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1話

初連載です。

魔王討伐の報が王都にもたらされると、街は歓喜に沸き、鐘が鳴り響いた。


馬車に乗った勇者一行が城門をくぐると、人々は花を撒き、万歳の声をあげた。

五人は疲れ切っていたが、声援に応えようと、それぞれ笑顔を返す。


剣聖は照れくさそうに笑い、聖女は軽く手を振り、戦士は目元を和らげ前を見つめている。

賢者は紳士らしく、優雅に手を振った。


長い旅だった。勇者である凪海(なぎ)は異世界――日本から召喚された16歳の女子高生だった。


下校途中、突然足元が光り、気が付けばこの世界の神殿に立っていた。

魔王を倒してほしい――その願いのために。


それから剣術、魔術、体術、この世界の礼儀作法まで、一通りの教育と訓練を受け、17歳の頃、魔王城へ向け旅立った。

必死に北上し、魔王を討ち取ったのは22歳のときだった。


そして今、凱旋の時を迎えている。






王宮では王族をはじめ貴族や高官たちが五人の帰還を待ちわびていた。

黄金の装飾が施された玉座の前で、五人は跪く。


国王は重々しい声で告げた。


「世界を救いし五人の英雄よ。各国より賛辞の声が届いておるが、まずは我が国より、最大限の敬意と謝意を捧げよう」


続いて高官より五人に褒章が授けられた。

その莫大な量と価値に、広間はどよめいた。


やがて、国王は凪海に目を向けた。

「……勇者ナギ・メグロよ。望みがあれば、申してみよ。王命にて叶えよう」


周囲が息を呑む中、凪海はそっと顔を上げる。

その目に映るのは、栄誉でも財宝でもなく――


「二つございますが宜しいでしょうか」

「構わぬ。申してみよ」

「一つは殿下との婚約を破棄して頂き、殿下とリアノーラ様との婚約を、再び結びなおしていただきたいのです」


一瞬、場が凍りついたように感じた。


「ナギよ…理由を聞いてもよいか?」

「リアノーラ様は、私の姉のような方です。この世界に来て右も左も分からなかった私に、身分や立場を超えて寄り添い、支えてくださいました。本来、殿下の隣にいるべきは私などではなく、彼女なのだと、私はずっと思っていました」


国王は深く考えるように目を細め、ふと隣にいる殿下の方へ視線を向けた。

普段は何を考えているのか掴みづらい殿下だが、そのときは珍しくわずかに表情が揺らぎ、ほんの少し驚いたように見えた。




「そして、もう一つは――」

凪海は一度深く頭を下げ、そして真っ直ぐに国王を見つめた。


「私の存在が、これ以上この国に不要な争いの火種を生むのは望みません。ですから私は、貴族としてでも、宮廷に生きる者としてでもなく、ただの一人の人間として――冒険者として生きていきたいのです」


国王はゆっくりと頷き、こう言った。

「――その望み、叶えよう」


その言葉に、玉座の間の緊張がふっと緩み、殿下の表情にはどこか優しげな笑みが宿った。

普段は冷静で厳格な王族二人が、凪海の決意に少しだけ心を許したような、柔らかい表情を見せていた。


凪海はそんな二人の姿を見て、静かな安堵を感じた。






凱旋を祝う王都のパーティー会場で、五人はようやく一息ついていた。


「やっと終わったな」

剣聖がグラスを傾けながら、ぽつりとつぶやく。


「長かったですね。……六年は」

賢者が遠い目をして、過ぎた歳月を振り返る。


「こうして皆、無事に帰ってこられて……本当に良かったですわ」

聖女は柔らかく微笑んだ。


隣では戦士が、満足そうに酒に舌鼓を打っていた。


「ナギは、本当に冒険者になるのか?」

ふと、剣聖から投げかけられる。

「うん。こっちの準備が整ったら、すぐに発つよ」

凪海は笑顔で答えたが、その瞳にはどこか遠くを見るような光が宿っていた。

「そうか……また旅に出るんだな」

剣士が、静かに凪海の瞳を見つめながら言った。


「殿下とのことは……本当に、これで良かったのですか?」

「うん、大丈夫」

凪海は頷き、グラスを手に取った。


「歴史に出てくる“勇者”って、ほとんどが男性だったらしいんだ。

でも今回は私で、女だったから――利用しようとする貴族もけっこういたの。

あからさまに見下してくる人も多くてね。

それに気づいたリアノーラさんと殿下が相談して、私の後ろ盾になるために二人の婚約を白紙にして……

代わりに、私と殿下との“婚約”という形を取ってくれたんだ。

だから、これでいいの。

私が宮廷にいなければ、おバカな貴族たちも、そう簡単には手出しできないだろうしね」


「……そうだったのですね」

聖女が静かに目を伏せた。

「どこの国にもいますからね。そういった輩は」

賢者が不快そうに眉をひそめ、低く言った。


ふと、凪海がテーブルの皆を見回しながら口を開いた。


「みんな……これから、それぞれの国に帰るの?」

静かな問いに、しばしの間があった。


「俺は国に帰るよ」

最初に応えたのは剣聖だった。

グラスを軽く傾けながら、穏やかな瞳で凪海を見る。

「武門の家に生まれた以上、責任ってやつがあるからな。 でも……たまには会いに来いよ、弟子としての修行はまだ終わっちゃいない」

「うん、分かった。ちゃんと筋トレも続けるよ」

凪海が笑うと、剣聖も満足げに頷いた。


「私は、聖王国に戻ります」

聖女が手を胸に当て、祈るような口調で言った。

「また神殿で癒しと祈りの務めを果たすつもりです。 ………時折この旅のことを思い出すでしょうね。とても、かけがえのない時間でしたから」

凪海は優しく頷いた。


「オレはドワーフの山に帰る」

戦士が珍しく静かに笑った。

「しばらくは鍛冶場にこもって、新しい武器でも打つかって思ってんだ。今度来たら見せてやる」

「うん、楽しみにしてる」

凪海の声に、戦士は嬉しそうに鼻を鳴らした。


「私は……少し、遠回りして帰るつもりです」

最後に口を開いたのは賢者だった。

「故郷の国ではまた魔道院に戻る予定ですが、その前に、この世界の“変わりゆく姿”を見届けておきたい。 ……勇者が女性だったこの時代――、それを記憶として刻んでおきたいんです」

「……ありがとう、みんな」

凪海はそう言って、そっとグラスを掲げた。


「いつか、またどこかで――」


「「――ああ」」

四人の声が、重なるように応えた。




朝靄の残る王城の裏門。

人通りの少ないその場所に、凪海は旅装を整えて立っていた。


腰には勇者の剣を差し、肩には小さな荷を担ぐ。

あとはもう、歩き出すだけだった。


「……もう、行くのね」

声をかけてきたのは、淡い藤色のドレスをまとったリアノーラ。

その目元には、隠しきれない名残惜しさが滲んでいた。


「はい。準備はできました」

凪海が微笑んで答えると、リアノーラの眉がかすかに陰った。


「……あなたと過ごした時間は、私にとって本当にかけがえのないものだったわ。どうか気をつけて……。もし――」

その先の言葉は、言い淀み、途切れた。


「もし?」

凪海がやさしく促すと、リアノーラはほんの少し頷いた。


「……もし困った事があったらそのときは、絶対私を頼って。あなたはもう、私の妹みたいなものだから」

「……ありがとう。私も……姉がいたら、きっとこんな感じだったんだろうなって、ずっと思ってた」


リアノーラの目が潤んだ。


「……あなたが、新たな道へ歩み出すと決めたのだから。私も、強くならないとね」

「うん」


そのとき、もう一人の姿が門の陰から現れた。


「――勇者、いや。ナギ」

静かに現れたのは、第一王子――かつての婚約者だった殿下だ。

相変わらず隙のない服装と表情だが、その瞳にはどこか穏やかな光が宿っていた。


「……私たちは、君にあまりにも多くを背負わせてしまった……すまなかった。この世界を恨まずに、戦い、救ってくれてありがとう…」

「私は、自分の意思で戦いました。誰かのために、そして……自分のために」

殿下は小さく頷き、懐から小さな箱を取り出した。


「これは、我が王家の紋章入りの指輪だ。……“友”として、君の旅路の加護となればと思ってな」

「……ありがとうございます。大切にします」

凪海は指輪を受け取り、リアノーラと殿下に深く頭を下げた。


「それじゃ、行ってきます」


凪海は、二人に背を向け、振り返らずに歩き出した。


リアノーラはそっと呟いた。

「……また会える日を、信じているわ。ナギ」

殿下は静かに手を胸に当てる。

「どうか、その歩みに幸多からんことを――」


朝の光の中、凪海の背はやがて小さくなり、そして見えなくなった。


こうして――かつて世界を救った勇者は、新たな旅へと歩み出した。







凪海にはどうしても、もう一度訪れたい場所があった。


どうしても忘れられない記憶――


それは、魔王討伐の旅の途中、北の小さな村での出来事だった。

そこで暮らす一人の少女が、旅の疲れを癒す束の間の安らぎとなっていた。


ほんのわずかな時間――しかし凪海にとっては、久しぶりに少女らしさを取り戻せる、かけがえのないひとときだった。


だが、その穏やかな時は長くは続かなかった。

少女は、『魔王を倒そうとする勇者』を敵視する魔族の目に留まってしまう。


魔族がその少女を人質に取ろうとしたとき、少女は凪海の足手まといになることを良しとせず、必死に抵抗した。

しかし無情にも、魔族の手によって命を奪われてしまう。


その悲劇は、凪海の魔王への認識を大きく変えた。

それまでやや懐疑的だった魔王への意識が、彼女にとって「倒さなければならない相手」へと姿を変えたのだ。


傷つき、すさんだ心を抱えながら、凪海はそのまま更に北へ旅を続ける。


魔獣や魔族に荒らされた辺境の村で――

一面に咲き誇る白いスノードロップが、静かに風に揺れていた。


その花は、少女が生前、心から愛していたものだった。


風に揺れる花々の中、凪海はそっと膝をつき、静かに涙を流した。




読んでくださりありがとうございます! 次もよろしくお願いします。

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