第7話
美月の護衛を開始してから、あっという間に数日経ち、曜日は金曜日に。
この間、怪しいなと思う人間はいたものの、特に美月に危害を加えられることもなかった。また、白波家へのゴミの投棄などもなくなり、平和だった。
だが、烈としてはこの束の間の平和が不気味である。今までしつこく嫌がらせをしてきたのに、それがパタリと止んだ。烈達の護衛が効果を出したと考えたいが、まるで嵐の前の静けさだ。
朝、起床した烈はいつものように顔を洗ってから、リビングへ。母親が用意してくれた朝食を食べながら、今日の朝刊を広げる。
最初に目に入ってきたのが、この県で起きている奇妙な出来事の記事。玄関先にぬいぐるみが勝手に置かれるというもの。
「そういや、明里が前にこの都市伝説について調べようって言ってたな」
なんとなく興味を惹かれた烈は、この記事を詳しく読むことに。
数ヶ月前からこの県のとある地域において、ぬいぐるみが玄関に置かれるという事象が発生している。この奇妙な事象は少しずつ範囲が広がっていき、現在では東北地方の他の県にまで拡大している。
ぬいぐるみが置かれるというだけでも十分恐怖だが、これだけでは終わらない。なんでも、ぬいぐるみが置かれた家庭には、不幸が降りかかるのだという。離婚や自殺、中には逮捕者が出ている家庭もあるそうだ。
この都市伝説に対し、防犯の専門家は「泥棒が家主の生活リズムを把握するためのものです。ぬいぐるみの画像を家主がSNSに上げると、いつ帰宅するのかが分かる」だと警鐘を鳴らしている。
「まあ、都市伝説なんて、そんなもんだよな。俺も気をつけないと」
烈は新聞のページを捲る。次のページには、より現実的な社会問題の記事が載っていた。新型麻薬と呼ばれる薬物が日本に上陸し、依存者が急増しているのだという。中学生が薬物の購入代金を得るために親を殺して財布を奪ったという事例には、烈も目眩がした。昨今、若年層の薬物依存がよく取り沙汰されるが、ここまでとは。日本の安全な国というイメージは、すでに時代遅れなのかもしれない。
「烈、そろそろ学校行く時間でしょ?」
テレビに映っている現在時刻を確認すると、母の言う通りだ。
自室に戻り、身支度を整えてから玄関をくぐる。自宅の敷地を出たところで、母が家の中から追いかけてきた。
「烈、お弁当!」
「あー、忘れてた」
母の呼びかけに烈は後戻り、弁当を受け取る。
丁度そのタイミングで烈の隣家の扉が開き、若い女性が出てきた。
「あら、高橋さん家の娘さん。おはよう」
母親の挨拶に対し女性はぺこりと浅く頭を下げてから、早歩きで去っていった
。その薄い反応に、母親は苦笑い。
「本当に人見知りねえ」
「あの人って、隣ん家の娘?」
隣家はしばらくの間売りに出されていたが、少し前に高橋という一家が引っ越してきた。旦那さんの転勤に伴うものだったらしい。
「高橋さん達が引っ越してきてから、何ヶ月も経つじゃない。娘さんのこと、知らなかったの?」
「うん」
「もう少しお隣さんに関心を寄せなさいよ」
「変に探らない方がいいだろ」
「あんたの場合は配慮じゃなくて、無関心でしょ。それにしても、娘さんは相変わらず人見知りね。今年入った大学にもあまり馴染めていないみたいで、お母さん心配していたわ。そうだ。烈、あんた歳が近いんだから、明里ちゃんと一緒にお友達になってあげなさいよ。お隣さんだしね」
「まあ、機会があったらな」
母のお節介な提案を聞き流していると、向かいの家から明里が出てきた。
「お義母さん、おはようございます」
「おはよう、明里ちゃん。今日も新しくできたお友達の迎えにいくのよね?」
「はい」
母はここ数日烈と明里が一緒に登校していることを知ると、何故そうしているのかと聞いてきた。それはとんでもなくしつこく、烈と顔を合わせる度にキラキラとした目で理由を聞き出そうとしたのである。ついぞ面倒になった烈は、仕方なく美月のことを教えた。そうしたら母は「ああ、そうなの。まあ、頑張って……」と途端に興味を失った。自分の母が何を期待していたのか、烈には分からない。
烈は母と別れ、明里と共に美月の家と向かった。
本日の美月との登校も問題はなかった。もしかしたら、嫌がらせの犯人が諦めてくれたのかもしれない。
そのような希望的観測を抱きながら一時限目の授業の準備をしていると、クラスメイトである男子生徒、水原が話しかけきた。
「なあ、剛村。ちょっと小耳に挟んだことがあるんだ。お前、最近明日見さんと共に、白波美月さんと一緒に登下校しているみたいじゃないか」
「それがどうした?」
「いや、なんでそんなことしてるんだって、気になって」
「白波がちょっとしたトラブルに遭っていてな。彼女を守るために一緒に登校してる」
「ボディガードってやつか。お前はつくづく、事件に縁があるな」
「うるせーよ。てか、水原は白波のことを知っていたんだな」
「ああ。合コンで何度か顔を合わせた」
水原曰く、この高校ではよく合コンが開かれているらしい。もちろん、学生の領分を逸脱しない範囲でだ。美月は合コン参加の常連であったが、少し前に彼氏ができてからは参加していない。
「合コンって、お前そんなことしてんのか?」
「俺たち、青春真っ盛りの高校生だぜ。合コンの一つや二つするさ。彼女ほしいからな。そうだ、お前も参加しないか? 今度、とある女子校との合コンがあるんだよ。お前の武勇伝をお嬢様達に聞かせてやれば刺激的……」
そこで水原は少しの間考え込むように黙ってから、バツの悪そうな顔をした。
「あー、やっぱなし。お前を合コンになんて連れていったら、明日見さんに殺される」
何故明里の名前が出てくるのか分からないが、烈としても誘ってほしいと思っていない。
「別にいいよ。興味ないし」
一時限の担当教員が入ってくると、「じゃあな」と水原は自分の席に戻っていった。
烈は教科書を開きながら、今日も何事もなく平和のうちに終わることを祈るのだった。




