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未満の月  作者: 粒子
3/10

肩幅をいからす建造物と遠慮の無い交通網が重なり合って地表を覆いつくし、モノレールの駅からは地形がわからなかった。通勤ラッシュを過ぎたメインストリートを歩き始めて、振り返るとアスファルトの勾配の向こうと高架橋の隙間にすこし下町の眺望がある。

ウェンはやっとこの土地が丘になっている事に気付いた。

「そういえば何とかガオカって言う住所だったな。」

「緑が丘だ。」

 フォルトはジェロが二人に一冊づつ渡した電子ノートの画面を見ながら短く答えた。口数の少ない、驚くほど背の高い男だった。グレイの髪をビジネスマンの様に分けていて、軍人には見えない。朝フタバ本部で貰った制服スーツの足元が少し寸足らずになってる事を気にしたが、ジェロにおかしくないと言いくるめられて納得していた。フォルトはウェンと同様に再生工場から出てきたばかりだった。元は建築現場で働いていて、夜自宅の社宅で持っていたスタンガンを暴発させて胸を撃った事になっている。プラスは感電に弱く、人間には痛感程度の電流が致死量になる。

 ひとりで生活していた部屋でガンを所有していたフォルトを、ジェロは彼は多分自殺だ、と言っていた。プラスには家族も無く、自殺志願者は少なくない。本人が望まない限りその話をするなとウェンにジェロは言った。

 二人が降りた駅の裏側はしばらく坂の車道を登ると雑踏を抜け、郊外の街らしい道幅の広い住宅団地になった。秋の空の長く伸びた雲が見え、小さな噴水とベンチを中央に置いた広場を囲んで服飾店と宝飾店とカフェが南欧風の街並みを模している。石畳の商店街の朝は人の姿も無い。不均一な並びの通りの奥に漆喰の垣根に囲まれた洋館が見えた。

 ウェンの足が止まる。

 診察は10時からでそろそろ開院時間になる。玄関口の擦り切れた木製の自動扉の前で看護師のユニフォームの若い女がイーゼル看板を出している所だった。細身の、端整な顔立ち。プラスだ。

 ウェンは女の顔に釘付けになった。

 女は遠目に二人を見たが、気にする様子もなくクリニックに入っていった。

 ウェンは一直線に駆けだした。

「奴だ!ユリエだ!」

 フォルトの強化された瞬発力は桁違いだった。追え!と叫ぶウェンを抜き、石畳を走りぬけた。ウェンはふと躊躇ったがフォルトはもう自動ドアからクリニックに駆け込んでいる。クリニックの窓ガラスは中が見えない様に処理されている。全力で追いかけ、遅れてドアを開けた。

 フォルトの固まった背中が目の前の待合ロビーに見えた。受付窓口では逃げたと思った看護師が立っている。外来の患者が2、3人ロビーに座っていて、女性のクリニックに診察であるはずの無い大男がいきなり入って来たのを、皆が一斉に見ていた。

 ウェンは間近に女の顔を見て、自分の間違いに気付いた。

 受付の看護師はウェンとフォルトの顔を少し驚いた顔で交互に見ていた。着ているスーツで二人がフタバの社員である事は、近郊の街では誰でも知っている。立ちふさがる大男の言葉を受付の看護師はしばらく待って、言った。

「何か、御用でしょうか?」

 フォルトがさっと振り返りウェンを見た。自分が作ってしまった場に硬直している。ウェンは小さく言った。

「どうも違った様だ。」

「ええ。」

 青ざめるフォルトは黙殺して、ウェンはもう一度女を見た。顔も背格好も似ているが、ユリエでは無い。同期のプラスだろうと思った。看護師の透き通る顔立ちには感情が表れない。

「フタバ社のウェンといいます。」

 ウェンは仕方なく切り出した。

「院長先生にお会いしたいのですが。」

「えええ。」

 フォルトがまた呟いた。

 

 

 ウェンはクリニックをもう一度外から眺めた。プラスの内耳には細胞電話が埋められている。電子ノートに発声で指示をだすと、電話がジェロの細胞電話にアクセスした。

「成り行き上、仕方なかった。」

 ウェンはジェロにさらりと言い訳した。

「どんな成り行きだよ!偵察って言ったじゃないか。」

 ジェロの呆れた声が返る。

「診察中だって言われて医者には会ってない。何も影響は無いだろ。」

 もし医者と面会していたら、ウェンが自分の把握している範囲で医者に聞ける事は一つしかなかった。国外から入手しているはずの遺伝子について、それをどう使う予定なのかを聞ければ、あるいはこの調査の全てが何でも無かったで終わる事も有りえるとウェンは思っていた。

 態度を変えないウェンに、ジェロは諦めて話を進めた。

「看板に法人名があるかい?なんとか会とか。」

 ウェンはイーゼルを見直し、書かれていたアルファベットを読み上げた。

「そのユリエに似た看護婦の事が知りたい。そんなに似ているならユリエの同期のはずだ。」

 プラスは限られた数の人間の遺伝子を複製している為、同時期に製造されたプラスは似た顔になる。似た者同士が同じ地域に存在しない様、フタバは社員の任地をコントロールしている。下調べではこの区画に同型の社員の配置は無いはずだった。

「社員じゃ無いのなら個人活動しているプラスだ。普通の女の人だ。」

「君が言っても納得いかないよ。彼女の仕事が終わるのを待って、どこに帰るのか後をつけてみたら?」

 ウェンは女を尾行する自分達の行動を想像した。当然、そんな経験は無い。

「断る。他に方法があるだろ。」

 ウェンの答えはジェロには分かっていた。

「だよね。じゃ帰ってきてデータを調べてよ。」



 フタバの管理部は体育館程の広いスペースを幾つにもブースで区切りった中央の一角でジェロは何人かの部下と大きなテーブルを囲み、仕事の采配をしていた。ジェロはウェンとフォルトが管理部に帰って来ると、傍の机の直属の幹部上司にウェンとフォルトを紹介してすぐにデスクから立ち上がった。ユリエについての調査は社内でも極秘扱いだった。

「部長はこの調査を不要だと思ってる。君と同じ考え方だ。」棟を結ぶ渡り廊下で、ジェロは肩をすくめて不満気にして見せた。この調査に誰も本気で無い事はウェンにも部長の言葉の端で察しはついたが、さっきの失敗にすこし遠慮して、ウェンは黙っていた。

 中央回路室でウェンとフォルトが看護師の顔を立体画像で確認すると、すぐにデータが収集された。常駐の眼鏡をかけた女性職員の後ろの壁面に並ぶ黄金色のパイプはフタバのコンピューター回路の本体だそうだ。国内で活動しているプラスの個人資料がストックされており、市の管理する戸籍や住民票と連絡する事が出来た。

「君達がクリニックで見た女性はルウさんと言う。ユリエと同期の出生で、市の登録ではルウさんは岬町のロボット修理工場に勤めていた。」

 ジェロは二人を自分の両側に座らせ、テーブルのボードを見せた。画面に表示された女性の職歴の幾つかのクリニック名の最後に「小川ラボ」とある文字をジェロは指で突いた。ウェンは他人の情報をここまで引き出すのは違法だと思ったが多分ジェロは、平気だよ、と言うだろう。

「この民間工場はヒトロボットの病院だ。この工場の経営者の小川って人はフタバの退職者で、在職中はプラスの人体技術部門の中核人物だった。当時あった小さな医療学会に参加していて、そこに女医の須藤先生も在籍していた。遺伝子研究の学会だったようだ。工場には従業員として助手の男性ロボットと、事務と看護を兼任するルウさんの二人がいた。」

「その工場はヒトロボットを改造する能力があるのか?」

「そうだ。僕らの体は遺伝子を書き換える事で、自己代謝による改造が町工場程度の設備でも出来る。この小川と言う人は元フタバの社員で、複製遺伝子の知識があり、プラスの改造技術を持っていて、須藤先生と面識があったと思われる。ユリエと同期のルウの存在も合わせて、僕たちの探すキーワードが揃っている。ただ、小川さん本人は故人だ。小川ラボは現在は廃業している。」

「故人?」

「3年前に高齢で亡くなってるんだ。小川さんの死亡でラボは閉院している。ルウさんは小川ラボが無くなったんで繋がりのあった須藤クリニックに勤める様になったんだろう。彼女は遺伝子医学の専門じゃない様だけど、もう一人の従業員の男性の方は、一人だけの助手だ。小川ラボの全ての医療現場に立っていたはずだ。」

 カウンターの女性職員がボードに表示させた小川ラボの会社概要の従業員の項目に「プラス女性1名」、設備品の項目に「ニューマン男性1名」とある。

「備品になってるこの助手は遺伝子操作が出来るって事か?『ニューマン』って?」

「外国メーカーのニューマン社が過去に販売していたロボットだ。人型だけど精神機能はない。自我の無いニューマンが不良行動はしないはずだし、この助手にどこまでの技能があるのかもわからない。早急にこのニューマンに会う必要があるな。クリニックの方は保留だ。これ以降、この助手の履歴は見つからない。ニューマンは製造会社も消滅している古い製品だから、今更欲しがる人もないし、彼らは機械で人権がない。新しい所有者がなければもう処分されているかもしれないな。」

 指示を待つ職員を見詰めたまま考え込むジェロに、ウェンは他人事の様に言った。

「どうする。クリニックの女に聞くか?」

「出来ないだろ?」ジェロは呆れ顔をしてみせる。

 ウェンが一応フォルトを見て、フォルトは横に首を振った。

 

 

 ジェロが仕事を終えるのを、ウェンとフォルトは職員の休憩用のフロアで待った。大枠のガラス窓から夕暮れ色の庭園を眺めているフォルトは体を人間なら不可能な角度までねじって、ソファの背に肘を付いている。

「そんなに身体をひねって大丈夫か?」

 フォルトはくるりと身体を戻した。

「変だったか?」見た目を気にしている。

「別に。胸が痛むんじゃないのか。」

「いや。この痛みは多分、気持ちの問題だ。」

「そんなのあるのかよ。」

「俺にはあるんだ。」

 フォルトはテーブルの表面をじっと見つめ、相談事の様に話した。

「人間の精神はいつも不安定で脆い欠陥システムで誰もがそれを分かってるのに、なぜか俺達は人間を複製してある。」

「ニューマンは違う様だな。」

 ウェンはジェロからフォルトとの接し方について幾つか言われていたが、相手の様子を見ながら話をするのも人を操作している様で失礼な気がして結局自分通りになる。ウェンにあっさり話を変えられ、フォルトはまたガラス窓の方を向いた。 

「俺は軍隊で別のニューマンに会った事がある。」

「経験豊富だな。友達になれたかい?」

「外見は人間だけど彼らは機械で、本能や感情を持ってない。条件反射だけで稼動してる。彼らは誰にも気を遣わない。」

「それが羨ましいのか?」

 フォルトはまじめに考えた。

「いや、そうじゃない。」



「小川さんの奥さんに連絡が取れた。小川ラボは現在も運営時の所在地に設備が残っている。ニューマンはまだそこに居るそうだ。」

 終業時間過ぎにフロアに現れたジェロはノートを触って表示を見せた。不動産情報の古い広告ページで、建物の写真が大きく載っている。極端にシンプルな造形の横長のビルはちょっと時代遅れの感がある。

「このビルの1階1号室が所在地になってる。海岸岬町開発地域だ。過疎地に工業都市計画を立てて乗り込んだニューマン社が途中で倒産して開発が中止された所だ。新しい産業が起こると我先の市場経済が暴走する。ヒトロボット産業の興隆期の副産物だ。元々僻地だからほとんどの建物は現在も管財面の整理がついてなくて、小川ラボは開発中止後も閉院までここで営業を続けていたようだ。現在開発地域は閉鎖されてるけどラボに放置されている設備を使えば、ユリエの計画は可能になる。」

 ノートを出して、とジェロは言って、広告をウェンとフォルトのノートに転送した。

「ちょっと遠いけど明日、二人でここに行って貰いたい。」

 広告の隅に書かれた海岸岬町の住所はこの街から遠かったが、ウェンは不満を口にしなかった。ジェロの活動が次々と拾ってきている情報が、一つの道筋に沿って並び始めていた。

 ウェンは自分のノートから顔を起こさずしばらく画面を見ていたが、片手でパタリとノートを閉じてまとまらない考えを諦めた。

「ボスはお前だ。指示に従う。」

 ジェロは目を丸く開いて見せた。

「君にそんな気があるとは知らなかったな。さっき話した須藤先生と小川さんの在籍していた学会でもう一つ見つけた事がある。」

「何だ。」

「勇気君のお父さんだ。佐々木さんも同じ学会名簿に名前がある。佐々木さんは遺伝子学の学校教授だ。」

 ウェンはジェロの言いたい事が分からず、じっとジェロを見た。

「お父さんの仕事は知らなかったけど、それがどう関係あるんだ。」

「わからない。見つけたってだけだ。偶然なのか、」

 ジェロは言いかけて止め、さっきまで二人がしていた様に窓から外の景色を見た。

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