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(五)

 朝日に照らされた逆鱗が、艶やかに輝いていた。自分の左腕から生える、一枚の鱗を雅は眺めていた。朝の空気はどこか湿気ていたが、すがすがしさすら感じる。縁側に立って、ぼうっとまだ黄色い空を眺めていたら、深刻な表情をした暁光が通りかかった。彼は雅に気付くと強張った顔を少し緩めたが、それでも彼が放つ険しさは変わらなかった。



「おはよう、雅殿」


「おはようございます、暁光さま。どうかなさったんですか?」



 雅が問いかけると、暁光は口を閉じて、屋敷の外に視線を投げた。雅も同じように目を向けた先にあるのは木々に覆われた深い林だ。


 小さな唸り声を出してから、暁光は言った。



「……脩仁がいない」


「道場にはいらっしゃらなかったんですか?」


「ああ」


「どちらに行かれたんでしょうね……」


「今、景時と智重が探している」



 暁光の話を聞きながら、雅は思わず眉根を寄せた。


 脩仁はどこに行ったのだろう。粗暴な人ではあるけれど、ひとに心配をかけるような人ではないだろう。



(そういえば)



 消えた脩仁のことを考えていたら、なぜか昨夜の智重のことが頭を過った。胸の内で、おかしな解釈をしそうになり、雅はさらに眉を顰める。


 その彼女の表情をどう捉えたのか、慮るような暁光の右手がそっと雅の肩に乗せられた。



「腹が減っただろう」



 食事にすると良い、と暁光は言った。だが雅は首を左右に振る。



「脩仁さんが帰って来てから、食べます」


「……そうか」



 頷いた暁光は、ほころぶように笑った。


 暁光は最近、よく笑う。わずかに口元と目元を緩めるだけの、微かなものだが、それでもやわらかな表情をすることが、雅がここに来たばかりの頃よりも増えたように思えた。自惚れかもしれない。それでも、もし自分がきっかけなら、それ以上に嬉しいことはないと、雅は思ってしまう。


 その時だった。



「暁光ッ!」



 叫ぶ声が耳を裂いた。智重の声だ。その声に弾かれたように、暁光が声のした玄関の方へと駆け出す。雅も彼の背を追った。


 いつも冷静な智重には珍しい、切羽詰まった声調。胸が騒いだ。


 玄関は、目前の角を曲がれば視界に入る。その角に立った志乃が見えた。口元を抑えて、放心した様子の彼女は顔を蒼白させている。嫌な予感に息が詰まった。


 前を走っていた暁光が角を曲がった。同時に彼は口を開く。



「どうし――」



 だが暁光はそれ以上口を噤み、足を止めた。遅れて雅が角を曲がる。そこで足が竦んだ。


 雅が見たのは、血塗れで智重に支えられている脩仁の姿だった。どうやらここまで智重と景時の二人で運んで来たらしく、二人とも脩仁と変わらぬほど着物を血で汚している。



「脩仁」



 そう声をかけたのは、暁光だった。静かに足を進めると、智重に手を貸して脩仁の背を壁に預けて座らせる。どうやら脩仁は意識があるようだった。目を閉じたままでいるものの、時折苦しげに眉をきゅうっと絞る。


 景時は未だ荒れた息のまま、志乃に目を向けると声を放つ。



「医者を呼んでくる。志乃、頼んだぞ」


「はい!」



 返事をした志乃は迷いなく、屋敷の中を走り出す。隣を通り過ぎた志乃の目に強い光があったのを雅は見た。



「誰にやられた」



 暁光は静かに脩仁に尋ねている。脩仁は痛みに耐えながら、首を左右に振った。その唇は痛みからなのか、強く一文字に結ばれていた。

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