138話 -握手-
「おおモルン!」
道場に行くとイゴセさんが大きな笑顔で出迎えてくれた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。まだ少し首は痛いんですが大きく動かさなければ大丈夫です。イゴセさんも見舞いに来てくれたと聞きました。ありがとうございます」
「無事ならなによりだ、いや、訓練を真剣にやればやるほど事故というのは防げないものなんだ。ワシも若いころはよくあったんだ骨を折ったり気を失ったりすることは。けどだからといって必要以上に怖がったり相手のことを恨んだりしないようにするんだぞ」
「もちろんです。今回のことは僕にとってすごくいい経験になったと思います」
「そうか、それならよかった」
ほっとした顔をしている。イゴセさんは感情がそのまま表情にあらわれるから分かりやすいし、人柄も素晴らしいので話しているだけで安心感がある。それに一緒にいて爽やかな気持ちになるから会えば会うだけ好きになっていくのを感じる。
「炊き出しのほうはどうなってるのかな、と気になってきてみたんですけど」
僕が病室にいた時に一番気になっていたのがこれ。そろそろ準備ができてきていて始められそうになっているのだ。
「チラシはそこら中に貼っておいたからあの場所で飯を配るということはスラム街の中でも評判になってるぞ」
「それはよかったです。僕たちが炊き出しをやってることを知ってもらわないと始まらないですからね」
「鍋とかの調理器具ももうすでに家の中にセットしてあるし、日持ちするジャガイモとかニンジン、玉ねぎもすでに家の中に入れてある」
「ということはいつからでも始められそうな感じですか?」
僕は学校に言っている間は何もできないので、この仕事のことイゴセさんに主に進めてもらっている。
「あとは魔道具だな。火と水を生み出す魔道具を買わないといけないな。本当なら魔道具を使わないで薪を燃やしたり井戸から水を運んできたほうが安く済むんだがな」
「サブレさんはできるだけこの仕事に手間をかけたくない、と言っていましたからね」
「商売人だったらそんなことは考えないんだがな」
「サブレさんにとっては自分のお金じゃないですからね」
「そういうことだな。まあワシにとっても自分の金じゃないから雇い主がそういうならそっちのほうがありがたいな。この膝がよければワシにやらせてくれと言ってたかもしれないんだがな」
「無理しないでくださいよ。サブレさんからは人を雇ってもいいと言われているんですから」
「ああわかってる。ところで一緒に来たその子はどちらさんだ?」
「紹介します。僕と同じクラスのミーラさんです、この仕事を手伝ってくれることになりました」
「おお?同じクラスということは」
「戦闘特進クラスですね」
「それにしても大丈夫なのか?あまり治安はいいとは言えんよ。普通の子供は親にスラム街の近くにはいくな、と教えられるもんだが」
「はい!逃げることには自信があります」
ミーラさんは胸を反らせてきっぱりと言い切った。
「本当に大丈夫なんだよね?」
僕はこの前、ウミカのことが怖すぎて病室の中で鼻血を流したミーラさんを見たばかりだから心配だ。
僕も前はスラム街に住んでいたから分かるんだけど、人間の死体なんてしょっちゅう見ていたし、昨日まで元気だった顔見知りの人が次の日には否唸っていて誰も行方を知らない、なんてことは珍しくない。もしこの仕事が原因んでミーラさんに何かあったら僕はずっと後悔するだろう。
「ふっ………しょうがないわね、見ていなさい。私がそこいらのチンピラなんかに簡単に捕まらないっていう証拠を見せてあげるわ」
そういって屈伸を始めた。
「ハッ!」
高い!
「どうよ、これで私の実力が分かったでしょ?」
ミーラさんがやったのはジャンプ、ただ高く跳びあがるということだけだ。けどそれは天井が高い道場のスレスレまで飛び上がっていた。距離にして大体3mくらいはあるだろうか。普通の人だったら絶対に跳べない距離だ。
「身体強化………」
幼いころから訓練してきたに違いない。僕もサブレさんに教えてもらったトレーニングで足の魔力を強化して素早く動く、あるいは長い距離を移動する、ということをやっているけど最初は全然できなくて苦労した。魔力の入れ方を間違えるとつんのめって顔を打ったりとかも全然あるから慣れるまでは怖いんだ。
僕は今、身体強化を使って走るときにできるだけ地面を掘らないようにしながら、それでも力が伝わるようにしようとしているけど、あまり上手にできなくて結構掘ってしまっている。それに比べてミーラさんの足元の床の木は割れたりしていない。それでいてあの跳躍力があるんだから僕がやりたいことを上手にやっている証拠だと思う。
「ほう!それはすごいな。それならモルンと同じ戦闘特進クラスというのも納得だ」
「それだけできるなら重いものを持っても全然大丈夫そうだね」
「けど絶対に手袋はするわよ、手が赤くなったりしたら嫌だもの」
「それは全然してもらっていいんだけど」
なんでこのひとはずっと手袋にこだわってるんだろう。
「どう?合格でしょ」
「ああ、これからよろしく頼むぞ」
イゴセさんもミーラさんも笑顔だ。
「まかせて!」
ふたりはがっちり握手を交わしている。あれ、僕も一緒に握手したほうがいいのかな?どうなんだろ?僕も一緒の仕事をするわけなんだから普通は僕も入るよね。
なんとなく忘れられてるような気もするしタイミングを逃した気もする。ちょっと気まずい。ちょっとつらい。




