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「コーデリア、今日からお前の母と弟となる、ユリアとロイドだ。挨拶しなさい」


 何の前触れもなく、日頃ろくな会話もない父に、珍しく呼ばれたと思ったら、これである。

 目の前には黒髪で、伏し目がちな三十代くらいのガリガリに痩せた女性と、女性とそっくりな黒髪黒目の暗い眼をした、ガリガリに痩せた少年が立っていた。


「初めまして、コーデリアと申します。お義母様、ロイド様宜しくお願いいたします」


 にっこり微笑んで挨拶すれば、虚をつかれたかのように二人ともたどたどしく挨拶を返してくれた。

 ロイド様は私と同じ十歳だそうだ。栄養が足りていないのか、十歳にしては背も小さい。服も擦りきれている。チラリと父を見ると、それで用は済んだとばかりに父はさっさとその場から立ち去ってしまった。

 私は壁際に控えていた家令を見た。


「セバスはこの事は以前から知っていたのかしら?」

「いいえ事前の相談は何も……」

「そう、なら部屋の準備などはまだできていないわよね……取りあえず二人を客間にお通しして」

「承知いたしました」

「あと、夕食前に何か消化にいい軽食をお出しして。入浴の準備と着替えも」

「お嬢様、ロイド様の服は旦那様の子供服で代用いたしますが、奥様の服は如何いたしますか?」

「そうね、私のお母様の服を用意して。仕立て屋を明日にでも呼んでちょうだい。部屋の改装も急いでね。お父様はいらっしゃらないでしょうから、夕食も部屋へお出しして。あとは医師を手配して、健康診断をしていただいて。侍女や侍従の采配は任せるわ」


 そこまで一気に指示を出した後、私はもう一度二人に向き合った。


「お義母様、ロイド様、晩餐をご一緒したいところですが、お二人共お疲れでしょう、お部屋で召し上がれるようにしますので、今日はゆっくり休んでくださいませ」


 事の成り行きを固唾を飲んで見守っていたであろう二人のうち、お義母様が意を決したように声をあげた。


「あの、お嬢様、その……よろしいのでしょうか……私達のような者が……」

「コーデリアですわ、お義母様。呼びにくければ、コーディとお呼びください。私に敬語も必要ありません。必要な話は色々ありますが、細かい事は後々私とお話しましょう。お父様はあの通りマイペースな方なので」


 苦笑と共に話を切り上げて私は自室に戻った。




***




 初対面なのは確かだけれど、私はあの二人の事を知っていた。前世知識というやつだけれども。

 前世、私がどんな人物で、どんな人生を歩んだのか、それは思い出せないものの、日本という国で、豊かな生活を送っていたのは間違いないと思う。


 前世でプレイした乙女ゲームに登場するのが、あの親子である。私も悪役令嬢キャラで登場し、シークレットキャラの義弟であるロイドを虐め、義母に至っては死ぬ程虐めぬくという、苛烈なキャラクターだった。

 もちろんロイドに復讐されるのだけど。


 私が断罪され、幽閉されるルートはロイドだけだ。その他の攻略対象者での私の役どころはヒロインのライバルキャラクターであり、友人ポジションであったため、ヒロインを祝福して円満にエンドを迎えるルートがほとんどだ。

 ロイドルートは特殊で、他の攻略対象者全員と友人以上恋人未満でかつ悪役令嬢コーデリアと親友になった後のエンディング後に解放されたはず。


 今ヒロインがどこにいて何をしているのか、公爵家の力を使って調べようと思えばできるんだけれども……あまり興味がわかないのよね。

 義母やロイドを虐める気もないし。お父様が何を考えているのか、ゲームでも現在でもよく分からないけれど、ロイドが後継者候補なんだろう。

 ロイドは遠縁とはいえ公爵家の血筋だし、優秀だったもの。義母の連れ子だけどちゃんと養子縁組しているしね。


 虐める気はないとはいえ、ゲームの強制力?とかあるかも知れないけれど、穏便に済ませたいというのが本音。

 出来れば平民になって自由気ままに生きたいけれど、いくらお父様が私に無関心でもそうはいかないだろう。どこかの有力貴族に嫁がされるのが既定路線かな……。

 結婚しなくていいならお父様の持っている従属爵位のひとつを貰って領地の片隅でのんびり暮らしたいなぁ……。社交界も興味ないし。




***




 翌日、部屋でセバスからの報告を受ける。


「二人の様子はどう?」

「食事もよく召し上がりましたし、夜もぐっすり眠れたようです。今朝は顔色も良くなっていました」

「医師の見立ては?」

「疲労と栄養失調です。胃腸が弱っているとのことで、消化のいい栄養価の高いものを食べさせて休養させるようにと。お二人共」

「そう、ずいぶんご苦労されたのね」

「……それでお嬢様、ロイド様にはなかったのですが、奥様の背中や足に叩かれたような鬱血痕があったとの事でそちらも治療しています。鎮痛剤や胃腸薬、湿布などを処方していただきました。医師からは三日後経過観察に伺うとの事でした」

「……どういう経緯があったのか、聞いている?」

「いいえ、旦那様には同じ事を報告しましたが、お嬢様が面倒を見るなら、そのようにとだけ」


(自分で拾ってきたくせに、私に丸投げなの?……だからゲームではやりたい放題虐めていたのねコーデリア)


「……思ったより状態が良くないわね、今日の仕立て屋はキャンセルして。肌を見せたくないだろうし。お父様はご結婚なさったのよね?式はともかく御披露目はしないわけにはいかないわ、三ヶ月後の社交シーズンに合わせて王都のタウンハウスで取り行いりましょう。招待客の選別をお願いね。公爵家の結婚だから王族もお呼びしなくてはね。そちらはお父様に相談できるかしら。お義母様の家庭教師も必要ね。ロイド様の家庭教師も探しておいて。二人の体調を見ながらになるけれど」

「承りました」

「……部屋の改装だけど、公爵婦人の部屋は十年そのままだったんだもの、壁紙などは貼り替えなくてはね。家具も公爵家の品位に沿ったものならご本人の希望も聞いてさしあげて。トイレと浴場とミニキッチンも増設しなくてはね」

「承知いたしました。技師と職人を呼んでおります。明日の午後には来られるそうです。それとお嬢様、お二人がお嬢様にお礼をしたいので、部屋を訪ねたいとの事ですが、如何いたしますか?」

「そうね、いくつか話しておきたい事もあるし、午後のお茶をサロンでご一緒するわ」




***




 私がサロンに現れると、二人共に立ち上がってお礼と挨拶をしてくれたけれど、やはり固い。

 だが所作はそれなりに出来ているようだ。これなら大急ぎで詰め込んで、御披露目に間に合うかもしれない。


 二人の向かいのソファーに腰掛け、サーブされた紅茶を口に含んで香りを楽しんでいると、右斜めに座ったロイドからチラチラ視線を感じる。初対面時の暗い瞳ではないけれど、物言いたげに見られると気になるので、ロイドに微笑んでみた。


「あの、お嬢様、質問してもいいですか?」

「ロイド様、私の事はコーデリアとお呼びください。家族になったんですもの。質問もお気軽にどうぞ」

「……では、コーデリア、様」

「様もいらないのですけれど、今は良いですわ。はい、何でしょうか?」


 押し問答になるのも気まずいので、微笑みながら妥協する。顔を赤くしたり青くしたりして、かわいそうになってしまった。いきなり公爵令嬢に家族だなんだ言われても、はいそうですかとはいかないだろう。私もそうだし。


「……蛇口から、水が出ました。お湯も出たし、水洗トイレもありました。お風呂も初めて見ました。公爵家では当たり前なのですか?」


 ああ、迂闊だった。ロイドのもう一つの()()を忘れていた。


 この世界は私のプレイした乙女ゲームの世界によく似ている。

 乙女ゲームなんだから中世ヨーロッパ風の世界観でも上水道や下水道が整備されていて、衛生観念が現代地球と同じとかゆるふわでいいのに、そこは頑なに中世ヨーロッパを再現していた。

 つまり飲み水は井戸から汲むし、トイレはチェンバーポットだし(窓から投げ捨てたりはしない)入浴の習慣もない。

 現代日本人の衛生観念では耐えられなかったのだ、私が。

 だから公爵家の権力と財力と人脈をフル活用して、これらの水回りを整備した。


 ここは誤魔化すべきだろうか……?事業はお父様の名前でやっているものの、他は中世そのままなのに、公爵家だけ異様に近代的なのだ。前世日本人としての記憶があるロイドが疑問に思うのも仕方ない。


 ロイドのもう一つの設定とは、異世界転生した現代日本人だ。ただ、ゲーム世界だと知ってはいないはずだ。それにロイドにも協力してもらったら、あの事業もうまくいくかも知れないし……。


「えぇ、わが家ではそうですね。……簡単に説明すると、川からポンプで取水して濾過し、次亜塩素酸ナトリウムで消毒した後、タンクに貯水して各水回りにパイプで配水して使用しています。お湯はボイラーで温めています。水質検査もしていますので、安心して飲めますよ?」


 ロイドが息を呑んで食い入るように見つめてくる。「ポンプ……次亜塩素酸……カルキ?」とつぶやいていた。


「今は公爵家でのみ試験運用しています。いずれ領地内の各家庭に配水したい、と考えていますが、規模が大きくなればそれなりに資金が必要ですから、資金の調達が今の課題です」


 嘘です。これは今思い付きました。でもロイドの目がキラキラしているので、そのうち巻き込んでしまおう。


「コーデリア様、もしかして……」

「ロイド様?詳細については後でお話しましょう。お義母様が驚いていらっしゃいますわ」


 お義母様は私とロイドを交互に見ながら、戸惑っているようだった。それはそうだろうね。


 義母にもやってもらう事は山ほどあるのだ。むしろ今日はそっちがメインの話し合いになる。


 体調が整い次第になると前置きした上で、御披露目の事や、家庭教師の事、覚えてほしい事などを説明した。

 お義母様が幾分怯えていてかわいそうになるが、こればかりはどうしようもない。


「お父様は御披露目をするつもりはないのでしょう。でも、それではお義母様が日陰者と侮られますし、公爵家の沽券にも関わります。貴族社会、舐められたら終わりなのです。有力貴族を主に招待しますが、ほとんど公爵家と関わりのある家なので、当日は微笑んで挨拶するだけで済むはずです」


 しまった。安心させるつもりでなるべく柔らかく話したつもりだったのに、益々縮まってしまった。でも時間もないし、腹を括ってもらわないと。


「……御披露目は夜会になるので、私もロイド様も出席できません。きっとお独りで心細いでしょう。でも、お義母様の味方になってくれそうなご婦人を幾人か知っています。その方達とご令息ご令嬢を招待して、御披露目前にお茶会を開きます。顔繋ぎですね。ロイド様にとっても良い経験になりますわ」


 お義母様は青い顔をしながらも小さい声で

「お手数をおかけします。よろしくお願いいたします」と言った。


「そんなに恐縮しないでくださいませ。公爵家には長い事女主人がいませんでした。今まではそれで何とかなりましたが、私もデビュタントを控えています。いかに公爵家とはいえ、社交を疎かにするわけにもいきませんので、お義母様がいらしてくれると、私も助かるのですわ」



 


 







 


 




 






 


 


 

 

 

 

 

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