表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

## 第一話 ## 「終電と、缶コーヒーと、知らない笑顔」

# 『40歳、人生やめかけた俺に天使が笑った』


## 第一話


## 「終電と、缶コーヒーと、知らない笑顔」


 四十歳になった。


 だから何だと言われれば、それまでだ。


 だが、二十代の頃に想像していた“四十歳”とは、あまりにも違っていた。


 部長でもない。

 金持ちでもない。

 結婚もしていない。


 ワンルームの部屋。

 コンビニ弁当。

 深夜一時。

 誰からも来ないスマホ通知。


「……疲れたな」


 独り言だけが、やけに部屋に響いた。


 名前は、神谷かみや 恒一こういち


 四十歳。独身。


 仕事は都内の中小企業で経理。

 ミスは少ないが、目立ちもしない。


 若い頃は夢があった。


 小説家になりたかった。

 誰かを感動させる物語を書きたかった。


 でも現実は、数字と残業と、上司の機嫌取りだった。


 いつからだろう。


 「どうせ俺なんか」が口癖になったのは。


---


 その日も終電帰りだった。


 雨が降っていた。


 駅前のベンチで、俺は缶コーヒーを握りながら空を見ていた。


 春なのに寒い夜だった。


「はぁ……」


 ため息が白く消える。


 すると。


「あのっ」


 声がした。


 顔を上げると、女の子が立っていた。


 白いワンピース。

 長い黒髪。

 透き通るような肌。


 それより何より――笑顔だった。


 まるで太陽みたいに、優しい笑顔。


「隣、座ってもいいですか?」


「……え?」


 思わず周囲を見た。


 いや、俺しかいない。


「どうぞ」


「ありがとうございます!」


 彼女はぺこりと頭を下げて、隣に座った。


 ふわっと、花みたいな香りがした。


 こんな若い子が、なぜ夜中に?


 いやそれ以前に、なぜ俺の隣に?


「あの……大丈夫ですか?」


「え?」


「すごく、寂しそうな顔してたから」


 胸が少し痛んだ。


 そんな顔をしていたのか、俺は。


「まあ……疲れてるだけです」


「いっぱい頑張ったんですね」


 その言葉に、なぜか涙が出そうになった。


 誰かにそんなことを言われたの、いつぶりだろう。


 会社では「当然」。

 社会では「まだやれる」。

 独身男には「自己責任」。


 でも彼女は違った。


 まるで、心を見ているみたいだった。


「あなたは優しい人ですね」


「いや……そんなことないよ」


「あります」


 彼女は真っ直ぐ俺を見た。


「だって、疲れてる人って、本当は頑張ってきた人ですから」


 その瞬間。


 心の奥で何かが崩れた。


 ずっと我慢していたもの。


 誰にも見せなかった弱さ。


「……情けないな俺」


「情けなくないです」


 彼女は笑った。


 天使みたいに。


 本当に、天使みたいに。


「私、あなたのこと好きですよ」


「…………は?」


 缶コーヒーを落としかけた。


「いやいやいや」


「ふふっ」


「初対面だよ?」


「はい」


「俺、四十だよ?」


「知ってます」


「おじさんだぞ?」


「でも、素敵です」


 心臓が変な音を立てた。


 こんなこと、人生で一度もなかった。


 学生時代もモテなかった。

 会社でも空気。

 恋愛なんて十年以上してない。


 なのに。


 この子は。


 こんなに可愛い子が。


 どうして――。


「名前、聞いてもいいですか?」


「……神谷、恒一」


「恒一さん」


 彼女は嬉しそうに俺の名前を呼んだ。


 たったそれだけなのに。


 世界が少し明るく見えた。


「私は、雨宮ひまりです」


 ひまり。


 その名前は、本当に彼女にぴったりだった。


 暗い夜を照らす、小さな太陽みたいで。


---


「恒一さん」


「ん?」


「明日、お仕事ですか?」


「……あるよ」


「じゃあ、頑張れますように」


 彼女はそう言って。


 そっと俺の手に触れた。


 温かかった。


 驚くほど。


「また会えますか?」


 気づけば、俺の方から聞いていた。


 彼女は少し目を丸くして。


 そして、嬉しそうに笑った。


「はいっ」


 その笑顔は。


 灰色だった俺の人生を、少しずつ薔薇色に変えていくことになる。


 まだこの時の俺は、知らなかった。


 彼女が、ただ可愛いだけじゃないことも。


 俺の止まった人生を、本気で変えに来たことも。


 そして――。


 彼女自身も、深い孤独を抱えていたことを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ