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借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者 Season2 番外編シリーズ  作者: HANABI


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20/20

番外編 減らない借金と、名前のない男

昔のヴァルクを知っている人間は、ほとんどいない。


それを知る男は、ある夜ふらりと店へ現れた。


――世界を渡り歩く、名もないS級冒険者だった。

夜。


店の扉が、ギィ、と開いた。


「……やってるか?」


低い男の声。


カウンターで帳簿を見ていたヴァルクの手が止まる。


「…………」


露骨に嫌そうな顔をした。


リゼが目を瞬く。


入り口に立っていたのは、大柄な男だった。


無精髭。


日に焼けた肌。


茶色い短髪。


背中には、頭おかしいサイズの大剣。


なのに雰囲気は妙に軽い。


「なんだその顔。久々に会った師匠に」


「帰れ」


即答。


男が笑う。


「冷てぇなぁ」


そのままズカズカ入ってきた。


猫が一瞬警戒して、でもすぐ興味を失ったみたいに丸くなる。


「お、猫いるじゃねぇか」


背中の大剣を無造作に外して、猫に視線を送る。


ガン、と重い音。


ソファの横へ立てかける。


普通の人間なら持ち上げるだけでも苦労しそうな大きさだった。


勝手に座る。


ヴァルクが盛大にため息を吐いた。


「……なんでここが分かった」


「そりゃ聞いた」


「誰に」


「忘れた」


「殺すぞ」


「元気そうでなによりだ」


全く堪えていない。


リゼが困惑しながらヴァルクを見る。


「えっと……知り合い?」


「知らない」


「弟子にそんなこと言われると傷つくねぇ」


弟子。


リゼが目を丸くする。


男がニヤッと笑った。


「お前がリゼか」


「え?あ、はい」


「なるほどなぁ」


じろじろ見る。


ヴァルクが露骨に眉を寄せた。


「見るな」


「減るもんじゃねぇだろ」


「減る」


「減るのか」


男がケラケラ笑う。


リゼが思わず吹き出した。


ヴァルクがさらに嫌そうな顔をする。


「へぇ」


男が面白そうに頬杖をつく。


「お前がそんな顔するようになるとはな」


「うるせぇ」


「昔なんか、もっと殺気立ってたぞ」


「黙れ」


リゼが少しだけ目を丸くする。


「え、ヴァルクって昔そんな感じだったの?」


男がニヤッとする。


「ああ。ガキの頃なんか特に酷かった」


「喧嘩して、噛みついて、金数えて寝てた」


「言い方」


「だいたい合ってる」


ヴァルクが完全に死んだ目をしている。


男は気にせず酒を飲んだ。


「でもまあ、面白かったな」


ぽつりと言う。


「死にそうな目してんのに、“まだだ”って言うガキだった」


ヴァルクが少しだけ目を逸らす。


リゼは黙って聞いていた。


男がふっと笑う。


「今はちゃんと、人間っぽい顔するようになったじゃねぇか」


「……」


「その女のおかげか?」


ヴァルクが無言で酒を飲む。


否定しない。


男が少しだけ目を細めた。


「へぇ」


なんだか嬉しそうだった。


その空気が、少しだけくすぐったくて。


リゼは小さく笑った。


ヴァルクはそれを見て、

盛大に顔をしかめた。


「……帰れ、やっぱり」


「はははっ!」


店の中に、大きな笑い声が響いた。


「で?」


男が酒瓶を揺らしながら言う。


「いつ結婚すんだ?」


ヴァルクの眉間に皺が寄る。


「しねぇよ」


「へぇ」


男が横目でリゼを見る。


「だそうだ」


「えぇ!?」


リゼが思わず声を上げる。


ヴァルクが頭を抱えた。


「お前が話をややこしくするな」


「だって面白ぇし」


悪びれもしない。


男は椅子へ深く座り直すと、店の中を見回した。


帳簿。


猫。


干してある洗濯物。


奥に見える生活用品。


静かな店。


それを見て、ふっと笑う。


「……へぇ」


「なんだ」


「いや。ちゃんと帰る場所作ってんじゃねぇかと思ってな」


ヴァルクが少しだけ黙る。


その沈黙を見て、男がまた笑う。


「昔のお前なら、絶対こんな場所に落ち着かなかったぞ」


「……」


「もっと金だけ持って、ふらふらして終わりだと思ってた」


リゼが少しだけヴァルクを見る。


ヴァルクは露骨に嫌そうな顔をした。


「おい、余計なこと喋るな」


「弟子の成長を褒めてるだけだ」


「うるせぇ」


男は楽しそうだった。


そのまま酒を飲む。


「でもまあ」


ぽつりと。


「お前、昔よりいい顔してる」


静かな声だった。


ヴァルクが少しだけ目を細める。


「気持ち悪ぃな」


「照れるな照れるな」


「殺すぞ」


リゼが思わず笑う。


その声に、男がちらりと目を向けた。


「お前も大変だろ」


「え?」


「そいつ面倒くせぇし」


「……まあ、ちょっと?」


リゼが小さく笑う。


ヴァルクが睨む。


「おい」


「でも優しいよ」


さらっと返された。


一瞬。


男が止まる。


それから、ぶはっと吹き出した。


「ははははっ!!」


店に笑い声が響く。


ヴァルクは盛大に顔をしかめた。


「……帰れ」


「いや無理だろ今のは!」


腹を抱えて笑っている。


「お前、優しいって言われてんぞ!」


「黙れ」


耳が少し赤い。


リゼが目を丸くする。


「あ、照れてる?」


「照れてねぇ」


即答。


男がさらに笑う。


「いやぁ、変わるもんだなぁ」


しみじみと言う。


「昔なんか、“金は裏切らねぇ”しか言ってなかったのに」


ヴァルクが無言で酒を飲む。


図星だった。


男が頬杖をつく。


「まあでも、安心した」


少しだけ真面目な声。


「お前、ちゃんと生きてんじゃねぇか」


店の空気が、少し静かになる。


ヴァルクはしばらく何も言わなかった。


それから。


「……あんたは相変わらずだな」


小さく呟く。


男がニヤッと笑う。


「だろ?」


どこか誇らしそうだった。


その顔を見て。


ヴァルクがほんの少しだけ笑った。


「……あんたは相変わらずだな」


ヴァルクが小さく呟く。


男がニヤッと笑う。


「だろ?」


どこか誇らしそうだった。


その顔を見て。


ヴァルクがほんの少しだけ笑った。


――本当に、少しだけ。


リゼが目を丸くする。


「……今、笑った?」


「笑ってねぇ」


即答。


「いや笑っただろ」


男が面白そうに突っ込む。


「気のせいだ」


ヴァルクは酒を飲みながら視線を逸らした。


男がケラケラ笑う。


「お前、昔もっと可愛げなかったぞ」


「うるせぇ」


「飯食わせても、“借りは返す”とか言って皿洗い始めるガキだったし」


「返すつもりだったんだよ」


「十歳くらいで?」


「知らん」


リゼが吹き出す。


「ふふっ……ヴァルクっぽい」


「どこがだ」


「なんか想像できる」


「やめろ」


露骨に嫌そうな顔。


男は酒を飲みながら楽しそうに眺めていた。


「まあでも、お前が女連れて笑ってるの見れただけで、来た価値あったな」


「だから連れてねぇ」


「そういうことにしといてやるよ」


全然信じてない顔だった。


そのまま、男がふと窓の外を見る。


夜風が少しだけ入ってくる。


「……さて」


男は酒を飲み干すと、満足そうに楽しげな眼差しをこちらに向けた。


そのまま、ゆっくりと大きな体を立ち上げる。

ソファの横へ立てかけていた大剣を、片手で軽々と持ち上げた。


鉄の塊のような、あまりにも不条理な質量。


歴戦の傷が無数に刻まれたその武器を、男は慣れた動作で背負う。


軋む革ベルトの音。


それは、この男が歩んできた過酷な旅路の証でもあった。


リゼが少しだけ目を丸くする。


「やっぱり、それ大きいよね……」


「ん?そうか?」


規格外の強者にとっては、これが日常。


ヴァルクが呆れたように、深く息を吐いた。


「帰るの?」


「んー、宿は取ってる」


男は軽く肩を回し、窓の外を見遣った。


「しばらくこの辺いるつもりだ。

また面白そうな匂いがしてるしな」


ヴァルクが嫌そうに眉を寄せた。


「面倒ごとを持ち込むなよ」


「俺のせいじゃねぇよ。面倒が勝手に来るんだ」


「一番厄介なタイプだな」


男が豪快に笑う。


そして、不意にその笑みを収め、リゼへ視線を向けた。


「リゼ」


「え?」


「こいつ、放っとくと無理するから適当に止めとけ」


それは冗談めかした口調の奥にある、確かな願いだった。


かつて孤独の中で死に急いでいた弟子を、本当に心配していたからこその言葉。


ヴァルクが即座に顔をしかめる。


「余計なお世話だ」


「お前が言われる側になってんの、ほんと面白ぇな」


男はまた、少年のように笑った。


そして、そのまま重い足取りで扉へ向かう。


「じゃあな」


軽い声。


でも、出ていく前に少しだけ振り返った。


灰色の瞳が、かつて拾った幼いガキの面影を重ねるように、優しく細められる。


「……ちゃんと食えよ」


ぽつりと落ちた声。


それは、飢えて凍えていた幼少期のヴァルクを救い、一緒に旅を始めたあの頃から、何も変わらない不器用な愛情の言葉だった。


ヴァルクが一瞬だけ、胸を突かれたように目を細める。


「……分かってる」


短い、けれど確かな返事。


男はそれを聞くと、心底満足そうに笑った。


「ならいい」


ギィ、と扉が開く。


冷たい夜の空気が滑り込んできて、暖炉の火を微かに揺らした。


「また来る」


「来なくていい」


「冷てぇなぁ」


最後まで笑いながら、男は夜の街の闇へと消えていった。



賑やかな嵐が去り、店の中に心地よい静けさが戻る。


暖炉のぱちぱちという音と、猫の小さな寝息。


ヴァルクは無言のまま、カウンターの椅子に深く腰掛け、残った酒を見つめていた。


その横顔は、いつもよりずっと柔らかい。


リゼがその姿をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。


「……なんか、お父さんみたいな人だったね」

ヴァルクが盛大に嫌そうな顔をした。


「やめろ」


普段なら辛辣な言葉を返すはずの彼が、ただ短く拒絶しただけだった。


その声音には、いつもの冷徹な鋭さはない。


彼は、少しだけ否定しきれていなかった。


家族を失い、国に裏切られ、ただ「金」だけを信じて心を閉ざしていた男。


そんな自分を引っ張り上げてくれた師匠がいて。


そして今、隣には自分の「優しさ」を真っ直ぐに信じてくれる、お節介な女勇者がいる。


借金は、全然減らない。


むしろ、これからもトラブルまみれで増えていくのだろう。


ヴァルクはふっと息を吐き、帳簿へと視線を戻した。


「……おい、早く寝ろ。明日は一件目から遠出だぞ」


「えー、もうちょっとお喋りしようよ!」


文句を言うリゼのプラチナブロンドが、暖炉の光に照らされてきらきらと輝いている。


――ここが、俺の帰る場所だ。


ヴァルクは口には出さず、ただ静かに、今度こそ本当に、少しだけ微笑んだ。


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