大きな声の理由
あぜ道の脇に、潰れたジャンボタニシの卵が散らばっている。鮮やかなピンク色の粒が泥の上でぐしゃりと潰れ、その近くに無造作な靴跡がいくつも残っていた。農家の人が歩きながら踏み潰していったのだろう。この時期には、よく見る光景だ。
風が通るたびに、稲穂がざわざわと揺れる。深く育った青が、夕方の光を受けてどこまでも広がっていた。頭上の空はまだ明るいが、西の端には滲みはじめた茜色が、じわじわと辺りを染めていく。
「ジャンボタニシって、なんであんな色してんだろな。わざわざ目立つ色を選ぶ意味ある?」
前を歩く亮太が、サンダルで小石を蹴りながらつぶやく。
「鳥に食われないようにってやつじゃね? 毒々しくしとけば、“あ、こいつやべえ”ってなるじゃん」
後ろを歩く航平が答えた。
「爺ちゃんが言ってたけど、あいつら稲を根元から食うんだよな。卵の色なんかより、そっちの方よっぽど害悪じゃね?」
亮太が肩をすくめる。三人の足音が、風に混じって一定のリズムを刻んでいた。気の抜けた会話と、暮れかけの風景が妙に噛み合っている。
「でもさ、ジャンボタニシの卵って、踏んだときの感触がちょっとクセになるっていうか……」
「やめろ、飯の前に気持ち悪いこと言うなよ」
「まだ夕方だぞ。ギリセーフじゃん」
くだらない会話がぽつぽつと続く。誰も本気では笑っていないけれど、誰も黙ろうともしない。そんな空気が、僕たちのまわりをゆるやかに流れていた。
そのとき、僕はふと顔を上げた。少し離れた細い道の向こうに、白い影がちらりと見える。遠くて顔まではわからない。けれど、その姿を見ただけで、誰なのかすぐにわかった。あの歩き方、あの髪の揺れ方、そして黄色いワンピース。
夕焼けがその姿を輪郭だけにしてしまう前に、僕は唐突に声を大きく張った。
「ってかさ、亮太さぁ、この前コンビニでアイス二個食って腹壊してただろ?」
航平がすぐに乗っかる。
「いや三個な。チョコミントとスイカバーと、なんか新発売の変なやつ」
「お前、あんとき完全に目泳いでたもんな」と僕が重ねると、亮太が「しゃーねえだろ!」と声を張った。
笑い声がひとしきり続いたあと、僕はもう一度、何気ないふりで遠くを見た。けれど、先程の姿は、もう見えなくなっていた。聞こえたかどうかもわからない。
道ばたの草むらで、小さなバッタが飛び立つ。空は静かに燃えるような色に染まり、あたり一面がゆっくりと夜に傾きはじめていた。




