76話
騎士団長がたそがれていた。
その背を、副官がどこか遠い眼差しで見つめている。
私は副官にそっと後ろから歩み寄り、躊躇いながら声をかけた。
「⋯⋯ブルーノさん。騎士団長は大丈夫かな?」
私の声に驚いたように振り返ると、糸目を更に細くしてブルーノが笑った。
「心配ないよナギちゃん。予想外に色々問題が大きくなってどうしよう、って思ってるんだと思うよ」
「そうだよね……」
「しっかし。400年前の魔王とか。スタンピードだけでもマズイ状況なのに、その上そんなの襲撃されたら、ただの軍隊だったら壊滅するなぁ」
「第三部隊の皆、ケガさせちゃってごめんね」
「むしろ皆生きていてビックリだよ」
何だか本当に申し訳なかった。
「レオンハルトさんの腕、国交問題になるかもしれないよね?」
「う~~~ん」
「私が動くことで何とかなるなら、いつでも言って欲しい」
「ナギちゃんのせいじゃないでしょ?」
「……私のせいだよ」
私が頼んだ。中央で皆を守って欲しいと。
私がケガを負って。死ぬかもしれないと知って。レオンハルトさんは――
きっと私のために、死ぬ気で村を守ろうとしてくれたんだ。
「剣聖の腕が無くなってしまった……」
俯いたまま、ポツリと呟く。
ブルーノはそんな私を暫く見つめた後、
「師匠冥利につきると思ってるよ。あのバカは」
そう言って糸目を更に細めて笑った。
「まあ、心配なら、あっちの国から何かあったら連絡するから」
「うん」
「それより。ナギちゃん」
「ん?」
「あそこからすっごい目で睨んでる人、何?」
騎士団長を影で支える『参謀狐』のあだ名がついているブルーノが。
ちょっとだけ震えていた。
嫌な予感がして、ゆっくりとブルーノの視線を辿る。
建物の影に半身を隠す様に、こちらをじっと見つめるシオルの姿があった。
私も一瞬たそがれたくなったけど。
黙ったままシオルの手を引いて、ブルーノの前に連れて来る。
「紹介します。私の旦那さまです」
「え?」
隣のシオルが少しだけ動いた気配がした。
向かいのブルーノは、細目って目をこんなに見開くこと出来るんだ、とビックリするぐらいカッと目を開いている。
「え~こちらは、ブルーノさん。王国騎士団の騎士団長直下の副官です。私が魔王討伐に行く前、色々お世話になってた人」
「……」
ただじっとブルーノを見つめるシオル。
「ナギちゃん」
私を呼んだ瞬間、シオルから魔力が迸った。
「え?…旦那さん…心狭すぎない?」
「ごめん……」
「いろんな意味で、凄い人と結婚したんだね。ナギちゃん」
私の手を握っていたシオルの手のひらに、一瞬で力が入った。
魔力が静電気のように漂っている。
「何かバチバチしてるけど」
「いや。ブルーノさんが悪いよ。わざとじゃん」
「面白いね。旦那さん」
「やめてよ。ブルーノさん燃やされちゃうよ?」
「燃や……?」
横のシオルを見上げて、
「あのね、この人はレオンハルトさんの『親友』なの」
私の言葉に、シオルが少しだけ反応した。
「……右腕のことか?」
何の話をしていたのか、シオルは知らないはずなのに。
『親友』と伝えただけで、察してしまったようだった。
返事をする代わりに、シオルを見つめる。
私が泣きそうになっている――、そう思ったのか握る手に力が更にこもった。
「ナギ。その事で少しだけ話がある」
◇◇◇
ブルーノがレオンハルトの顔を見たいというので、三人で村長の家へ向かう。
スタンピードが終わった後も、勇者一行は村長の家に滞在していた。
とくにレオンハルトの体力が回復するまでは、しばらくここで過ごす予定だと聞いている。
その村長の家の前で、レオンハルトが左手だけで素振りをしていた――
思わず足が止まる。
「レオンハルトさん!?」
「お?ナギ!どうした……って。ブルーノ!?」
「全然元気じゃんか。俺の心配返して」
私たちの声に、家の中からカップを持ったままゼノスが顔をだす。
「いらっしゃい。どうしました?皆さんで。おや?ブルーノさん?」
そして家の中ではドルガンがお酒を飲んでいた。
先程まで中央の被害の大きさ、勇者パーティーのケガの状況を話していたというのに。
横のブルーノの目がとてつもなく細くなっている。
「えらいことになってたと、さっき聞いたばっかりなんだが。騎士団長がそれでどう報告するか、ずっと悩んでるってのに。あんたたち化け物かい?なんでもうそんなにピンピンしてる?おかしいだろう?」
「いや、でも」レオンハルトが椅子の上で小さくなっている。
「特にお前だレオン。利き腕なくして。どうすんだ、これから」
「大丈夫だ!もう一本腕はあるからな!」
久しぶりに再会した親友に、素晴らしい笑顔を向けるレオンハルト。
「そうか、そうか。じゃねえわ。なんでそうなる?お前は」
勇者パーティーを座らせ、尻尾を逆立てた――(ように見えた)ブルーノがこんこんと説教をする。
私とシオルは、それを後ろから黙って見守った。
ブルーノの言いたいことも分かる。
どれだけの被害状況だったのか、それを持ち帰る立場としては、今回のスタンピードはかなり深刻な、未曽有の危機だったのだと示した上で、今後の復興・防衛を焦点にしたい。
だが、剣聖の腕を失った事――それは剣聖という存在の立場、ひいては隣国が誇る戦力そのものの喪失を意味する。
ともすれば国内被害の補填よりも、国交における賠償問題が優先される可能性が高いのだ。
さらに、魔族との共闘、四百年前の魔王復活という要素まで重なっている。
騎士団長は今頃、胃を痛めているはずだ。
なのに。
肝心のレオンハルトは腕を失っても変わっておらず。
横の二人も相変わらずだった。
ブルーノの説教が続いている。
「……」
「ナギ。さっきの話だが」
シオルの言葉にハッとする。そうだった。大事な話があったんだった。
その言葉にブルーノが振り向いた。
「いいよ、ナギちゃんの旦那。レオンには何か勿体ないから」
「いやいや。ブルーノさん、話だけしてみよう?色々大変な騎士団長のためにも」
向かいに小さくなって座っている三人の頭には、「?」が浮かんでいる。
「シオルがね」
そう言ってレオンハルトさんの目を見つめる。
「作れるかもしれないって、言ってるの」
この世界には義手や義足はない。身体の欠損はそのままだ。
傷をふさぐポーションはあっても、再生はできないらしい。
シオルはこの500年間、ずっと『人形』を作ってきた。
魔獣を媒介にした研究だけを続けてきたので、確実なことは言えないが……と前置きした上で。
「私が研究で使っている部材と術式の一部を改め、人間の失われた四肢と、その者が持つ魔力因子を使って結合する。以前と遜色なく反応を返すか、それはやってみないと分からないが」
「……」レオンハルトが固まっている。
「なんだ?どういうことだ?」ドルガンも首を傾げている。
「……そんな、そんなことが可能なんですか……?」ゼノスだけ理解しているようだった。鼻息が少し荒い。
ブルーノがレオンハルトを見て、深くため息を吐く。
「つまりな。ナギちゃんの旦那が、お前の『右腕』作ってくれるって言ってんの」
「!」
ゆっくりと視線がシオルに集まった。
「断っておくが、ナギのためだ。ナギの関係者でなければ私はしない」
シオルの通常運転は変わらなかったけど。
ドルガンがレオンハルトの背中を軽く叩く。
少しだけ俯いたレオンハルトだったが、次に顔を上げた時には、何かを期待して目を輝かせている剣聖がそこにいた。




