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人見啓人は決意する

 

 だいぶ長い間、眠っていたような気がする。


「ん……?」


 固く閉じられていたまぶたを開き、窓の方を見てみる。 

 強い日の光が、俺の目に鋭く突き刺さる。 目の奥の方がズキズキと痛む。

 この陽射しの強さは、朝ではない。 昼過ぎのものだ。


「……もう、昼か……」


 どうやら俺は、昼過ぎまで眠っていたらしい。 だいぶ疲労が溜まっていたのだろう。

 

「……ゆっくり寝ている暇じゃないって言うのにな」

 

 すぐに、記憶を整理する。 昨日の夜、何があったのかを。

 まず、昨日の夜。 俺は五木と一緒にいた。 そんな時に俺の設置魔術が敵の魔術反応を探知した。

 俺は、その敵がいるところへ行った。 五木を一人にするわけにもいかず、五木も連れて。

 それから敵である殺人鬼――芦高郡に殺されそうになっていた蕭条さんたちを助けた。 そのまま芦高郡を倒そうと、戦った。

 そして――

 

「……ネアレスが現れたんだったな」


 ネアレスは言った。 

 神のような存在になると。 

 この世界を遊び尽くすと。

 

 あいつのふざけた動機で、これ以上この世界の人たちを傷つけられてたまるものか。

 

「……そうだ、五木!」


 ベッドから跳ね起きて、一階へ向かう。

 昨日、俺は確か、ネアレスを逃してしまった後、五木に回復魔術を使って、気を失ったんだ。

 五木は……? 五木の右腕は、どうなったんだ……!?




 一階のリビングに入り、桃子の姿を確認する。 桃子は俺を見て一瞬驚いたものの、すぐに安堵の表情を見せた。

 

「啓人……。 良かった、ちゃんと起きてくれて」 

「……桃子! 五木は――」


 と言いかけたところで、俺の目は五木紗羽の姿を捉えた。


「あ、人見君……。 お邪魔してます」

「五木……!? 五木がここにいるってことは……」

「紗羽は昨日の夜からこの家に泊まっているの。 その方が、何かと都合が良いから」


 と、桃子が説明する。

 確かに、ネアレスに顔をハッキリと覚えられている五木をあのまま家に帰すわけにはいかない。

 だが、それよりも……。

 

「五木。 腕は……」

「それがですね、わたしもびっくり仰天なんですが……」


 そう言って五木は、ネアレスに折られたはずの右腕を俺に見せつけるように前へ突き出した。

 骨は間違いなく折れていたはずなので、布か何かで固定されているかと思ったが、そんなこともなく。

 今、俺が見ている五木の右腕は、ネアレスにへし折られる前と寸分違わず綺麗な状態に見えた。

 

「……………………」


 嬉しいという感情よりもまず、俺は驚いた。

 そんな驚いている俺を無視し、五木は右手を開いたり閉じたりした。

 

「……とまあ、こんな感じです。 わたし史上、最大の怪我だったはずなのに、こんなにも大丈夫ですよ! ……いてて」

「……ッ……!! 馬鹿、安静にしてろ……!」


 動揺しすぎて、つい声を荒げてしまう。


「……ごめんなさい」

「いや……。 五木は謝らないでくれ。 俺のせいで、そうなったんだからさ」

「そっ、そんなこと――」

「五木が何と言おうが、俺のせいだよ。 俺が五木を、巻き込んでしまった」


 俺がもっと冷静に、適切な判断をしていたら。

 五木はネアレスに攻撃されることもなかった。 こんな怪我をして痛い思いをすることもなかったんだ。

 

 そもそも俺が、五木と最初から関わっていなければ…………とは思わない。

 とっくの前に、覚悟していたはずじゃないか。

 

 関わるのなら、ちゃんと関わる。

 俺が五木に対し、『関わる』ことを選択したのなら。

 俺は今起きている現実を、受け止めなければならない。 後悔はいくらでもしていいが、それだけで終わらせちゃ駄目なんだ。

 

「……ごめん、五木。 五木を巻き込んでしまった責任は、この命に代えても必ず果たすよ」

「お、重いですよ、それ……」


 俺の言葉に流石の五木もドン引き。

 

「……桃子さんから聞きましたよ? わたしの腕がここまで奇跡的に回復したのは、人見君が気を失うまで回復魔術を使ってくれたおかげだって。 完治とまでいかなくても、ギプスの必要がない状態にまで治っているみたいですよ? だから、そんなに俺のせいだって思わないでください」

「本当か、桃子……?」

「うん。 信じられないけど、昨日の啓人の回復魔術で、紗羽の腕はほぼ完治したみたい」


 俺がやったことではあるが、確かに信じられない。

 けれど、五木の腕がちゃんと動くことは、俺がこの目で今さっき見た通りだ。 桃子は医者ではないが、桃子の言う事は間違ってないだろう。

 

 魔術は想像力をみなもととする力、か……。


「……鬼山さんと、蕭条さんはどうなんだ?」


 怪我人は五木だけじゃない。 鬼山さんも蕭条さんも、芦高郡との戦闘でだいぶダメージを負っていたはずだ。


「俺と蕭条なら、大丈夫だ。 これも全部、回復魔術のおかげだな」

「回復魔術……? 一体、誰が……」


 俺は、五木に回復魔術を使って気を失った。 二人には回復魔術を使っていない。

 蟻塚は力を失っている今、回復魔術を使うことはできないし、桃子だって回復魔術は習得していない。

 

「魔道具の力だよ」

「魔道具……? 魔道具なんて隠し持っていたのか、桃子」

「うん。 二人に回復魔術を使って、もう壊れちゃったけど」

 

 だから鬼山さんも蕭条さんも、たった半日ほどでここまで回復しているというわけか。

 

「………………」


 それにしても……。

 やはり、みんなどこか浮かない顔をしている。

 特に蕭条さんは、さっきから一言も発さずに俯いている。 芦高郡に殺されそうになったんだ、無理もないだろう。


「……何か騒がしいと思ったら、あなたが目を覚ましたのね」

「蟻塚……!?」


 そんな鬱々とした雰囲気をぶち壊すように姿を表したのは、蟻塚だった。

 

「どうしてここに蟻塚が……?」

「何よ? いちゃ困るわけ?」

「いや、むしろ助かるというか、蟻塚もここにいた方がいいと思うけど……。 じゃなくて!」

「……啓人。 美門はわたしが呼んだの。 鬼山さんと蕭条さんを家まで運ぶ時に手伝ってもらったの」

「ああ、そういう……。 じゃあ、蟻塚は……」

「ええ。 だいたい何があったのか、桃子から聞いたわ。 ……ネアレスと戦ったのよね、あなた」

「……ああ」


 ふと、五木の方を見てみる。

 五木は蟻塚の言動に対し、特に驚いたりする素振りはない。 俺が寝ている間に、ある程度の事情は理解したのだろうか。

 

「……みんな。 これからのことについて話していいか? 一番起きるのが遅かったくせにこんなことを言うのもアレだが、俺たちには時間がない」


 五人の視線が俺に集まる。 期待や不安、様々な感情の入り混じった視線だ。

 

「今日の深夜――。 ネアレスと、再戦する」

「今日の深夜だと……? 何故、今日の深夜なんだ?」

「昨日の戦いでネアレスも相当ダメージを負ったはずだ。 だから、可能な限り早くネアレスと再戦したい。 でも、だからといって、今すぐにネアレスと戦うのは危険だ。 俺たちもだいぶ消耗しているし、何の犠牲もなしにネアレスに勝つには、準備が足りない」

「準備をする時間が必要だから、深夜というわけか」

「そういうことだ。 ……後、これは俺も相当迷ったんだけど、その準備ってのに、蟻塚と五木にも関わってもらう。 更に言えば、ネアレスとの再戦において、結構重要な役割をさせることになるかもしれない」

「えっ……!?」


 俺の発言に、この場にいた誰もが驚いた。

 関わってもらうと直接言われた五木と蟻塚はもちろんだが、二人以上に鬼山さんと桃子は驚いていた。

 

「……啓人。 本気、なの……?」

「本気だよ」

「啓人の言う準備がどんなものかわからないけど、ネアレスとの戦いにこれ以上美門と紗羽を巻き込むわけにはいかない」

「……俺だって、これ以上二人に傷ついてほしくないよ」

「だったら……!」

「だからこそ、二人に協力してもらいたいんだよ。 ネアレスの裏をかくには、これが一番だと思ったんだ。 それに――」


 迷いはない。 昨晩の戦いを経て、心の奥底に沈殿していた何かは綺麗さっぱり消えていた。

 次の段階へと踏み込むきっかけは、もう掴んでいる。 俺の決意は、固まっていた。


「犠牲を出さずにネアレスを倒す為の準備なんだ。 その準備自体に犠牲を出すわけないだろ。 五木と蟻塚に、傷一つつけさせないよ」


 ネアレスの強さは予想以上だった。 右腕を刎ね飛ばされて、あの強さだ。

 だが、予想以上なのは俺だって同じだ。 今の俺は、第二世界にいた頃の俺とは違う。

 今の俺なら、きっと――。

 

「……わかった。 啓人がそこまで言うなら、わたしは止めない。 二人が嫌だって言ったら、話は別だけど」


 桃子としては、魔術師以外の人間が今回の件に強く関わってくことはなるべく避けたいのだろう。

 何より、桃子にとって二人はただの一般人ではない。 クラスメイトで、友達だ。 二人を魔術なんてものから遠ざけたいと思っているのかもしれない。


「具体的に何をするのかわかりませんが……。 わたしは別に、いいですよ。 むしろ、協力させてくれと頼みたいくらいです!」

「五木……」


 五木に協力してもらいたいのは本当だが、ここまで快諾されるとは。

 チクリと刺すような罪悪感が、胸の内に渦巻いていく。


「そうね……。 わたしもわたしなりに、色々と思うことがあるのよ。 このモヤモヤを晴らす為にも、ネアレスとの戦いには積極的に関わりたいわね」


 蟻塚は元々魔術とは無縁の人間だったが、ネアレスと出会い、それが変わった。

 蟻塚はネアレスに対し、どのような思いを抱くのか。

 わかりやすく怒りや恨みだけ、ということはないだろう。 そこにはきっと、様々な感情が入り組んでいるに違いない。


「……ありがとう、二人とも。 ところで、五木」

「はい?」

「すっかり知っている前提で話を進めちゃったけど、五木は俺や桃子の正体……魔術の事について、どこまで知っているんだ?」 


 全部話すよと約束しておきながら、ついさっきまで眠っていた為にまだ話せていない。


「そういえば、人見君はずっと寝ていたんでしたね……」

「啓人。 魔術や魔術師のことなら、わたしが紗羽にちゃんと話したよ」

「東日本連続猟奇殺人事件と魔術がどう関係しているのかとか、俺やネアレスの正体、第二世界のことも全部話したのか?」 

「うん。 本音を言えば、あまり教えたくなかったんだけど、状況も状況だから。 知らない方が、危険」


 俺から話す手間がなくなって楽になったと喜ぶべきか。

 俺の口からちゃんと伝えられなくて残念だと悲しむべきか。 何とも複雑な気持ち。

 

「……五木。 全部、聞いたんだな」

「……はい。 嘘みたいな話ばかりで今もちょっと混乱していますが……。 全部、本当なんですね?」

「ああ、本当だよ。 ……今まで隠してきて、悪かった。 どんな理由があろうと、隠し事をしてきたことには変わらない。 本当に、ごめん」

「やっ、やめてくださいよ……! わたしだって、そりゃ、色々と言いたいことがありすぎて、もう何が何やらといった気持ちですけど……。 でも、そんなに謝らないでください。 だって、ほら……」


 キョロキョロと目を泳がせ、慌てふためく五木。 その慌てっぷりはいつもの五木と変わりなかったが、

 

「わたしだって、似たようなことを人見君にしていましたから。 相手の為を思って『言わない』って選択、してましたから。 だから、おあいこですよ! それに今、ちゃんと教えてくれたんだから、人見君を責める理由なんてほとんどなくなっているんです」


 この言葉は……。

 昨日の夜、満月の下、五木と話したからこそ出た言葉だと、俺は思う。

 

「……そうだな。 でも俺は、五木に怪我をさせてしまった。 その事実が消えることはない。 誰よりも俺の為に、五木はそのことを簡単に許しちゃいけないんだ」

「人見、君……」

「五木がどうしても俺のことを許したいのなら、まず一つ、避けられない大前提が存在する」

「大前提……? それって……」

「俺が、誰も犠牲を出さずにネアレスを倒すことだ」

「……………………!!」


 この大前提があって初めて、俺たちの未来は約束される。


「五木が俺を許すにしろ、責めるにしろ、この大前提があってこそだ。 だから――」


 俺たちの未来の為に。

 

「――みんな。 俺と一緒に、戦ってくれ」


 この場にいた誰もが、肯定の意を表した。

 

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