(十一)
庭に、彼の姿を見付けた。
「智重?」
雅はそっとその後ろ姿に声をかける。いつもと同じように箒を携えたその姿を見るのは、なんだか随分と久しぶりな気がした。
声をかけられた本人は雅の声を聞くと動きを止めた。どうするべきか逡巡しているようだった。その背に、雅は続ける。
「やっと会えましたね」
「雅様……」
振り返った智重は眉間をきゅうっと絞っていた。その表情だけで彼が何を言うのか、分かってしまう。
「この度は本当に申し訳――」
「良いのです」
智重の声を雅は遮った。
だってそれは雅がしたくてしたこと。智重に罪はないのだと思った。
雅は暁光から智重の過去について聞いた。智重の家族が彼の目の前で亡くなった話を、そして自ら両親の死を暁光に頼んだことを聞いた。
雅は庭に下りる。彼の目前に立ち、雅は言った。
「私は自分がしたことが間違っていたとは思いません。ですが、……良いことをしたとも思っていません」
「雅様……?」
「暁光さまに話は聞きました。……家族を目の前で亡くされたそうですね」
「……はい」
頷いた智重は微笑している。その笑顔がたくさんのことを背負っていることを、雅はもう知っている。
家族の死を願う者などいないだろう。雅は今でも、誠士郎が生きていることを願う時があるのだ。どれほど願っても、悔いても、兄は帰ってこない。それを知るたびに、また悔いて、自分を責める。そんな日々があることを知っているから、雅は自分のしたことの全てが正しいとは思わない。――けれど。
智重を真っ直ぐに見て、雅は尋ねた。
「死にたかったのですか?」
「……」
「生きているのは……つらい、ですか?」
「……分かりません」
智重は首を左右に振り、視線を足元へと落とした。その顔に微笑がないことを知り、雅も目を落とす。
互いの白い足袋が見えた。
何度智重に救われただろう。そう思って、雅は顔を上げる。そうして彼の色素の薄い横顔を見て、雅は言った。
「智重は前に言いましたね。『人を殺すことは、その人を大切に想っている人の心も殺すことだ』と」
「……はい」
顔を上げた智重と目が合う。
その瞳を真っ直ぐに見詰めて、雅は微笑む。
悔いた痛みは消えない。分かっている。分かっているから、雅はただ祈ることにする。
「この屋敷にいる者は皆、智重のことを大切に想っています。それだけは、忘れないでください」
「……――はい」
ゆっくりと頷いた智重が目を伏せる。
その瞼の裏に思い出す日々が、つらいことばかりでないことを雅は願った。




