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女王と蟻の騎士


「あなたたち、魔術師でしょ?」

 

 ゴスロリ服の女が話を続ける。

 ゴスロリ服の女は、染めているのか、それとも生まれつきなのか、艶のある茶色の髪を胸元まで伸ばしていた。

 年齢は、まだ十代後半辺りだろう。 大人びて見える上、肉感的なプロポーションをしているが、二十歳を超えてはいない……と思う。


「……そうだ。 よくわかったな」

「へぇ……。 ネアレスの言っていたこと、ホントだったのね」

 

 ネアレス? 一体、誰のことだろうか。

 それよりも、ゴスロリ服の女は、魔術師の存在を知っていた。 薊海里あざみかいりは知らなかったというのに。

 

「もうわかっていると思うけれど、あなたたちは逃げられないわ。 魔物は、あなたたち二人を囲むように配置されているもの」

「……逃げられなくして、俺たちをどうするつもりだ? 誰かに引き渡すのか? それとも、殺すか?」

「正直、あなたたちをどうするかなんて、何も考えていないわ。 だって、本当に実験のつもりだったのよ」

 

 実験とは、一体何のことだろう。 わからない。

 

 その眼差しは、一見冷めているように見えるが、どこか楽しげな感情が隠れているようにも見える。 一体、何をするつもりなのか。

 

「でも、そうね……。 せっかく魔術師に会えたのだから、魔術師に会えないと見れないものが見たいわね」

「魔術師に会えないと、見れないもの、だと……?」

「そうよ。 例えば、魔術とかね。 わたしも魔術は使えるのだけれど、いくつも使えるわけじゃないし、地味なのよ。 派手なのが見たいわ」

 

 このゴスロリ女、宇治さんたちを殺した犯人ではないようだけど、それにしても謎だ。 

 魔物を操る力と魔術が扱えるのは本当のようだけど、一体その力で何がしたいのだろう。

 

 薊海里の場合はまだわかりやすかった。 

 復讐したいと願っていたところに、力を与えられた。 

 その力で、復讐をした。 

 鬼山さんの指摘通り、力を与えた者にとっての利点はいまいちわからないが、興味本位で薊海里の復讐に手を貸したと見れないこともない。

 

 

 ゴスロリ女の場合、これだけ多くの魔物を従えていながら、特に大きな事件を起こしているというわけでもなさそうだ。 この近辺の人間に目撃されたくらいだろうか。 

 

 この女は、東日本連続殺人猟奇事件とは無関係……? 

 だとすると、その力は何の為に与えられ、何のために使われているのかだ。

 

「まさか、魔術を見せれば俺たちを逃してくれるとでもいうのか?」

「逃がすわけ、ないじゃない」

 

 言い切った。 

 逃がすわけない。 その言葉は、冷たく重い響きを伴って、わたしの心に伸し掛かる。

 

「わたし、つい最近までこんな夢みたいな力が現実にあるだなんて、信じていなかったのよ。 だって、そうでしょ? 魔術なんてものは、空想の産物。 魔術の存在する世界は、小説や漫画の中の世界だけ。 そんなつまらない現実を知ったのがいつだったのかは覚えていないけれど、それがわたしたちにとって当たり前のはずだったでしょ?」

 

 当然だ。 魔法少女に憧れた幼児も、それが現実には存在しないものだとやがて知る。 

 人の想像力が産んだ、創作物の中の一要素にすぎない。

 

「でも、今は違うわ。 つまらなかったはずの現実に、とても面白いものがやってきた。 現実も捨てたものじゃないわね」

「面白いものか。 こんなもの、空想の産物であった方が良いと、俺は思うがな」

「あら、それは意外ね。 魔術師のクセにそんなこと言うだなんて。 自分たちが恵まれていることに気づいていないのね」

「隣の芝生は青い、って言葉もあるけどな」

「……………………」

 

 不愉快そうな表情を見せるゴスロリ女。 正直、怖い。 わたしは、鋭い眼つきの女性が苦手なのかもしれない。

 

「それで、結局お前はどうしたいんだ? 殺すわけでも捕まえるわけでもないのに、俺たちを逃がさない目的は何だ?」

「目的? わたしはただ、面白いものを見たいだけよ」

「え……?」

 

 耳を疑う。 本当に、このゴスロリ女はそんな理由でわたしたちを包囲したのだろうか。

 

「わたしはね、退屈に圧殺されてしまいそうだったのよ」

 

 ゴスロリ女は淡々と語り始める。

 

「つまらない。 つまらないものだらけの毎日。 これからも同じような日々を送り続けるのかと思って、気が狂いそうにもなったわ。 だから、わたしは面白いものを渇望していたのよ」

 

 夜の闇よりも黒いゴスロリ服を揺らしながら、歩く女。 わたしたち二人に近づいてくる。

 

「そんなわたしのところに、あの青年はやってきたの。 そして、魔術と魔物を与えてくれた。 つまらない現実を捻じ曲げる、非現実的な力。 心の底から面白いと思えたわ」

 

 そう語るゴスロリ女は、面白いと思ったと言いながらも、落ち着いた低いテンションのままでいる。 

 おそらく、今はまたつまらないという感情が強くなってきているのだろう。

 

「でも、わたしが力を手に入れてやったことと言えば、魔物を引き連れて夜の散歩をしたくらい。 せっかく与えられた魔術もそんなに面白いものじゃなかったし、魔物もただ歩かせてるだけで、段々飽きてきたのよね」

 

 と言い終え、嗜虐的な笑みを浮かべるゴスロリ女。 

 胃の辺りがチクリと刺されたかのように痛む。 この嗜虐的な笑みは、わたしたちを対象とする笑みだ。

 

「……そこらの人を使って遊んでも良かったのだけれど、そんなことをして得られるものなんて、だいたい想像がつくのよね。 わたしが欲しいのは、想像を超えたものなのよ。 それに、どうせリスクを背負うのなら、面白いものが見れそうな相手を選ぶ。 そうでしょ?」

 

 同意を求められても困る。 理解したくない。 鼓動が早まる。

 

「わたしはね、あなたたち二人を殺す気もないし、殺す理由もないのよ。 ただ、面白いものが見たいだけ。 だから、わたしの目の前で魔物と戦ってくれないかしら?」

 

 殺す気もなければ、殺す理由もない。 そんな前置き、わたしたちにとって何の救いにもならない。

 

「結果的にあなたたちが死ぬことになるかもしれないけれど、できるだけそうならないように善処するわ」

 

 これではまるで、古代ローマの闘技会だ。 

 ゴスロリ女を楽しませる、見世物。 魔物と戦うわたしたちは、剣闘士。

 

「ならば――」

「――――ッ!?」

 

 次の瞬間、鬼山さんが地を蹴る。 

 わたしはもちろん、ゴスロリ女も鬼山さんがこのタイミングで動くことを予想していなかったようで、驚きを隠せないようだ。

 

 鬼山さんの狙いは当然ゴスロリ女。 

 いくら何体も魔物を従えているといっても、不用心にわたしたちに近づいたのは、どう考えても悪手だ。 

 

 仮に司令塔であるゴスロリ女が倒されたことで、魔物がコントロールから外れて暴れだしたとしても、戦線離脱して体勢を立て直すには丁度いいだろう。 

 今の一番の問題は、数多くの魔物に包囲されていることなのだから。

 

「手早く決めさせてもらうぞ」

「くっ……!」

 

 間合いを詰め、拳を握り、ゴスロリ女に殴打を繰り出そうとする鬼山さん。 

 一秒後には見事に鬼山さんの拳はゴスロリ女の鳩尾にめり込み、強い衝撃と激しい痛みを与える。 

 

……はずだった。  


「………………!?」

「残念だったわね。 この子、意外と素早いのよ」

 

 鬼山さんの目の前に立ち塞がったのは、堅牢な装甲に身を包む防御特化の魔物だった。 ゴスロリ女まであと一歩というところで、鬼山さんの攻撃は防がれる。

 

 しかも、防御特化の魔物はただゴスロリ女の盾となるだけではなく、すぐに反撃を開始する。 

 ただでさえ魔物との近接戦闘は不利なのに、相手が防御力の高い敵となれば、尚更だ。 殴り合いなどできやしない。 殴られる前にさっさと離れるのが得策だ。

 

「さあ、わたしを楽しませて頂戴」

 

 ゴスロリ女の声を合図に、防御特化の魔物はその鋭い爪を振り下ろす。 

 それを、鬼山さんは間一髪というところで後方へ飛び退け回避する。


「……蕭条!」

 

 鬼山さんがわたしに目配せをする。 やむを得ないと言いたげな目だ。

 防御特化の魔物が攻撃したのを皮切りに、周囲の魔物たちが動き出す。 

 これはもう、戦わずしてここから逃げ出すのは難しい。 戦うしかない。

 

 集中する。 敵の数は多いけれど、何も全て倒さなければいけないわけじゃない。 あくまで逃げる為に倒す。

 

 まずは一体。 

 ギリギリまで引きつけて、攻撃を回避する。 

 そして、攻撃後の隙を突いて、電撃弾を撃ち込む。 

 

『ギィィィイイ……』

「………………!?」

 

 しかし、一発電撃弾を撃った程度では、倒せない。 

 この蟻型の魔物たち、薊海里が操っていた魔物と比べると、防御力が高いのだろうか?

 

「なら……」

 

 前方より新たに数体の魔物が迫り来る。 ちょうどいい。 新技を試す良い機会だ。

 

 わたしは鬼山さんと比べると、攻撃範囲が狭い傾向にあった。 

 もっと、広範囲の攻撃も扱えるようになった方が、対応の幅も広がる。 

 だからわたしは、密かに新しい攻撃魔術を考えていたのだ。

 

「はぁぁぁ……!」

 

 手を上げて、大きな剣をイメージする。 

 闇夜を切り裂く雷の剣。 魔物を討ち滅ぼす力となって、具現するわたしの想像。

 

『……キィ?』

 

 魔術の発動に強く反応する魔物たち。 

 宙に形成された雷の剣に注目が集まる。 

 強まる殺意。 そして、わたしに襲いかかろうとする――!

 

「喰らいなさいッ――!」

 

 そしてすぐに、わたしは手を振り下ろす。 

 それと同時に落下する、雷の剣。 大地に突き刺さり、周囲を飲み込むように電撃が放出される。

 

『ギィィイイイイイイ!!」

 

 雷を喰らった魔物たちは、苦しげに鳴き声を上げる。

 あれは、先程電撃弾を撃ち込んだ個体だろうか。 全身が黒ずんで、崩れ去っていく。

 

 ちゃんと攻撃を当てていけば、倒せる――。

 

「まだまだ……!」

 

 再度、雷の剣を形成する。 狙いは背後から迫っていた魔物たち。 

 敵の数が多いのなら、広範囲攻撃の連続使用で一気に叩く。 この魔術なら、二発当てて倒せるはずだ。

 

 ふと、ゴスロリ女の方を見る。 表情はよく見えないが、わたしの魔術を見ても慌てる様子はない。

 

 鬼山さんはというと、どうやら上級魔術を発動するようだ。 魔物の群れから距離を置いて、特大の雷を解き放とうとしている。

 

「行くぞ――」

 

 鬼山さんとわたしは、ほぼ同時に魔術を発動する。 

 青白い稲光が、辺りを照らす。 

 空気を震わす衝撃と、骨まで響く破壊音。 自身の発動した魔術の威力に、思わず萎縮する。

 

 しかし、萎縮している場合ではない。 魔物の多くが怯んでいる今の内に、次の攻撃の準備をする。

 力の放出を続ける鬼山さん。 既に何体かの魔物が倒されている。 

 わたしもそれに追随するよう、雷剣を振り下ろす。

 

『グキィィィィィィイイイ!!』

 

 破壊音に混じり聞こえる、断末魔。 

 これで、合計十体ほどは倒せただろうか。 ここまで倒せれば、逃走できるはずだ。

 

「………………」

 

 鬼山さんと目が合う。 考えていることは同じようだ。

 

 この調子なら、このまま戦い続けても大丈夫な気がするけれど、欲張りすぎると痛い目に遭うだろうという予感はある。 引き際が肝心だ。

 それに、攻撃特化の魔物と防御特化の魔物は、今倒した魔物たちのようにはいかないかもしれない。 

 ゴスロリ女だって、戦闘に参加していない。 わからない点が多い現状、逃げるが勝ちだ。

 

「ふふ……」

 

 微かに聞こえた笑い声。 聞き間違いでなければ、ゴスロリ女は笑っているということ。 一体、何故……?

 

「うふふふふ……! いいじゃない、あなたたち。 お礼に、面白いものを見せてあげるわ」

 

 ゴスロリ女の言葉を聞きながらも、魔物の集まっていない方へと駆け出すわたしと鬼山さん。 

 懸念すべきは、飛行能力を有する攻撃特化の魔物くらいだろう。 すぐに迎撃できるよう準備しつつ、必死に走る。 これなら、逃げ切れるはずだ。

 

「あら? 逃げるつもりかしら。 でもダメよ。 あなたたちは逃げられない――」

 

 当然、ゴスロリ女はわたしたちを逃さないよう、何かをするはずだ。 

 背後からの攻撃に警戒し、振り向く。

 

「えっ……?」

 

 目に入った光景に驚く。 魔物は動きを止めていたのだ。 何かがおかしい。 

 

 次の瞬間。 魔物に赤い光が降り注ぐ。 二十体ほどの魔物、全てにだ。 光をその身に受けた魔物たちは、まだ動かない。

 

 そして次に降り注ぐのは、青い光。 それを受けてもなお、魔物たちは動かない。

 これは一体、何なのだろうか。 あの光が、ゴスロリ女の魔術……?

 

「この子たちも、数に限りはあるのよね。 だから、これ以上倒されるわけにはいかないわ」

 

 魔物たちに、黄色い光が降り注ぐ。 


……魔物たちは、動き出す。

 

「っ……!?」

 

 目を疑う。 だいぶ離れていたはずなのに……!

 

「これは……!」

 

 足を止め、身構える鬼山さん。 

 凄まじい跳躍力で、わたしたちとの距離を縮める魔物たち。 中には、すぐわたしの目の前にまで到達している魔物もいる。

 

「鬼山さん、これって……!」

「……強化魔術だ。 あの女、どうやら強化魔術が使えるらしい。 それも、他者を強化することのできる、強化魔術の中でも珍しいやつだ」

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