# 第二話 ## 「朝、スマホに奇跡が届いた」
# 第二話
## 「朝、スマホに奇跡が届いた」
翌朝。
神谷恒一は、珍しく目覚ましより早く起きた。
カーテンの隙間から朝日が入っている。
いつもなら最悪の気分で迎える朝なのに、今日は違った。
「……夢じゃ、ないよな」
ベッドの上で呟く。
昨夜の出来事。
駅前。
雨。
ひまりの笑顔。
そして。
『私、恒一さんのこと好きですよ』
「いや、やっぱ夢か?」
四十歳独身男の都合のいい妄想としては完成度が高すぎる。
だが。
スマホが震えた。
画面を見る。
【ひまり】
『おはようございます』
「…………」
恒一は三秒固まった。
さらにメッセージ。
『ちゃんと起きれましたか?』
『朝ごはん食べてくださいね!』
『あと、今日も無理しすぎ禁止です!』
「……いる」
本当にいる。
実在している。
恒一は慌てて返信した。
『お、おはよう』
送信。
三秒後。
『わー!返信早い!えらい!』
「えらい……?」
四十年間生きてきて、朝返信しただけで褒められたことがない。
しかも、なぜか嬉しい。
怖いくらい嬉しい。
---
会社へ向かう電車の中。
いつもなら地獄の時間だった。
満員電車。
疲れた顔の人々。
誰も喋らない車内。
だが今日は違う。
スマホを見るだけで、頬が緩む。
『お仕事頑張ってください!』
『応援してます!』
『恒一さんなら大丈夫です!』
……なんなんだこの子。
こんなに真っ直ぐ好意を向けられたことなんて、一度もない。
会社の後輩ですら、必要以上に話しかけてこないのに。
「神谷さん」
「っ!?」
突然声をかけられ、恒一は飛び上がった。
同僚の田辺だった。
「どうしたんすか、ニヤニヤして」
「してない!」
「いやしてますよ。怖いっす」
「怖いって言うな」
田辺はじっと恒一を見る。
「……もしかして彼女できました?」
「ぶっ!?」
恒一はむせた。
「な、ないない!」
「怪しいなぁ」
「四十のおっさんにそんなイベントあるわけ――」
言いかけて止まる。
昨夜の笑顔が脳裏をよぎった。
田辺が目を細めた。
「マジでいるんだ」
「いや違う!」
「うわ、青春してる!」
「してない!」
だが。
否定しながらも、心のどこかが温かかった。
青春。
もう自分には関係ないと思っていた言葉。
---
昼休み。
恒一はコンビニ弁当を開けながら、またスマホを見ていた。
『お昼ご飯ちゃんと食べてますか?』
『野菜も食べないとダメですよ?』
「母親か……」
思わず笑う。
するとすぐ返信が来た。
『今笑いました?』
「なんで分かるんだよ」
『なんとなくです♪』
不思議な子だ。
でも。
その不思議さが、嫌じゃない。
むしろ――救われる。
誰かが自分を気にかけてくれる。
たったそれだけで、人間はこんなにも変わるのか。
恒一は少しだけ空を見上げた。
いつも灰色に見えていた景色が、今日は少し明るい。
---
夜。
仕事を終え、駅へ向かう。
疲れているはずなのに、足取りが軽い。
すると。
「恒一さーん!」
聞き覚えのある声。
振り向く。
そこにいたのは――ひまりだった。
白いマフラー。
小さな手を振る笑顔。
周囲の通行人が思わず見るくらい、可愛かった。
「えっ……なんで!?」
「迎えに来ました!」
「迎え!?」
「会いたかったので!」
あまりにも真っ直ぐすぎる。
恒一の心臓が危険な音を立てた。
「……いや、でも」
「迷惑でした?」
ひまりが少し不安そうな顔をする。
その顔を見た瞬間。
「迷惑じゃない!」
食い気味に否定していた。
ひまりの顔がぱっと明るくなる。
「よかったぁ!」
その笑顔だけで、疲れが全部吹き飛ぶ。
なんなんだこの子。
本当に天使か?
「恒一さん」
「ん?」
「今日、一緒にご飯食べませんか?」
駅前の光の中。
ひまりは嬉しそうに笑っていた。
その瞬間。
恒一はまだ知らなかった。
この小さな食事が。
彼の止まっていた人生を、大きく動かし始めることを。




