第4話
土曜日の午前。烈は明里と共に、美月がいる病院へと向かって、はいなかった。今二人がいるのは、神谷達が勤務する警察署、その応接室である。
本来の予定では朝一で美月を訪ねるはずだったのだが、烈が外出の準備をしていたところ、神谷から電話がかかってきた。
電話の内容はシンプル。烈に確認してほしいことがあるから、今すぐ警察署に来いとのこと。
どうやら急を要するみたいであり、後回しに行くわけにはいかない。
明里には先に一人で病院に行くように伝えたのだが、自分も行きたいと聞かなかった。神谷達を待たせることはできず、仕方なく二人で向かうことに。神谷と三浦は、明里がついてきたことに苦笑しながらも、特に咎めることはなかった。二人も明里の性格にだいぶ慣れてきたようだ。
神谷は烈と明里に茶菓子を出し、警察署まで来たことを労う。
「いやあ、剛村くん、急に呼び出して悪かったね。せっかくの休みなのに」
「気にしなくていいっす。それで話ってなんすか?」
神谷は一枚の写真を、裏側でテーブルの上に置く。
「剛村くんには、この写真に写っている人物を見てほしいんだ。それで写真の人物なんだが、その、中々ショッキングな姿でね。剛村くんならある程度の耐性があるはずだが、覚悟してほしい」
神谷の言葉でなんとなく察した烈は一度短く息を吸った後、写真に手を伸ばし、めくる。
「これは……」
烈は思わず顔を写真から離した。
写真に写っているのは、一人の男性。激しい暴行を受けたらしく、顔が青痣だらけ。鼻は折れて、ひん曲がっていた。顔は土色で、死亡していることは明白。まごうことなき、遺体の写真である。
烈の様子に興味をそそられたのか、明里が写真を横から覗き込もうとする。烈は「お前は見なくていい!」と、手で制止。明里は不満気に頬を膨らませるが、この写真は安易に見ていいものではない。
烈は再度、写真を確認。烈は何度も遺体を見たことがあり、神谷の言う通り、ある程度耐性はある。それでも、この写真の遺体は中々衝撃的だ。
遺体の顔は何倍にも腫れているが、その人物が一体誰か、烈には分かった。
「コイツ、前に白波妹を襲ったやつだ」
烈の言葉に、神谷は「やっぱり、そうか」と頷く。
「この遺体はね、少し前にこことは別の管轄、とある山奥で見つかったんだ。ウチの管轄に情報が共有されてきたんだが、当初はウチも誰だか判別できなくてね。それでもしかして剛村くんならと思いついて、君を呼んだんだ」
烈も最初は誰だか分からなかった。眉の形や髪型から、暴漢だと判別できたのである。
明里が「質問、よろしいでしょうか?」と挙手。
「今の話、少しおかしいです。神谷さんは烈くんなら判別できると考えたようですが、そもそもどのような経緯で、そのような考えになったのでしょうか?」
「流石、明日見さん。良いところに気がついた。この遺体から、例の新型麻薬の成分が検出されたんだ。おそらく日常的に摂取していたのだろう」
そこで烈は、暴漢が水鏡を襲っていた当時の様子を思い出す。
「アイツの様子がおかしかったのは、新型麻薬のせいだったのか?」
今思えば、隣家娘と暴漢の様子はとても似ていた。異常な言動や発汗は新型麻薬の禁断症状だったのだ。
神谷はその通りと頷き、話を続ける。
「剛村くんと明日見さんのおかげで、新型麻薬の取引にぬいぐるみが使われていることがわかった。そして、君達の友人である白波美月さん。彼女は常にぬいぐるみを持っていたね。これらのことが短期間に起きている。それで、もしやと」
どうやら、神谷達も烈達と同じ推測に行き着いていたようだ。美月の件に、何らかの形で違法麻薬が関わっているかもしれない、と。そして、違法麻薬の成分が検出された男の死体も、そうなのではないか。そこで烈を呼んで、遺体の顔を見てもらうことにしたのだ。
「そういうことっすか。この遺体、明らかに他殺ですよね? 誰に殺されたんですか?」
烈の質問に、神谷は頭を横に振る。
「それはまだわかっていない。今日剛村くんのおかげで、やっと正体が判明した。これから本格的に捜査をしていくよ」
神谷は「明里さんはどう思う?」と、明里に話を振ってきた。
「どう思うというのは、暴漢殺害の犯人に対する、ボクの考えを教えてほしいということでしょうか?」
「うん。もしかして、犯人にすでに目星をつけているかな?」
「あはは。ボクを買い被りすぎですよ。ただ……」
「ただ?」
「ある程度までは推測できますよ。想像の部分がマシマシですがね」
「その推測をぜひ、我々に聞かせてくれないかい?」
「いいですよ。まず、この暴漢が白波美月さん、正確には美月さんと勘違いした水鏡さんを襲った理由ですね。烈くんの話によると、彼は美月さんの鞄を狙っていた。彼が欲しかったのは、鞄に入っていたであろう、ぬいぐるみでしょう。少なくともボク達はそう睨んでいる」
「何故、ぬいぐるみを狙っているのか、明日見さん達は分かっているのかい?」
「いえ。ボク達も探ってはいますが、まだこれだと確定したものはありません。それについては、一旦横に置いておきます。暴漢は誰かの指示で、美月さんを襲ったのでしょう。多分、違法麻薬が欲しければ、自分たちの言う通りにしろと。暴漢はその命令通りに動いたが、烈くんに阻止されてしまった。その失態、もしくは口封じとして暴漢は殺害された。彼に命令をした人物に。これがボクの今の推測ですね」
「なるほどね。ちなみにその黒幕も推測できるかい?」
「ちょっとだけなら。とても暴力的な人間でしょうね。暴漢へと暴行の凄まじさから」
「その点については、俺も同じ考えだ」
神谷は「これは捜査中の機密なんだけどね」と続ける。
「最近、この地方で強盗や窃盗事件が多発していることは知っているかい?」
「闇バイトってやつでしたっけ?」
烈も新聞やテレビのニュースでそのことは知っている。
闇バイトとは高額な報酬をもらう代わり、強盗や詐欺といった犯罪行為を行うことである。闇バイトの募集は主にインターネット上で行われ、案件毎に離合集散を繰り返す。
「そうそう。その闇バイトをとある半グレ集団が依頼、斡旋しているようなんだ。その集団の名前は『夜叉』」
「ほう、中々カッケー名前ですね。反骨精神が溢れている」
烈の盛大な皮肉に、神谷は苦笑いしながら「そうだね」と返す。
夜叉とは、最近この地方で勢いをつけている組織。構成員は十数名ほどで、年齢は十代から二十代前半。彼らは自身がメンバーであることを示すため、身体のどこかに鬼のタトゥーを入れている。
「別件で夜叉のメンバーを数名捕まえたんだが、取り調べ中に違法麻薬の売買に関わっているとうっかり口走ったんだ。もちろん、我々は聞き逃さない。吐かせようとしたんだが、これが中々口を割らない。組織への忠誠心が高かったり、仲間思いというわけではない。どうやら、恐怖体制を敷いているみたいなんだ」
「恐怖体制? 警察に捕まっても組織のことを喋るなって、脅されているってことっすか?」
「どうやら、彼らのボスはかなり荒っぽい人間のようだ。話したら、酷い目に遭うらしい。最悪、殺されるのだろう」
トップの人間が恐怖で部下達を制御する。反社会的な組織にありがちなことだ。
明里は応接室のテーブルに置かれた茶菓子の包みを開きながら、「ボク達にその半グレのことを話したってことは、美月さんの件に彼らが関わっているかもしれない、ということですね?」と確認。
「俺個人としてはそう思っている。まあ、何の根拠もない、刑事としての勘だけどね」
神谷は謙遜しているが、彼の長年培った経験からの勘はバカにできない。
ぬいぐるみ、薬物、美月への嫌がらせ。神谷にはこれが繋がって見えるのだ。そして、烈も明里も、神谷の推測には概ね同意だ。
神谷は「ところでだ」と、話題転換の常套句を発した。
「白波美月さんの彼氏くんが、同じ病院に入院しているね?」
明里が「有馬朔夜さんですね?」と頷く。
「そう。有馬くん。君達は有馬くんと親しいのかい?」
烈は眉をハの字にし、明里は愛想笑い。それだけで、神谷は烈達が朔夜にどのような感情を持っているのか察し、苦笑。三浦に至っては、思わず吹き出した。そんな三浦を諌めながら、神谷は「あまり仲は良くないんだな?」と念押し。
「君達から見て、彼はどのように見える?」
「女好きの胡散臭いナンパ野郎」
「女性の敵ですね。彼女がいるくせに、ボクの身体をいやらしい目で見る。特に胸を」
「なるほど。彼がどういう人間か、大体わかったよ」
「実はボク達、この後に美月さんのいる病院にお見舞いに行くんですよ」
神谷は目を細める。
「……ほう、そうかい、そうかい。まあ、色々頼むよ」
「頼まれました。何か分かったら、共有しますよ。さて、烈くん。神谷さん達の話も終わりみたいだし、ボク達は美月さんのところへ行こうか」
「ああ」
烈達は神谷達に挨拶をしてから、美月のいる病院へと向かった。




