素直にはなれない
今日は少し長めです。
「あーもぉー!
エステルにまたなんて説明すればよいのか…」
ナフル皇国皇帝は頭を悩ませていた。エルアルドにとってこの問題は国家の一大事に匹敵するレベルだ。先程も、嫌われる覚悟で愛娘に自分のせいで呪いを受けたことを一から話したばかりなのだ。正直、親バカを極めるエルアルドはこれ以上エステルから呆れられたくなかった。
「なんと、説明されたのだ。」
それに追い打ちをかけるのは、ゲオルグのどの効いた声。皇帝の体はまたひとまわり縮んでしまった。
「顔はあんなだけど、ゲオルグ将軍はまじめなやつだよ。真実のキスでお前を目覚めさせたのだから永遠の愛も確約だしね!顔はあんなだけど!熊みたいだけど!キラッ!」
エルアルドはエステルに告げたままをそのまま体現してみせた。キラッ!の後にはご丁寧にウインクまで付けて。
「でも、不思議だな。突然目を覚ますとは…。」
急にエルアルドの口調が変わりゲオルグはドキリとした。表情は変わらないが、体は正直なもので彼の体表にはうっすらと冷汗が浮かび始める。エルアルドはその変化に気づいていないようだが、何か後ろめたいことがあると人は視線を彷徨わせる。ゲオルグは今、そんな反応をしていた。
「本当に、何もなかったのだね。」
「…ない。」
「…そうか。」
どこかお互いにスッキリしない空気が流れた。
あの部屋にはあの時ゲオルグしかいなかった。この国で彼を倒せる者はいないだろうから、侵入者が何かをしたということも考えられない。エルアルドはゲオルグを信頼してはいたが、魔女の呪いの強さもわかっていた。だから呪いが自然に解けた、などとは思っていない。
真実のキスどころか、起きた事実すらわからない。
そのことに、エルアルドは深くため息をついた。
「で、むさ苦しい男2人で何をお話しされていたのですか?」
とにかくエステルに話をし直さなければと、エルアルドらは寝室に戻ってきた。エルアルドは憂鬱そうな顔をしていたが、ナターシャにそう切り出され今度は泣きそうな顔に変化する。
「ナターシャああ!むさ苦しいなんて言わないでくれ。
君にとって私はいつまでも王子様だろう?」
こいつと同類にするな、と指をさされたゲオルグは大変面白くなかったがナターシャが、
「そういうのはいらないわ。」
と冷たく言い返したので、何も言うのをやめた。彼には妻からの愛想のない対応が一番の薬になるからだ。何年経とうが愛してやまない妻に振られた皇帝は更に覇気をなくし、エステルに話をするどころではない。
「エステル皇女。」
と、仕方なしにゲオルグはエステルに話しかけた。
エステルは、ゲオルグに名を呼ばれは、はいっ、と緊張した声で返事を返す。
「皇帝があなたにどの様な話をしたのか私は知らんが、真実の 愛のキスとやらを私はしていない。
あなたの呪いが解けたのは、私の知らぬところ。
だから、下手な期待はするな。」
「…!」
「まあ!あなた、どういうこと!?」
と簡潔に言い放ったゲオルグの言葉に先に反応したのは、ナターシャの方であった。しかも、その矛先は夫エルアルドである。
「すまない!将軍の話を早とちりしていた!」
「もう、女心をなんだとお思いですか!」
せっかくゲオルグに話役を任せられたと思ったら、結果的に怒られるのはエルアルドの役目となってしまったようだ。
「あの…ゲオルグ様。」
そんな、2人の夫婦喧嘩を割いたのはその話の中心人物であるエステルだ。
「…なんだ。」
ゲオルグとしては正直一刻も早くこの場を離れたかった。皇帝やそれを尻に敷くナターシャに、これ以上このことのあらましを問い詰められたら困る。それに今起きているエステル皇女と話をすることは、彼にとってかなりハードルが高かった。それはもう、色々な意味で。
「キスをされていなかったとしても…その…私がゲオルグ様をお慕いするのは…許していただけますか?」
「…。」
また、勝手にピンク色のオーラがエステルの周りを咲き始める。本人以外はその発言に動きを止め、ただきょとんという表情を浮かべるばかりだ。
この美姫は、今、この、熊、に、対して、
「エステル!頭でも打ったの?え?眠ってる間にバカになっちゃった?まあ、エステルはバカだろうがエステルだから可愛いけど…うん…可愛い…」
今までのやりとりを珍しく傍観していたエルタナであったが、もう我慢できないとばかりに体を前に出してきた。エルタナは昔ゲオルグから直々に剣術を学んだことがあり、彼の強さは知っていたが同時にその怖さも身に染みてわかっていた。そんな熊のような年の離れた男に、大事なか弱いエステルをやれるものか!と、完全に父親の気持ちで止めにかかる。ゲオルグはそれはいいすぎだろう、と思ったがエルタナ の妹への偏愛は周知の事実であった為今は胸の内にとどめておいた。
「お兄様は口を出さないでください。」
「エッエステルー?!」
目に入れても痛くない妹からの一言に、皇家の男性陣はついに撃沈した。
「ゲオルグ様…私は…」
「勝手にしろ。」
そう一言返事をすると、彼女に背を翻し部屋から立ち去った。まるで、縋るような彼女の視線から逃げるように。
「ほんとに…っ…今日は素晴らじい…びでず…っ」
「ミーシャったら!それは分かったからもう泣くのをやめて!」
「だっで…姫ざまあ…っ!10年も目を覚まさないでいらっしゃって…もう…私はあ…あ!」
「ごめんなさい…心配かけて。」
日が沈み、エステルはまた眠りにつこうとしていた。今日は目覚めてから夕食の時間まで父母兄に拘束され、家族水入らずで10年分の話をした。しまいに、男性陣は離れたくないがためにベッドにまで入ってきそうになりそれはナターシャとエステルで全力で阻止する事となった。
「そんなっ!姫様が謝ることではございせん!むしろ…姫様は皇帝陛下にブチギレなさっても大丈夫なんですよ!」
ナターシャの素早い根回しで、今夜からミーシャはまたエステルの第一侍女として仕える事となった。ミーシャはエステルが目を閉じていた間も、寝着の替えや部屋の掃除などを変わらずに行ってはいたのだが主人のいない侍女とは暇な者でミーシャは別の部署でも働いていたのだ。
「ふふふ…お父様に怒ることなんてないわ。みんなは、待っていてくれたんだもの、いつ起きるかわからない私の事を。だから、感謝してるくらいよ。」
エステルはそう言うと、優しく笑った。
「感謝って…全く…姫様はお優しすぎます。」
10年前と全くお代わりないんですから…とミーシャは嬉しく思った。家族に甘く育てられながらも、気取ったところは一切なく周りから愛される少女。そんな主人である少女は美しい蝶へと姿を変えて再びミーシャの前で微笑んでいる。
「ほら、ミーシャ。私はもう寝るだけだからは旦那様の所に帰ってあげて。今日は早番なんでしょ。」
「すみません…姫様、ありがとうございます。」
ーコンコン。
ミーシャが主人の気遣いに甘え、部屋を去ろうとした時、ノックの音がした。
「あら…ちょうど、代わりの護衛の方が来たようですわ。」
ミーシャは今来た護衛と入れ替わりに部屋を去ろうと、扉に向かった。
「ミーシャ、これからもよろしくね。」
そんなミーシャの背中にエステルは、声を投げかける。その言葉に、ミーシャは少し肩を震わせ一瞬動きを止めた。
「エステル皇女殿下。私は殿下に一生の忠誠を誓います。」
間をおいてから彼女はまた泣き出しそうになるのを堪え、愛すべき主人に真っ直ぐに誓った。
「ありがとう…ミーシャ。また、明日。」
ベッドの上からエステルは皇女らしい笑みを浮かべていた。明日、その言葉に胸が温かくなるのを感じながら。
ミーシャが部屋を去り、代わりに入ってきたのは兵を見てエステルは思わず声を漏らした。
「…ゲオルグ様…」
「…勘違いするな、私は仕事で来ただけだ。今日突然交代の者を探し出すことも出来ないからな。」
言い訳に聞こえなくもないが、エステルは拒絶の意に感じて少しだけ寂しくなった。もしここにランドがいたら、「姫様の護衛の代わり?そんな話聞いていませんよ。10年間、一日も誰にも譲らなかったじゃないですか!今更…何を…」と、グチ兼ゲオルグの本心を聞けたのだろうが。
「…ゲオルグ様。」
「…なんだ。早く寝ろ。」
「すみません。あのお礼だけ言いたくて…。」
エステルは、天蓋の中から聞こえる音量ではあったが、拒否を示すゲオルグに向かって話し続けた。
「礼?」
ゲオルグの眉間がぐっとまた、怪訝そうによる。
「お母様から聞いたのです。10年間ずっと貴方が私の夜を護って下さっていたと…」
そのことか、とゲオルグは思った。正直エステルとは深く関わることを避けたかったので、そのことは聞かれるまでは伏せていようと思ったのだが。ナターシャは、エステルの恋心を応援しようとしているようだ。面倒なことにならなければ良いのだが。
「仕事だ。礼を言われる事ではない。いいから、早く寝ろ。」
ゲオルグは、寝室に置かれた1人がけの椅子にドスンとこしを下ろした。そして、もう話気はないと目を瞑った。
「…私…嬉しかったんです。
眠っている間もずっと1人じゃなかったんだなって…」
エステルはそんなゲオルグの様子を感じながらも、最後まで感謝の言葉を言い切った。最後の言葉は、消え入るかのような声だったが。すぐに、可愛い寝息が聞こえてきたので、きっと疲れていたのだろう。
それから少し経って、エステルが完全に寝静まったのを確認したゲオルグは天蓋のレースを開いた。
月の光を浴びて、彼女はスヤスヤと気持ち良さそうに少し笑みを浮かべながら眠っている。その姿は昨日のエステルとさほど変わりはないように思えた。
「エステル…」
そう呟くと彼女の頰に手を伸ばそうとした。
だが、あと1センチというところでその手を止める。いやもう昨日の彼女とは違うのだ、とゲオルグは自分を諌める。今日の彼女は物置をたてれば起きるし、触れれば気づいて目を覚ますのだ。
「…なぜ、今目覚めたのだ。」
と、どこか悔しげな声をゲオルグは発した。眠っている彼女はもちろん、誰もその質問に答えられるものはいなかったが。
1人ではなかったことが嬉しい、そう自分に言った彼女の言葉にゲオルグは胸が痛くなった。
彼女が目を覚ました今、ゲオルグと彼女の間には壁が出来た。これから先もエステルの周りには多くの人がいるだろうが、ゲオルグは昨日までのように彼女を独り占めすることが出来なくなる。
「また、1人か…」
雲から覗く月だけが、哀しげな男の横顔を見て笑っていた。
ありがとうございました。
次話もよろしくお願いします!




