勇者はある日突然に
人間が並んで三人は座れそうな大きな玉座の中心に、小さな影があった。
——魔王だ。
その愛らしい口から漏れ出たのは、咀嚼していたプリンと驚愕の言葉。
「あ、有り得ぬ……」
中央大陸の右半分を占める魔界。
その魔界の最奥。
猛毒の底なし沼を越えて、
木々が意思を持って動き侵入者を惑わす森を抜けて、
さらにその奥——
そこには、人間が建てた如何に豪勢な城も遠く及ばぬ、荘厳な城があった。
その最奥の玉座で、最強の名を欲しいままにする魔王は、
呆然と目を見開いていた。
そういえば昔そんなのもいたよね、
レベルで過去のものになりつつあった、あの名を聞いたからだ。
——勇者。
それは、人間族の中でただ一人、
血統により受け継がれる強大な力を持つ者の名だ。
勇者は魔王を倒すために戦い、敗れては、
その意思を受け継いだ子供が立ち上がり、また敗れては次の子孫が——
そうした歴史を繰り返した末、最後の勇者が仲間と共に魔王に戦いを挑み
敗れてから、長い長い年月が経過していた。
その間、魔王は、人間以外にもドワーフやらエルフやら、
人間より強い種族との戦いや惰眠や怠惰に明け暮れていたのだが——
「魔王様。勇者が現れました」
四天王の一人、ハルピュイアからの報告を受けたのが1分前。
ぶっちゃけ、勇者出現の一報を聞いて魔王は喜んでいた。
エルフやドワーフも平均値でいうと人間より圧倒的に強いのだが、
それでも、勇者とその仲間たちには遠く及ばないし、
勇者がいなくなってから部下から受ける報告は常に勝利ばかりで——
なんというか、緊張感がなかった。
例えば、チェスに興じるとして、
こちらだけ好きな駒を好きなだけ配置できるとして、
それは面白いだろうか?
ものごとは、勝てれば面白いというものではないのだ。
その点、勇者はよかったと魔王は思っている。
良い感じに配下と戦い、時には四天王すらも打ち破り、
長い旅路の果てに、遂には魔王の眼前まで辿り着くものさえいた。
まあ最後は決まって魔王が圧勝するのだが——、それがよくなかったのかもしれない。
人間たちは気付いたのだ。
戦いは数だよ——、と。
一人より二人の方が強いに決まっているだろう——、と。
その結果、勇者は始まりの村から旅経たず、子作りに励んだ。
それが、ハルピュイアの次の一言に繋がった訳だ。
「その数、およそ100!」
え、ええ……。
魔王は卒倒しそうになった。
「勇者と勇者と勇者で固めたパーティが、
ダース単位で魔界に向けて進軍しています!」
如何なる麻痺の魔法、眠りの魔法、
精神錯乱魔法も寄せ付けない魔王が、泡を吹いて玉座からずり落ちた。
これは、本気で殺りにきた勇者のパーティーと
魔王との壮絶な戦いの物語である……。