第六章 それぞれの帰還
この小説は、以前投稿した「西銀河物語 第一巻 ミルファクとリギル 第六章 それぞれの帰還」の再投稿です。
リギル星系軍は、予定より五日も早くミールワッツ星系に現れたアンドリュー星系軍の機転で辛くも勝利を収めた。しかし戦闘による被害は少なくなく、派遣を決定したユニオン同盟評議会のユニオン同盟評議会代表ファイツアーの立場も厳しくなっていた。ミルファク星系では、今回の敗戦の責任を取ってキャンベル評議会代表が辞任し、後任となった次期代表の下大きくミルファクの未来が大きく変わろうとしていた。
第六章 それぞれの帰環
既にリギル星系のミールワッツ方面からの跳躍点から出ていた、帰還途中のリギル星系軍第二艦隊旗艦“ベルムストレン”の司令長官室の中でシャインは壁に映し出される星系の風景を見ていた。
各惑星の公転の中心に位置するリギル恒星、そしてそれを取り巻く七つの惑星。リギル星系はまるで今までの事が何も無かったかのように各惑星が恒星の周りを公転している。
その恒星の第三惑星、首都星ムリファンまであと一〇時間、出撃前と比べて艦数の激減と損傷艦があること以外は、整然とした隊形で進んでいた。
最後にファイツアー総司令官に会ったのは、四時間前。今頃就寝されているのだろう。
艦内時間は、午後一一時を過ぎていた。「・・今回の出兵で得たものは何だ。確かにミルファク星系の鉱床探査は中止させる事ができた。・・・一時的だろう。今回の撤退でミルファクが鉱床探査を諦める理由は何も見つからない。・・先の遭遇戦でも今回の戦いでも多くの兵が死んだ・・」
顔を手で覆い、自分の罪意識が大きく被さり、自分ではどうしようもなく抜け出せない気持ちに潰されそうになっていた。
シャインが星系軍士官学校を卒業しリギル星系軍に入って以来、他星系との何度かの戦闘は経験したが、今回のような損害を出したのは初めてだ。
シャインは、壁に映し出される艦の外の風景、首都星ムリファンの姿を見ながら寝られない自分を持て余していた。
壁に映し出された宙港に入ってくる艦艇の姿を見ていた星系評議会代表クロイツ・ハインケルは、スクリーンパネルの脇のアラームがなり、我に返った。
ハインケルは、パネルに表示されるボタンを触ると
「ハインケル代表、今回の派遣の報告がまとまりました」
評議会代表付き武官からの連絡に
「分かった、すぐにこちらに転送してくれ」
そう言うと再度宙港に入ってくる艦艇の姿見ていた。
「第二軍事衛星宙港第一管制センター。こちら第二艦隊旗艦“ベルムストレン”。入港許可願います」
「こちら、第二軍事衛星宙港第一管制センター。第二艦隊旗艦“ベルムストレン”の入港を許可。誘導ビームに従い、第四〇ドックヤードへ入港せよ」
「こちら“ベルムストレン”。了解しました」
そんなやり取りを司令長官席で聞いていた第二艦隊司令長官デリル・シャイン中将は、左後ろを振り向き、オブザーバ席に座る今回のユニオン連合派遣艦隊総司令官でリギル星系軍軍事統括ユアン・ファイツアー大将の顔を見た。
ファイツアーは黙ってうなずくとシャインは振り返り、スコープビジョンに移るドックヤードの巨大な姿を見ていた。やがて、艦の動きが止まり、艦の高さの三分の一が少し下がるとランチャーロックが“ベルムストレン”の艦体をロックした。数分後、
「こちら宙港第一管制センター。“ベルムストレン”。ドッククローズ。エアーロックオン」
「こちら“ベルムストレン”。了解しました」
これを聞いたアダムスコット艦長は、コムを口元にすると
「各管制官はファイヤープレイスロック。ダブルチェック後、航宙管制センターにリモートオン。三〇分後、ブリーフィングルームに集合」
そう言うと後ろを振り返り、ファイツアー大将とシャイン中将に敬礼をして
「第二艦隊旗艦“ベルムストレン”。第二軍事衛星に帰港しました」と言った。
シャインは答礼しながら「ご苦労」先にそれだけ言うと「引き続き報告と整備を頼む」そう言って司令長官席を立った。同時に席を立ったファイツアーの後に続き、艦橋を出ると何も言わないファイツアーの後に従った。
「ファイツアー提督、ご苦労様でした」
ハインケル星系評議会代表の言葉にファイツアーは
「申し訳ありません」
と言って目を少し下に向けた。
「報告書は既に読んでいます。問題はこれからです。ペルリオンの失態、アンドリューの攻勢。いずれにしろユニオン星系同盟評議会を開催し、これからの対応を考えなくてはいけない。ところで報告書にあったペルリオン星系軍からミルファク星系軍に攻撃を仕掛け、それが戦端を開いたというのは事実ですか」
強い口調になったハインケルは、しっかりとファイツアーの目を見据えると
「事実です。跳躍点から現れたペルリオン星系軍は、一旦、ミルファク星系軍から遠ざかる方向に動きました。予定通りの進攻です。その後、我リギル星系軍一光時手前にて長距離ミサイルを発射し、それを感知したミルファク星系軍に攻撃されました。しかし、ミルファク星系軍は、結果的にペルリオン星系軍を破壊せず、航宙機能のみを奪う攻撃でした。それに気づかなかった我々は、ミルファク星系軍に攻撃を仕掛けました。明らかにこちらが仕掛けた戦いです。戦端を開くときは、ミルファク星系軍からという当初の計画は全く機能しませんでした。やられました。ミルファクに」
それを聞いたハインケルは、
「しかし、なぜペルリオン星系軍はミルファク星系軍に攻撃を仕掛けたのでしょう。彼らの戦力ではミルファクに対抗する事は出来ない事ぐらい分かっていただろうに」
そう言うと、ペルリオン星系代表ランドルの顔が頭に浮かんだ。それは顔に出さずファイツアーの顔を見た。ファイツアーは、「分かりません」という顔をするとハインケルは、
「いずれ、あらためて命令が下るでしょう」
と言うとファイツアーは敬礼をしてハインケルのオフィスを出た。ファイツアーは誘導路まで歩くと自走エアカーにのり自分のオフィスに戻った。
星系連合体ユニオン、アンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモトはスクリーンパネルに移るチェスター・アーサーの青黒い髪と精悍な顔を見ながら
「アーサー提督、今回の活躍大変ご苦労様でした。評議会は、アーサー提督を大将に推薦する事を決定しました。おめでとうございます」
そう言って笑顔を見せた。アーサーは、
「ヤマモト代表の英断により五日早く出動する事により、戦場を大観することが出来ました。それによりどうすれば良いか判断できたのはヤマモト代表のおかげです」
そこまで言うとアーサーは、少し下を向き
「申し訳ありません。敵戦艦のスペックを調べておくべきでした。そうすれば今回の被害は受けずに済んだと思います」
そう言うとヤマモトは
「仕方ありません。敵の航宙艦のスペックは最高軍事機密です。初めて交戦したミルファク星系軍の戦艦のスペックを事前に調べる事は無理でしょう。しかし、今回の戦いでミルファクの航宙艦のことが少し分かりました。十分な成果です。いずれ貴官の労に報いる褒章があるでしょう」
そう言うとヤマモトは、敬礼するアーサーの姿を見ながらスクリーンパネルのスイッチを切った。
ノースサウス衛星第三号内環状から少し入ったところ中枢区の一角にあるユニオン星系連合評議会のビルの一室に星系連合体ユニオン議長タミル・ファイツアー、リギル星系代表クロイツ・ハインケル、アンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモト、ペルリオン星系代表マイク・ランドルそしてリギル星系軍事統括ユアン・ファイツアーの顔があった。ユニオン同盟の他の委員五名の顔もある。
「今日、集まって頂いたのは、ミールワッツ星系における戦闘後のミルファク星系への対応と西銀河連邦への報告内容の決定です。既に皆さんには事前に資料を送っていますので既に目を通していると思います」
そこまで言うと一度言葉を切り、全員の顔を見た。アンドリュー星系代表ヤマモトと目が合った時、
「ファイツアー議長、その前に一つ議事の提案があります」
ヤマモトはそう言うと隣に座っているアンドリュー星系の別の議員と目を合わせ、
「今回は、ミルファク星系軍とは対峙の上、星系交渉部との結果を待って行動を起こす予定でした。しかし、我アンドリュー星系軍アーサー提督からの報告では、ミールワッツ星系に着いたとき既に戦闘が開始されていたと聞いています。それに至った経緯をランドル氏・・ペルリオン星系代表・・からぜひ説明を頂きたい。ペルリオン星系軍が入らぬ事をしなければこのような事態ならなかったのではないですか」
そういうとヤマモトはランドルの顔を見た。他の議員の視線もランドルに集まった。ランドルは、平気な顔で
「軍部の勝手な暴走です。私も報告を聞くまで知りませんでした」と言った。
「こいつの顔の皮は、特殊合金で出来ているのか。自星系軍の失敗を代表として責を取るのではなく、軍部のせいだと言って切り捨てるとは、なんという汚さだ」
軍事統括のファイツアーは、アイゼル提督の性格から誰かに指示されない限り自分で行動を起こすような人間でないことを知っているだけに怒りが心頭した。ただ今は自分が発言する時ではないと自覚し、黙っていると
「ランドル代表、あなたはそれでもペルリオン星系の代表か。あなたがここですべき事は、自身の保身ではなく、星系代表として貴星系軍がなぜあのような行動に出たかを説明することです」
怒りを抑えながら話すヤマモトは、体を貫くような鋭い眼でランドルを見た。
ランドルは、自星系軍が出動する前にアイゼル提督に言った言葉を思い出し「そっそっそれは、・・・」
顔を真っ赤にして話せないランドルにハインケルは、
「ランドル代表。ペルリオン星系からの説明は、早急にして下さい。ファイツアー提督からも今回の貴星系軍の動きは不自然であると報告があります。ことによっては賠償の話が出るかも知れません」
少し脅すつもりでハインケルは言うとランドルは、
「賠償」
自星系内における自分の立場も危うくするハインケルの言葉に顔を下に向けたまま何もいえなくなっていた。ヤマモトは更に
「我星系軍が機転を利かせなかったら、リギル星系軍は全滅であったかも知れないと聞いています。いわば、ミールワッツ星系をミルファク星系にとられたのも同じです。しかし、我軍も少なからず損害を被りました。その代償としてミールワッツ星系を我星系の自治星系としたい」
そこまで言うとヤマモトは、ファイツアー議長とハインケル代表の顔を見た。
既にランドルは数に入れていないようだ。ファイツアーとハインケルは顔を見合わせると
「ヤマモト代表。貴星系が機転を利かし戦闘を優位に持って行った事は認めます。しかし、それは貴星系軍が遅れてきたからこそです。最初から参加していればどんな結果になっていたか分かりません。今回の戦闘では我リギル星系軍も少なくない損害を出しました。後出したことを棚に上げ、結果だけでミールワッツ星系の自治権を主張するのはいかがかと思いますが。ミールワッツはユニオン同盟配下の共有自治にすべきと考えます」
そこまで言うとファイツアーは一度言葉を切ってヤマモトの出方を見た。しかしヤマモトは、更に
「ユニオン同盟配下の自治と言っても、どの星系が鉱床探査を行うのです。ペルリオン星系は見つけただけで何もしていません。このまま放置すれば再度ミルファクが出てくるのを待つだけになります。また同じ事をするつもりですか」
そう言ってファイツアーの顔を見た。ファイツアーは、自星系軍の損害も馬鹿にならず、今鉱床探査を開始できる状態ではないと考え、答えないでいるとヤマモトはハインケルに
「我星系がミールワッツの鉱床探査を行います。探査後の権利は我々が五〇%貰うという事でよろしいですね」
強気のヤマモトに「なんて人だ。遅れて来たのはそちらの都合に合わせてやっただけだ。たまたま都合がいい時に現れただけなのにここまで言うとは」ファイツアー大将は、頭の中でそう考えているとハインケルが、
「探査後の配分については、今後の議事としましょう。今早急に結論を出すわけには行きません」
そう言ってヤマモトの顔を見た。ヤマモトは自分が主張すべき事を言い終わったのか、素直に
「そうしましょう。ただし、ペルリオン星系には、それなりの負担をして頂きます」
そう言って、下を向きながら何もいえないで入るランドルの姿を見た。
一時間後、ユニオン星系連合評議会のビルを出たハインケル代表とファイツアー大将は、自走エアカーの中で、
「今回の艦艇の被害の復旧に半年はかかります。その負担は少なくありません。星系評議会の中で特別予算の編成を頼みます」
そう言うファイツアーにハインケルは
「分かっている。しかし、ヤマモト代表がまさかミールワッツの自治権を要求するとは思わなかった」
そう言って窓に外に流れる景色を見ていた。
「今回の戦闘でリギル星系軍が失った艦数七二五隻、特にシャルンホルスト級航宙戦艦とテルマー級巡航戦艦の損失は大きい。しかしシャルンホルスト級航宙戦艦の改良型であるマルドーク級航宙戦艦、テルマー級巡航戦艦の後継であるエンリル級巡航戦艦の開発が進んでいる。いずれ、またミルファク星系とは、砲火を交える事があるだろう。その時までには、これらの艦の習熟が完了していなければならない」
そう考えながらファイツアーも窓に流れるオフィスの景色を見ていた。
「アルテミス9宙港管制センター。こちら第一七艦隊旗艦“アルテミッツ”。入港許可願う」
「こちらアルテミス9宙港管理センター。誘導ビームに従い第一番ドックヤードに入港してください」
「アルテミス9宙港管制センター。こちら第一七艦隊旗艦“アルテミッツ”。了解しました。誘導ビームに従い第一番ドックヤードに入港します」
誘導ビームに乗ったアガメムノン級航宙戦艦“アルテミッツ”は、誘導ビームに従いその巨体をゆっくりとドックヤードに進んでいった。ドックヤードに着く艦体を包んでいる巨大なドームの後ろが閉じた。続いてロックランチャーが艦の周りのリンクホールとロックすると艦体が、静かに少し下に動いた。
「“アルテミッツ”。ランチャーロックオン。ゲートロック」
やがてドックの中に空気が充満すると
「エアーロックオン」
という管制官の声と共に艦体を包んでいたドームが開いた。
スコープビジョンが白くなり、何も映さなくなるとハウゼー艦長が後ろ向いて
「“アルテミッツ”、アルテミス9に帰港しました」
そう言って今回の総司令官ウッドランド大将と第一七艦隊司令官ヘンダーソン中将に敬礼をした。二人は答礼するとヘンダーソンは、
「ご苦労」
そう言って少し目を緩ませた。それを見てハウゼー艦長は艦橋の各管制官側に体を戻し「各管制官、ファイヤープレイスロック。ダブルチェック。コントロールをリモートにして航宙管制センターに戻せ」
その声を聞くとウッドランドはヘンダーソンに目で合図すると、オブザーバ席を離れた。それを見たヘンダーソンも司令長官席を離れ、ウッドランドとヘンダーソンは艦橋を後にした。
“アルテミッツ”とドックヤードに接続されているエスカレータを降り、艦体の横を通る誘導路にヘンダーソンの姿を見たシノダ中尉は敬礼をしながら、無事に帰ってきた中将の姿を見つめていた。
キャンベルは、星系評議会の入っているビルの一室で一点を見つめながら考えていた。
「今回の鉱床探査を進めたのは、評議会の決定だが、セイレン議員は相当の支援をしている。イエン議員を利用して投資の回収にあたるだろう。その方法は、・・・。しかし、もう少しギヨン提督が司令官として周りのレーダー管制に注意を払っていれば、宙賊相手しかできないアンドリュー星系軍が加わったところで我星系軍がここまで損害を被ることはなかったはずだ。更に鉱床探査の為の施設まで破壊されるとは」
報告書を呼んだキャンベルは、右手に持ったロックグラスを飲み干すとスクリーンパネルのセクレタリボタンを押し、
「出かける、エアカーを用意してくれ」と言った。
「どちらに」と言う分からない顔をしているセクレタリに
「自分で行き先をセットする。エアカーだけ用意してくれ」
というとセクレタリは、仕方ないという顔で
「分かりました。しかし、モニタービーコンだけは、オンさせてください。キャンベル代表」
心配そうな顔で言うセクレタリに仕方ないという顔でキャンベルは
「分かった」というとスクリーンパネルの映像を消した。
一時間後、キャンベルは、ウッドランドのオフィスを訪れていた。
「ウッドランド提督、今回の結果については、別の機会に報告を受けます。本日来たのは他の用件です。提督も知っている通り、近く星系評議会議員の改選があります。次回の選挙では、今回の派遣の失敗の責任を取る形で、私は代表の席を失うでしょう。代表の椅子に座るのは、間違いなくイエン議員です。彼は、今回の派遣でも好戦的でした。間違いなく、ミールワッツ星系奪還の為、ミルファク星系を再度の戦闘に導くでしょう」
そこまで言うとキャンベルは言葉を切り、ウッドランドの顔を見た。ウッドランドは、
「しかし、今回の派遣を強く後押ししたのはイエン議員です。キャンベル代表が責任を取るならば、イエン議員も責任を取るのではありませんか」
ウッドランドの言葉に
「イエン議員は既に他の議員と支援グループに根回しをしているようです。私が代表している間に損傷した第一七艦隊の艦艇の修復予算を確定します。詳細な見積もりを星系軍艦制本部から至急出すように命令して下さい。第一八艦隊と第一九艦隊は気を回さなくてもセイレン議員当たりが修復予算を取るでしょう。」
キャンベルは眉間に皺を寄せ、ヘンダーソンとウッドランドそして自分という流れを決して快く思っていないイエン議員の顔を浮かべながら、そう言うとウッドランドの顔を見た。
一ヵ月後、ミルファク星系の代表議会選挙で、キャンベルは、議員には残ったものの、代表の座は、予想通りイエンに奪われた。イエンは、星系評議会代表の初心表明演説の中で
「ミールワッツ星系の派遣は失敗に終わった。しかし、我ミルファク星系は、新しい資源を求め、新天地を開拓して行かなければならない。それを一度の失敗で終わらせる理由はどこにもない。ミールワッツ星系には、我ミルファク星系がこれから必要とする資源が豊富にある。我々の未来の為に何としてでもミールワッツ星系を我星系の自治星系とする。その為には鉱床探査という控えめな派遣ではなく、自治星系にする為の派遣艦隊を送る」一度、言葉を切るとキャンベル議員と同席しているウッドランド大将の顔を見ながら
「次の派遣は第七艦隊から第一〇艦隊まで三艦隊にする」
そこまで言うと評議委員がどよめいた。第七艦隊から第一〇艦隊は、戦闘に於いて突破口を開く為の戦闘集団と言っていい。
特に中核となる第九艦隊には、容赦しない攻撃で定評のあるアンデ・ボルティモア中将がいる。イエンは、評議委員たちの反応を見ると薄く笑い、
「総司令官は、第九艦隊アンデ・ボルティモア提督とする。ウッドランド提督には、先の戦闘で、お疲れであろうから休んで頂く」
そう言って、ウッドランドの顔を見た。
「アンデ・ボルティモアは、過去の対戦で降伏の信号を発信した敵旗艦を攻撃し、迷う敵艦隊を全滅させた容赦ない人間だ。イエン代表とは、縁戚の仲にあると聞く。いずれにしろセイレン議員の防衛産業は、いっそうの発展をするだろう。イエンはセイレンの資金バックアップを基に自分の裁量で事を決めていくつもりだ。それを傘にイエンは横走りし過ぎなければいいのが」ウッドランドは、そう思いながら腹に重いものを感じた。
ユーイチ・カワイ中佐は、マイ・オカダ少尉とその友達、そしてA3G宙戦隊の仲間たちとシェルスターの商用区の一角にあるレストラン“レモン”でミールワッツ星系の戦闘に参加した仲間の慰労会を開いていた。
ここ“レモン”は、カワイ中佐等の宙戦隊がよく利用するレストランで、夜はバーにもなる。カワイは、みんなの顔を見るとシェリー酒の入ったグラスを手に持ち
「散っていった仲間たちに」
と言ってグラスを顔の位置まで上げ、みんなの顔を見ると少し飲んだ。仲間たちそしてマイも口にグラスを持っていった。その姿を見た後、再度カワイは、グラスを顔の位置まで上げて
「戦い神アテナに微笑まれ、幸運の女神フォルトーナに微笑まれ、力強く生き残った我A3Gの仲間たちと“ライン”の美しき姫君たちに乾杯」
カワイとその仲間たちは一気にシェリー酒を飲み干した。
「さあ、今日は、遠慮なく、食べて飲んで、明日からの英気を養おう」そう言うと
「おうっ」と言う掛け声と共に食欲尾旺盛な若者たちが立食の料理が山のように並ぶテーブルにかぶり着いた。
それを見てカワイは「ふうっ」という息を漏らすと、近づいて来たレイに微笑んだ。マイはカワイに
「聞いた。第一八艦隊司令長官ギヨン中将、査問会で今回の責任を問われ予備役に編入されたそうよ」
「仕方ないだろう。第一八艦隊が突出せずに、全体を見渡していればアンドリュー星系軍の攻撃は十分に防げた。第一八艦隊は半数の艦を失った上、民間人の乗った艦も犠牲になった。言い訳が通るほど星系軍は甘くない」
第一八艦隊には星系軍士官学校の同期で星系軍に入隊した仲間も多くいた。その仲間が上官の失態で失われたことにカワイは隠し切れない悔しさと腹立たしさを覚えていた。
ギヨン中将自らは生き残っているというのに。そんな思いが、つい顔に出たのか、マイは不安そうな顔をして
「ユーイチ、大丈夫」と言った。
カワイは「大丈夫だよ」そう言って、少し寂しそうな目をした。
予期せぬミールワッツ星系での接触は、ミルファク星系とリギル星系の正面衝突という形で幕を開け、双方が多大な損害を出す形で一時の終了を見た。
結果としてミルファク星系は好戦派が実権を握り、穏健派は後退した。リギル星系は、ユニオン同盟星系の主導権をアンドリュー星系に奪われた。
両星系にとって得るものが全くなかった戦闘であったと言ってよい。この戦闘に参加した兵士はもうこのような大規模な戦闘は望まないだろう。
しかし、これは両星系が未来に起こる出来事のきっかけでしかなかった事を今は誰も知る由はなかった。