宣告、衝突事故
「ボス! 襲撃です!!」
汗水を垂らし、堅牢な造りの地下部屋に一人の男が飛び込む。自らが慕う女性に一刻も早く危機を伝えるために、まさに命がけで走ってきたのだ。
当のボスと称される女性は手に持ったティーカップを落ち着きを保ったままテーブルに置く。
その動作には優雅さがあり、紅茶の水面は波立っていない。
「落ち着きなさい、すぐに援軍が来るわ。相手は未知の能力を使うでしょう。生きている者は全力で退避、死体と建物に火を放ちなさい」
「はっ! すぐに実行します!」
一見無茶な指示だが、部下は疑問を抱くことなく、部屋から全力疾走で出て行った。
ボスは再びティーカップに手をかけた。
部下から彼女に対する忠誠心は洗脳の域に達している。しかし、彼女の部下に対する感情は道端に生えている雑草と同程度の執着心しかない。その差は互いに認知している。
しかし、組織は決して分裂しない。
「優雅ですね、ボス」
「【探偵屋】」
部屋の影から【探偵屋】はぬるっと現れた。
「今回の襲撃に対しては私の仲間が対応します。ボスの部下を使うまでもありません」
「あの未知の能力に対する説明は?」
「未知の能力です。私にはそれ以外のことはわかりかねます」
二人の女性は目を合わせることもなく、互いに別の方向を向いたまま会話を続けた。
完全なビジネスのみの関係。
この二人は協力関係であり、部外者同士。それ以上でも以下でもない。
ボスは【探偵屋】の人心掌握術を利用して部下の忠誠心を育てた。
【探偵屋】はこの町の番犬としてマフィアが働くことを依頼した。
「では、仕事がありますので」
「任せたわ」
しかし、今回の襲撃の対応は【探偵屋】とその仲間が担う。
物語はまだ始まったばかりなのだ。
◇
【探偵屋】はボスの部屋を出て、地上に上がる。
その間、マフィアのメンバーたちはボスの命令通りに地下に避難していった。
マフィアの拠点内の建築物はすべて燃やされ、空は灰煙で覆われている。
「またせたね。殺し屋たち」
「私はもう引退したんだってば」
「俺もだよお茶目さん」
【探偵屋】を迎えたのは綺麗な黒髪を腰で切りそろえた女性と、ダンディな顔にスーツといったイケおじスタイルの男性だった。
「【人形屋】に【夢見屋】だったね。相手は【壊滅屋】と【火葬屋】のペアだよ。デビュー戦にしてはかなり重いがよろしく頼むよ。【火葬屋】の能力は死体を爆発させる力、【壊滅屋】の能力は物理的に壊せないものがない怪力だ。くれぐれも死なないように」
「強いですね」
「ん~、わるくないねぇ」
「余裕がありそうで安心したよ」
そう言って【探偵屋】は二人を見送り、煙草を口に咥えた。
ここからは時間の勝負。彼女の出番はここで終わりだ。
「さぁ行きますか【人形屋】さん?」
「ええ。仕事は早めに終わらせましょう」
二人の超人の前に立ちはだかるのは二人の超人。
男女が互いに相対する。
「おっさん、殺される覚悟はできてんだろうなぁ!!」
返り血と粉塵を盛大に浴びた【壊滅屋】は笑顔で叫ぶ。
「おやおや野蛮なお猿さんがいますね? 夢の国を案内してあげましょう」
それに対し【夢見屋】は大人の余裕で返答する。
怒り筋を浮かべた【壊滅屋】はすべてを破壊できる拳を振りかぶって【夢見屋】に襲い掛かる。
「おねぇーさん! こっちも始めよう!」
「もう始まっているわ」
逆にこちらの戦場で先手を打ったのは【人形屋】だった。
【火葬屋】はすでに複数の【人形屋】に包囲されている。
「……へぇ、面白いじゃん!」
【火葬屋】は手に持った肉団子を全方位に投げつけ、能力を発動した。
ものすごい轟音とともに【火葬屋】を取り囲んでいた【人形屋】たちを木っ端みじんに吹き飛ばした。
吹き飛ばされた【人形屋】は元の藁人形に戻る。
「おねぇさん趣味悪いね」
そう。【人形屋】の能力は藁人形に自身の一部を入れることで【人形屋】本人を複製すること、決して趣味がいい能力とは言えないだろう。生成された複製は本人と寸分も変わらず、完全自立思考によって各々が行動する。死んだ複製は藁人形に戻り、本人の一部は消える。しかし、藁人形に新たな体の一部を入れればまた複製に戻るのだ。
【火葬屋】と【人形屋】の能力相性は互角だ。
【火葬屋】は新たに死体を補充することはできず、【人形屋】は藁人形が燃えてしまうため再利用ができない。互いに前もって準備しておいた戦力を消費する戦いになる。
「ガキが何偉そうに人の趣味に口出ししてるのよ」
【人形屋】は胸元から銃を取り出し、【火葬屋】を射撃する。
状況が不利だと感じた【火葬屋】は瓦礫の裏まで後退した。
銃を構えた複製がじりじりと【火葬屋】に詰め寄る。
まるで詰将棋のように。
【人形屋】の戦い方は本人は安全な場所に隠れ、複製で相手を追い詰める。
殺し屋時代。彼女は複製を変装させ、複数人の殺し屋がいるように見せかけていた。
通常の人間相手の仕事を失敗したことはなく、彼女自身殺し屋が天職だと思っていた。
しかし、その複製は隣町マフィアの手先に目を付けられたことで人生を終えた。
【探偵屋】を頼り、なんとか身代わりを準備し、事実を噂にまで格下げすることができた。
今回の仕事は少年相手だ。
ガキは嫌いだ。殺す。
「足元おろそかなんだじゃない?」
少年の声とともに大爆発が起こった。
戦いは一方的には進まない。
一方、【壊滅屋】と【夢見屋】の戦場は静寂であり、両者ともピクリとも動いていなかった。