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きみの隣で、今日も僕は考えてる。本ばかり読んでいた俺の日常は、少しずつ騒がしくなる  作者: マリセリソウ


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第42話 一人にしない大作戦

 パソコンのモニターには、今日撮影したばかりの動画素材が並んでいた。

 店長が作る料理の手元映像、奥さんの聞き取りやすいナレーション、そして途中で山本さんが盛大に野菜を床へ落としかけて慌てているシーン。編集ソフトのタイムラインへ素材を並べながら、俺はどこを使うか考えていた。


 最近、こうして自室で動画編集をする時間がかなり増えている。


 以前はリビングで本を読んでいることの方が多かったのだが、動画編集は流石に集中力が必要だし、パソコンのスペック的にも自室の方が都合がいい。おかげで、家の中で過ごす場所が少し変わった。

 その影響なのかどうなのか。


「へぇ~……今年はこういう服流行ってるんだ」


 なぜか、夏樹が俺のベッドの上でファッション雑誌を読みながらくつろいでいる。夕食を終え、風呂にも入り長い髪も乾かし終わりあとは寝るだけの状態だ。完全に“自宅モード”である。

 自分の家では無いのに寛いでいることには目をつぶろう。お前用の部屋を用意してるんだからそこで寛げよ…。


「創ちゃん、これどう思う?」

「何が?」

「このコーデ」


 雑誌をこちらへ向けてくる。


「知らん」

「即答!?」

「ファッション誌見せられてもわからん」

「もうちょっと興味持とうよ~」


 そう言いながら、夏樹はごろんと寝返りを打つ。完全にくつろいでいた。しかも厄介なことに、こいつは時々このまま寝落ちする。最初の頃は起こして自分の部屋に行かそうとしていたのだが、寝起きの機嫌がとんでもなく悪かったため、最近では俺がリビングのソファーへ避難するようになった。


 なぜ俺が場所を明け渡しているのか?その疑問については、ずいぶん前に考えるのをやめた。考えても無駄だからだ。


 動画編集を続けながら、店長の包丁捌きを倍速で確認する。やはり料理人の手つきは見ていて無駄がない。コメント欄でもそこを褒める声は多かった。そんなことを考えていると、机の上に置いていたスマホが震えた。


 通知音が鳴る。


 画面を見ると、リアムからのメッセージだった。


『これから飛行機に乗る。シャーロットも一緒だ。日本で会おう』


 短い英文と一緒に、空港らしき写真まで送られてきている。


「お、リアムからだ。もう出発するらしい」

「えっ!?」


 夏樹がベッドの上で勢いよく起き上がった。


「リアムから!?」

「シャーロットも一緒だってさ」

「ほんとに!?見せて見せて!」


 雑誌を放り投げてこっちへ身を乗り出してくる。


 近い。


「うわぁ~!ほんとだ!空港だ!」

「そりゃ飛行機乗るって言ってるしな」

「シャル元気そう!ていうかリアムまた背伸びてない!?」


 写真だけでそこまでわかるのか。夏樹はスマホを覗き込みながら、完全にテンションが上がっていた。


「うわぁ……久しぶりだなぁ……」


 その顔は、本当に楽しみで仕方ないという感じだった。まあ、気持ちはわかる。リアムもシャーロットも、妙に夏樹を気に入っていたし、向こうへいた時もよく一緒に遊んでいた。特にシャーロットとは今でも定期的に連絡を取っているらしい。


「創ちゃん返信しないの?」

「あぁ」


 俺はスマホを手に取り、リアムへ短く返信を打つ。


『気をつけて来い。夏樹がうるさい』


 送信。


「何送ってるの!?」


 当然のように抗議が飛んできた。


「事実だろ」

「そこは否定できないけど!」


 自覚はあるらしい。

 すると、またスマホが震える。リアムからだった。


『ナツキは昔から騒がしい』


 その一文を見た瞬間、俺は思わず吹き出しそうになる。


「リアムも同じこと思ってたらしい」

「えぇぇぇ!?」


 夏樹は不満そうに頬を膨らませ、そのままベッドへ倒れ込んだ。


「もういいもん!シャルは優しいもん!」

「シャーロットもたぶん似たようなこと言うぞ」

「言わない!」

「いや、言う」


 そんなやり取りをしながら、俺は再び編集画面へ視線を戻した。背後では、夏樹がまだ一人でぶつぶつと抗議を続けている。

 実に平和な夜だった。



 翌朝。


 まだ街全体が完全には目を覚ましていない時間帯、いつものようにロードワークを終え、自宅近くの公園で筋トレをしていた。朝の空気は少しひんやりとしていて気持ちがいい。夏が近づいているとはいえ、この時間帯だけはまだ過ごしやすかった。

 ベンチへ片足を乗せながらストレッチをし、そのまま腕立て伏せへ移行する。最近は動画編集で座っている時間が増えたせいか、意識して身体を動かしておかないと妙に落ち着かない。


「……九十八、九十九、百」


 そこでいったん動きを止め、軽く息を吐く。

 すると、近くに置いていたスマホが震えた。


 リアムか?


 昨日、飛行機へ乗ると言っていたし、乗り継ぎか何かの連絡だろうかと思いながら画面を見る。

 しかし表示されていた名前は違った。


『柴田直美』


「……お?」


 意外だった。柴田さんから直接メッセージが来ること自体あまり多くない。

 スマホを開くとメッセージが届いていたが、内容は簡潔だった。


 どうやら、例の山道調査の件は父親から猛烈な反対を受けたらしい。まあ当然だろう。昨日、男三人に囲まれたばかりなのだから、親としては許可できるわけがない。さらに、店長からも連絡が行ったらしく、しばらくは一人にならないよう周囲で対策を取ることになったとのことだった。

 山本さんがなるべく一緒に行動するようにしたり、下校時も誰かと帰るようにしたりと、かなり厳重である。


 ま、妥当だな。スマホを見ながら小さく息を吐いた。


 柴田さん自身、本当はまだ色々調べたい気持ちがあるのだろう。しかし、夏樹や山本さんを巻き込みたくないという思いもあるらしく、しばらくは大人しくすることにしたようだった。珍しく“自重”という言葉を覚えたらしい。


『それがいいと思う』


 短くそう返す。すると、すぐに既読がついた。


『何その雑な返事』


「お互い様だろう…」


 思わず口から漏れる。だが、昨日の様子を見る限り、無事ならそれでいい。


『無茶するなって意味だ』


 打ち直して送信。今度は少し間が空き、


『善処するわ』


 と返ってきた。絶対反省してないな、これ。苦笑しながらスマホを伏せ、再び地面へ手をつく。


「……百一」


 途中で止めたせいで回数が曖昧になった。まあいい。適当で。そんなことを考えながら、再び筋トレを再開した。



 朝日が少しずつ高くなり、公園にも犬の散歩をする人や、通勤前らしい人影がぽつぽつと増え始めている。いつも通りの朝。だが、水面下では確実に何かが動き始めている。そんな予感だけが、静かな朝の空気に薄く混ざっていた。


 ロードワークと筋トレを終えて帰宅し、シャワーを浴びてからキッチンへ向かい朝食の準備を始めていた。

 フライパンの上ではベーコンが焼ける音を立て、味噌汁の湯気がゆっくりと立ち上る。最近は夏樹が当然のように家にいるため、一人分を作る感覚が完全になくなっていた。


 慣れとは恐ろしい。


 卵を焼きながらそんなことを考えていると、後ろからぱたぱたとスリッパの音が聞こえた。


「……おはよぉ……」


 振り返るとそこには、いかにも“起きたばかりです”という感じの夏樹が立っていた。髪は寝癖であちこち跳ねているし、目も半分閉じかけている。いつも元気に動き回っている分、寝起きとのギャップが激しかった。


「すごい顔だな」

「ひどい……」


 声に全く力がない。


「朝食もうすぐできるぞ。熱いうちに食べたかったら顔洗ってこい」

「んー……」


 返事をしながらも動きが遅い。


「あと三分で完成する」

「行ってきます!」


 突然目が覚めたように洗面所へ向かっていった。食べ物が絡むと行動が早い。


 数分後。髪を軽く整えた夏樹が戻ってきた頃には、朝食はほぼ完成していた。


 テーブルへ並べられたのは、ご飯、味噌汁、卵焼き、焼きベーコン、それから簡単なサラダ。特別豪華ではないが、朝食としては十分だろう。


「「いただきます!」」


 向かい合って食べ始める。夏樹は最初の一口で、幸せそうに目を細めた。


「はぁ~……朝ごはんって偉大……」

「大げさだな」

「創ちゃんのご飯普通に美味しいもん」

「そりゃどうも」


 そんな他愛ないやり取りをしながら食事を進めていると、不意に夏樹が箸を止めた。


「ねぇ創ちゃん」

「ん?」

「山田農園、これからどうなるんだろ」


 少しだけ真面目な声音だった。箸を止め夏樹の顔を見る。


「風評被害、ちゃんと収まるのかな……」


 窓の外から聞こえる朝の鳥の声が、一瞬だけやけに静かに感じられた。


「……まあ、すぐ全部元通りってわけにはいかないだろうな」


 正直に答える。風評被害というのは厄介だ。一度“危ないかもしれない”という印象が広まると、事実確認よりも先に不安だけが独り歩きする。

 特に食品関係は顕著だった。


「でも、たぶん山田農園側もちゃんと準備はしてると思う」

「準備?」

「弁護士に相談してるって話だっただろ」

「あ、うん」

「しかも、その上で動画に出る方向で動いてる」


 夏樹は少し考えるように首を傾げる。味噌汁を一口飲みながら続けた。


「普通、何も整理できてない状態で顔出しなんかしない。変なこと言えば余計燃えるからな」

「あー……」

「だからたぶん、行政や保健所とのやり取りとか、検査結果とか、“どこまで安全確認できてるか”をちゃんと説明できる状態にはしてるはずだ」


 実際、そこはかなり重要だった。曖昧な説明では逆効果になる。


 逆に、

・何が起きたのか

・現在どういう対策をしているのか

・行政はどう判断しているのか

・今後どう改善するのか


 それらを順序立てて説明できれば、少なくとも“隠している”という印象はかなり減る。


「あと、食堂やまもとの動画で話すってのも大きいと思う」

「どういうこと?」

「ニュース番組とかだと、“問題が起きた農園”って切り取られやすい。でも今の食堂やまもとって、視聴者との距離が近いだろ」

「あー……確かに」

「だから、“ちゃんと説明しようとしてる”って姿勢が伝わりやすい。コメント欄も荒れてたけど、誠実に対応したら少しずつ落ち着いただろ?」

「うん」


 夏樹は静かに頷いた。


「今回も同じだと思う。全部一気に解決はしなくても、“逃げてない”って伝わるだけで変わる人は多い」

 そこまで話すと、夏樹は少しだけ表情を緩めた。

「……そっか」

「希望的観測込みだけどな」

「でも、そうなったらいいなぁ……」


 小さく呟く。その声音には、心からそう願っているのが滲んでいた。そんな夏樹を見ながら、焼き鮭を一口食べる。


「まあ、まずは俺たちもできることをやるしかないだろ」

「うん!」


 今度の返事は、少しだけ元気だった。



 朝食を終えたあと、夏樹といつものように並んで学校へ向かっていた。通学路には同じ制服姿の生徒たちがちらほら見える。朝の空気はまだ少し涼しく、歩いているだけならかなり快適だった。


「今日の数学、小テストあったっけ?」

「知らん」

「えぇ!?創ちゃんそういうのちゃんと把握してそうなのに!」

「把握してる時もあるし、してない時もある」

「雑!」


 そんな他愛ない話をしていると、少し前方に見覚えのある二人組が見えた。

 山本さんと柴田さんだ。


「萌ー!直美ー!」


 夏樹が大きく手を振る。二人がこちらへ気付き、山本さんがぱっと明るい表情になった。


「おはようございます!」

「おはよう」


 柴田さんも軽く手を上げる。近づいてみると、山本さんがやけに誇らしげだった。


「ふふふ。現在、直美ちゃんを一人にしない大作戦を決行中なんです!」

「大作戦?」

「はい!昨日の夜、お父さんとお母さんと相談して決めた作戦なんです!登下校もなるべく誰かと一緒に行動するんです!」

「おぉ!」


 夏樹が妙に感動した顔をする。


「じゃあ私も参加する!」

「ありがとうございます夏樹ちゃん!私一人だと心もとないのでお誘いしようと思ってました!是非宜しくお願いします!」


 二人が妙に盛り上がり始めた。その横で、柴田さんは何とも言えない表情をしている。助かってはいるのだろう。だが同時に、行動の自由が制限されている感覚もあるらしく、複雑そうだった。


「何か見張られてる気分だわ……」

「直美ちゃんは昨日危ない目にあったんですから当然です!」

「そうそう!しばらくは保護対象だからね!」

「何その絶滅危惧種みたいな扱い」


 柴田さんが呆れたようにため息を吐く。そんなやり取りを少し後ろから眺めながら歩いていた。まあ、あの二人に囲まれたら逃げ場はないだろう。むしろ諦めた方が早い。

 すると、前方から男子生徒が歩いてくるのが見えた。


「あれ、高原君!」


 山本さんが気付き声をかける。


「おう、おはよう」


 高原は軽く手を上げながら近づいてきた。相変わらずスポーツ選手らしい体格をしている。朝から妙に爽やかだ。


「おはようございます!」

「おはよー!」


 女子二人も挨拶を返す。柴田さんは少しだけ目を細めながら、高原へ世間話を振った。


「そういえば、近々年代別のサッカーの代表戦あるんでしょ?あなたたちも出るの?」

「あぁ、一応な」

「やっぱり!」


 夏樹が目を輝かせる。俺も少し気になっていたので質問することにする。


「三浦も呼ばれてるのか?」

「もちろん。あと今回は広田も追加招集された」

「えっ!?」


 山本さんが驚いた声を上げる。


「広田君もですか!?」

「おー、ついにか」


 小さく感心する。広田は守備型の選手で、派手さはないがかなり堅実なプレイヤーだ。学校内ではそこまで騒がれるタイプではないが、サッカー部内での評価は高いらしい。


「すごいねぇ……」


 夏樹が感心したように呟く。


「同じ学校から何人も代表に選ばれるって、普通に考えてすごくない?」

「かなり珍しいと思うぞ」

「監督も“高校の部活か?”って笑ってたし」


 高原が苦笑しながら情報を追加する。


「ふふっ」


 山本さんまで嬉しそうだった。同じ学校の生徒が活躍するとなると、やはり誇らしいのだろう。そんな空気の中で、柴田さんが何気ない口調で尋ねる。


「川村も呼ばれてるの?」

「あぁ、呼ばれてる」


 高原はそう答えたものの、その後少しだけ表情を曇らせた。


「ただ……最近ちょっと調子悪いんだよな」

「調子悪い?」


 柴田さんが首を傾げ話を掘り下げ始める。


「前はもっと冷静だったんだけど、最近はプレイが少し荒いというか……焦ってる感じがある」

「へぇ……」

「代表レベルになると、ちょっとしたメンタルの乱れでもかなり目立つんだよ。俺も人のこと言えないけどな。代表じゃ俺だってレギュラー確定ってわけじゃないし」


 高原はそう言って苦笑した。全国トップクラスの選手ですら、代表では当落線上。その世界の厳しさが少しだけ伝わってくる。


「でも高原君なら大丈夫ですよ!応援してますから!」


 山本さんが力強く言う。


「ありがとな」


 高原は少し照れくさそうに頭を掻いた。その横で、柴田さんは静かに考え込むような顔をしていた。おそらく、何か引っかかるものがあるんだろう。だが柴田さんは、それを口にはしなかった。

 代わりに、小さく息を吐いてからいつもの調子へ戻る。


「まあ、みんな怪我だけはしないでほしいわね」

「それはほんとそう」


 高原が真面目な顔で頷いた。そんな会話を交わしながら、一行はゆっくりと学校への道を歩いていった。

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