ?」
バカやらかしかけた桜に釘を刺した。
「ここが親父さんのオフィスかな?」
「みたいだな。早速お邪魔したいが、中に誰かいるか?」
黒の高そうな扉に耳をぴたりとつけて中の音を確かめる。
「誰も居なさそうだな。入るか」
素手のままガチャリと扉を開けた。もちろん桜に指紋などない。
「うわぁ〜綺麗やな〜、空間がオシャレやわ。あっ、このソファーふかふか〜、高そうやわ」
「遊びに来ているんじゃないぞ。さっさとデスクを漁らんか」
側から見ればただの空き巣だが、これが桜達の調査である。
早速椅子に座り机を物色し始めた。
「意外に引き出しの中にはめぼしい物は無いなぁ。流石に手帳とかは持ち歩いてるかぁ」
「確かに書類とかも個人情報のものが多いからな。PCやUSBとかにあるのだろう」
中にある高そうな物や珍しいそうな物に目移りしながらも有力な情報になりそうなものは無かった。もう一度言っておくが、彼らは決して盗賊ではない、はずだが・・・
と、その時外から革靴のカツカツという足音が近づいてきた。
「まずい、戻ってきたか。どこかに隠れろ桜」
小雪が促すのと同時に桜も動いたが
「やばい、隠れる所が・・・しゃーないっ、」
と、さっきまで物色していた机の下に隠れた。
「流石にまずいだろ」
「ここ特に隠れれそうな場所がねぇからしかた・・・」
ガチャッ、
桜が反論し終わる前に扉が開いた。
「申し訳ないが秘書の安西は只今別件の仕事をしていまして、途中でこの部屋に入ってくるかもしれませんがお気にしないでください」
「いえいえ、こちらこそ先生のお力を借りられるだけで助かります」
入ってきたのは男女二人。
男の方は40代後半から50代前半といったところか、スーツと同じように黒い髭を蓄え、厳格そうな顔はいかにもベテラン弁護士のような風勢を醸し出していた。
女の方は40代くらいで黒いワンピースに高そうな黒毛の長いマフラー姿。いかにも金持ちマダムって感じだ。やはりここの事務所は料金も高いらしい。二人に特別な気配は無いため
桜は机の下から出てきて扉の側で腕を組みソファーに座った二人の様子を観察することにした。
「・・・では、息子さんは罪を認めていますし、刑を軽くできる様に全力を尽くさせていただきます。」
「ありがとうございます」
話の内容としては女の人の息子が殺人事件を起こしその刑罰を出来るだけ軽くしてほしいとの事。
「本当に息子さんが犯人なのかなぁ?」
取り敢えず思わせぶりな事言ってみた桜だが
「現行犯だし、起訴された場合無罪になることはほとんど無いからな。そんな事はないだろう」
小雪に即否定された。
「知った様な口だなぁ」
ふんっと放った言葉に返事は無かった。
先生、もとい舞の親父さんは依頼主を事務所前のタクシーまで見送った。
その頃二人の盗人・・・桜と小雪は部屋をさらに漁ったが成果は得られず部屋を後にしていた。
「クソ〜、何も成果無かったな。分かった事は真面目で厳しそうってだけだし」
「仕方ない。地道に調査するしかない」
ため息をつきながら廊下を歩いていると二人の女の人の話しているのを見かけた。
「神田先生ってやっぱり怖そうだよねー。何ていうか、小さなミスも許さないって感じじゃない」
「確かにわかる。噂じゃ娘さんにも超厳しいって話だよ」
「その噂は間違いないねぇ。他にはどんな噂があるん?」
「他には・・・って、」
「「「えっっ・・・??」」」
三人の声がハモる。
次起こる事は火を見るより明らかだ。
「「キャャャャャーーー、不審者ぁぁぁ」」
二人の絶叫が響く。
そりゃそうだ。談笑、噂話をしていたら完全なる不審者が話に入ってきたのだ。噂話の本人がいるより恐怖だと言っても過言ではない。
「馬鹿野郎っ、厄介な問題を起こしてどうする?」
「ごめんごめん、ついつい話に混ざりたくて」
テヘヘの舌をちょっと出して全力で廊下を駆け抜けた。
「何の騒ぎ?」
悲鳴を上げた二人に駆けつけたのは一つ結びの黒髪に縁なし眼鏡で20代後半くらいの美人だった。
「安西さんっ!実はさっき……」
不審者がいたと言う言葉を飲み込み二人は異変に気がついた。どうしても不審者がどんな人物か思い出せない。記憶にあるのは派手な姿の不審者。だがその事以外はどうしても思い出せない。
「なんで思い出せないの?・・・確か神田先生の噂話をして・・・あっ」
「噂話?あぁー厳しいってやつね。確かに先生は厳しいけどそれは仕事熱心だからよ。どんな案件でも熱心で真面目、確かに怒られることもあるけどそれ以上に褒めてもくれるわ。それより早く仕事に戻りなさい、先生がお戻りになるわ」
いそいそと仕事に戻る二人の背中を見送った後安西はため息を吐く。
「先生は仕事熱心なのは良いけどご家族と上手くいっているのかしら。少し心配・・・」
この時白い気配を出しているのを、全力で走って階段を降り、別の階段から登って途中から様子を伺っていた桜と小雪は見逃さなかった。
「そろそろお昼かぁ〜。先生に済ませて来いって連絡入ったしさっさと済ませようかな」
一つ結びの黒髪に黒のスーツ姿の美人秘書、安西は今からの予定をたて、外へ出ようとエントランスに向かう。が、
ガチャーーン
と棚が倒れる音が通りがかりの資料室から廊下に響いた。
資料室は過去の案件や事例が集められた小部屋だ。今時PCでも調べる事は可能だが、詳細な事まで書かれているため新人はよく使う。
安西も新人がやらかしたと思い、やれやれとドアを開ける。
「すごい音がしたけど大丈夫?」
この時電気が付いてなかったのが違和感だったが倒れた金属棚を見つけ駆け寄った。
『ガチャ』
ドアだけでなく鍵のかかった音で振り返る。この時廊下の時の女性二人の会話を思い出させる事となった。
「やぁべっぴんさん、貴方の悩みを解決しましょうか?」
ピンクのショートヘアに青い着物の人、明らかに不審である者がこちらに話しかけてきた。
反応はもちろんいつもと同じ。
「キャッ、ムグッムグッ・・・」
「俺の出す音は聞かれないが貴方の悲鳴は周囲に聞こえちゃうんでね〜、少々の手荒だけど許してね」
一瞬のうちに安西の背後に回り口を押さえた。
簡単に自己紹介と要件を済まし安西が落ち着いたのを確かめ、解放した。
「つまり、先生の娘さんが精神的に危ない状況だから助けるために先生について調べてるって訳ね。私は何をすればいいの?」
「理解が早くて助かるよ。今日一日、親父さんにつきまとうから質問したい時に筆談でいいから答えほしいくらいかな。あっ、あと一緒にここを片付けてほしいなぁ」
倒れた金属棚とその衝撃で散らばった書類に指差した。
「いいでしょう。お手伝いしますよ?ただし、これ以上事務所内では問題を起こさないようにお願いしますね?」
完全にフリな気がしたが前科持ちの桜、小雪の無言の圧には敵わなかった。
書類を片付ける最中、桜は疑問に思ったことを安西に尋ねた。
「俺的には助かるがなんでそんなに受け入れ早いんだ?いつもは結構時間がかかるんだが」
「それはですね、私も思うところはあるのですよ。先生、仕事熱心だから家にいる時間が少ないし、・・・あと貴方一度うちの社員に話しかけましたね?本当に問題起こさないでくださいよ?」
ここで念を押されるとフリにしか思えない桜だがやはり小雪の無言の圧には敵わない。
「午後の予定は3時からの裁判一つ、あとは書類整理ですかね・・・桜さんは裁判に出られるので?」
「いや、あそこは俺を認識する人がいる可能性が高いからなぁ〜やめておくよ。後でどうだったか教えてね」
「分かりました。裁判は1時間ほどで終わります。では行きましょうか」
片付けが終わり二人資料室を後にした。
◼︎◼︎◼︎
「この直線は円に接しているから・・・」
六限目の数学授業。一つ前の授業が体育だったこともあり暑く疲れた体を冷ますように心地よい風が全開の窓から入り込む。
「宮村〜寝るんじゃないぞぉー特に数学は苦手だろぉー」
「はっ、はい!」
目が死んでいた志保は先生の声で息を吹き返した。
「まぁいい感じに涼しいし眠いよなぁ」
志保の心の声が漏れる・・・
訳ではない。
パッと窓を見ると桜がガラス越しで手を振っていた。
「うわっ」
「宮村ー怖い夢でも見たのかぁー」
「すみません」
笑いが起きるものの桜に気づいた者はいないみたいだ。
舞に気付かれるのはまずいので桜は一度離れ、クラスが落ち着いたところで窓を飛び越え、舞の机に寄りかかった。
「志保ちゃんの様子は?」
「多分大丈夫。昔やってた交換日記しよって言ったら喜んでたから。あなたはどうしてここに?」
「ちょっと暇ができてな。様子を見に来たって訳」
資料室を安西と共に出た桜だったが、特に変わった様子も無く裁判の時間になったため学校へ来たのだ。裁判所から学校までは中々距離があるが桜には関係のない事である。
「センセー、宮村さんが独り言呟いてまーす」
隣の男子生徒の声で桜も志保もギョッとし、桜は慌てて窓から外へ逃げ出した。
そちらの方へ振り返った舞が目視できたのは桜色の風だった。