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自分の生きる場所  作者: 堀河竜
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18/18

そして日常へ。


美郷と家に帰って部屋に戻ると、俺は机の前の座布団に座った。


ため息を吐いて、ゆっくり体を休ませる。



「……またしばらく、この部屋の世話になりそうだな」



部屋は出発前に掃除したので綺麗に片づけられている。


調査をして荒らした机の上も、今は跡形もなく片付いている。



それにしても、出発前は馬場もこの部屋にいたんだな……。


あいつは本当に騒がしかったから、なんだか今はこの部屋が広く思えるよ。




そう思っていると、躊躇いがちなノックが聞こえてきた。


どうぞー、と応えて部屋に招き入れる。



ノックの主は、やっぱり美郷だった。


結構聞き慣れてんだ、美郷のノックは。



「馬場くん、帰っちゃったね」



「うん……」



美郷は、俺の隣の座布団に座りながら言う。


思っている事は俺と一緒みたいだ。


あんなヤツでもいなくなると寂しい、そう寂しさを感じているんだろう。



「でもあいつはきっと、向こうでもよくやってるよ。

だって、あいつだもんな」



「そうだね……」




美郷は、寂しそうにしながら、俺の肩に頭をのせた。


俺もまた、頭を美郷の頭とくっつける。



「……あいつと、お義父さんお義母さんが俺を止めてくれたんだよ、アースに帰るのをさ」



「そうなんだ……」



「準備も整って自転車に跨って帰ろうって時に、俺の体が全然動かなくなってさ……

それで馬場が言ったんだ。

思いを隠すなよって、そんな大きな思いは隠しきれないんだからって」



「へぇ……」



「俺、美郷が好きな気持ちを隠してたんだ。

胃潰瘍で入院した時にこっそり処方してもらった精神安定剤を飲んで……」



言いにくい事だけど、美郷に言わなきゃいけない。


美郷とはやっぱり秘密なく付き合いたいし、これは大事な事なんだし……



「……知ってたよ」



「本当に?」



「うん…私もその薬、勝手に飲んで俊助くんを好きな気持ちを隠しちゃってたから……」



「……やっぱりそうなんだ」



実は薄々気付いていた。


美郷が薬を飲んで好きな気持ちを抑えているんじゃないかって。


その好きの気持ちの方向は、俺じゃなくて俊太郎だって思い込んでたけど、たぶんそうなんじゃないかって……。



「ごめんね俊助くん…勝手に薬を飲んで……」



「いいよ。これでおあいこだし。

それに、俺と同じくらい辛かったんだよね」



「うん……」




俺は美郷の肩に腕を回して抱き締めた。


日ノ出公園の展望台で抱き締めたようにぎゅっと……



でも、今度は場所が違う。


公園と違って風が吹く音や鳥が泣く声が聞こえてこない、二人っきりの静かな場所だ。



あの時はあの時でロマンチックだったけど、今は今で違う種類のロマンチックだ。


胸をドキドキさせて頭を麻痺させるようなロマンチック……




「俊助くん……」



「なに……?」





「…冬休みの宿題、やった?」







時が止まった。



完全に思考が停止し、俺は石のように固まった。


頭を麻痺させるようなどと、どうたらこうたらと思っていたけど、本当に頭が麻痺してしまったみたいで美郷の言った事がすぐには理解できなかった。



そして5秒が経った後、俺はやっと麻痺が解けて口を開いた。



「や…やってねぇぇえー!」












俺は頭を抱えて背中から派手に倒れた。


あまりの驚きに、ボクシングのチャンピオンに殴られたように床に倒れ込まされた。



うぅ…そうだった…すっかり忘れてた……俺はまだ、宿題の少しもやってないじゃないか……。


なんてこった…さっき、明日は美郷とどこかへ遊びに行こうと既に計画を練っていたのに…


まさか悉く打ち砕かれるとは…



「あはは、自業自得だね」



俺が頭を抱えている様子を見て、美郷はお腹を抑えて笑っている。



うぅ…美郷のやつ…

言うならさっきじゃなくて、後でもよかったじゃないか…


せっかくまた、もう一回キスできるかな、とか思ったのに…



「だ、だって…俺は本当にこの世界から出ていくつもりだったし…

それに、美郷の事で一杯一杯で宿題なんかできなかったんだから…」



そう言うと、美郷は笑いながら顔を赤くした。



あれ、笑いすぎて顔が赤くなったのかな。


それとも…違う何かで赤くなったのかな。



「それなら、仕様がないかもね。

私もたぶん、冬休みの始めに終わらせてなかったら、まだ残ってたと思うし…」



「へぇ……あっ、ていうことは、美郷はもう宿題終わったのか…

いいなあ……」



「まぁまぁ、頑張ろうよ。

私が手伝ってあげるから」



それを聞くと、俺はやる気が出てきた気がした。


美郷と一緒に宿題をできるという、たったその事だけで。



でも素直に喜ぶのは何だか恥ずかしくて、俺は「わ、わかったよ…やるよ…」と、わざと苦笑いを作って机に宿題を並べた。


対して美郷は、嬉しそうに無邪気に笑いながら、「まずはこれね」と作業を仕向けてくる。



そうして俺たちは、一緒に宿題を始めた。


俺が問題を解いていき、わからない問題があったら美郷に訊く。


男としては情けないけど、でも俺はそれが楽しかった。


美郷が傍にいることが、本当に嬉しかった。



だから俺は何時間も宿題を続けられた。


「辛くない?そろそろやめようか?」と美郷に気づかうと、「私は辛くないけど、俊助くんが辛いなら…」と美郷も気づかってくれた事が嬉しくて、俺たちはまた次の日も宿題をぶっ続けで進めていた。






もう、離せそうにないな……。


こんな可愛くて綺麗な存在……。





俺はこの綺麗な存在と…美郷と生きていこう……。


だって、これが自分の生きる場所だから……。


美郷の傍が、自分の生きる場所だから……。




聡美……。



俺の生きる場所は見つけられた訳だけれど、偉そうに言っていた聡美は見つけられた?


もう会うこともなくなっちゃったけど、聡美は無事に見つける事ができた?


聡美の、お前の生きる場所を━━。




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