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(六)

 目覚めても迷いが消えることなく、朝から雅は悶々とした思いを抱えていた。その所為か、部屋でじっとしていることができず、庭掃除をしていた智重に代わってもらった。箒を動かしながら、少ない落ち葉を掃く。そのたびに砂がわずかに舞った。


 智重のように上手く落ち葉が集められず、不甲斐なさを覚えた。瀬和の城にいる間、雅は大事にされていた。時折、自らの身を護れるようにと誠士郎が剣術を教えてくれたが、それ以外は大人しく部屋にいることを言い付けられた。外に出て攫われたら、と乳母が零していたことを思い出す。あの時雅の胸に広がったのは、どうしようもない孤独だった。


 ふと視線を感じて縁側に目を向けると、暁光を見付けた。彼は庭を見回すと雅へ尋ねた。



「智重はどうした」


「智重に代わって頂きました」



 そう言って微笑んでみたが、上手く笑えたかは雅には分からない。だがじっと顔を見詰めてくる暁光の様子からして、笑顔は失敗していたのだろう。



「雅殿」



 暁光は雅を真っ直ぐに見詰めて、誘った。



「少し、出ないか」


「……はい?」



 暁光は首を傾げた雅の前から姿を消したが、直ぐに草履を履いて戻ってきた。そしてすっと自分の右手を雅に差し出した。だが直ぐに戸惑ったように、その指を丸めてしまう。



(ああ……)



 その彼の様子を見ていて、雅はふっと笑ってしまった。せつなく胸が痛んで、なぜか涙が滲んでしまいそうだった。そんな雅を不可思議そうに暁光は見ている。その彼を見て、雅は引っ込めようとしている彼の右手を掴んだ。



「行きます」


「……ああ」



 首を縦に振ると同時に暁光が淡く微笑んだ。それを見た雅の胸に、温かさと同時に罪悪感に似た鈍痛が広がった。


 暁光にまず連れて行かれたのは、屋敷にある厩舎だった。厩舎の中にいる馬を一頭連れてくると、彼は雅を馬に乗せてくれる。



「気をつけて」


「はい」



 馬の背に乗ると掌に馬の鬣が触れた。それは想像していたよりも硬かった。そのことに感動していると、後ろに暁光が乗った。彼の手が伸び、雅越しに手綱を掴んだ。


 いつもよりも随分と近くにいる所為か、触れてもいないのに彼の体温を肌に感じた。その熱が雅の身体にも移ったのかもしれない。暑くて。その熱を払いたくて、雅は口を開いた。



「あの、暁光さま」


「どうした」


「どちらへ行くのですか?」


「村の視察に行こうと思っているが……」



 そこまで言って、暁光は口を閉ざした。それを不思議に思った雅は後ろにいる暁光に振り返った。いつもよりも間近にある彼の顔を見上げて、雅は首を傾げる。



「どうしました?」


「……雅殿が行きたくないのなら、やめようかと思っている」



 真剣な表情でそう言われて、雅はゆるく首を左右に振った。



「行きましょう」



 雅がそう返せば、暁光はどこかほっとした表情になる。もしかしたら彼の表情が分かるようになったのは彼の表情が豊かになったわけではなく、ただ単に慣れたのではないだろうか。雅はそう思いながら、心の中だけで首を傾いでいた。


 馬が動き出す。前に視線を戻そうとした雅の目に、暁光の腰に差されている刀が映った。



「暁光さまはいつも、村に何をしに行っているのですか?」


「ん?」


「毎日視察に行かれていますよね」


「……そうだな」



 暁光は答えたものの、それ以上言葉を付け足そうとはしなかった。追究してはいけないのかと、雅はそれ以上それについて訊くこともしなかった。


 馬が歩くたびにその振動が伝わってくる。わずかに上下に揺れる視界に酔うことはなかった。手の甲にちらつく木漏れ日を追うように雅は空を見上げた。木々の隙間から青空が覗いている。


 暁光は何も喋らなかった。雅も何も話題をふることはなかった。だが、続く沈黙を不快だと感じることもなかった。前方から流れてきた風が髪を攫っていく。右手で髪を抑えた時、胸にある痛みを思い出した。そっと膝の上に置いた手を握り締めてみたが、治まるところか痛みは明確なものへと変わっていく。


 その時だった。


 手綱を掴んでいた暁光の左手が握り締めた雅の手に触れた。突然与えられた温かな体温に雅は驚き、彼の顔を見上げる。



「暁光さま?」


「……」



 暁光は何も言わなかった。雅を見ることもなく、視線は真っ直ぐに前へ向けられていた。紅い瞳は光を時折反射して、強い光を宿している。


 痛みはない。けれど確かな強さで彼は雅の手を握っていた。



(もしかしたら)



 ふと、思った。



(彼は、全てを知っているのかもしれない)



 彼の父が前から刺客を彼に送っていたとして。ある日突然嫁を寄越した父の行動を、息子が想像できないことなどあるのだろうか。


 雅は何も言えず、俯く。唇を噛み締めた。そうしていなければならない、と思った。


 だって、きっと。


 泣くことすら許されない。

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