娯楽
周囲を見る。
俺が男と戦っている間に、鬼山さんは蕭条さんを連れて少し離れた所まで移動していた。
そしてそこには、五木もいる。
桃子ももうじき、ここに来るだろう。 そうすれば、みんなを安全な場所へ避難させることだってできる。
誰も被害を出さない為に、俺は時間を稼ぐことにする。
「まず、どうしてお前がこの世界にいるんだ? ネアレス、お前は『扉』を使ったわけじゃ、ないんだろ?」
「俺はそもそも、『扉』なんて知らない。 俺こそ、君にはたくさん聞きたいことがあるんだ、ケイト」
幸い、ネアレスもそこまで戦う気があるわけじゃなさそうだ。
恐らく、この男が殺されるのを阻止することが、第一の目的だったのだろう。
「俺たちのいた世界――第二世界から、君は急にいなくなった。 最初俺は、君が帝国騎士との戦いで命を落としたのかと思っていた」
ネアレスは、黒色の軍服のような衣服を纏っていた。
その、コスプレにしか見えないような服が、妙に似合っている。 不自然と不自然が合わさることで、自然になったとでも言うのだろうか。
「でも、それは違っていた。 君は、この世界にいた……。 第二世界から、逃げたんだ」
「……俺のことを逃げたって言うんなら、ネアレスだって同じだろ」
「そうだ。 俺も同じなんだよ、ケイト。 俺も君と同じで、魔人としての運命から逃れたかったんだ」
知らなかった。 こいつも、俺と同じ思いを……。
「ある日のことだ。 君がいなくなってしばらくしてから、俺たち魔人と帝国騎士団が激しく衝突したことがあった。 その時、一人はぐれてしまったジークが窮地を脱するために、超級魔術を発動したんだ」
ジーク。 魔人の一人だ。
どこか狂った連中ばかりだった魔人の中でも、比較的まともなやつだったことを記憶している。
「ジークの得意とする魔術が何か、君は覚えているだろう?」
「……時空魔術か」
ジークの得意とする時空魔術は、かなりレアな魔術だ。
少なくとも俺は、ジーク以外で時空魔術を使う者を見たことがない。 それほどまでに、適性者のいない魔術。
それだけあって、その効果は凄まじい。
時空魔術は、術者以外の時の流れを遅くしたり、術者の時の流れだけを早くすることが可能。
一瞬だけ時を止めるなんて芸当もできると聞いたことがある。 ……ハッキリ言って、チートだ。 ズルすぎる。
一番敵にしたくない魔人を答えるとしたら、俺は迷わずジークの名を挙げるだろう。
「そう、時空魔術だ。 ジークはいつも、同じ魔人に対しても、超級魔術を見せたことがなかった。 ……君と同じようにね。 そしてその時空魔術の超級は……」
「…………………」
ジークの超級魔術。
超級じゃなくても圧倒的な力を誇る時空魔術の超級だ。 想像を絶する力に、違いない。
「……よく、わからなかった」
「……は?」
想像を絶するどころか、その魔術がどのような効果を発揮したのかもわからなかったのか?
「ただ、周囲のあらゆる物質を飲み込んで、消えたんだ。 ……君がいなくなった後、ジークもいなくなったんだよ」
「……ジークも、いなくなった?」
まさか、ジークは自爆でもしたのか?
でも、ネアレスの話を聞いた限り、自爆というよりは……。
もしや、ジークもこの世界に来ている……?
「当然、俺たちはジークを探し回ったけど……見つからなかった。 死んだわけでもなさそうだった。 まるで、世界からジークという存在が綺麗さっぱり消えているみたいだった」
「………………」
「その後だった。 俺が、アレを見つけたのは……」
「……アレ、だと? それは――」
「次元の歪みだよ」
次元の歪み。
ジークが超級魔術を発動した事に関連があるとすれば、ネアレスの言う次元の歪みとは……。
「まさか、それを利用して……」
「そのまさかだよ。 ジークが超級魔術を発動したことにより生じた、次元の歪み。 それを使って、俺はこの世界へとやってきた。 君が運良く『扉』とやらを使ったようにね」
ありえない話ではない。
時間に干渉するジークの超級魔術によって、第一世界と第二世界を別つ何かが影響を受けた。
次元の歪みそれ自体は家守恭介の創り出した『扉』のような機能を持っていなくても、魔人ほど魔術の力を持った者がそれを強引にこじ開けたのなら……。
「……驚いたよ。 異世界が存在するだなんて、想像もしていなかったからね。 もしかすると、この世界にジークがいるのかもしれないと考えたけど、彼はここにもいないようだった」
ジークはこの世界にもいない……?
第一世界にも第二世界にもいないのなら、ジークはもしかすると、過去や未来にでも移動したのか?
色々とデタラメな時空魔術なら、充分にありえそうで怖い。
「でも君は、ここにいた。 ……嬉しいよ、また君に会うことができて」
夏なのに、寒気がした。 鳥肌も立った。
俺は、第二世界にいた頃からこいつのことが苦手だった。
そのネアレスが、吐き気のするようなことをほざいている。
「……俺はお前にだけは会いたくなかったんだけどな」
「君は、気に入らない相手とは距離を置くタイプか。 俺とは正反対だ。 俺は、気に入らない相手だからこそ、会いたくなる」
「………………」
……どうやらネアレスも、俺が気に入らないらしい。
「君はいつだって、人を殺したがらなかった。 魔人としての使命に背くような真似ばかりしていた。 だからといって、俺たち魔人が君を排除することはしなかった。 数少ない仲間だからというだけの理由でね」
「……もしかして、俺が羨ましかったのか?」
「そうだ。 俺は君が、羨ましかった。 人を滅ぼすこと自体はどうでもいい。 けれど、俺たち魔人は……何なんだ?」
その問いには、どこか慟哭にも似た悲しい響きを感じた。
俺は初めて、ネアレスの表情に人間らしい感情が浮かび上がったのを、確かに見た。
「ケイト。 俺たち魔人の運命は、最初から決まっている……。 人類を滅ぼすこと、ただそれだけだ。 ……つまらないじゃないか。 星の意思の言いなりになって生きていき、最終的に俺たちは自ら命を絶って、この世から消え去るんだ」
それが、魔物と魔人と魔王の運命。
人を滅ぼした後の世界に、それらが存在し続けることはない。
何故なら、生み出された目的が最初から決まっているのだから。
使う機会の二度と訪れない道具は、用済みだ。
ましてやそれが、ほとんど人間と変わらない存在ならば――。
「君だって、考えたことはあるだろう? 俺たち魔人は凄まじい力を持っている。 それなのに、ただ殺人兵器として使われ、一生を終えることが約束されている。 ……酷く理不尽だろう? 抗いたいじゃないか、運命に……」
「……ネアレス、お前の目的は何なんだ」
俺の質問に、ネアレスは笑う。 口角を吊り上げ愉快げに、けれどどこか、冷めた眼で、
「神のような存在になることだ」
と言った。
「……冗談だろ」
「本気だよ。 この世界でなら、それが可能だと思っている。 せっかくこんなに力を持っているんだ、それを使わないなんて勿体無いじゃないか」
こいつ……!
「俺たちのいた世界とは違って、この世界には魔人に匹敵する強力な個は存在しない……。 現代兵器は確かに驚異的な破壊力を有しているが、俺たちの力は現代兵器よりも特殊だ。 魔術はこの世界の不可能を可能にする」
「……だから、神になれると?」
「そうさ。 圧倒的な力を持つ俺が、この世界の絶対的な存在として君臨するんだ」
「……馬鹿げている。 何をガキみたいなこと言ってるんだ……」
「これでもよく考えたんだけどな、俺は。 俺が魔人としての運命から逃れ、どう生きるか。 どう生きれば、満たされるのか。 熟考した果てに、俺は辿り着いた。 この世界を遊び尽くすという答えにね」
こいつは本気で、そんなことを……。
ネアレスの言う遊びとは、何を意味するか。
今まで得た情報から導き出される答えは……。
「……魔術の力を与えたのも、その遊びとやらの一環か」
「ご名答。 東日本連続猟奇殺人事件って言うんだっけ? あれも全部、俺の娯楽の一つさ」
頭に血が上る。
湧き上がる怒りで、体中が焼けるように熱い。
「まるで、本当に神みたいだろう? 人に力を与えるなんて。 でも、誰にでも与えるわけじゃないんだ。 どうせ力を与えるのなら、既に満たされている者よりも、満たされていない者がいい。 その方が、面白いだろう? 力を与えたら面白いことになりそうな者たちに、力を与える。 結果として……薊海里は実に愉快に踊ってくれた。 哀れな弱者に相応しい復讐劇を見せてくれたよ」
薊海里。 彼のやってきた行為を許すことは絶対にできない。 例えその力が、与えられたものだとしても。
けれど、こいつが――。 ネアレスが、この世界へやって来なかったら。
薊海里は殺人を犯すこともなく、もっと別の人生を送っていたかもしれないんだ――。
「蟻塚美門は……あまり面白いことにはならなかったね。 君が干渉しなかったら、どうなっていたかわからないけど」
蟻塚は幸い、誰か殺したい相手がいるような人間ではなかった。
ただ、普通に生きること。 そこから逃げたいと思っている、一人の少女だ。
でも、蟻塚だって危うかった。 少しでも何らかの偶然が重なっていれば、蟻塚は後戻りできない領域に足を踏み込んでいたかもしれない。
「でも、彼は……。 芦高郡は、最高だよ。 彼は、俺たち魔人よりも魔人と呼ぶに相応しい。 彼という逸材を見つけ出せたことは、この世界に来て一番の僥倖だと言わざるをえない」
芦高郡。 それが、この大量殺人鬼である男の名か。
魔術を無効化する力で、魔術会の魔術師三人を殺した男。
「第二世界ではさ、俺はあまり楽しめなかったんだ。 そして、気づかなかった。 人こそが、一番の娯楽であることに。 でも、この世界に来てから、ようやくわかったんだ」
ネアレスは、俺と似ているようで、似ていない。
こいつにとって、人は……。 どこまでいっても、玩具でしかないんだ。
「考えてみれば、当たり前なのかもしれない。 劇や音楽、小説といった、世に溢れるあらゆる娯楽は人が生み出したものだ。 ならば、それを生み出した人自体、娯楽物として楽しむことだってできる」
つまり、こいつは……。
「……ネアレス、お前は神のような存在になると言ったな」
「ああ、言ったね」
「……ふざけるな。 ごっこ遊びなら、一人でやってろ」
「ごっこ遊び呼ばわりとは、酷いね。 でも、それが一番俺のやりたいことを的確に表しているのかもしれない」
この世界の神様にでもなったつもりで、遊ぶつもりなんだ。
「舞台はこの世界全て。 役者は全人類だ。 それらを全て俯瞰するのは、神であるこの俺。 ……わかるだろう? 君は邪魔なんだよ、ケイト」
あまりにも馬鹿げた動機。
だからこそ、俺は恐怖した。
「神はこの世に二人いらない……。 この世界に存在する魔人は、俺一人で充分だ」
もし、ネアレスを倒せる者がこの世に存在しなかったら。
この世界は、そのあまりにも馬鹿げた動機によって、滅んでしまうことになるのだから――。




