8話 -ギャンブル勝負4-
「おいポンタ、財布見せてみろ」
「なにすんだやめろよ、おいやめろって!」
カンタは無理矢理にポンタから財布を奪い取ると背中でブロックしながら中身をチェックし始めた。
「やっぱりそうじゃねぇか!ほら大銀貨だ、もってるじゃねぇかこの野郎。1.2.3.4.5しかも5枚ももっててよく4千だなんて嘘を言えたな。5万じゃねぇかよ!」
「いやちょっと待ってくれよそれは本当に使っちゃいけねぇ金なんだよ」
「なんだよ使っちゃいけねぇ金って」
「俺の夢、それは冒険者になって世界中を旅することだ。そしてこれはその夢のための大事な資金だ。これでおれは石工の下働きなんて仕事からはとっととおさらばするんだよ。俺が冒険者になりてぇってのはお前だった分かってんだろ?」
ポンタが熱く語る。
「いやだからこそだろポンタ」
しかしカンタには効かなかった。
「ここで一発勝負していい装備手に入れるんだよ!」
「うっ、」
ドキッとした表情。
「お前も分かってんだろ?ってか本気で冒険者になろうとしてるお前ならとっくに考えてることだろ。5万じゃろくな装備なんか手に入らねぇってことはよ。5万で帰るのなんて中古の中古の中古くらいに使い古された装備しかねぇだろ。そんな一歩間違えれば鉄屑みたいなもん背負ってできるとでも思ってんのか?わかってんだろ冒険者ってのがどんだけ危険な仕事かってのは」
「そりゃあ俺だって分かってるよ。そうだよ、5万じゃ使いこみ過ぎてペラッペラで穴が開いてるような装備しか買えねぇ。わかってるよ、わかってるけど、この5万は俺が死ぬほど残業しまくって貯めた5万だぞ………ってかカンタ、そういうお前はいくら持ってんだよ」
「………………………」
「オイ聞いてんのかよ!」
無言を貫くカンタに詰め寄る。
「俺は持ってねぇ」
「はぁ!?何見え透いた嘘言ってやがんだ!お前まさか俺にだけ大勝負させて自分は呑気に見物でもするつもりじゃねぇだろうな?ここまで来たら金持ちになるのも地獄に落ちるのも一緒だろ。ガキの頃からの付き合いなんだからよ」
「わかったよ、わかったよ。だからそんなに熱くなるなって、ほら見てみろよ」
そういってカンタは財布をポンタに向かって放り投げた。
「ずいぶんと潔いじゃねぇか、だったら最初っから出せってんだよって!おまっ!これ金貨じゃねぇか。お前よく10万なんて大金持ってたな」
「こりゃあ俺の全財産だよ。家に置いておくのがおっかなくて持ち歩いてんだよ。金を貯めてポロンとプロポーズしようと思ってコツコツ貯めてたんだよ」
「ポロンって「居酒屋どん八」で働いてるポロンだよな。どうりで最近のお前は飲みの誘いもあっさりと断ってきてて変だなと思ってたんだよ。無類の酒好きのくせによく耐えられたな。気絶するまで飲む、それがお前の代名詞みたいなもんだったろうよ」
「それは昔の俺だろ?酒だけじゃねぇよ、お前は知らねぇかも知れねぇけど煙草だって一日一本までって決めてんだ。それもこれも全部ポロンのためだ。俺は変わった、あいつのためだったら俺はどんなことだって耐えられるんだ。この金貨はその決意の表れだ!」
カンタは金貨を高々と晴天の空に掲げた。周囲でそれを聞いていた3人ほどから、まばらな拍手が起きた。
「ちょっとまて、そもそもお前とポロンって付き合ってたのか!?」
「それはこれからだ」
「ちょっと待てどういうことだよそれは、意味わかんねぇよ」
「いや、だからこれから付き合って、その後でプロポーズするんだよ」
「お前それはおかしいだろ。どおりでお前とポロンが店以外であってるところを一度も見たことがねぇわけだよ。ってかそんな状況で金貨が貯まるくらい頑張り続けるお前ってヤバぇよ」
「ヤバくねぇだろうよ!人様の恋愛にガタガタ文句つけんじゃねぇよ、このスットコドッコイ。ってかそんなことより今は賭けだろ。時間がねぇんだ、俺は覚悟を決めた。後の事なんか考えねぇで財布に入ってる金を全部突っ込むぞ!お前もそうしろ、今は金を増やすことだけ考えるんだよ」
「確かにお前の言う通りだな」
覚悟を決めたように息を深く吐いた。
「ビビってた自分が恥ずかしくなってきたよ。男だったらここはガツンと勝負するところだよな。よしわかった!やるぞーー!!いっちょ大勝負と行こうじゃねえか!」
低音の鐘がひとつだけなった。
「うわっ!鐘だ鐘、鐘が鳴ったぞ、最後の鐘だ、これでもう何時始まってもおかしくねぇってことだ。時間ねぇぞ、どうする?どうするよ」
「だから言ったろ?リシュリーで決まりだっての!けど1.3倍かよレート悪すぎるぜ」
二人ともに財布の中を見るも中身が増えているはずもなく焦りとチャンスをものにできなさそうだ、というガッカリ感が表情に出ている。
「お客さんお客さん、だったら条件付きのほうがレートいいよ」
髭面のガッチリとした体格のいかにも堅気ではない胴元が、焦る二人とは対照的な笑顔で話しかけてきた。
「条件?条件ってなんだ」
「そっちばっかりじゃなくて反対に貼ってあるほうの紙を見てみなよ、いろいろと書いてんだろ?そっちのほうが大金を狙うお客さんにはお勧めだよ。どっちが勝つか、なんて勝負は初心者向けのやつだから上級者だったらこっちで勝負だよ」
言われるがままに目線を反対に移す。
「えーと、なんだ………1つ目の鐘までにリシュリーの勝ち、1つ目の鐘までにリシュリーの場外勝ち、1つ目の鐘までにリシュリーの一本勝ち………」
読むのにも時間がかかる位にいろいろな条件と倍率が、大きな紙の上から下までずらーっと書かれている。
「そう、今回の戦いでは試合が始まると同時に1のサイズの砂時計で時間を計測されて砂が落ちるたびに審判団が鐘をならすのが決まってんのさ」
「知らなかった」
「そりゃそうさ、普通に観覧する分には関係ないからね。試合の制限時間を教えるための鐘なんだ。けど俺たちはそれを使って賭けにしようってわけだ、そうすればもっと複雑なギャンブルが楽しめるからね」
「なるほど、そうだったのか」
「10回鐘の鐘が鳴るまでに勝負がつかなかったら引き分けで試合終了さ。ちなみにだけど引き分けの倍率は結構あるよ、ほら今のところ57倍だ。銀貨一枚賭けただけで5万7千ゴールドになるねぇ」
「銀貨が5万7千!?」
「ほかにも今回は場外に出たら負けのルールだから、それもあるよ。どうだい?普通に勝ち負けに掛けるよりもいい倍率だろ?」
「そういうことか、さっき言った。1のサイズの砂時計って料理の時にしか使わねぇくらいマジであっという間に落ちちまう、小っせえ砂時計のことだな」
「けど難しいな。どのくらいの時間で勝負がつくなんかわかんねぇぞ」
「けどその分当てれれば大儲けってことだな」
「そういうこと。まぁやっぱし1番人気は1つ目の鐘までにリシュリーが勝利、倍率は2.3倍だね」
「2.3倍か普通にリシュリーが勝ったときは1.3倍だからそれよりはいいけど、それにしても結構辛い倍率だな」
「1つめの鐘までってそんなすぐに勝負が終わるか?言っても魔術師も相当強ぇんだろ?さっき俺たちは情報を聞いてきたんだぜ」
「さっき言っただろポンタ、いくら強いってもリングの中で戦うなら騎士が相当有利だ。あっという間に勝負がついちまうって考えるのが当たり前だ」
「他の奴らも同じこと考えてるっていうことだよな、ってことはだ、魔術師が粘ってくれればそこに賭けたやつらはすってんてんってわけだ」
「けどいけるか?」
「2.3倍だったら普通に1.3倍のほうに賭けたほうがよくねぇか?それだったら時間なんか関係なくリシュリーが勝てばいいだけなんだぞ?」
「たしかにな、それはあるよ。どうする?めっちゃくちゃ悩むよな」
脂汗をかきながら悩み続ける二人の横に影がすっと入った。
「おじさん、僕も買いたいんだけ大丈夫ですか?」
その声に無意識にふたりは横を向いた。そこにあったのは子供の姿。
「お使いかい?もちろん大丈夫だよ」
「それじゃあ僕は「5つの鐘までにリシュリーの場外勝ち」を買いたいです」
その子供は迷うことなく言った。さっきまでこの子供はここにいなかったから胴元のおっさんが言うように、誰かに買ってくるように言われて来たに違いない。そうじゃなかったら自分たちのように倍率を見てあれこれ考えるはずだ。
「なんだ子供かよ。場外勝ちってことはサブレって魔術師が場外に落ちて決着するってことか」
「いま言ったみたいに多分誰かの使いなんだろうぜ、場外勝ちなんてありっこねぇよ。騎士が勝つなら一本勝ちに決まってるぜ。リングにぶっ倒れての勝利に決まってるぜ。それより時間がねぇぞ」
「おう。俺たちの未来がこれにかかってんだ、絶対当ててやるぞ」
「おっ!ちっこいくせに勝負師だね。倍率は38倍だ」
胴元の男はむさくるしい顔をくしゃっとさせて言った。子供相手だとあんな顔もできるのか、と思う。
「今は成長期なのでそのうちすごく伸びますよ、ご飯もいっぱい食べてますし。それでいくらまで買えるんですか?」
「はっはっはっ!いくらまででもいいさ、ちっこいなんて失礼なこと言っちまった詫びに特別に上限なしでやってやる」
「いいんですか?」
ふたりのやりとりはなんだか理由はわからないものの、人を惹きつけるものがあって、ポンタとカンタはいつの間にか考えるのをやめて見入ってしまっていた。
ドサッ。
その音の直後、ポンタとカンタはその直後驚きの声を上げることとなった。テーブルの上に置かれた革袋からは、硬貨のぶつかり合う音が聞えた。場内は結構な騒がしさだというのに、それでも周囲の注目を集めるくらいにぎっしりと詰まった音だ。
「マジかよ!」
「これ全部賭けるのかい?中身はどうやら全部金貨らしいけど」
さっきまでのお使いの子供を見る表情から、胴元の顔色ははっきりと変わっていた。ここからでははっきり見えないが、テーブルよりも高い位置にいる胴元には袋の口から中身が見えているらしい。
「金貨!?あの袋の中身は全部金貨か!?」
「だとしたらとんでもねぇ金額だぞ」
驚いているのは二人だけではなく、まだどこに賭けるのかを決めかねている男たちも一緒だった。
「掛け金の上限は無しで大丈夫なんですよね?」
「駄目なんてことは言ってないさ、これくらいの金は俺たちにとってなんでもないんだよ。ただ外れて泣いている子供を見たくないから言ってんのさ。心が痛むからね」
子供に見下されてたまるかとばかりに、胴元はやや低い声で言った。それこそが動揺している証だと本人は気付いていない。
「僕は泣きませんよ。それよりももし大丈夫なんだったら早く賭札をもらえませんか?早くないと試合始まっちゃうので。賭けは試合が始まる前までですよね」
「その通り、いま準備する。オイ!」
後ろから現れた痩せた蒼白い顔の若い男が、子供が置いた革袋を開いて金貨を計数機にいれて確認を始めた。
「見てみろよすげーな、全部金貨だぜ」
「いくらになるんだよアレ。一枚くらいくれねぇかな」
「情けなくねぇのかよお前」
ポンタとカンタだけでなく周りの大人たちが金色の輝きに目を奪われている。
「ちょうど5百枚です」
「ご、ごひゃく………」
「ごせんまんごーるど、ってまじか………」
途方もない金額にざわめきが起きた。
「当たったら本当にちゃんとくれるんですよね?それだけが心配で」
「うちらの商売は信頼が第一」
さっきまでにこやかだった胴元はもういない。そこにいるのはただのマフィアだ。
「たとえ組員の家を全部売っぱらってでも全額払うさ。もっとも当たったとしてもたかだか19億ゴールド、これくらいの金じゃあうちの組織はビクともしないけどね」
「それなら安心です。それにしても19億ゴールドってすごいですよね、当たったら一気に大金持ちですね」
まるで他人事のように子供が言った。その様子から見てやはりこの大量の金貨はお使いで渡されたものだとわかる。
「お金持ちのご主人に言っておいてくれよ、外れても文句言わないでよって。金持ちに限ってこういうのをルール無視で、後からごちゃごちゃ言ってきて困るんだよ」
「それは大丈夫だと思います」
「ちなみにこれは誰のお金だい?」
「すいません。それは言ってはいけないと言われているんです」
「まあそうだろうね」
いいながら胴元はてのひらに収まるくらいの大きさの木札を差し出した。
「勝敗がついたらこれを持ってくるんだよ。もし外れてたとしても銅貨一枚で買い取るからね」
「わかりました。きっとまた来ます」
賭札を受け取った子供は、あっという間に群衆に紛れて見えなくなった。
「さっ、おたくら二人もたかだか金貨1枚や2枚でいつまでも悩んでないで、さっと決めちまったらどうだい?もうすぐ試合始まっちまうよ」
子供がとてつもない大金を使っているのを間近で見て、ふたりの感覚は完全に狂ってしまった。二人だけではない、そこにいる大人たち全員が細かい金勘定を考えることを止めてしまっていた。
「1つ目の鐘までにリシュリーの一本勝ちに財布ごとだ!」
「俺も同じだ!こんな財布なんかもういらねぇぜ、試合が終わったと同時に俺たちは金持ちだ!」
財布すらも失ったポンタとカンタは賭札を握り締め、鼻息荒くその場を離れた。
しばらくしてファンファーレが鳴り響き、幾人もの人生を賭けた勝負の開始時間となった。




