7話 -ギャンブル勝負3-
「カジマ・リシュリーの親父はカジマ剣術道場の師範で子供のころから剣術をやってきたいわゆる騎士のエリートだ」
カンタとポンタから紙を受け取った片目の潰れている禿げ上がった男が説明を始めた。周りにはこっちの話を金を払わずに聞こうとしているらしき奴らが何人かいたが、男が睨みつけるとそこから離れていった。
「子供のころから同い年の子供では相手にならず大人を相手に修練してきた実力者で特級騎士になるのは間違いないと言われてきて本当にそのまま特級騎士になったこの国でも有数の騎士だ。リシュリーは3年前に王立騎士アカデミーを卒業しているが、その年に行われた騎士武闘トーナメントに参加してそこで優勝もしている。ちなみにその大会での女の優勝者は23年ぶりだ」
一気に喋った後で男は静かに咳き込んだ。
「そうか!そういえば聞いたな、騎士の大会で久しぶりに女の優勝者が出たって。しかも家が道場っていうことは筋金入りのエリート様ってわけだ」
「俺も聞いたことがあるぞ。男ばかりの騎士の大会で優勝したってことは相当な実力者に違いないぞ。こりゃあリシュリーに賭けるほうが手堅いぞ」
思っていた以上の情報量にカンタとポンタの表情は明るくなった。賭博場はマフィアの領域なので、もしかしたら金だけをとられて碌な情報が無いのではないかと危惧していたのだ。
「そうか!だから倍率がこっちの方が低かったんだな」
「ううわ、そういやぁそうだったな。なんで女のほうが倍率が低いのかって思ってたんだけどそういうことだったのかよ。おいお前、何倍だったか覚えてるか?たしか1.3倍だったと思ったぞ」
「1.3ってそんなに低いのかよ。くっそー賭けてるやつは全員この情報を知ってて賭けてるに違いねぇ。そうだよなー何にもわからねぇで賭けるやつなんかいねぇか、くっそー!」
「それじゃあ対戦相手のサブレのほうの情報にいくぜ?」
表情がころころ変わっているポンタとカンタのことなど一切お構いなしに、禿げ上がり過ぎて豆みたいに見える男が無表情で言った。辺りを見渡して盗み聞きしているやつがいないか確認しながらだ。
「ああたのむ。リシュリーの情報だけじゃやっぱわかんねぇな。今のだけ聞いたら絶対にリシュリーが勝つと思っちまう。ほら見ろ、やっぱり両方聞くのが正解だっただろ?」
「おっさん、できるだけ詳しく頼むぜ。サブレの情報のほうが多く金払ってんだからよ、な!」
「頼むぜ!」
ふたりに熱い視線を向けられても豆のおっさんは無表情だった。
「シャイタン・サブレはつい最近に特級宮廷魔術師にになったばかりだ。最近過ぎて世間一般に公示すらされていないほど最近だ。だから情報としては少ないんだがーーー」
「おい!こっちは金払ってんだぞ」
「落ち着けよ、知ってる限りの情報は話す」
こんなところにいるということは下っ端のはずだが、それでもマフィアはマフィアというような鋭い眼光を見せられ、ポンタとカンタは体を固めた。
「シャイタン・サブレは王立魔法アカデミーでかなり優秀な成績を修めて卒業の年の魔術師武闘トーナメントで2位になっている。こっちの方は騎士と違って一般人の観覧はできないからほとんど知られていない」
「2位?すごいっちゃあすごいがリシュリーのほうは1位だったんだろ?それじゃあ勝負にならねぇな」
「待ちな、その年は第4王子サンジェルトも王立魔法アカデミーの卒業年なんだ。慣例で王族の卒業年のトーナメントの優勝者は王族って決まっているから実質は1位だ」
「危ねー騙されるところだった!」
「しかしそりゃあすげえや。ってことは年代は違うとはいえトーナメントの騎士の1位と魔術師の1位の戦いってわけだな?」
「その通りだ。それともうひとつ、何と驚くべきことにこのサブレってのは魔術師でありながら騎士武闘トーナメントにも出場して準々決勝まで勝ち上がるっていう偉業を成し遂げたとんでもねぇやつだ」
「は!?なんで魔術師が騎士のほうのトーナメントに出れるんだよ」
「俺も詳しくは知らねぇんだが出て結果を残したのは間違いない。騎士トーナメントのほうは一般人でも観覧できるから一部の奴らの間ではかなりの話題になったんだ」
「どういうことだか凄さがよくわからねぇな。騎士のトーナメントと魔術師のトーナメントって何が違うんだよ。強ければ別にどっちでも結果を出せるんじゃねぇのかよ」
「けどそんなのあんまり聞いたことなくねぇか?簡単だったら全員そうするんじゃねぇの?多分だけどそのサブレっていうやつは魔術師でもあって騎士でもあるってことなんじゃねぇの?」
「ダブルってことか?本当だったらそいつは凄いぞ」
ポンタとカンタは興奮して互いに唾を飛ばし合っている。
「それだけじゃなくてなんとこのサブレってやつはオリジナル魔法を作って国に献上して表彰されてるんだ」
「オリジナル魔法?なんかよく知らねぇがすげーんだろそれって?」
「そりゃそうだ。なんたって今までにない新しい魔法っていうことだ。魔術師としてかなりの功績と言って間違いない。まあトータルで言うと天才魔術師ってこと、俺が知ってる情報はここまでだ。次の客が待ってるんだからとっととどっかに行ってくれ、急がないと賭けが締め切られるぞ」
はっと気が付いたようにふたりは走り出して胴元の元へ戻ってきた。そして賭けの倍率が書かれた紙を見上げたが、さっき見た時と全く同じで倍率はリシュリー勝利 1.3倍/サブレ勝利1.8倍のままだった。
「どうするよポンタ。俺はリシュリーの勝利に賭けるね」
「マジかよ、天才魔術師のほうはいいのかよ?どっちもトーナメントの優勝者なんだ、しかもサブレのほうはトーナメント二つだぜ?」
「わかってねぇなポンタ」
カンタは馬鹿にしたような表情でポンタを見た。
「なんだその面、気に食わねぇな。なんか気が付いた事があるならはっきり言えよ。俺に隠して自分だけ勝とうなんてたら絶交だぞ」
「まぁまぁ落ち着けよポンタ、隠してることなんかねぇ。ただよぉ、この場所のことを考えりゃあどっちが勝つかなんてわかりきってんだよ」
「どういうことだよ、はっきり言ってくれよ」
「この会場をよく見てみれば誰だってわかるんだよ」
「だから何が分かるのかって聞いてんだよ!なぞなぞなんか今はいいんだよ」
「しょうがねぇ奴だなそんなにイライラするなよ。ほら見てみろよ、リングがあるってことはそのリングの中で戦うってことだろ」
「そんなことくらい誰だってわかるぜ」
「問題はリングの大きさだ。お前だって知ってるだろ?魔術師は距離を取っての攻撃で一番力を発揮する奴らなんだよ。遠くで待ち構えて攻撃するのがあいつらの戦い方だ」
「ああぁ!!」
「あんなに小さなリングの中だと魔術師お得意の遠距離攻撃ができねぇんだよ。端から端まで行くのは俺らだって簡単にいけちまう位に狭いじゃねぇか。ってことは魔術師なんかあっという間に騎士の剣にかかってそれで終わりさ」
「おまえめちゃくちゃ頭いいじゃねぇかよ」
「どうだ見なおしただろ、俺だっていつまでもバカのままじゃねぇんだぜ」
「すげーよカンタ、おまえすげーよ。じゃあリシュリーで決まりだな!」
「そうなんだよ、決まってんだよな。けど倍率がなぁ、倍率が1.3倍ってのがなぁ、あまりにも低すぎるんだよ。いくら俺が頭を使って凄いことに気づいたって言っても、これじゃあ賭けてもほとんど儲からねぇぞ、大金をかければ倍率が低くてもその分帰って来るけどよぉ、端金を掛けたって端金がちょっと増えて戻って来るだけだ。ってことでポンタ、お前今いくら持ってる?」
「俺は………えーと今は4千、だな」
「はぁ!?4千?たったの?マジでお前たったそれっぽっちしか持ってねぇのかよ。たったそんだけしかねぇのに情報屋なんかに金払うって馬鹿じゃねぇの?」
「馬鹿って言うな!しょうがないだろ、しょうがない。賭場があることなんてわかってねぇんだから準備なんてしてきてるわけないだろ。しょうがないからここはちょっとだけでも増えれば良しとするしかないな。本当、しょうがないよな」
カンタは子供のころからずっと一緒にいた親友といっていい存在のポンタの口調に違和感を感じた。