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遅れる二人

 

 七月中旬の正午過ぎ。 

 すっかり気温が上昇し、外を少し歩いただけで汗ばむ、夏らしい天気だ。

 

 わたしは今、外とは対照的に涼しいスーパーの店内にいる。 もちろん一人ではない。 鬼山さんと二人だ。

 

「鬼山さん、あの……」

「何だ?」

「麩菓子買っても、いいですか……?」

「……どうしてまた、麩菓子なんだ?」

 

 何故、わたしたちがスーパーにいるのか。 そこに、複雑な経緯はない。 

 単純に、目的地へ向かうのに電車を乗り換える必要があり、丁度昼時に乗り換え待ちをすることになったから、一度駅から出て昼休みというわけだ。

 

「急に食べたくなったからじゃ、ダメですか……?」

「ダメじゃないが……。 随分と渋いチョイスだな」

 

 麩菓子。 確かに渋いのかもしれない。 

 チョコレートやクッキーなら何とも思われないのに、同じ甘いお菓子でも、麩菓子を選べば驚かれる。

 

「わたしは麩菓子に、不当な差別をしない主義なんです」

「……よくわからんが、とにかくわかった」

 

 わたしは無事、ホテル引きこもり生活から脱することができた。 現に、こうやって外で買い物もしている。

 けれど、精神面はまだ不安定だ。 まだ、急に強い不安に襲われたりすることがある。

 

「色々と買うのはいいが、あんまり荷物を増やすなよ。 あっちに着いてからでも買えるんだからな」

「わかってますよ。 これくらいにしておきます」

 

 カゴに入れたのは、麩菓子を始めとする数種のお菓子に、数本の飲み物だ。 

 特に飲み物は、この季節において必需品だ。 

 脱水症状は、高齢者や小さな子どもだけが気をつければいい。 なんてことはなく、例え体力に自信のある若者であっても、脱水症状に注意する必要がある。

 

「三千三百四十円になりまーす」

 

 鬼山さんがレジで会計を済ませる。 お金を管理しているのは、わたしではなく鬼山だ。

 

「さて、これからどうする? 昼食なら、さっき通りかかったフードコートが一番近いが」

「じゃあ、そこで昼食を済ませましょう」

 

 正直言うと、わたしはとにかくお腹が減っていた。 これ以上空腹感が続けば、倒れてしまいそうなくらいに。 

 だから、美味しそうなお店を求めて外を出歩く元気なんて、雀の涙ほども残っていない。

 

「モフバーガーに、ラーメン屋。 センタッキーフライドチキンとクレープ屋に、後は炭火焼肉丼専門店か……?」

「色々ありますね……」

 

 悩む。 人は選択肢が多いとむしろ選べなくなると聞いたことがある。 

 確かに、その通りだ。 選択肢が少ないのは困るけれど、あんまり選択肢が多すぎても、何を選べばいいのかわからなくなる。

 

「さて、俺は先に買いに行くぞ。 たぶん大丈夫だろうが、一応荷物を見守っていてくれ」

「はい……」

 

 ここは、珍しさで行こう。 

 ハンバーガーやラーメンは、この数ヶ月で何度か食べている。 だったらここは、食べたことのない炭火焼肉丼だ。 

 何より、さっきからその店から漂う匂いが、私の食欲を刺激しまくっている。 恐るべし、匂いの暴力……!

 

「………………」

 

 やばい。 涎が……。

 

「注文し終わったぞ」

「あっ、わたしも何を頼むか決めたので、注文しに行きますね。 財布、貸してください」

「はいよ」

 

 財布を受け渡される。 早速、注文をしに席を立つ。

 

「えっと……。 カルビ丼を一つ……」

 

 カルビ丼一杯八百円。 ちょっと高い気もするけど、気にしない。

 番号の書かれた紙を渡される。 この番号が呼ばれたら、またここへ来て、注文した品を受け取るというシステムだ。

 

「鬼山さんはラーメンにしたんですか?」

 

 席に一旦戻り、鬼山さんに話しかける。

 

「ああ。 ……おっと、ちょうど呼ばれたみたいだ」

 

 番号が呼ばれ、頼んだラーメンを取りに行く鬼山さん。 

 他にあまり客がいないからか、注文してから品が完成するまで、随分早い。 注文を受けていない他店の様子を見ると、店員が暇そうに突っ立っている。 あれはあれで、疲れそうだ。

 

「よっと……」

 

 スープがこぼれないよう慎重にラーメンを運び、席に戻ってくる鬼山さん。 

 器の中を見てみる。 メンマやネギにチャーシューが入っている、シンプルな醤油ラーメンだ。 

 暑い夏の日に熱いラーメン。 何故か、惹かれるものがある。

 

「先に食べちゃっていいですよ。 麺、伸びちゃいますし」

「そうか」

 

 鬼山さんがラーメンを食べ始めてすぐにわたしの番号も呼ばれたので、注文した品を取りに行く。

 

「………………」

 

 ゴクリ。 最近はあまり食べ応えのあるものを食べていなかったからか、目の前のカルビ丼がとてつもなく魅力的に見える。

 

「では、いただきます」

 

 席に戻り、さっそく食べ始めようとする。 

 丼から溢れ出るホカホカとした湯気が顔に当たるが、こんな美味しい温かさなら、夏でもウェルカムだ。

 

 まずはお肉を一切れ。


「んぐ……。 ……!!」

 

 感動。 久しぶりのお肉はこんなにも美味しい。 

 口の中で甘辛いタレと肉汁が混ざり、強烈な旨味がわたしの舌を喜ばせる。

 

 すぐに、白米も口元へ運ぶ。 

 美味しいお肉と白米の組み合わせは至高だ。 こんなに食が進むと、すぐに食べ終わってしまいそう。

 

「むぐ……?」

 

 このカルビ丼の美味しさの秘密は、他にもあるようだ。 

 さっきから何となく感じていたこの風味は……。 胡麻ごまだ。 

 胡麻やねぎの風味がお肉の臭みを和らげ、カルビ丼全体のバランスを整えている。 それぞれの長所がそれぞれの短所を補っているといった感じだ。

 

 そして何と言ってもお店の名前にもある通り、炭火焼肉ならではの風味も、このカルビ丼を更なる高みへと導いている。 香りだけでも白米が食べれそうだ。

 

 「ふぅ……」

 

 完食。 まだ満腹というわけではないけれど、食事においてここまで満足したのは随分と久しい気がする。

 

「互いに食べ終わったことだし、そろそろ行くか?」

「そうですね……」

 

 キャリーバッグを引きながら、駅の方へと戻る。 

 食事を摂って体力が回復したからか、暑い日差しを受けながらもしっかりとした足取りで道を歩き続ける。

 

「電車、後どれくらいで来るんでしたっけ?」

「後二十分くらいだ。 このペースで歩いて駅に着いても、まだ時間に余裕がある」

 

 時間に余裕があるって素晴らしい。 食後に急いで走るだなんてことがなくてよかった。

 

「予定通りの電車に乗れれば、夕方頃には家守桃子やもりとうこの家に着くだろう。 色々と話すべきことがあるだろうから、今のうちに整理しとかないとな」

 

 互いの情報を交換し合うことで、見えてくるものもきっとあるに違いない。 

 特に、わたしたちの持つ情報は現場から得たものが多いから、現場に赴いていない家守桃子にとって価値あるものに違いない。

 

「そういえば、以前話していた時に、家守桃子の家にはもう一人誰かがいるって言ってましたけど」

「この前言った通り、俺も詳しいことはわからないが……」


 と言いつつも、何かを知っているのか、言葉を続ける鬼山さん。 

 

「そいつのことを、会長は歩く大量破壊兵器だと言っていた」

「何ですか、それ……」

 

 飛び出てきた言葉に戸惑う。 つまりは、とても危険な人物が家守桃子と共に住んでいるということなのだろうか。

 

「家守桃子と同居している時点で、そこまで警戒する必要もないだろうが、頭の片隅にでも留めておけ。 実際に会ってみないことには、適切な接し方などわからないからな」

「そうですね……。 必要以上に警戒したら、かえって相手に不審がられそうですし……」

 

 と言いながらも、また不安要素が増えてしまってまたテンションが下がる。 

 家守桃子の家に居候すること自体、不安だらけで吐きそうなのに。

 

「……蕭条、もしかして家守桃子の家に泊まるのが不安なのか」

「えっ!?」

 

 図星だけど、まるでわたしの心を読んでいるかのようなタイミングで指摘されたので、返答に手間取る。

 

「そ、そりゃあ、不安ですけど……」

「お前は家守桃子よりも年上なんだ。 そんなに緊張する必要ないだろ」 

「でも……。 相手は家守家の次女ですよ? 何だか怖そうな人だし……」

「確かに、家守家の三姉妹はどいつも変わり者ばかりで、相手にするのは中々難しい。 だが、これから会う次女は一番まともで話の通じるやつだ。 そう構えなくてもいい」

 

 そう言われたからといって、緊張がすぐに解れるわけではない。 

 そもそも、三姉妹の中で一番まともだと言われても、あんまり安心感はない。

 

「……鬼山さんは随分と家守桃子についてお詳しいんですね」

 

 つい、そんなことを口走ってしまう。 

 言った後で、なんだかこの言い方は棘があるなと気づく。 何でこんな言い方をしてしまったんだろう。

 

「いや、そこまで詳しくはないぞ。 長女と三女と比べて、よく関わることがあるくらいだ」

「関わるって、仕事でですか?」

「それ以外に関わるようなことがあるのか?」

「えっと……。 たぶん、ないですけど……」

 

 何かムッとした。 でも、正論なので言い返せない。 

 わたしたちは魔術師として生きていくしかないのだから、関わり合うのも魔術師としてだ。 それ以外には基本的に許されない。

 

「とにかく、お前が思っているほど怖い奴やつではない。 どちらかというと、天然なやつだ」

「……ホントですか? なんか意外ですね」

 

 鬼山さんの言葉もあんまりそのまま受け取らない方が良さそうだ。 だって、鬼山さん本人が結構変わり者だし……。

 

 

 

 駅に着き、ホームの座席に座って電車が来るのを待つ。

 時刻表の通りなら、もう少しで電車が来るはずだが……。

 

「時間になったな」

「電車、来ませんね……」

 

 電車が来ない。 これはまさか……。

 

「……遅れているみたいだな」


 電光掲示板を見た鬼山さんがそう言う。 

 わたしもすぐに電光掲示板を見てみると、人身事故が発生したらしく、電車が遅延しているとのこと。

 

「ついてないですね……」

「まあ、そこまで大幅に遅れることはないだろう。 気長に待つとしよう」

 

 気長に待つ。 焦らずに落ち着くことは大事だ。 

 だからわたしも、飲み物を飲みながら何も考えずにぼんやりと待つことに決めたのだが……。

 

「やっと来ましたね……」

 

 想定していたよりもだいぶ遅れて電車が到達。 のみならず、

 

「電車、止まったな」

「止まりましたね」

 

 乗車後も恐ろしいほど不運が続いたのだ。

 非常停止ボタンが押されて電車が止まり、安全確認の為に停止した車両内で待つことになったり、

 

「おい、また止まったぞ」

「また、止まりましたね」

 

 今度は動物との衝突で止まったり。

 電車内にかなりの時間閉じ込められるハメになってしまった。

 

「ようやくだな」

「ですね……。 あっ!」

 

 そして、目的の駅にやっと着いたかと思えば、スマホの充電が切れ。

 

「お前な……。 スマホ、使いすぎだろ」

「だって、電車の中で暇だったから……! で、鬼山さんはどうなんですか?」

「……俺もあと僅かだ。 このスマートフォン、もう買ってから結構経つからな。 消耗も早い」

 

 何というか、災難に愛されすぎ。

 

「ちなみに、モバイルバッテリーは……」

「持っていない」

 

 そうだろうなとは思っていた。

 

「連絡手段がなくなってはマズいのでは……?」

「安心しろ。 家守桃子の家の場所は予め調べてある」

「それはいいですけど、夕方頃に着くって言ってあるんですよね? 遅れそうなことを伝えておいた方が……」

「そうだな、この調子だと……。 午後八時頃には着くか」

「後、到着する少し前に連絡するって言ったほうがいいと思いますよ。 家守家の次女は確か、高校生として生活しているんですよね? 部活やらバイトやらで家にいない可能性もありますし」

「ああ。 ……その時までスマホの電池が〇パーセントになってなければいいがな」

 

 とにかく、家守桃子の家へと向かう為、バスターミナルに行きバスを待つことにするが……。

 

「バス停、本当にここで合ってるんですか……?」

「……そのはずだが」


 中々来ないバス。


「あっちのバス停じゃありませんか?」

「そこまで言うなら確認してくるか」

 

 高まる疑念。

 

「あっ、バスが……!」

「何……!?」

 

 いつの間にか来ていて、目前で去っていく目的のバス。

 

「また二十分ほど待つことになるなんて……」

「あんな遠くのバス停まで確認しに行くからだ」

「何回も往復するよりは、全部のバス停確認した方が良いと思ったんですよ……。 第一、バスも去るの早すぎですよ!」

「バスの運転手だって、運行ダイヤを守るのに必死なんだ。 責めてやるな」

 

……何かもう、目的地に辿り着く前に心が折れそう。

 

「予定よりもだいぶ遅れるが、それでも八時半過ぎには着くな」

「一応更に遅れることを連絡しておいた方がいいのでは?」

「そうだな。 ……おや」

 

 まさか……。

 

「……電池切れだ。 おかしいな、さっきまで電池は三〇パーセントあったんだが」

 

 やっぱり。 こうなることは何となく予想していた。

 

「そのスマホ、もう壊れてるんじゃないですか……? いい加減買い替えましょうよ」

「そのうちな」

 

 結局連絡手段を失うわたしたち。

 

「バスが来たみたいぞ」

「やっとですね……」

 

 だいぶ面倒なことになりながらも、ようやくバスに乗ることができ、安堵する。



 

「次の次、でしたっけ」

「ああ、そうだ」

 

 バスに乗ること約二十分。 降りるバス停まであと少しという時だった。

 

「こんなに遅くなって、怒られたりしませんよね……」

 

 返事がない。 今までわたしに対し、素っ気ない態度を取ることはあっても、無視をしたりはしなかったはずだ。

 

「……………………」

 

 顔を見てみると、鬼山さんはどこか険しい表情をしている。

 

「鬼山さん、もしかして……」

「……最悪だ。 多数の反応がある。 間違いない、魔物だ。 魔物を操る魔術師がいる可能性も高い」

 

 まさか、ここで……。 このタイミングで、魔術反応があるとは。 最悪のタイミングだ。

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