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もっと食べたい

 客足も疎らな電車の中、一人で一席独占している私は、呆然と右から左へと移ろう窓の外の景色を眺めていた。


 普段、あまり景色に興味持つほど情緒的でもないのだけれど、18にもなって田舎暮らしの感覚抜けきらなかった分、立ち並ぶビルの多さ。どこを見ても車が走っていてると興味引かれる。


『ねぇ、アマテ』


 今日から私は大学生だ。

 この都会の中で一人生きていくのだと思うと、年甲斐もなく胸が弾む。


『アマテってば』

「……なに?」


 そんな余韻もいずこかへ。

 私の頭の上をふわふわしながら、話しかけてくる女性の声。

 鋭く尖った耳からして人間ならぬ異質さを感じさせ、桃と紫の混じった髪に浴衣ドレスへ身を包む、本人曰く『悪魔』がいる。

 

『鞄の中のお菓子食べていい?』

「半分残しといてよ」


 チョコビスケットが一掴み、鞄の中から消失する。

 こんな風に私の頭の上辺りでウロチョロとするこの子は、小学生の頃から私に取り憑いている悪魔である。他から見えていない。

 

 名は『ミコト』

 悪魔の本名は人間に発音できないが、人間の世界で『心臓/みこと』を現す言葉らしいので、私もミコトと呼んでいる。


『人間のお菓子は本当に美味しいわね』


 私や周囲に何かしてくることはなく、私の心の中?と称する空間へ住まい言わば宿貸しをしている。


 電車を降り、都会のど真ん中へと降り立った私は街行く人々の足音や車の音、それらを楽しみながら大学へと歩を進めたそこは、雄大なコンクリートジャングルに位置する都内でも有数の医療大学。


 高校とはもはやスケールが比べ物にならない広さのグラウンドや五棟は連なった校舎の多さは圧倒される。

 

「大学ねぇ。学校みたいなものかしら」

「ミコトの元居た世界にも学校ってあるの?」

「あるわよ。日々、立派な悪魔とするためのあなた達の言葉で言う学校が」


「へぇ、意外」

「生徒も先生も誰も来ないけど」


 一瞬可愛げあるなと思った私が不味かった。


「悪魔は悪魔らしく、誰も真面目に授業受けたり開いたりなんてしなくて」

「それ建ってる意味あるの?」


 いつものノリで会話してしまったが、大学ともなると人の行き交いが多くて一瞬目があった生徒に怪しまれた気がし、口を紡ぐ。


『本当に人間って面倒ねぇ』


 特に面白味のある訳じゃない入学式が終わると、自動的にそれぞれ解散のムードとなっていく。


 入学祝にどこか寄っていこうとする者やサークルの勧誘などでごった返し、これからは高校と違って自由と責任がのしかかる年代となるわけだが、やはり大学の開放的な空気には私も、ついはしゃぎたくなってきた。


『カラオケでも行きましょうか、アマテの歌また聞きたい』

「もう勘弁して……それに、まっすぐ大学来たけど引っ越しの荷物とか開けてないし、今日はそんな遊んでられないよ」

『段ボールなんていつでも開けられるじゃないの』


 なんてやりとりをかわしていた私たちの目に、ふと一年生を呼び集めている上級生の集団に出くわす。


「入学おめでとう」


 サークルの勧誘というやつか。

 そこかしこからサークルのチラシをどっさりと渡されて、少々簡単に返してくれそうにない雰囲気に取り囲まれる。


 早く帰りたいのにと言う気持ちから押し入る人混みを掻き分けて、脱け出た私の前へまた案内する声があった。


「私たちは『大学イベントサークル』で、夏にはプールとか冬にはスキー旅行を企画したりしてるの」

「そうそう。今日はその一貫として食堂かしきってパーティーあるから、是非参加してってよ」


 あまり大勢ではしゃいだりとかは好きじゃないのだけど、たまにはこう言うのも経験かと私は案内されるまま食堂へ連れてこられる。


「おお……」


 大学の食堂は相当広くてちょっとしたレストラン並、高校とのスケールや自由さの違いを思い知った。

 バイキング形式で料理が揃えられており、先輩の勧めもあって私は好きなメニューから手が伸びていく。


『そっちの唐揚げと、スパゲッティー。後はカツサンドも忘れないで』

「はいはい」


 私の分、というよりミコトの分を気がつけば、周りが二度見するくらいの量を取ってしまった私に男子の先輩が二人、近づいてきた。

 取りすぎを怒られるかと焦った私だが、茶髪にピアスとおちゃらけた風貌の先輩はよく食べると笑いながら


「これは奢りだからドンドン食べてって」


 まだまだ用意はあるから気にしなくていいと声をかけてくれる。


「私は、石崎啓介。医療学部の4年でこのサークルの元部長だ」


 反対に、キッチリと大学生らしい爽やかな衣装を着こなす青年で結構個人的にタイプのイケメンだ。


「で。今は俺が部長、同じく4年になるはずがダブっちまったけど……まぁいいや。(つるぎ) 世界(せかい)だ、よろしくな」

御上(みかみ) 天照(あまて)です、よろしくお願いします」


 同じ医療学部なら、会うことがあるなとお互いに挨拶をかわしてから分かれていく。


 許されたといえ胆が冷えた。

 少しは自重して欲しいと言っても、ミコトは知らん顔。


「学校じゃあまり話しかけて来ないでよ」

『分かってる分かってる』

「本当に頼むよ、後。他の人にイタズラとかもね! 都会って人多いから、前の学校より隠すの大変なんだから!」

「特に今、インターネットとかインスタで情報回るの早いし」


 ボソボソと話していたつもりだったが、半ば恥ずかしさと警戒心から、その声を聞きつけてくる者の接近に気づけないでいた。


「あなた、誰と話していたの!?」

「あっ……!?」


 その言葉を投げかけられるのは生きてて何度目か。気をつけよう、意識しようとは思っても長年の習慣まで急には変わらない。


 振り返った先にいる声の主は、黒いレース状の日傘を杖代わりに持ち、ゴスロリ風味の黒ドレス。

 そして黒いブーツと髪から足先まで黒一色に染めた結構痛い系の少女だ。私は一瞬、昔の自分と重なって背筋が薄っすらと寒くなる。


「さては悪霊、悪霊ね!? おおおおおおおっ! 遂に、遂に見つけたわァァ!」


 興奮気味に雄叫びをあげ、厄介なのに見つかってしまったと慌てて背中でミコトを隠した。


『んー。完全に見えてはないね。ただ、感覚的に私の瘴気を感じ取ってるのかしらね?』


 彼女の背後から、それとなくアピールしてみせたり反応を窺っても明後日の方向を向いてる辺り、確かに見えてない。


「こら、その辺にしとけっての」


 しまいには見兼ねた彼女の友達らしき人物に頭へ手刀をくらい鎮火させられる。


「あぁ。連れが失礼しました」


 背の高い、ハキハキとした物言いに爽やかな印象を受ける人だ。


「私、放射線治療学科の2年。原井ハライ 乃愛ノアと申します!」

「あぁ……はい」


 首からぶら下げたポラロイドカメラを構え、少々騒がしいくらいの勢いの良さに、少し圧されそうにもなる。

 私にカメラのことは分からないけれど……ピンボケ、料理よりもテーブルの余白が多い写真を見て撮影技術はお世辞にも高いとは感じない


 しかし、そんなことは構わず既にこのパーティの写真もアルバム一冊に収まりそうなほど撮れていた。


音黒ネクロ 日華ニチカ。同じ看護学科みたいだから、必修科目で一緒になるね」


 続けてさっきの霊感少女。


「YouTubeで心霊スポット調査や呪いのアクセサリー紹介なんかしてるから、よければ見てね。ヒヒッ……貴女、中々面白そうだし」


 ちょっと変わっているけれど、悪い人じゃなさそうと言う気はした。私もさっきと同じ自己紹介をかわす。


「お二人は、友達だったんですか?」


 タイプ的には正反対といった二人だけれど、あまり仲は悪くなさそうだ。


「高校時代から、同じ写真部の付き合い」

「高校がオカルト部の設立認めてくれなかったから、仕方なく……ね」

「そうそう。日華がよく心霊写真を持ってきたり、心霊スポットに連れてくからさ」

「え、怖くなかったですか?」

「全然、この世のそういう心霊現象なんて嘘ですからね」


 関係的には水と油、反発しあいそうなものだが音黒さんからしたら「いつか認めさせてやる」というモチベーションへと繋がっているようだ。


『人間には変わった付き合いもあるのね。興味深い』


 不安も大きかったけれど、早速メールアドレスの交換まで出来る間柄が出来て、未知の世界への不安もどこかへ吹き飛んでしまうほど心強かった。


 大学生活も、存外楽しくなりそうだと期待に胸膨らませていた私の耳に咀嚼音が聞こえる。

 人が物を食べているパーティー会場の真っ只中にいるのだから当たり前でないかと言われるかもしれない。


 しかし聞こえるのはゴリゴリと言う何か硬いものの砕ける音。液体を啜り、しゃぶり、ビチャビチャと液体の跳ねるような音と食事にしては荒々しいあまり気持ちよくない下品な音だとしか言い様がない。


「うわ、なにしてんの石崎くん」

「ちょっと。それ一年生のでしょ!」


 音の正体は、さっき私に話しかけてきた4年の先輩だった。

 細身の身体に対しての大食ぶり。

 取皿からよそおうとすらせず、大皿に直接箸を突っ込み、さっき私が取った分以上に平らげていた。


「大学生にもなってアレは引くわ……」


 周りの上級生も困ったような顔をしている。気にせず食事を続けて欲しいと下級生には極力なにごともないよう振る舞っていた。


「ははっ! 石崎、お前。アレだな?」


 そんな冷えきった空気に、流れを呼び込んだのは隣りに居た剣先輩だった。


「みんな、フィンガーボウルって知ってるか? 高級料理店なんかで見る指洗う水」

「それを知らずに飲んだ人だけ恥をかかないよう、自分も飲んだっていう貴族の話」


「それだよ。さっき取皿を分けると知らずに食べた下級生やたくさん取ってた子だけが恥をかかないようにしてんだ」

「な?」


 それを聞いていた人は半信半疑といった様子だが、それであの人が変わったがっつき具合も納得なのかと言う上級生の苦笑いした顔と、新入生の冷えきった空気が漂う。

 剣先輩はもういいだろと石崎先輩の肩を抱いて連れて行く。


「とりあえず向こう行こうぜ。いい男が台無しだよ」 


 皿を持ったまま、去っていく先輩がこちらへ近づいてくる。一瞬しか彼の顔をよく見ることができなかったが、アレが受けを狙っている者の表情かというボンヤリとした印象しか感じられなかった。

 

「……石崎先輩、どうしたんだろ。去年はああじゃなかったのに」

「え?」

「石崎先輩。まぁ結構イケメンだし、リーダーシップもあるから校内でも有名人で、たまに見るんだけど去年まではあんなガツガツ食べる人じゃなかったのに」

「そ、そうだったんですか……?」

「さっき一瞬だけ顔見えたけど……まるで生気のない、まるで何かに取り憑かれたような表情で食事だけ見てて、とても笑わせに来てるようには見えませんでした」


 なにか病気かもしれない。

 仮にも医師を志そうとする者が、そうとも考えず一方的にただの変人と見下してしまったさっきまでの自分を恥じた。


「そんなアマテさんが気にすることじゃないよ、石崎先輩真面目だから本気で笑かしに来てるだけかもしれないし」

「そうだ。高校と違って中々広いとこでしょ、後で学校案内しましょうか?」

「あ。いいんですか」

「音黒が最後にデザート食べたら行くって言ってたから、後でね」


 最初の内は教室を移動するのも手間取ると思っていたから有り難かった。音黒さんを待つ間、用を済ませておこうと最初に手洗い場へ急ぐ。


 入試の時にも使ったことのある共用トイレだから探すのは楽だった。すると、またさっきの意地汚い咀嚼音が聞こえてくる。嫌なくらいハッキリと、どこからかやってきているのかよく分かる。


「……やだ、なんかまだ聞こえる」


 どうやら男子トイレの中からだ。

 まさかまた石崎先輩か、トイレの中に持ち込んでまで一心不乱になにかを食べているのかもしれない。


 そのくらい、苦しんでいるのだとしたらどれ程の苦しみか。私には分からないけれど、何かしてやれることはないか。

 

「あの。石崎先輩ですか……?」

 

 しかし、なんだか様子がおかしい。

 幾ら呼びかけても返事はなく、辺りを確認してから私はそっと侵入を試みた。


「え……」


 そこにいたのは、予想通り石崎先輩だった。しかし、私がそう認識できたのは彼の履いていたズボンや髪型、ネックレスなんかから特徴に当てはめることが出来たからだ。



 私は、自分の目を疑った。


 

 石崎先輩を中心として、まるで頭からバケツでぶち撒いたみたく飛び散る赤黒く鉄錆の匂いがする液体……それは血だった。


 彼は、私の侵入に少しも意識を向ける素振りを見せず、一心不乱に自分の手足をまるでビスケットでも食べるかの如く貪っている。

 痛みを感じていないのか骨までバリバリと音を立て、手足から飛び散った血液がトイレの床中に散らばっていく。


「………………ゥフ」


 食べながら、なにか喋っているがもはや聞いてなどいられない。それほど私の精神も混乱状態にあった。

 さっき私が先輩を認識するのに遅れた理由として顔中、身体中、もはや血に濡れていないところを探すのが難しく、それでもまだ先輩は食べるのをやめない。


「あ……あ」


 ピタリと目が合う。

 焦点のあっていない、完全に正気と思えない眼に私は思わず叫び出しそうになる。

 それだけ、目の前の事実を受けとめきれなかった。


 やがて先輩は食べる箇所がなくなり口だけが動き、身体が口に吸い込まれていくように喰われ最後は口だけになり、真っ赤なトイレの床の上にビチャッと言う音を立て、最後にこう言った。


「もっと…食べたい…」


 その言葉を最後に先輩の口は消えた。

 どう言えば正しいか、そのままスッと煙が宙に舞って消えた。


 

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