9話
金髪が風にそよぐ。
「ずいぶんと待たせてくれたな。逃げたかと思ったぞ」
巨大な石を使って作られた円形のリング、その中央で女騎士が言った。
「逃げるわけがないだろう」
大げさに肩をすくめてやる。
「王族からの命令から逃げたとなればこの国でまともに生きていくのは不可能、わかってて言ってるよな」
思わず出そうになってしまった「卑怯者」という言葉を発せずに会話を続けることに成功した。その言葉は騎士が大嫌いな言葉だ。この時点で挑発するのは得策ではない。
「こっちは貧弱な魔術師だ、遊びとはいえ騎士様とやりあうには相応の準備が必要なんだよわかってくれ」
「遊び?そんなつもりはない」
視線が強い。
「しかし私としても正直、こんな大ごとになるとは思ってもみなかったんだけどな。しかしサブレ、あの時の貴様の態度は目に余った。これから一緒に仕事をしていくうえで先輩に対する態度というものを、きっちりと体に叩きこんでやるつもりだから覚悟しておけ」
「脳筋め……」
「ノウキン?」
この世界にない言葉を使ってしまう。俺の悪い癖だ、今までに何回かやってしまっているが、いまのところ異世界転生者であることはバレていない。
「ちゃんと刃を潰した剣なんだろうなそれ」
リシュリーが腰に下げている剣を視線で指し示す。
「ずいぶんと気になるようだな、さっきから剣ばかり見ているぞ」
そりゃあそうだろ。決闘は殺し合いとは違うのでお互いに殺傷力のある武器は使わないというのが決まりだ。こんなことでいちいち殺し合いをしていては人間がいなくなってしまう。この世界に人間は男女関係なく結構気が短いのが多いからだ。
「もちろんルールは守る。勝負は正々堂々だからこそ意味がある」
騎士道精神ってやつか?やはり根っからの騎士様だな。今まで騎士との付き合いはあまりなかったので、いかにも騎士。というような言葉を聞くと新鮮に感じる。
魔術師だったら正々堂々とか本気で言う奴は少ないだろう。俺としても勝負に正々堂々はあまり求めない。勝負は勝つことが大切、勝つためなら何でもやるべきだ。ただし敵は別だ、卑怯な真似をして来たら許せないと激高してしまうだろう。
「その割には審判を自分の道場から連れてくるなんて卑怯なんじゃないか?」
ちょっとした嫌味を言ってみる。
「卑怯?どういうことだ」
「いや、普通に考えればそっちに有利な裁定をするだろ」
こんなことは説明するまでもなく当たり前だと思っていたのだが、騎士様にとってはそうではなかったらしい。
「そんなくだらないことはしない」
それは審判役の声。
「私が選ばれたのはこの戦いが必要以上に白熱した場合に試合を止めるためだ。お前たち二人を止めるには相応の戦力が必要だからな。たとえリシュリーが敗れようともルールを逸脱しない限り何の問題もない」
俺とリシュリーの間に立っている、渋いイケオジがぼそぼそと低い声で語った。相応の戦力が必要、その言葉の通りビリビリとした圧力を感じる。
俺にしてみればいまはかなり警戒すべき状況だ。間違いなく実力者である味方とはいえない騎士が目の前に二人。普段ならそうでもないかもしれないがここは闘技場、戦いの気配を感じて警戒心が高くなっている自分に気が付く。
騎士は高潔な人間が多いから発言には注意しないといけない。向こうが何に怒るのかがわからない。俺が望んでもいないこんな状況に今いるのも、その見極めを誤ったせいだ。
緊張で喉が渇く。
「それにしても俺に不利なルールだな。魔術師は遠距離から攻撃してなんぼだ、こんな狭いリングで勝負をつけろなんて、ずいぶんとそっち側に有利だ。素人にだってこれくらいのことは分かる、これじゃあそっちが勝っても誰も称賛してくれないぞ。それでいいのか?」
「たしかに平等とは言えないが仕方がないことだと思っている。特級騎士と特級宮廷魔術師が公の前で戦うとなればそれ相応の場所でなくてはならない。王族が観覧されるとなればなおさらだ」
またしてもイケオジが言う。
正論だ。それはわかってる、わかってるけど言い訳せずにはいられないな。これ位の愚痴なら許されるだろう。この戦いが騎士にとって有利なルールというのは明白だからだ。
「なんだ、もう負けた時の言い訳か。まぁ、こっちにとって有利なことは否定しないが」
「それが分かってるならハンデをくれてもいいんじゃないか?」
「ハンデ、だと?」
ここが重要。これを断られてしまうとこの後の展開の難易度が一気に上がってしまう。
「そう、ハンデ。2つめの鐘が鳴るまでは、そっちから攻撃しないってのはどうだ?それならもし負けたとしても言い訳しない」
「なんだ、その程度でいいのか。いいぞそれくらい」
なんともあっさりOKをもらった。
「あぁそうか、魔術師は詠唱が完了するまで時間がかかるから時間が必要というわけか。そのくらいなら構わないぞ、2つ目の鐘が鳴った瞬間に斬り捨ててやろう」
斬り捨てる?こいついま切り捨てると言ったよな。
「本当にその剣、刃はついてないんだろうな」
「もちろんだルールは守る」
リシュリーの真っすぐな目が見つめる。真っすぐだ、真っすぐ過ぎてちょっと怖いくらいだ。
というか斬り捨てるってなかなかひどい言葉だな。まず切り殺す、そしてから死体をその辺に捨てるってことだろ?ひどい!ひどすぎるだろ、せめて埋葬してくれよ。なんでそんなことをされなきゃならんのだ、そこまでの罪は犯してないだろ。
体が熱い。
というかそれにしてもなんだこの観衆の多さは、いちいち見に来るんじゃないよ暇人が。というかなんでこんなことになってるんだよ、俺の思い描いていた勝ち組ルートと全然違うんだが。もっとホワイトな職場だと思ってたのにな、見通しが少し甘かったか?
いやいや大丈夫、あれさえ達成できれば問題はない。確かにこの状況は計算外だが、それを上手に利用できるのも俺のいいところだ。
うまくいけば思っていたよりも簡単に大金が手に入るはずだ、もし達成できなかったら………それは考えるのは止そう、戦う前に失敗することを考える馬鹿がいるかよ!大丈夫、それほど難しいことじゃないはずだ。
「王族の方々の準備が完了したようだ。そろそろ勝負を始めるぞ」
イケオジの低音ボイスが響く。いままでよりも厳格な声色。これはもう決闘が始まっていることを表している。いままでの経験上、これ以上無駄口を叩いたら注意されるということが分かる。
「「はい」」
イケオジが手を上げると闘技場の客席から大歓声が上がった。
「始め!!」
手を振り降ろすと同時に俺は後方へ距離を取った。




