第七章 悪魔の懐の底
「ドライブアウト完了。メインエンジンスタート、出力10パーセント」
メイリンが報告する。恒星『タラ』が以前と同じように赤く輝いていた。
「よし、予定通り惑星周回コースに入れ」
ショーンが指示を出す。
MAX速度のスタードライブは順調に終了し、後は星系を一回りして同じコースを戻るだけであった。
「あっ?前方空間にエネルギー反応を探知しました。距離一光分。爆発反応です。しかも二つ……近くに船がいます。所属不明船です!」
報告するラムファの声が緊張している。
「見えました……これって」
メイリンの声も緊張する。
コントロール室のメインスクリ-ンに映し出されたのは激しく爆発する二隻の船の残骸とその傍らに浮かぶ楔形の船の立体映像だった。
その楔形のスタイルは見覚えがある。
それを見たショーンが船長席から立ち上がる。
「ゲドのスタークルーザー!……なぜこんなところに……。護衛のコルベットが二隻とも……。メイリン!全速で離脱だ」
「了解、最大加速、進路反転します」
メイリンは〈ファンタジー〉を回頭させ、加速を開始する。
「ゲド艦接近してきます。かなりのスピードです。このままのペースだと追いつかれます。戦闘準備しますか」
「まて、ラムファ、とりあえず逃げるのが先決だ。まともにやりあって歯が立つ相手ではない。護衛艦が二隻ともやられてしまっているんだ」
ショーンがたしなめる。
船長席のインターホンからカリム中佐の張りつめた声が響く。
「船長どうしたのか。報告しろ。なぜ、恒星と反対方向に進むのだ」
「前方よりゲドのスタークルーザーが接近中です。護衛艦二隻とも破壊されました。現在全速力で離脱中。大丈夫です、本船の加速性能はゲド艦を上回っております」
「なんということであるか……」
カリム中佐の声が途切れる。
「たしかに加速性能は上回ってますが、こちらが回頭している分で相手の初期速度が上回ってます。じきに相対距離が0.5光分を切ります」
ラムファが告げる。
「わかっている。メイリンどうだ逃げ切れるか」
「現在最高加速です。後十分で相対距離5000キロメートルまで接近されます。それをしのげば、何とか」
「5000キロ!射程圏内もいいところだな……ラムファ!戦闘システムオープン、防御シールドとステルスフィールド展開、迎撃ミサイルシステムおよびパルスレーザー砲とニュートロンビーム砲もスタンバイだ」
「了解、戦闘システムオープンします、最終防壁オン」
「ラムファ大丈夫?戦闘システムってシミュレーションでしかあつかったことないでしょ?」
「そうだけど、なんとかなるよ。まかせといて。あんたは操船に集中して。たしか、ゲドのスタークルーザーの主砲の射程圏は3万キロだそれより接近したら撃ってくるよ」
ラムファは落ち着いている。
「そういえば博物館で調べてきたんだな」
メイリンもゲドのスタークルーザーのスペックを思い出していた。
そうこうしているうちにも二隻の距離はじわじわと縮まる。
「それにしても、この二人は……」
ショーンはこのピンチにも少しも取りみだすことなく淡々と業務をこなす二人になかば呆れながら感心していた。
普段と違い、完璧な感情コントロールを発揮している。
この点だけをとっても、この二人の少女が思念融合パイロットとして抜群の適性を持っていることがわかる。
なんとか生き延びたいものだとショーンは切に願っていた。
この二人のためにも自分のためにも……。
「敵艦接近、距離3万キロ、メイリン来るよ」
ラムファが声をかける、メイリンは全神経を集中してゲド艦を観ている。
一瞬だった。
〈ファンタジー〉の両舷側をかすめるように二筋の光条が通過していった。
「ニュートロンビーム通過!右舷50キロ横、左舷60キロ横、メイリンまたくるよ」
「了解」メイリンは〈ファンタジー〉のコースを目まぐるしく変え始め、射線を固定させない。
やつぎばやの第二射もかわすことができた。
「ステルスフィールドも幾分は効果があるようだな」
ショーンが強張った声で告げる。
スタークルーザーの主砲の直撃をくらえば〈ファンタジー〉の防御シールドは持ちこたえられないだろう。
「距離2万キロメートル、こちらも主砲の射程圏内です。応戦していいですか」
ラムファが尋ねる。
「こちらにも応戦意志があると知らせてやれ。主砲発射許可する」
「了解、メイリン2秒だけコース固定して」
「了解」
メイリンは〈ファンタジー〉のコースを固定する。
〈ファンタジー〉の両舷の砲塔から二筋の光条がゲド船に向けて発射される。
ゲド艦の前方にぱっと花が開いたように光輝が輝く。
「一発命中。シールド結構強力だ」
ラムファがおもしろくなさそうに告げる。
「対艦ミサイルがあればな。ゲド艦の防御力は攻撃力に比べて低いのだが」
ショーンも思わず愚痴を言う。
小型船のビーム砲では通用しないのはわかっている。
「対艦ミサイル探知しました、雷数3、迎撃ミサイル発射します!」
ラムファが告げる。
「回避行動!」
メイリンは〈ファンタジー〉を急角度で進路変更させる。
「近接防御システムに切り替えます」
次々と二人は防御策を講じていく。
打ち出された迎撃ミサイルは対艦ミサイルに接近しその前方で爆発する。
対艦ミサイルの正面の空間にミサイルの破片と内部に詰め込んだ無数の金属弾が高速で広がりそこに突っ込んだ対艦ミサイルは大爆発を起こす。
「2発迎撃成功、残り1発接近中、近接防御開始」
パルスレーザーが接近するミサイル向けて弾幕を張る。
ニュートロンビームも拡散した光束を矢継ぎ早に発射する。
ミサイルは降り注ぐ光の矢や槍をかいくぐるように接近してくる。
防御シールド直前でパルスレーザーが対艦ミサイルを射ぬきミサイルは大爆発する。
「シールド負荷90パーセント、シールド手前15キロで爆発。直撃はまぬがれました」
ラムファが報告する。
「気を抜くな、また来るぞ。メイリン逃げ切れそうか」
「現在相対距離1万キロ。もうすぐ最接近になります……」
「そうか次の攻撃をしのげるかだな……」
これだけの近距離で、ゲド船の強力な攻撃をかわしきれるのはほぼ不可能だということは三人ともわかっていた。
「MOフィールド展開していいですか」
メイリンが尋ねる。
「スタードライブに入る気か、不可能だ。まだこの星系の重力影響圏内だ。重力影響圏内でスタードライブに入ったらコントロールができないことは分かっているはずだ。恒星に突っ込むかも知れないぞ」
「このままでも状況は変わりません、ゲドの手にかかるよりはましだと思います」
「MOフィールド張るには、防御シールドもステルスフィールドも解除する必要がある。防御的にはむき出しの状態だよ」
「攻撃を仕掛けて、相手が防御している間にMOに切り替えて、スタードライブに入れば時間が稼げる」
その瞬間二筋の光条が〈ファンタジー〉をかすめて通過する。
防御シールドに青白い指が這うように電光が流れた。
「防御シールド負荷60パーセント、右舷1キロほど外れました」
ラムファが淡々と報告する。
「やむをえないな、ラムファ!攻撃を仕掛けろ。メイリン!思うようにやってみろ、お前に任せる」ショーンが命令を下す。
「了解」
二人は口を揃える。
「主砲連続発射、迎撃ミサイルをフェイクで発射。防御シールドとステルスフィールドOFF」
〈ファンタジー〉の主砲が矢継ぎ早に光の剣をスタークルーザーに向け送り出す。
打ち出された2発のミサイルもいかにも物騒な物体のようにゲド艦に向かう。
ゲド艦の前方に眩い光の塊が出現する。
「全弾命中」
「MOフィールド展開完了。メインエンジン出力90パーセント、スタードライブスタンバイOK」
ショーンはメインスクリーンを見上げた。
そこに映し出される光景はいつものそれとは様相が異なっている。
コバルト色の空間は黒い禍々しい渦巻きの彼方にかすかに存在している。
まだ星系の重力影響圏内を抜けていないのは明らかだった。
「進路設定ランダム。距離1光年、速度MAX5000。後10秒でドライブインします」
「対艦ミサイル探知。着弾まで10秒、メイリン!間に合わないよ!」
「0,3秒早いはずだ」
「対艦ミサイルが至近距離で爆発すれば、MOフィールドが破れる」
「今の速度ならミサイルが爆発してもその前にドライブインできるはずだ」
「通常の場合と違うよ、星系の重力の影響は……」
「あと3秒……2,1」
めくるめく光が暗黒の空間に広がる。
ゲドのスタークルーザーから発射された、3発のミサイルはほぼ同時に爆発し巨大な高温の火球を形作る。
数秒後それをかすめるように、楔形の船体が通過していく。
しばらくして再びスタークルーザーがその空間を訪れた時には拡散する高温のガス雲の他には船だったものの姿はなにも存在していなかった。
虹色の空間は訪れなかった。
メイリンは闇に落ちていく。
自分の存在が闇と同化するのをメイリンは感じていた。
何も感じられない世界。無に帰す世界。
胸元の熱さがメイリンを現実に戻した。
漆黒の闇の中でメイリンは胸元に手を触れようとした。
メイリンはパイロットシートのコントロール球を握りしめたままなのに気付いた。
思念融合は強制解除されていた。
手が強張ってうまく動かない。
ようやくコントロール球から引きはがすように右手を離し、胸元に手をやる。
堅い感触とそこから流れる波動を感じメイリンの意識は急激に回復する。
あの紫の石の感触だった。パイロットスーツの胸元を少しくつろげると、淡い光がこぼれだす。
「光ってる……、発光するなんて……」
メイリンはしばしその光に見とれている。
チェーンを引き出すとその先から淡く紫の光を放つ紫の石が現れた。
「きれい……」
メイリンはうっとりしている。
淡く紫に発光する石の中で白く渦を巻くネビュラが回転していた。
突然、何かを叩くような音と振動が響きメイリンは我に帰る。
「メイリン!生きてる?返事してっ!」
ラムファだった。
「とにかく、エネルギー供給系統がすべてダウンしている状況です、現在は非常用バッテリーのみで最低限のライフラインを保っていますが、これもあと20時間しかもちません」
ラムファがコントロールパネルの発光画面を見ながら報告する。
今は非常用モードのグリーンの発光画面になっている。
コントロールも球体コントローラーは使えないのでラムファはタッチボードに指を走らせている。
メイリンもその傍らで同じようにエンジン系統のチェックをしている。
「メインエンジン、完全停止状態です。補助エンジンも同様です。反物質エネルギー主反応炉セクションからの供給がストップしています。核融合補助反応炉セクションが使えるかチェック中です」
「今どこにいるかも、どんな状態で航行しているかもわからんのか」
「一部分でもセンサーに非常バッテリーのエネルギーを回していいですか。そうするとバッテリー切れが早まりますが」
「しかたないだろう、現在の本船の状況がつかめなければ後何時間バッテリーがもとうと意味がない。ゲド艦の攻撃を再び受ける可能性もある。そもそもスタードライブがどの程度有効だったのかもわからない。ラムファかまわん、センサーにエネルギーをまわせ」
「了解」
ラムファはなめらかな動きでタッチボードに指を滑らせる。
「可視光線モードでメインスクリーンに周囲の映像を出します」
ショーンはメインスクリーンを見上げる漆黒の画面だった。
「映らないぞ……」
「マルチ帯域モードに切り替えてみます」
「これは……」
スクリーンにはうすぼんやりした球体が白く浮かんでいる。
「氷惑星のようです。直径約2万キロメートル。衛星三個が確認できます。最大の衛星は直径3000キロメートル。惑星までの距離は約100万キロメートル」
ラムファが報告する。
「なぜ周囲の恒星が全く見えないのだ。ここは星団の内部のはずだ」
「なにか電磁波を阻害するものがこの惑星周囲の空間を取り囲んでいるようです。まるで、フェネトス球殻の惑星版みたいです。重力系のセンサーを動かすにはエネルギーが足りません」
コントロールパネルをいじっていたラムファが報告する。
「メイリン、エネルギー供給系はどうなってる」
「主反応炉反応なし。回復めど立ちません。補助反応炉はなんとか起動可能です。起動してよろしいですか」
メイリンが尋ねる。
「OK。バッテリーだけよりはましな状況だな」
ショーンの声が少し明るくなる。
しばらくするとコントロールルームの非常灯が消え壁面が発光し始める。
電源が復活したようだった。
「重力センサーで調査しましたが。この惑星からすぐ近くに大重力源おそらく恒星と思われます。それと、この惑星を取り囲んでいる星間物質の凝集ですがかなり分厚いようで、おそらく外部からはこの惑星の存在は探知できないのではないかと思われます。宇宙塵の中にすっぽり取り込まれているような状態です。
「他の恒星とはどのくらい離れているんだ」
「それが、周囲の星間物質のせいで、半径一光日より先が探知不能です」
「まるで、袋の底に落ち込んだようだな」
「悪魔の懐の底ですね」
ラムファが真面目な口調で訂正する。
メイリンは思わずクスリと笑ってしまう。
「それにしても、マラケシュの近くにこんな星域が存在するなど聞いたことがない。メイリン、星図で、悪魔の懐星団の中で、類似の星域の所在を調べてみなさい」
「了解、……、該当するのは一か所だけです。星団中心部のブラックホール周辺の星域です。本当に悪魔の懐の底の部分です。マラケシュからの距離は170光年」
「170光年……、ドライブインしてたのはほんの一瞬だったのに……」
ショーンは絶句した。
170光年を航行するにはいかに〈ファンタジー〉の性能をもっても数日はかかる。
「主反応炉のチェック終了しました。反物質燃料が枯渇しています。全エネルギーがどこかに放出されています。こんなことって……」
メイリンも後を継ぐ言葉が出ずにいる。
「この船の反物質燃料の搭載量は優に500光年分の航続距離を保障していたはずだが」
ショーンがつぶやく。
「一瞬で使い切るとは、いったいどんな現象が起きたんだ」
「高エネルギー反応!あの最大の衛星からです」
ラムファが報告する。
メインスクリーンには衛星のうすぼんやりとした姿が映し出されていた。
何らかの大気圏が存在しているようだった。
ショーンがスクリーンに目を向けたとたんに、けたたましい呼び出し音が鳴り響く、船長席のインターカムだった。
「船長、応答しろ、一体何が起きたんだ、出頭して説明せよ」
聞きなれたカリム中佐のキンキン声がコントロールルームに鳴り響く。
うすぼんやりとした大気圏に包まれた球体目指しシャトルが降下していく。
〈ファンタジー〉の搭載シャトルは全長15メートルほどの小型艇だった。
小型艇でも思念融合操船システムが搭載されている。
メイリンとラムファはこの小型艇を操縦し『悪魔の懐の底』と命名した惑星の最大の衛星に接近していた。
その中のどこからか高エネルギー反応を探知したのだった。
反物質エネルギーが枯渇している〈ファンタジー〉は衛星の軌道上に待機していた。
「たしかこの辺だな」
ラムファがつぶやく。
「赤道付近だね。降下するよ」
メイリンはシャトルはゆっくりと降下させる。
周囲に衛星の大気がまつわりつく。
「メタンとアンモニアの大気か、居住可能とは思えないな。高エネルギーの反応とは信じられないな」
「でも間違いなく、高エネルギー反応だった。自然エネルギーではありえないレベルだったよ」
二人はじっと地表付近を見つめている、センサーはマルチ帯域にセットしてあるのでエネルギー反応があればすぐに映るはずだった。
「ほら、メイリン見てよ、あれってエネルギー反応じゃない」
スクリーンに赤い光が輝いている、まわりの氷の世界とは違いそこだけ高エネルギー反応を示している」
「核エネルギー反応みたいだけだけど」
ラムファはデータをチェックしている。
「近づいてみよう」
メイリンはシャトルを衛星の冷たい大気の中を切り裂くようにエネルギー源目指して操る。
その赤い輝きはどんどん大きさをましている。
「穴があいているよ、なんの穴?」
メイリンが指摘する。
「あの穴の奥になにかあるんだ、エネルギー反応はあの穴の中からだ」
ラムファはその穴の部分の映像を拡大する。
氷原の中にぽっかりと巨大な穴があきそこからメタンとアンモニアの蒸気が激しく噴き出している。
「何かが氷原を溶かしているんだ、穴の真上まで行ってみよう」
シャトルはゆっくりと旋回しながら穴の上空にさしかかる。
「直径10キロメートルはあるな、深さは…20キロメートル、なんて巨大で深い穴だ…金属反応探知!超硬質合金だ。核融合エネルギー反応も探知!なにか人工物が穴の底にある。しかも巨大なものだ。メイリンどうする」
「奥に降りてみる、用心のためにシールドを張るよ」
シャトルはゆっくりと螺旋運動をしながら穴の中へ降下していった。
降下するにつれメタンとアンモニアの蒸気は激しく吹きあがる。
「あの物体の周囲にエネルギーシールドがはられていて、それで周囲の氷床が溶かされているんだ」
ラムファが分析している。
「メイリン見てっ、あれって……」
ラムファがそう叫ぶのとほぼ同時にメイリンも叫んでいた。
「ゲドのタンカーだ」
黒々としたドーム状の構造物が見える、その球面には無数の採集船がこぶのように係留されている。
まぎれもなくゲドの部族船の船尾部分を占めるタンカーと呼ばれる巨大宇宙船だった。
「離脱するよっ!」
メイリンはシャトルを上昇させようとしたが、シャトルは依然として下降し続けている。
「操縦不能、何かの力がこの船をとらえている」
「ゲド船の牽引ビームだよ、パワーが違い過ぎる。とりあえずすぐ破壊されることはなさそうだ。着替えた方がいいな」
ラムファは思念融合を解きシートから立ち上がる。