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おわり・・・はじまり

ちょっと長いです。他の方をみて、前の話の長さを揃えました。

 チヨはがばりと起き上がる。心臓が跳ねるのは急に動いたからか、その一言のせいか。


「村が?」


 ミミズクはチヨの動きに合わせて距離を取った。突然の羽ばたきでも、音はしなかった。


「急いでチヨ様に知らせねばと、失礼を承知で起こさせていただきました」

「そんな事どうでもいいの! 村がどうしたんですか!?」


 訊ねるにしてもあまりに強く、チヨは言った。掴み掛かられそうな勢いに、ミミズクはさらに離れる。


「まだ何かあったわけでは無いのです。ただ、村に狼が向おうとしています」


 チヨは悲鳴を上げそうな口を必死に押さえた。

 オオカミ。

 その単語を聞くだけで、歯が鳴りそうなほど震えが湧き起こる。忘れるどころか、飲み込んでさえいないたった二日前の出来事。

 目を開けているのに、焚き火の炎が揺れているのに、チヨの目は雨に濡れた村を映す。灰色の世界で花嫁の白とオオカミの黒が混ざり合う。血の色は何色だった?

 チヨから色が抜けていく。


「どうしますか?」


 その一言でチヨは弾かれた様に洞窟の入り口へと向かった。途中で炎の側で寝ている山神をちらりと見る。


「山神様を起こしてはいけません」


 ミミズクがはっきりと言う。その声色に、チヨは何を思って山神を見たのか忘れてしまった。


「行きましょう。村へは私が案内します。早く村人を逃さなくては」


 走り出した足は止まらない。人の目には見えないはずの夜の獣道をはっきりと感じながらチヨは駆けていく。

 しかし、洞窟から離れれば離れるほど、胸に不安感が広がっていく。山は自分を守ってくれる存在だったのに、とチヨはますます泣きそうになる。

 闇のそかしこからオオカミの唸り声が聞こえてくる気がする。



『これは、シキミ。猛毒の実だね。素人は触れてもいけない』



 ハルの声が響く。


「どうしました?」


 突然走るのをやめてしまったチヨに、ミミズクは振り返って言った。小枝に止まってチヨを観察する。

 チヨの瞳は、どこか遠くを見ている。


「やっぱり……私、山神様を起こしてくる」


 踵を反したチヨにミミズクは焦ったように羽ばたく。


「それでは間に合わなくなりますよ!」



『これは、イチイ。赤くて小さくて実も美味しいけれど、種には毒がある。飲み込んではいけないよ』



 ミミズクの声を振り切り、チヨは走って行く。


「待ちなさい!」


 羽ばたきが聞こえる。そして、何かの足音も。

 先程走って来た道はこんなに遠かっただろうか?息を切らし、もつれそうな足を必死に動かして、山神と過ごした洞窟が見えた頃。

 わん、と一声。








『これは、クリ。外側のイガは触れると怪我をしそうで怖いし、殻も堅くて食べ難そうだが中はとても美味しい』



「儂のチヨに触るな!!」


 襲いかかったオオカミを山神の強靭な腕が吹き飛ばす。怒りで毛が逆立ち、いつもよりさらに大きくみえる。だが、チヨは迷わずにその胸に飛び込んだ。


「山神様!」


 グルルグルルと唸り声の混じった声がする。少し前なら震え上がっていたであろうその声。今は、こんなにも。


「山神様……」


 もう一度、チヨは呟いた。ギュウと抱きしめると背中にそっと前脚が添られる。暖かくて柔らかい感触はさらにチヨを安心させた。


「さぁ、説明せよ。儂に昏睡の呪を使ってまで何をしようとしておった」


 オオカミ達は、忙しなく歩き回っている。視線はずっとチヨに向けられたままだ。

 ただ一匹、闇色のオオカミだけがジィッと山神を見据えた。


「随分と偉そうだな。修行だ、なんだと山を放り出しておいて、帰って来てやった事はヒトの子を娶る事。次の日には神力を使って贅沢品の買いあさり。……もう一度言うぞ。随分と偉そうだな!シノスケ!」

「儂は留守の間全て上手く行くように手筈を打っておいたはずだ。お主に任せてな。しかし、帰ってみれば山は弱り果てておったぞ? むしろどうやればこれ程下手を打てるのか」

「黙れ! お前の親父と同じだけ俺はこの山に居るんだぞ! 次は俺が山神のはずだ! 力も俺の方が強い!」


 黒いオオカミが吼えると、呼応して他のオオカミ達が山神へ飛び掛る。


「片手で何処までやれるかな!?」


 邪悪を含んで、しかし心底楽しそうにオオカミは笑った。


「チヨ。すまないが、村で待っててくれるか?」

「え?」

「村には悪しき者が入れないよう結界が張ってある。……そうか、チヨと供に村へ入ろうとでもしたのだな。村人が出入りする時は少し結界が緩むからな。ヒトを食べれば神力が増すなどと信じておるのだろうか?」

「大丈夫なのですか?」

「おお、チヨ。心配するな。チヨが村に入ったら直ぐに儂が結界を強化してやるぞ」

「……山神様は?山神様は大丈夫なのですか?」

「チヨ。可愛いチヨ。それこそ心配せずとも良い」


 山神はチヨを抱え、三本の足で山を駆け下りた。時々牙を向けるオオカミを薙ぎ払いながら。チヨが力強く抱きしめて掴まってくれるので、遠慮なく速度を上げる。


 山を半分程下りた頃、パラパラと冷たい雨が降り出した。


「……雨か。ミミズクに降らさぬように頼んでおけば良かったな」

「ミミズク?」

「天気はミミズクが管理しておってな」

「え!?」

「どうした?」

「……もしかしたら、ミミズクが何か企んでいるかもしれません」

「なんじゃと」

「山神様は山を離れていたんですよね? この一ヶ月山に雨が降り続いたのを知ってますか?」

「一ヶ月も?」

「きっと花嫁が来ないから山神様が怒って降らせているのだろうと。だから村では沢山花嫁を出そうとしていたのです。彼らは人を食べれば強くなると思っているんですよね? ……人を食べたのはオオカミだけです」

「……いろいろ初耳が多いの。花嫁とはなんだ?」

「え? ずっと昔からの風習ではないですか。毎年娘が一人、山神様に嫁ぐと」

「父からその様なことは聞いておらん」


 二人はそれきり黙ってしまった。

 雨が、ますます強くなる。


「村が……」


 森が開いて村が見える。夜の更けた時間帯、本当ならば村は寝静まっているはずだが、そこかしこに松明が焚かれている。

 一瞬見ただけではまるで火事でも起こっているのかと思うほどだった。

 山神はチヨを腕から降ろし、油断なく半ば押し込む様に村へとチヨを入れた。

 村人も幾人かがチヨに気がついた。


「チヨ! やはりチヨが何かしたのか!?」

「え?」

「ああ、チヨ。良く無事だったね」

「チヨ! この雨はなんだ!」


 次々と労いや疑いの声が飛ぶ。大人たちが次第に集まり、掴みかかろうとする者もいたが、他の村人に止められている。


「チヨ。何があったのだ」


 村長のヤキチが不安を隠しきれずにやって来た。




『これは、アケビ。中の種の周りが甘くて美味しいが、この紫の部分もちゃんと食べられるんだ』




 ハルが優しく頭を撫でた。そんな気がした。




 すぅと、チヨは息を吸い込む。そして、精一杯背伸びをして、ヤキチを見つめた。

 言わなければならない事は沢山ある。分かっていない事だってある。それでも、伝えたい事は一つだけ。


「大丈夫です。山神様は私達の味方ですから!」


 大粒の雨の中、晴れ渡るような笑顔でチヨは言った。







「さて、ミミズクよ。弁明を聞こうか」


 前脚で地面にミミズクを押さえつけながら、山神は訪ねた。あくまでも優しく。そして、ミミズクも息苦しそうにはしているが、優しく答えた。


「何もありませんよ。早く、そこからどいてくれませんか? (ヒグマ)の、シノスケ坊や」


 一陣の風がミミズクの周りに吹く。それは山神を持ち上げる程の強さだった。

 耐え切れず山神は後退した。


「その身も、切り裂かれれば良かったのに」


 先程よりもはっきりとミミズクの声が聞こえる。


変化(へんげ)をするか。しかし、不格好よの」


 ミミズク、と山神が呼んだ先には人の姿を真似た何かがいた。


 身長は村の男性と同じ程度。足は人と同じだが、少女の様に細い。腕があるはずの場所からは茶色に黒の斑のついた大きな翼が生えている。顔は青年のようだが、口元は布で隠している。


「確かに、神力が多ければ完全に人のようにも成れますが、それにどんな意味が?」


 ミミズクは翼を広げて風を打ち出す。山神はそれに合わせて前脚を振り、同じように精霊の力を貸りて風を打ち出すが、ミミズクが僅かに鋭く山神の風を切り裂いた。続けてミミズクの羽が数枚、山神の毛皮を越えて突き刺さる。その音のない攻撃に、山神は防御が遅れた。


「……お主も、人を食ったのか? 村人に花嫁を出せなどと嘘をついて」


 山神は胸に刺さった羽を抜きながら聞いた。


「時間稼ぎですか? まあいい。……私はそんなもの食べません。と、いうより。あのオオカミ達を見て食べる気などなくなりましたね」

「やはりオオカミは……」

「ええ、ええ。見たでしょう? あの姿! 人を食べ続け、代を重ねる毎に知能がなくなり、最近は寿命まですっかり短くなりました。まるで本当の犬のよう」


 ミミズクは楽しそうに目を細め笑顔を作る。でもそれは、ただ瞼を少し閉じただけなのかもしれない。

 硬い嘴では、本当に笑っているのかは分からなかった。


「私はね、力も欲しかったのですが、それ以上に人の悲鳴が好きなので」


 さらりと告げられた言葉にかぶるように、村から悲鳴が上がる。地鳴りのような音が響き、また山が崩れたのかと思われたが。


「川か!」 


 雨はさっき降り出したように感じたが、どうやら別の場ででもふらせていたようで、今、鉄砲水となって村に襲い掛かった。


「さあ、シノスケの坊やはどうしますか?」

「さっきから何度も何度も。儂は、山神だ!!」


 山神はミミズクに突進した。速度はあるが、先程の風ほど速くはない。ミミズクは余裕の顔で山神をよけた。

 ひらりと避けられたミミズクの後ろには大木がある。そこに山神は大きな音をたててぶつかった。

 瞬間。山神の力が木に伝わる。


「なっ……!」


 まるで生き物のように根がうねり、ミミズクを叩き落す。


「まずは雨を止めようか」

「誰がお前の言うことなど」

「聞かぬとも良い」


今度は人の大きさだが、先程と同じようにミミズクの腹の上に前脚を乗せ、牙を剥いて唸る。


「まさか。やめろ!」

「返してもらうぞ。空の管理権」


 ミミズクと山神は戦いの場に不釣り合いな、暖かい光に包まれる。

 光が薄くなるとともに、雨が上がっていく。最後はふわふわと昇っていく光の粒たちが、一本の紐のように山神と空を繋いだ。


「ミミズクに戻ったな」

「ギアアア!!」


 一声威嚇するとミミズクは山神の前脚から抜け出した。よたよたと地面を這って逃げていく。

 百年、空と村を支配していた偽物の山神は、最後は泥にまみれ飛ぶことさえ出来ない無様なものだった。




「山神様」

「チヨ」


 声に反応して振り替えると、村人が山を昇って来ていた。鉄砲水から逃げられたらしい。


「村長はおるか?」

「はい」


 ヤキチは皆を誘導していたのか、松明をもって先頭付近にいた。返事をして前に出ると膝をつこうとする。


「いや、良いのだ。それよりも話さなければならない事がある」


 山神が、チヨをちらりと見つめると、チヨは何も言わずにその手に収まった。山神はいつものように優しく抱き上げると、村人に向き直る。


「……儂は新しくこの山を治める事になった山神でな。この、チヨを最後に嫁をもらうのを止める事にした」

「それは……」

「心配せずとも、山の実りは保証しよう」

「山神様」

「山神様」


 呟きとともに、暫くの間、村人たちはそれぞれの胸にいる花嫁たちの冥福を祈った。









「明日からは少し忙しくなるぞ、チヨ」


「空の管理権は誰に渡そうか。鷹に頼むか」


「ああ、いつまでも洞窟そのままじゃあ狸に怒られそうじゃ」


「村にはいつでも戻って良いからの?」


「山神様」


 また、一人で喋り続ける山神をチヨは初めて止めた。


「山神様の名前は、シノスケと言うのですね」


 今度は山神が、黙ってしまう。


「私は昔、山の奥に友達がいました。とても小さなころです。私はその子と草原を手を繋いで駆け回ったり、花の蜜の味比べをしました。明日も遊ぼうと約束をしたのに突然いなくなってしまい、とても悲しかった」

「チヨ……」

「あなたが、あのシノスケなの?」

「チヨ、違うぞ」

「え?」

「約束したのは、次の日ではない。十年後、儂が山神になったら」

「そっか……私が無事に大きくなったら」


「結婚しよう」



 二人は声をそろえて笑った。





「あの時あなたは人だった」

「そうだ。変化を覚えたばかりだったなぁ。人の姿になろうか?」

「じゃあ、……洞窟で」


 チヨの頬が赤く染まる。







おわり


ありがとうございました~!!

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